第7話、要介護レベルの怪我
前書きーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本日の献立は。
・尻叩き 下手したら死ぬスパイスを添えて
・首絞め 失神トッピング付き
・爪剥がし ~日常生活に支障が出ると共に~
・顔面パンチ 強さ☆5
で、ございます。本当に良い声で鳴く。
本文ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
★☆☆
「(ぅ……ここ、は)」
クリスティアは朦朧とする中、意識を目覚めさせる。
気が付けばクリスティアの服装は下着のみとなっており、周囲には石畳が敷かれていた。
じゃらッ
「……?」
クリスティアは突然、聞こえた音に困惑する。その音の元は自分の上方……
状況把握のために|何故か上へ向けていた腕を動かした際、聞こえたのだ。『じゃらッ』という鎖と鎖が擦れるような……不吉な音が。
「(ここ……座敷牢?)」
人生に二度目の豚箱。クリスティアは一周回って落ち着いた。
何なら第二の実家と言っても過言ではないほどの期間、滞在している牢屋に安心感すら覚えていた。
「――――オイ」
「ぇ……? ――――ぁ゛っぅ゛、ッ!」
ゴリッ♡
瞬間、頬に叩き込まれる拳。それは決して浅くない傷をクリスティアへ与え、意識は一瞬で恐怖に染まる。
「ぁ、ぅ゛ぇ……? ぃ゛ッ、ぁ゛」
頬を殴られ、口から血が溢れる。間違いなく今すぐ治療が必要な負傷である。
クリスティアを殴った男――ジークはクリスティアの傷など欠片も頓着せず髪を無造作に掴んで顔を上げさせる。
「長は持ち物を調べるから待ってろ、なんていったが俺には無理だわ。
なあ、お前らはどうしてうちの子を奪っていったんだ? いいや、言わんでええわ。どうせ戦争のためだ、栄誉が何だと口から糞垂れ流すだけだろうからなァ!!」
「っッ、!? ……ぁ゛っ、ち゛、が……ぁ」
メリィっ♡という音と同時、腹部に走る痛み。クリスティアの治ったばかりの腹部には痛々しい腫れが出来てしまっていた。
加え、頬にも痛々しい腫れが出来ており、身体には鼻血が多く掛かっていた。
「糞を垂れ流すな、って言ったよな? 頭も悪いヒューマンには仕置きしねえといけねえよな?」
ゴッォ。放たれる蹴り。それはクリスティアの右肩に新たな痣を刻んだ。
蹴りの衝撃に強引にうつ伏せとなったクリスティア。それを見てエンリはニヤリと笑い、鞭を手に取った。
「オラッどうしたよオイ! 脳味噌腐ってのかァ!? あァン!? 腐ってんなら牛の糞に混ぜて肥料した方が有効活用できるかもなァ!?」
「ぅ゛、ぁぁ……ッ。ま……た(このパターン)……かぁ」
「うるせェ殺すぞ!! テメエの脳味噌畑に撒いたら作物枯れるだろうがッ! 少しは頭使えよ猿!!」
――――なんも言ってねえ。などと言うツッコミは無粋だろう。
激怒している彼には、何を言っても無意味である。
ビシィィィィッ♡ 怒り任せに放たれる鞭は、クリスティアの臀部へと直撃する。大きく腫れる。
鞭自体は乗馬用のものであるため、致命傷は避けられるだろう……しかし、それでも今のクリスティアがそれを何度も受けられるほど、力が残っているかは不明である。
「ぁ゛…………ぅ、ぁぁ」
五分、経過。
鼻から溢れる血は止まらない。それでも涙は流さない。
「ぁ……ぁ、…ぁ…(ちょっと、不味い、かな)」
十分、経過。
顎の負傷は放置すれば間違いなく後遺症が残る。それでも涙は流さない。
「チッ、反応しなくなってきたな……おい、起きろ……………………今から一分ごとにテメーの爪、剥がすからな?」
二十分、経過。
爪は残らず剥がされた。鞭は三十を超え、しばらく座ることすら出来ないだろう。それでも涙は流さない。
「………………………………」
「……つまんな。俺の人生は、こんなつまんねー奴に、壊されたのか……?」
ジークは二十分で失神したクリスティアに落胆の声を漏らす。そして手に持っていたペンチを床に投げ捨て牢屋を出る――――刹那に。
「ジーク! 例の旅人だが傷付けるのは無し! その子はオーヴィスの被害、者……で……」
「……は?」
一人のエルフが地下室の扉を開けた。見た目からしてまだ十代後半ほどのエルフである。彼女の声は遅かった、遅すぎた。
◆◇◆
翌日、午後三時。ミハルの里-族長の家にて。
「…………(あたた、かい)」
クリスティアは柔らかい布団の感覚に包まれていることに気付く。
クリスティアは久しぶりの柔らかい感触を味わおうと布団に潜ろうとし――――刹那、自分の身体に鋭い痛みが走るのを知覚する。
「っ……」
「目が、覚めましたか」
痛みにより意識が覚醒。目を少しずつ開け、無理にでも身体を上げようとする。
「ああっ、そのままで結構です……今は、身体を……いえ、なんでも、ありません」
布団の隣、凡そ二メートルは離れたところで一人の少女が正座していた。その表情は酷く不安そうで、罪悪感で一杯なのだと察せられる。
幼いのか、感情を殺す技術がまだ未熟であることが分かる。
「……ええと、初めまして?」
ゆえにクリスティアは、ファーストコンタクトを試みる。声が落ち着いていたのはクリスティア自身が特に怒りを覚えていないからである。
「え、あっ、はい……はじめ、まして」
エルフの少女は戸惑いながらも何とか返す。当たり前のように挨拶で返されることを予想していなかったのだろう。
それを少しだけ可笑しく思いながらクリスティアは自己紹介を行う。
「私は『きゅるる~』」
可愛らしい鳴き声、それはクリスティアの腹部から鳴った。
クリスティアは頬を紅潮される、腹部の鳴き声、脱力感――――クリスティアは、空腹状態である。
「……ごめんなさい」
「い、いえっ。状況からして半日は食事をしていないようですので、無理もないかと……それで、あの、食事をお持ちしました」
エルフの少女は恐る恐る、茶わんと蓮華、そして水の乗るトレイを差し出す。
「……頂いても、よいのですか?」
「それは勿論です……! ただ、用意できるものが粥というのが申し訳なくて……それでそれは顎にヒビが入っておりまして」
「落ち着いて、深呼吸、深呼吸を……」
クリスティアが小声で促すと、エルフの少女は深呼吸を繰り返す。
そしてある程度、落ち着いたところでクリスティアは話す。
「まず言っておきますと、私は特に怒っておりません」
「え……」
クリスティアは己の心情を正直に明かす。
クリスティアは怒っていない。その事実にエルフの少女は困惑する。
しかしそれを本気で言っている・・・・・・・・ということが輪をかけて彼女を困惑させていた。
「それでは、いただきます」
「ひゃ、ひゃい! どうぞ」
クリスティアは蓮華を手に取り――――痛みのあまり、落してしまう。
指を見ると全てに包帯が巻かれており、感覚で〝爪が無い〟と気付いた。
「……その、申し訳ないの、ですが、食事の手伝いを、お願い、しても……」
「します、します! やらせていただきますっ!」
「……はい、よろしくお願いします……」
粥は味気ないシンプルなモノである。具はペースト状寸前まで細かくした野菜に魚を極限まで解したもの――――クリスティアの状態では、それぐらいでなければ受け付けられないのだ。
「(……しばらくはペースト状の物しか、食べれなさそうですね)」
顎、腹部、臀部、背中、指――――総じて満身創痍。
声を出す度痛みが走り、モノを噛めず、歩く度に痛みが走り、座ることすらままならず、仰向けにもなれず、そして物も掴めない。
一日中、うつ伏せで介護してもらう必要があるほどの満身創痍。
「――――では改めて自己紹介をします。私はクリスティア・アルトマーレ、旅人です」
食事を終え、一息ついてから挨拶を再開する。
傷が傷であるが、クリスティアは痛みに耐えながら正座で話をする。礼儀を重んじているがための対応である。
「よ、よろしくお願いしますっ。私はマリン、この里で長をしております」
「はい、よろしくお願いします」
クリスティアは礼儀正しく拳を地面に立て、頭を下げる。身体の至るところが悲鳴を上げるが気にしない。
クリスティアが顔を上げると、マリンは明らかに動揺していた。
「こちらの文化に、詳しいですね……何故男性のマナーなのかは分かりませんが」
「学びましたゆえ」
クリスティアの対応にマリンの罪悪感は確実に増幅した。
クリスティアはそれを察し、話題の転換をする。
「話は変わりますが、マリンさんに一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか」
「え、ええ、どうぞ……はい」
クリスティアは自分が里に来た目的を簡潔に、一言で告げる。
「この里に滞在する許可をください……一週間ほどで出ていきます」
結婚相手を探さなくても済む条件――――指定された場所に一週間ずつ滞在すること。そのための許可を求めた。
「……マリンさん?」
クリスティアはマリンの名を呼ぶ。それは数秒待っても反応が無かったためだ。
「クリスティアさん……その、それだけ……ですか?」
「……? はい、勿論、可能な限りにはなりますが仕事も手伝います。必要ならお金も」
「い、いえ! そうじゃなくて! その、賠償金とか……」
マリンはクリスティアの身体をチラリと観る。至るとことに痣を隠す包帯やガーゼが貼られている身体――――有り体に言えば満身創痍、見ているだけで心が軋む有様である。
その状態にされた場合、通常ならば怒り狂うだろう。何故ならクリスティアからすれば恩を仇で返された状況なのだから。
「特に必要はありません。見たところ身体に薬などを塗ってもらっています、それと食事と寝床を用意してくださっただけで十分すぎるほどです…………あと、慣れてますので」
「っ……」
クリスティアの言葉にマリンは心が軋むのを知覚した。
『慣れてますので・・・・・・・』の一言、その一言に深い哀愁を漂わせるのだ。このクリスティア・アルトマーレという少女は。
「クリスティアさん……謝罪が遅れてしまい、申し訳ございません。
この度は私どもの不手際で大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
それは里の長としての責任。里の人間が起こした不祥事をしっかりと謝罪する。
マリンは己のそれだけはしたかった、それだけはしなくてはならないと感じていた。そうしなければこれ以上、目の前の人と目を合わせることすら出来なくなりそうだったからだ。
「…………」
それを受けたクリスティアは、少しだけ考え込む。そして数秒の沈黙を経て。
「はい、許します」
一言、そう告げた。それはマリンとの関係を良好にするために必要な作業。その一過程である。
クリスティアは経験則で知っていた。この後、関係を良好にするには〝相手の罪悪感〟を如何に減らすかが重要であると。そして。
「…………」
パタンという音がした。
「……?」
クリスティア、死去。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇえぇぇぇぇぇッ!?」
クリスティアに巻かれた包帯は血に染まっている。
無理な姿勢を維持していたせいで、傷口が開いていたのだろう。その状態で会話を続けていたという頭の悪い図がマリンの脳裏に浮かんだ。
◆◇◆
「安静にしてくださいね……」
「はい、わかりました……何度も申し訳ありません」
マリンは包帯を巻きなおし蘇生したクリスティアへ呆れながら注意する。呆れも見れるが先ほどより余裕が見え、溝も少しだけ埋まっていた。
「…………」
「……?」
マリンは横になるクリスティアを見て、頬を赤らめ顔を逸らす。
「……クリスティアさん」
「はい」
マリンは小声でクリスティアの名を呼ぶ。
「…………結婚相手、紹介した方が良いですか……?」
「ふぇ」
クリスティアは変な声を出す。小動物を思わせる困惑ぶりである。
「特に必要とはしていません」
即答である。
「え、でも結婚相手探しの旅と……」
即答である。
「おやすみなさい……いたっ」
側頭である。
「あの……枕は何処いずこへ」
「私の掌の上で踊っていますよ」
「表現が独創的ですね」
「ありがとうございますっ♪」
「…………」
「…………」
足刀である。
「……!」
――――否。クリスティアの足刀は放たれることなく無為に終わる。
クリスティアは己の身体が動かないことに気付く。マリンの内に秘められた渇望、それが具現し、発動した力は【包帯で縛んなやホーリー・バインド】。
己の力、その真骨頂を発揮したマリンは悦に浸りきった笑みを浮かべた――――なんと無様であろうことか、と。
「甘い、甘いわっ。どうして私が足を縛らないと思ったのかしらこの子羊ちゃんは。私、一度した失敗は繰り返さない派なの♡ ああ、ああっ、貴女はどこまでも追われ続ける子兎……救いを誰より求めてくる癖に絶対に届けない愛の奴隷。
驚いて可哀想に……ねえ、いまどんな気持ち? 悲しい? 怖い? 苦しい? 泣きたい?――分からない? 何も感じない? あらあら壊れちゃった?
うふふ、うふふふふ。あははははは、はははは、は、っはは…………あ」
狂ったように哄笑を響かせるマリン。
最高に甘美だ、と叫ぶ姿はあまりにも中二病で――――マリンは、我に返った。
「…………ごめんなさい。悪戯が成功して、少しだけ興奮、してしまいました……」
「マリンさんは面白い方なのですね(…………少し? すこし……スコシ。何かの暗号でしょうか……)」
マリンは中二病。割とどうでもいい真実を前に、クリスティアは諦めたように笑んだ。
「そうですね……認めます。私は結婚相手探しの旅をしております……ですが名目上ですので、私個人は特に求めていません」
「……では、クリスティアさんは何故旅をしているのですか?」
「…………それ、は」
名目上、そうクリスティアの結婚相手探しは名目上なのだ。オーヴィス・ブレンナーとの契約のため、旅を続けているに過ぎない。
――――つまり、クリスティア自身の目的が今まで明確にされてこなかったのだ。
「(いい機会だし、私が旅する目的を明確するのも良いかもしれません)」
これから先リストの場所に滞在する際、旅の目的を聞かれることは何度もあるだろう。
その際、毎回言葉を濁していては不審に思われる……だからこそ、明確化するのは早めにした方が利は多い。
「…………」
クリスティアは自分の手を見る。包帯で巻かれ、微かに血が滲んでいる指だ。動かすだけで痛みが走る。
「…………安息」
「安息……?」
無意識に出た言葉はそれだけ。しかしそれゆえにその言葉、概念には何よりも深い渇望想いが関係している。
「…………私は、私が旅をする理由は」
クリスティアが求めるモノ。平和になった世で、英雄が必要とされない世で、彼女が求めているモノは……。
「安住の地。それが私の旅をする理由です」
彼女は己の目的を答えた。簡潔に、この上なくシンプルに。それは間違いなく彼女が求めているものだ。そう、だからこそ・・・・彼女は気付けなかった。見落としてしまったのだ……。
後書きーーーーーーーーーーーーーーーーー
もう要介護レベルでぼろぼろなのに、頑張って立ち上がってる姿……いいよね。
ってか何で君、顎の骨にヒビはいってんのに当たり前に話してんの?
クリス『慣れました……流石に血を噴き出しながら行動するのは無理ですけれど』(死んだ魚の目)
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