第8話、不幸自慢を突き詰めると『世界一不幸な人以外は不幸ではない』とかいうアホ理論になる。

前書きーーーーーーーーーーーーーーーーー

顎:ヒビが入っている→食事はペースト状のみ

腹部:青紫の痣→立ち上がる度、痛みが走る

臀部:夥しい数の鞭跡→座ることすら出来ない状態

指:爪が全て剥がされてる→物を掴むたび、激痛が走る。

背中:夥しい数の鞭跡→仰向けになることが出来ない



→最低限傷が塞がるまで絶対安静


本文ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◆◇◆

 クリスティアが滞在し二日目、ミハルの里、酒場にて。


「なあ、聞いたか? 長の家に滞在してるっつー人間の話」

「あぁ? おっπ?」

「言ってねえ」


 里の住民はクリスティアの話題をしていた。閉鎖的な環境であるゆえ、こういった話には興味を持つ者が多いのだ。


「で、おっぱいがどうしたって?」

「……長の家 人間 住んでる 以上」

「おk、理解した。オジサンに全てを預けろ」

「ふぁ〇く」


「――――認めないッ!」

「?」「なんだアイツ、生理か? まな板は情緒不安定だな」


 ガタン、と椅子が倒れる音が響く。音のする方にはまだ十代前半にも思える少女がいた。


「皆はいいのか!? アタシらの里に人間がいるんだぞ!?」


 少女は酒場にいる住民らに呼び掛ける。


「……そうだな、許せねえ」

「……儂も人間のせいで小指を失った」

「おっぱいおっぱい」


 それに呼応するように同じ思いを持っていた者が呟くように賛同する。あとおっぱい。

 彼女の声に影響されたのだろう。彼女の声にはそれだけ強い憎悪の念が宿っていたのだ、それに魅せられたのだ。



 その十数分後。


「マリンちゃん、話があるの」


 少女、あとおっぱい至上主義者は長の家に来ていた。

 ノックして呼び掛けて十数秒、ドアが開かれる。


「? はい、なんでしょうか。イリーナさん」

「昨日から滞在してるっていう人間について、本人を交えてお話しされてくれない?」


 少女――イリーナは身の内に秘める怒気を隠そうともせずに要件を伝える。

 それに対しマリンは特に警戒せず、いつもの調子で対応した。


「はい、構いませんよ。ではこちらへ」


 マリンの案内で廊下を進む。歩く中、イリーナは人間に対しどう責め立てるかを思案する。


「(私は翼を人間に抉られた……絶対に認めない、人間なんか、絶対に認めてやらない。なんとしてもこの里から追い出してやらないと、この場所だけは渡してなるものか……!!)」

「この部屋ですね、クリスティアさん、失礼します」


 マリンとイリーナ、あとおっぱい至上主義者は部屋に入室する。

 そこで彼女は布団に横となっているクリスティアと対面した。


「……え」


 初めに抱いた感情は困惑だった。それは彼女の持つ情報とは異なる光景が広がっていたからである。

 彼女が持っている情報、それは『里に人間がいる』『長の家に一週間ほど滞在することになった』ということのみである。

 だが、目の前のクリスティアはと言うと。


「なんで満身創痍」

「……?」


 身体のいたるところに傷。包帯、ガーゼ、布団の近くには塗り薬の瓶が置かれている。

 その光景に圧倒され、イリーナは一瞬我を忘れた。


「っ!?」


 クリスティアは起き上がり、正座する。その際に、イリーナは更なる衝撃を受けることと成る。

 頬に貼られているガーゼの隙間から、痛々しい痣がチラリと見えたのだ。


「初めまして、この里で一週間ほどお世話になります。クリスティア・アルトマーレです」

「……!(何よ、私の方が、私なんて翼を奪われたのよ……!)」

「おっぱい」


 明らかに人為的、明らかに人が付けた傷の数々。

 その傷に圧倒されながらも、イリーナは謎の不幸自慢を始める。


「マリンちゃん、どうしてこの里に人間なんかがいるの?」

「私が許可したから、ですね」

「どうして?」

「……彼女に対する礼と詫びです。クリスティアさんは魔獣に追われていたマーヤを助けてくれた恩人です。その恩人に対し、ジークさんが暴力を振るってしまいました」

「!!」


 十分すぎる理由。恩人、というだけならまだイリーナにも反論できた。しかしそれに加え恩を仇で返す真似をしてしまっている。

 言ってしまえば里は加害者であり、クリスティアは被害者なのだ。


「……それと、今の状態では歩くことも難しいので、最低限の治療が済むまで滞在を許可しました」

「おっぱい」


 追い打ちをかけるように追加される情報。傷の状態から一週間で治るとは思えないほどなのだ。

 その上で『里から出ていけ』などとは言えない、言えるわけがない。


「……この里には、人間に怯えてる子もいるの。その子たちにどう説明するつもり? アタシは協力しないよ」

「それは……」


 半分混乱状態のイリーナは自分でも良く分かっていない問いを投げる。最低限の反抗をしたかったのだろう。だが言った後で更なる後悔をすることになる。


「一つ、お伺いしたいことがあります」


 その時、沈黙していたクリスティアは口を開いた。彼女の声で部屋が一瞬で静寂と化したのはそれだけ注目されていたからだろう。


「……なに?」

「里の方の恐怖の対象について一つ。里の方は〝人間という種族〟に怯えているのですか、それとも〝差別してきた人間〟に怯えているのですか」

「……差別してませーん。とか言うつもり? 言っとくけど、そんなの通用しないわよ!」


 イリーナは勢いを取り戻し、クリスティアを責め立てる。それに対しクリスティアは。


「里の方の恐怖の対象について一つ。里の方は〝人間という種族〟に怯えているのですか、それとも〝差別してきた人間〟に怯えているのですか」


 繰り返しそう告げた。冷静に、静かに、そして厳かに告げる。その声にイリーナは面食らい、小声で答えた。


「……人間と言う、種族よ」

「ならば言いますが、私は人間などではありません」

「……は?」


 クリスティアは髪の一部を上げ、そこにあるモノを見せる。


「ッ!?」「えっ……!?」「π」


 そこには黒い台座のようなものがあった。だが、見るものが見れば分かる。これは、これこそは。


「魔族の、角……?」

「はい、幼い頃に折られましたが、元は角があった場所です」

「半人、半魔……」


 人間と魔族の間に生まれた子供。確かに人間の血は流れているが、魔族は人間に忌み嫌われている。ゆえに種族も人間ではなく〝半人半魔〟としっかり区別されている。

 ――つまりクリスティアは人間ではなく差別される側・・・・・・の者なのだ。


 加え魔族に対してド級殺意を抱く人間は少なくない。スラムで公衆便所に入れば魔族の女が縛られてました、なんて数年前では珍しい話でもなかったほどだ。

 ――ゆえに差別意識は亜人に対するソレとは比べ物にならない。


「わ、わたし、知らなくて、だから違う、違う!! 里の滞在は許す! 知らなくて、だから、その、い、いやあああああああああああああああああああああ」

「!?」「おっぱい!?」


 イリーナはその場で困惑し続ける。何故ならイリーナは全力で叫び声を上げては窓をぶち破り逃走を図ったからだ。

 クリスティアは困惑する。しかしマリンはそれは当然の反応だ、と言わんばかりに憐みの視線をクリスティアへ送る。


「クリスティアさん……これは、特に珍しくない、当然の反応なんです」

「……?」

「おっぱい?」

「我々にとって種族の特徴を壊される、というのはとても恐ろしいことなんです。それを暴いてしまったことに酷く後悔するほどのこと……なんです」


 幼い頃に角を失ったため、無い状態が常だったクリスティアには分からない。

 ゆえにマリンは言葉を続ける。


「種族の特徴……人間でいえば〝思考力〟でしょうか。物を考える力の一切が抜け落ちて、人から物に変わっていく感覚を想像してください。

 エルフであれば魔力。獣人であれば嗅覚と聴覚……それが魔族にとっては角に値するのです」


 生物にとって重要な機能が失われる、イリーナはその恐怖を想像したのだろう。


「兎に角、イリーナさんからも認めてもらえましたね。クリスティアさん」


 マリンはガラスの破片を集めながら満面の笑みをクリスティアへ向けた。

 それに対してクリスティアは、一呼吸おいてから。


「はい」


 とだけ答えた。その一言。たった一言。だが、その言葉に宿る喜びの念は間違いなく本物だった。


「それじゃあ、そろそろ失礼するでπ」

「はい。さようなら」

「あでゅ」

「……獣人のコスプレ、似合ってますよ」

「(´・ω・`)……アリガトウ」


 おっπ至上主義者は、猫耳バンドを手でモフリながら去っていった。


「(……と、言うか何故いるのですか)」

「あ……指切っちゃった……血、血……ブラッド……呪ワレシ血ノ誓約ブラッディ・カーㇲバインド! ……かっこいい」


 クリスティアはその場で目を閉じ、イリーナのことを思い浮かべる。


「(……彼女は有翼人。翼を人間に捥がれた……それは種族の特徴を奪われたということ)」


 ――種族の特徴を奪われるのは恐ろしいこと。

 マリンの言葉がクリスティアの脳裏に走る。


「…………」


 ゆっくりと目を開ける。そこにはクリスティアの小さな手がある。包帯が巻かれ、かつての力の百分の一も出せない弱々しい手。


「(……こんな私でも、誰かを救えるなら)」


 ――まだ、救える力が残っているのなら。

 クリスティアは瞳に決意の色を灯す。それはクリスティアがかつて持っていた英雄の■■、その欠片である。ゆえに。


「……マリンさん、お願いがあります」

「……?」


◆◇◆

 遡ること二週間。ナニータの街。彼の街はクリスティアが旅に出て二日目であった。


「クリスティアちゃん、いなくなったってマジか?」

「ああ、昨日。ギルドに置き手紙があって気付いたらしい」


 現在、ナニータは暗い雰囲気に包まれていた。それはクリスティアという少女の欠落によるものであった。


 だがクリスティアが一人消えただけでここまで暗い状態となるのだろうか? ――――否、ナニータが暗い雰囲気を漂わせている理由は二つ存在する。


 一つ目は四肢欠損すら治す聖女クリスティアが消えたこと。

 そして二つ目は……。


「まだ見つからんのか!? ええい、何をしている!!」


 ハゲ(名前は確か〇マイン)、である。ハゲは街の噂を聞き付け、ギルドに依頼を出したのだ。

 依頼名は『愛しの花嫁を探しています』というものである。依頼の紙の下のところにはウンコと落書きされている。


「クリスティアちゃんが消えた理由……なんか読めたわ」

「奇遇だな。俺もだ」

 冒険者はそういいながらハゲの依頼書(コピーされたのが回ってきた)に『おバカ、ち〇ちん、バカってゆった方がバカ』など、悪口を書きまくっていた。


「で、どうする? 金額だけは上等だぜ?」

「無視だな。先輩方を敵に回す真似はしたかねーよ。クリスティアちゃんの祝福で復帰した先輩だっているんだぜ?」


 だよな、と言いながら依頼書をバックに仕舞った。


「? 何してんだ?」

「ケツ拭く時に使う紙、ストック切れてたからよ……紙の質も上等だったし……」


 再利用は大事だな、と言いながら依頼書をバックに仕舞った。


「ギルドはどれだけ無能なのだ!? クリスちゃんが消えちゃったのは誰のせいだと思っている!?」

「何を、しているのですか」


 次の瞬間。ギルドの奥から一人の職員が現れた。その一人から滲み出る殺意の波濤に周囲の冒険者らは圧倒される。


「ルバート……殺意が滲み出てねえか?」

「無理もねえよ……マル(やべ、名前なんだっけ……)マル、マルゲリータの態度のシワ寄せが全部、ルバートに言ってるらしいからな。

 腹違いの弟だぜ? しかも庶子だから仕返しされても個人レベル……ギルドの仲間にモテモテらしい」


 ギルドの奥で、上司から説教でも受けていたのだろう。その瞳には確実に闇が宿っていた。


「? おおルバート! お前からもいってやれ! お前らは無能だってなぁ」

「仕事が残っていますので失礼します……はは、いつもの量の三倍はあらぁ」


 腕に抱える書類の山へ向ける視線。それは悲しみに満ちていた。


「……あとで、飯でも奢っとくか」

「せやな仮面」


後書きーーーーーーーーーーーーーーー

 途中でクリスティアが行った【人間の種族?】【差別してきた人間?】の選択肢。二択のように見えて実は一択。


・作者は嫌いだけど作品は好きな読者様

・クリスティアを可愛いと思ってくれた読者様

・この作品を気に入ってくれた読者様

  が、いましたら評価を是非よろしくお願いいたします!


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