第4話、結婚相手って……
■■■■■は絶対に救われない。
そう答えたのは彼の傍に追従していた勇者。
言葉の意味を問い掛けた。何故、どういう意味だ、どうして、と。
その問いに彼は答えた、一言。本当に純粋な一言で答えた。
「破綻者だからだよ」
破綻者。人として終わっている。ゆえに救われないと断言していたのだ。
◆◇◆
「え……治っ、た……?」
「嘘、だろ……? 祝福で再生を可能とするのは十年近くの修業が必要なはずだぞ!?」
「聖女さまでさえ習得に8年は……あれ? 8秒だったっけ」
「8、6秒だよバーカ」「あ、そうだなったな……ん? なんか違くね?」
目の前で起きた光景に周囲が漠然とした。それだけクリスティアの行ったことは異常だったのだ。
悪い意味などではない、むしろ歓迎すべき事態だ。その証拠に。
「(聖女の胎の派生のようですし、もしかして吸った魔力量に比例を……?)」
「お嬢ちゃん!」
「ひゃいっ!」
「あ、すまん」
クリスティアは急に詰め寄られ思わず声を上げる。
「(? 今の、もしかして私の声ですか……!?)」
予想より女の子っぽい反応が出てしまい困惑しようとする。しかし周囲の熱量が思考をする暇を許してくれない。
「ありがとう、ありがとう……! 君のおかげでまた、また僕は……!」
「どういたしまして……?(ど、どう反応すれば……!)」
ルバートは跪いて涙を流す。当然、それに対し困惑するクリスティア。
だがそんな困惑は次の瞬間に吹き飛ぶことになる。
「すげーーーーーッ!! やべーーーーッ!」
「おいおい、新たな聖女の誕生か?」
「オ、オレの動かなくなった足も頼む!! 金なら言い値で払う! 望むなら夜の世話も」
周囲の歓声。それはクリスティアの神童とも言えるほどの能力に対する賞賛である。
加え現在、世の中はまだ暗い雰囲気であるため、尚更拍車がかかっているのだろう。
「あと何度使えるかは分かりませんが、怪我がある方は治しますよ」
少しだけ笑みを綻ばせて告げる声はまるで天女のようであり、街中から怪我人を集めようとする酔狂な人間もいた。
「(力は失いましたが、これならお釣りくるほどですね)」
英雄は未だ健在なり。結果だけを告げるならば彼女の祝福は制限と言うものが存在していなかった。
腕も足も、不治の病でさえ治してしまう祝福。それを制限なしで使い続けることを可能とする異能。
加え本人の性格も相俟って瞬く間に有名人と成る。
◆◇◆
数日後、ギルドにて。
「すげー! 本当に治った!! ありがとなクリスちゃん」
「どういたしまして」
クリスティアは少しだけ困った風に笑う。褒められることになれないためだろう。
その表情は美貌と相まって、儚げな美少女に見えるのだから不思議なモノだ。
「この後、お出かけしない?」
「お断りします」
「先っぽ! 先っぽだけでいいから!」
「下心満載だから断られるのだと気付いてください」
「(´・ω・`)」
冒険者はクリスティアにお金を渡すと依頼を見に行った。
「お金はいらないのですが……」
「貢ぎたいだけさ、他意しかないから貰っとけ」
「他意しかないから受け取りたくないんですよ」
「(´・ω・`)」
クリスティアは先日、祝福にて身体の欠損を修復させた。その後、大騒ぎになったがギルドの対応で早々に沈められた。
結果としてクリスティアはギルドで働かせてもらえるようになったのだ。ギルドが給金を払う代わりに冒険者の治療を行う……それによりある程度安定した金稼ぎを可能としていた。
「(この調子なら一週間もしない内に旅に出れるかな)」
それまでに頬の痣が治ればいいけれど、と付け足しながら治療を行い続けた。
「(結婚相手を探す旅なら頬に痣があるのは少し恥ずかし――――ん?)」
クリスティアは旅の目的を確認する中、一つの違和感を抱いた。
「結婚、相手……?」
クリスティアは視線を下に向ける。そこには女性特有の繊細で綺麗な指と、慎ましくも微かに膨らみがある胸部――――要は女の子の身体である。
「…………」
そこで気が付いた。ようやく気が付いた。気が付いてしまった。
「すー……はーー……」
深呼吸。そして。
「(え、婿探すの?)」
旅の目的を理解した。
◆◇◆
同刻、デシュタール家。
「何ぃ? アイツの腕が治ってるだと?」
「はい……それも全盛期を越えるほどの実力を取り戻しているようです」
小太りのハゲたオッサンは部下の報告に若干の苛立ちを見せる。
その報告はデシュタール家の庶子――ルバートの腕が完治した、というものである。
「……あの弟は戦争が終わったというのを知らないのか。哀れだなぁ、本当に」
「はい、今更腕が治ったところで倒す相手などいないのに……本当に滑稽ですな、まるで……ええっと……猿のようだ」
例えが思い付かなかったようだ。滑稽ですな。
「いやいや、僕ちんは彼を可哀想だと思ってるんだぞ? だって家族だもんなぁ、ルバートは」
「! ッ! マ〇マイン、じゃねえやマルマイル様は本当に家族愛に溢れた御方ですな!!」
ハゲは自分の顎を撫でてムフフと笑う。
「なあ、ルバートの右腕が治ったってことは……それを治した薬があるってことだよねぇ?」
「え、あ……」
ハゲは推理する。ルバートの右腕は切断されていた、なのにも拘らず完治したのだ。
その情報だけで推理してみせたハゲは恐ろしく笑顔だった。流石は迷探偵と呼ぶべき存在だ。
「切断された腕を再生させるなんて、手段は一つしかないだろぅ?
伝説の秘薬エクリ」
「街に強力な神官が訪れたそうで……」
「…………」
沈黙。そして貧弱ビンタ。執事、倒れる。
「間違いは誰にでもあるだろ!! なんでそんなに責めるんだよ!! いいじゃんか、一回くらいの間違い見逃してくれたって!!」
「ぐへぇ、何もっ、言ってっませッん」
「屁理屈言うな!! 目が言ってたんだよ!!」
唐突に起こす癇癪。理不尽過ぎる暴力が執事を襲う。美少女に殴られれば満更でもなのに、豚男に殴られれば文句を言いたくなるものだ。
「はぁー、つまんな。それで? その神官の情報はねえの? 映像結晶とか」
「は、はい……門番をやらせてる男に撮らせてきました」
近くの机に水晶を置き、クリスティアの姿が映し出される。献身的に祝福を行う姿である。
それを見てデブは。
「…………じゅるっ」
頬を赤らめた。年甲斐もなく股間にテントを設置し、口からは口臭型殺戮兵器を垂れ流す。
瞳に宿るは獣欲。
デブは焦らしプレイという単語を辞書から消した男だ。ゆえに次に取る行動は決定していた。
「…………せ」
「はい?」
呟く声は涎を吸い上げる音のせいで上手く聞き取れない。ゆえに再度聞き直す。
「ここに結婚式場を立てさせる……! 大工をよべぇ!」
涎が飛ぶ。執事の顔面に掛かった。
◆◇◆
「(ジャガイモ、安いですね)」
クリスティアはギルドでの仕事を終えて帰り路を歩いていた。
帰り道は大通りを使用しており、彼女はそこで夕食の材料を見ていた。
「……ぁ」
その時、彼女は立ち止まってしまった。視線がある一点に固定される。視線の先は雑誌コーナー。
なんてことのない普通の商品棚、その前面に置いてある雑誌が目に入ったのだ。
「(……英雄の、不祥事)」
【英雄アーノルド様、ダイナミック寝取り! 流石は英雄と称賛する声】と表紙には書かれている。
「(……凄い、不倫に対してのコメントが全部肯定の意見です)」
軽くめくっていく中で、クリスティアは途轍もない違和感を覚える。
【結婚一年目の妻を寝取られた貴族Bのコメント
「王族の僕から妻を寝取るなんて、本当に凄い奴だよ。はは」と笑顔で答えてくれました。この後、妻が抱かれるのを目の前で見てくる予定だから、と伝えて出ていきました。】
不倫の記事なのに全てが肯定という謎の構成。一種の怪奇小説として売り出せるほどだろう。
「…………ごめんなさい」
少しだけ心が軋む音。許しを請う声は、とても小さく、とても悲痛に満ちたものだった。
「凄いな、アーノルド様は。羨ましい限りだ」
「……なあ、この記事、何か変じゃないか……?」
そこを通る二人の男。その内の一人は記事を見て、少しだけ違和感を覚える。――しかし。
「? 何もおかしくないだろ? 何を言ってるんだ?」
「……うん? あ、あれ、本当だ……すまん、気のせいだったみたいだ」
すぐに自分の間違いを修正し、雑誌を一冊買った。
◆◇◆
「(肉ジャガ作るのは久しぶりです)」
クリスティアは紙袋を腕に抱えて街を歩いていた。
紙袋の中には肉じゃがの材料が入っている。彼女はそれを見て、柔らかな笑みを浮かべる。
「(以前はジャガイモを買えば皆さんの要望でめんつゆバター煮にしてました、懐かしい物です……)」
クリスティアは懐かしむようにジャガイモの一つを手に持つ。
ジャガイモのめんつゆバター煮……酒のつまみに合うため、クリスティアが軍人の時はよく部下に作ってくれと言われたのだ。
作り方はそこまで難しくないのに何故か自分たちの上官クリスティアに作らせる根性に当時は感服したものです、と独り言ちた。
「…………」
次の瞬間。クリスティアの視線が変わった。
「……誰ですか」
平穏の愛する少女から戦闘者の覇気を宿した女傑へ。
荷物を即座に降ろし腰の短刀へ手を伸ばす。
「へえ、勘が鋭いんだなー。頭いいっぽい女の子、俺好きだぜ?」
路地から姿を現したのは男が三名。
手には棒や縄、といったものが握られている。視線は明らかに下卑たもので、クリスティアは嫌悪の念を滲ませる。
「門番さんでしたか、どうしましたか」
「ん~? いやぁ、宿まで護衛してあげようと思ってさ……ダメかねえ?」
護衛。なんと優しい人たちなのだろう。何故か男たちはクリスティアを囲んでいるが気のせいだ。きっと気のせいだ。
「はい、ダメです」
「へえ、じゃあ……ちょっと痛いけど我慢してね」
「はい、全力で抵抗します」
短刀に手を添え構えを取る。それは剣術の構えではなくボクシングで使う構えに近かった。
右手を盾代わりで前に、短刀を逆手に持った左手を控えさせる。
「(勝利条件は脱出。背後には壁、武器のリーチは少し厳しい。右腕には一応籠手を仕込んでますが、どこまで通用するか……)」
現在彼女は能力が弱まっている。ゆえに剣を持つことが出来ず、一人倒せるかも怪しいほどだ。
「(突っ込めば囲まれて負けますね……なら、カウンターで決めるッ!)」
「ふんッ!」
左側を陣取る男が棒を振り降ろされる。
クリスティアはそれを見切り、短刀の刃で流し喉元へと――
【もっと たくさん 首が欲しい】
「……ッ」
否、喉元を切り裂く寸前で軌道修正。三日月形に放たれた斬撃と呼ぶには幼い攻撃。
それは男の頬を一撫でするという成果をあげる。それだけで怯ませるには十分すぎるものだった。
「ぐ、ぁぁあぁッ!」
身体を半回転、短刀を逆手から順手へ。見事な足運び、重心移動は思わず見惚れてしまうほどに美しかった。
「っ、っ…ぅ……! 眠ってろッ!」
そして落としの一撃は胸元の秘中へ。
少女の力、しかも短刀の頭で打った攻撃は即死とは行かず気絶に留めた。
「なッ!?」
予想外すぎる反撃。まさか愛らしい少女に必要最低限の力で一人潰されたのだ。困惑するしかないだろう。
「(よし、これで逃げられる……! 早く、早くこの場所から、逃げないと)」
一人崩れたため、即座に逃亡を決意する――口から涎が零れてしまう前に早く、と。
質も量も劣っているのだ、当然の判断だろう。英雄堕ちて尚、陰りを知らず。
――――だが悲しいかな。丁度足元にジャガイモが転がってるよ。
「――へ?」
ズッサァァァァッ! 素晴らしいドジである。シリアスな状況でこれを成すとは恐れ入る。英雄堕ちて尚、陰りを知らず。
後書きーーーーーーーーーーーーーー
次回、待望のリョナシーン。主に私が待っていた。
よく作品タイトルにある『受難』って愛されすぎて困る、
というのをイメージするかもしれませんがこの作品では冗談抜きで受難
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