第9話、抑止力と呼ばれる勢力
前書きーーーーーーーーーーーーー
私が『主人公がひたすら不憫な小説』を書くと、毎回のように抑止力どもがやってくる。今回の作品ではセクハラ冒険者がそうだ。
最初のプロットではいなかったはずなのに、何処からか不憫な主人公を助けに来る意味不明な概念。私は彼らを抑止力と呼んでいる。
本当に何ナンダアイツらは、私が主人公をイジメようとすると確実に出現する邪魔ものどもめが。
ふざけおってからに。ゆえ名前は付けねえ、そう決めた。
本文ーーーーーーーーーーーーーーーーー
◆◇◆
夜、ミハルの里にて。
「はじめまして、マーヤです。助けていただき、ありがてぇと思ってるでごわす」
「はい、初めましてマーヤさん。クリスティアです、無事でよかったです」
クリスティアはマーヤと自己紹介を済ます。マーレの口調が独特なのは全て里の大人のせいである。
そして現在、この場にはクリスティアを合わせ三人の少女がいた。
「はい、自己紹介が済んだようですので食事にしますよ」
クリスティア、マーヤ、マリン――――彼女たちは今夜、伝説の儀式を行うことになっている。
「なーなー、ババァ。この後するジョシ会って何なん? みんなで酒飲んで下ネタ談義するのと違うん?」
「マリン姉様と呼べ」
夜の部屋へ集う女子たち、薔薇の存在を拒絶する楽園エリュシオン、禁呪たる恋話の無限地獄エンドレス――――総じて、女☆子☆会。
その主催者たるマリンは食事を置いてから話す。
「女子会の話題だけど……こちらのBOXで決めます。中には好きな異性の話、好みの男性タイプ、好きな男性のバスト、など様々な話題を集めてるよ」
「すげー! 何が楽しいのか分かんな! あはははは」
「ははは、少しは色恋を知りやがれケツ青くせえ餓鬼が」
いつになくマリンの暴言が多いが、これは彼女の素なのだろう。
「仲が良いのですね」
「クリスティアねーちゃん、分かってるじゃぁねえかぁよぉぉぉ↑」
「満面の笑みでその口調はやめなさい……違和感しかないから」
その後、クリスティアも交え楽しい夕食が始まった。
クリスティアは少し無理をして蓮華を使って食事をした。これは一週間後の旅に備えての練習である。
「(ふぅ……ちょっと食べ過ぎたかな)」
自分の胃袋が腹八分目になったところでクリスティアは姿勢を崩した。それを見て。
「……? ねーちゃんよぉ、食べる量そんな少しで大丈夫でやんすか?」
「……? はい、もうお腹一杯です(子供からしたら、量が多く見えたのかな)」
マーヤの指摘を不思議に思いながら正直にクリスティアは答えた。
それはただの感想。だが、もしここにクリスティアを知る者がいたら気付けていたのだろう……その変調に。
◆◇◆
食後。食器を片付けて。
「第二十三回、女☆子☆会の開催です! 参加者の皆さんは拍手してください」
「二十一回ぐらい回数サバ呼んでやがんなこの女」
そこはクリスティアの借りている部屋。布団は三セット。完全なる百合の館である。
「エントゥリーナンヴァーワァァンは誰でり?」
「…………」
「エントリーナンバーワンは本日のゲスト様。悪魔の呪術デモンズ・カースから解放され、果ては全て追われ続ける傾城の女、クリスティィィィィィアッ・アルトゥマーレッッ」
「…………」
「ババァ、ねーちゃんプルプルしてる。そそる顔してんじゃねえか誘ってんのか?」
「…………」
「? クリスティアさん、どうしました?」
「…………」
クリスティアは自分の着ている新装備、その裾をギュッと掴んでプルプルしていた。
そして告げる。
「あの……なんで、女物の、寝間着、なんですか」
「? 女の子だから?」
正論である。
「あと、ネグリジェですよ」
ネグリジェである。白のネグリジェ、それを着たクリスティアは一国の美姫と言われれば刹那の間で信じれるだろう。
ゆえにマリンの傾城という言葉もそこまで的外れなモノではないだろう。
「恥じらいは女にゃ欠かせねえ調味料だぜ。ぐへへ、とりまメイクラブしようや、天井のシミ数えてる間に終わるぜ。俺のミラクルフィストに任せな」
「どこのどいつだァァァァァァッ!! うちのマーヤに糞みてえな下ネタ教えた下郎はァァァァァァッ!!」
「ジーク!」
【奇跡の一突きミラクルフィスト】マーヤは最低最悪の下ネタで場を和ます。マリンは軽く不快感を抱いたが気のせいだろう。
「お、落ち着いてマリンさん。ネグリジェ?は有難く使わせていただきます」
「そ、そうですか? ならジークは絞めるとして今は落ち着きましょう」
クリスティアの一言でマリンは静まる。そして満面の笑みで箱を向けた……。
「…………」
「どうぞっ」
クリスティアは何故か嵌められた気分になった。
『好きな男性はいますか』
「いいえ。終わり」
女子会。終わり。
「えええええええええええええッ!」
「ははは、面白。これが女子会かー。じゃあ次おいどんな。
『好みの男性のバスト』あー80以上かな!」
女子会。終わり――――否ッ!
「く、仕方ないですね……『好みの男性のタイプは』……神?」
「望み高すぎて羊」
「…………神様、ですか。夢があり素敵だと思います」
反応は多種多様。しかしこれにて二巡目に突入した。再びクリスティアの番である。
『好きな男性にプレゼントされるとしたら何がいい?』
「…………」
クリスティアは固まった。それは答え難い質問だったから――などではない。
クリスティアが男性にプレゼントされたいもの、それが思い付かないから戸惑っていたのだ。
「答え難いん?」
「…………はい」
「プレゼント、ですか……ちなみにクリスティアさんの好みの男性のタイプとかありますか?」
「……暴力振るわない人」
「おっとハードルが低いぞ。ちなみに今のは〝おっと〟と〝夫〟が係っているでごわす」
「やかましいわ」
クリスティアは促されるままに答える。酷い。
「じゃあその暴力を振るわない男性に、クリスティアさんは何を求めますか?」
「何を……求めるか……」
クリスティアは真剣に考える。もし仮に、男性と結婚するとして自分は何をしてほしいのか、と……そして。
「…………特にない?」
「結婚条件:殴らない人ってなんだそれ」
「それと常識がある人、とか……?」
結婚条件、殴らない人。
「ええ……他には無いですか? 年収とか、顔とか、年下が良いとかさ」
「年収とかは別に気にしません。顔とかも特に気にしませんよ。あと歳は二十五歳から三十九歳ぐらいが好ましいです……。
あっ、でも傍にいてくれる人だと、嬉しい……?」
クリスティアの発言にマリンは絶句した。
クリスティアの求める条件、その一つ一つが彼女の想像を絶するものだったからである。
「年収を気にしない?」
「? はい」
低ければクリスティア自身が働くからである。
「顔を気にしない?」
「……? はい」
戦時中は顔が火傷だらけの人も多かったため、クリスティアの美的センスは半分死んでいる。人の顔の良し悪しが分からないほどの壊れ具合である。
「好みの年齢が25歳から39歳?」
「……? はい……そうですが、それがどうかしましたか……?」
クリスティアの実年齢は二十八歳だからである。本人の精神は女性化しているのだが、好みの年齢までは変わってくれなかったのである。
「…………」
「……?」
「逆玉狙えそうな美少女の理想が恐ろしいほど低いことに絶句しているエルフババァの図」
「捻り潰すぞ」
だが要約すればそういうことである。クリスティアは絶世の美少女と呼ばれても差し支えないほどの美少女である。
なのにも関わらず、結婚相手の理想が低すぎるのだ。
加え、礼儀正しく性格も良い。
「(なんだこのアラサーの性癖を纏めて突っ込んだような存在は……)」
可愛さと性格は反比例の関係にある、という名言を真っ向から斬り捨てる存在。クリスティア・アルトマーレ。
「(……? 私だけ何度も答えている気がするのは気のせい…でしょうか…?)」
そして真実に辿り着いた。
◆◇◆
翌日。ミハルの里にて一つの騒ぎがあった。だがその騒ぎは決して悪いものではない。むしろ里全体の雰囲気を活気づけるものだった。
その様子を表現するならば〝祭り〟というものが最も近しいだろう。
「すげえな足の小指が治っちまった……! 長の家に泊まって人族のおかげなんだろ? なんて名前だっけ?」
「クリスティア・アルトマーレさんだよ。あと半人半魔な」
その騒ぎが起きた原因とも呼べる少女――――クリスティア・アルトマーレ。
彼女はミハルの里に住む住人へ〝祝福〟を行っていたのだ。その効果は相も変わらず絶大で、欠損部位や体内の病気を一瞬で治してしまう。喜ぶのも無理はないだろう。
「おっぱい大きすぎて肩凝りが酷かったのに……こんな一瞬で」
「ははは引き千切るぞ乳牛が」
里の広場兼集会所でクリスティアへ感謝の念を浮かべる住民ら。
だが感情を抱く、ということはその人物に対して〝興味を抱く〟というのと同義である。
憎悪でも好意でも悪意でもそれは同じ。
ゆえに当然の結果としてある疑問が浮かぶ。
――――クリスティアが何故顔を隠しているのか、と言う疑問だ。
「…………クリスティアさん。どうして顔を隠してるんですか」
「……聞かないでいただけると助かります」
現在、クリスティアは頭に鎧兜を装備していた。首下は少女の服の癖に頭に鎧兜とかいう奇怪な服装。これが二十代ならば不審者として通報されても文句は言えないだろう怪しさ。
だがこの顔面不審者であることにも当然、理由は存在する。
「(前回の失敗から得た教訓なのですが……何か間違えたかもしれません)」
間違えてるのはお前の常識だ。
「ありがとよ! クリスティアちゃんの祝福はすげーな、オジサンが奢るからランチ行かない?」
「行きません」
「(´・ω・`)」
セクハラ男性は歩きで去っていった。尚、オジサンを自称するこの男。クリスティアの好みである。
「次の方、どうぞ」
「……ああ、失礼するぜ」
現れた男性にクリスティアとマリンは目を見開く。それは目の前の男性が彼女らに深く関係する人物だからである。
「ジークさん。貴方は謹慎を言い渡したはずですが」
クリスティアを満身創痍の状態にした男。ジークである。
彼はクリスティアを独断で傷付けたことにより、マリンから謹慎を言い渡されていたのだ。ゆえにマリンの心境は穏やかではなかったのだが……。
「他の奴らは身体を治してもらってんのに、腕が無い俺はダメなのかい?」
「……」
ジークはそう言いながら右肩を見せる。
加え、ジークは村で主に魔獣退治を請け負う男なのだ。腕が治れば出来る仕事量が増えることは間違いないのだ。
「言っちまえばこれは村の軍事力増強だぜ? 皆のためってやつ。分かるだろ? な?」
理解できる。だが彼の行動には抜け落ちている工程が一つある。
「(ああ……この人、謝りたくないのですね)」
この場でクリスティアは一人、それに気付いた。第六感とも言うべき能力なのだろう、戦場で培った能力ゆえに精度は馬鹿に出来ないものだ。
「はい、では失礼します。汝に黄金の恩恵を」
「ちょ、クリスティアさん!?」
「…………」
閉鎖環境での拗れ、それの危険性を理解しているがゆえに即座に対応。クリスティアは祝福を施した。
「ほぉーこりゃいい。じゃ、失礼するぜ。お嬢ちゃん」
「はい、お大事に(これで一通り終わりましたか)」
「……ッ!」
ジークは腕を二、三回ほど動かし愉快に笑う。そして満足げにその場を後にする。
ジークの姿が見えなくなったところでマリンは問いかける。
「どうして……」
「どうして、とは?」
「ジークさんはクリスティアさんをこんな状態にした張本人ですよ!?」
マリンの指摘は正しい。人としての感情、それを抑制せずに吐き出した言葉だ。
――だが。
「…………?」
クリスティアは首を傾げた。さも、分からない、と言わんばかりの顔で。
――――否、クリスティアは本当に分かっていなかった
「マリンさん、それは何か関係があること・・・・・・・・・なのですか?・・・・・・」
クリスティアの対応は正しい。
年齢しか取り柄が無い大人が子供に頭を下げたくない。それを無理強いしては面倒である、ゆえに対応して捌く――――それは正しい。
だが、その対応をマリン子供に求めるのは酷であるからクリスティア大人がした――――それも正しい。
一つ、一つだけ間違えていることがあるとすればそれはクリスティアの〝認識〟だ。
クリスティアの秘める闇。壊れてしまいそうな闇、それは。
――――クリスティアは心の痛みが認識できない。
◆◇◆
――――二日後。ミハルの里。
クリスティア滞在四日目。四月二十八日である。
「(……そろそろ、帰りましょう)」
クリスティアは夕刻が近付くのを察知して自分のしている作業を切り上げる。
「(歩くのにも慣れましたね……これならもう旅に出ても大丈夫そうです)」
――――リハビリ。彼女は傷だらけの身体を必死に動かしていたのだ。
里の薬のおかげだろう。僅かな時間で傷口が完全ではないにしても確実に減っていた。ならばやることはリハビリ、少しでも身体を動かすべきだろう。
「(……そろそろ雨が降りますね)」
微かに花を揺らす風は、僅かながらも雨の匂いを漂わせている。クリスティアがリハビリを切り上げた要因の一つでもあるのだろう。
「(お礼どころか、沢山貰うことになるとは……)」
クリスティアは帰り際にその日の思い出を振り返る。この数日、クリスティアは里の仕事を僅かだが手伝わせてもらっていたのだ。
「(裁縫に干物の作り方、料理のレシピ……)」
様々な場所で職業体験紛いのことをしてはその技術をクリスティアは身に着けていた。
――――何故か一般的な女性以上の結果を出しながら。
「(……干物、上手く出来たしあの人にでもあげますか)」
そう思いながらクリスティアは歩く。マリンが待ってくれているだろう家へ――――刹那に。
「…………? っ…………ぁ」
後ろから、薬が染み込んだハンカチを嗅がされた。
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