エピローグ

日本国、東京国際展示場にて。


国際サンドスターシンポジウム。

世界中のサンドスター研究の第一人者が集う、世界最大規模の学会。


高名な年配の研究者がひしめく中。

学生の雰囲気すら感じる、新進気鋭の異彩を放つ研究者の集団があった。


彼らは ”国境なき研究集団” にして、世界最先端級のサンドスター工学を有する洋上の巨塔。


午前11:00。

「それでは次の発表に移ります」


司会の言葉と同時に、その研究者の群れから一人の若人が前へ出る。

その背には、かつて全てを失い、生きることを放棄した面影はもう無かった。


「”サンドスター励起光レーザの工学的応用”について、サンドスター工学総合研究所、主席研究員のシュウキさんが発表いたします」

「よろしくお願いいたします。まず研究背景といたしまして...」


...


発表を終え、二人の研究者が言葉を交わす。


「今回も最高の発表だったな、シュウキ主席」

「いえいえ、反省点も多々あります。更に精進致しますよ、チヨ主席」

「それ以上精進されると私の立場が無いぞ。しかし本当にやってくれた。サンドスター励起光レーザ、量子AM加工、サンドスタークライオトロン、フォノン熱電変換結晶、どれも凄まじい研究結果なうえ、実用化までしてしまうとは」

「日々の研究努力と皆様の協力のお陰です。セル...を使った成果を発表出来たら面白いのですが」

「それは船外不出だぞ? まあお陰でうちは真の意味で自他ともに認める”国境なき研究集団”となれた。パークセントラルに籠城する女王型や他の勢力誕生などの懸念事項は有るがな」

「とりあえず女王型によるパーク外への公害およびパーク近海のセルリアン駆逐が急務ですね。あと研究所の運営体制の改良も重要です。アイツのような管理者にはなりたくないですから」

「それもそうだな、今できる事を全力でやろう」


そんな中、会場入り口で何やら喧騒がおこる。


「お引き取り下さい...!!このっ...」

「ハァ...ハァ...離せ!警備員の分際で...私を誰だと思ってる!!」

「知りませんから! ですから学会会場へは入場許可証が必要だと...!!」


二人の若い研究者はその暴れる老人を見て、一瞬で顔をしかめる。


「何やら騒がしいな」

「そのようですね...というか、あの捕まってる方...」

「ああ...間違いない」

「きっと私たちに用ですよ。行きますか」

「ああ、行ってみよう」


警備員に取り押さえられている老人へ、二人の若者は歩み寄る。


「クソっ...分からないのかこのボンクラ警備員!!私は世界の...」

「お久しぶりです。世界の大教授」

「あ゛っ、シュウキ!良かった、探す手間が省けた!」

「覚えてますか。私もOBのチヨです。表へ出ましょう大先生。警備員さん、もう大丈夫です。持ち場の方へ」

「あっはい...」


三人は会場の外へと向かい、警備員は元の場所へと戻る。

その老人は、もはやかつてのジャパリ大学名誉教授の面影も無く、ほつれたスーツにシャツも黄ばみ、明日を生きるのが困難だと言わんばかりであった。


「シュウキ、チヨ、元気してたか!? 」

「「用件は」」

「えっ...あ、ああ、き、君達は本当に良くやった! 私も君たちの事は元々評価し」

「「用件は」」


安い褒め言葉に、チヨとシュウキはコンピュータのような冷たい声で同時に返す。


「...ちょっと成果出たからって調子に乗りやがって...」

「「今何と?」」

「あっ、いや...その、き、君達の発明は非常に有用だと思うのだが...私のアドバイスが有ればより素晴らしい物になる。だから、」

「「...(ジトー)」」

「その、私をRISEに...入れろ」


その言葉に、シュウキとチヨの視線は-253℃の液体水素のように凍てつく。

一刻の無音の後、先に口を開いたのはシュウキだった。


「成る程、私の論文を盗んで称賛を浴び、アニマルガールの楽園を穴だらけにして金儲けを狙ったところ、いつの間にか学生が全然入ってこなくなったので天下り研究者に無理やり実験させてたらセルリューム爆発事故。どこからの告げ口でハラスメントもバレて大学も追放された老人をウチで介護しろと」

「は!? お前どこでそんなに詳しく...!」


事実を告げられた”元”教授は、手のひらを返して攻撃的になる。


「親切に接してりゃあ付け上がりやがって...!そんな目上への敬意の欠片も無い研究者は底が知れている! お前らは何をやってもダメだ!」

「何だ、ダメそうなら捨て台詞か」

「ゃあかましい!!才能があろうが態度がいかん!シュウキ、 叱られたら”ありがとうございます”と言って笑顔で精進するのが当然だというのに、お前は分かりましたと言うだけだ。そんな奴は成長しないぞ!?」

「”底が知れた敬意の欠片も無い研究者”が言うと説得力が有りますね。チヨさん」

「ああ、確かに”何をやってもダメ”だな。偉大な偉大な”ネオ・フューエル計画”はどうした?」

「きっき、き、貴様らぁぁぁぁぁぁ!!!!」


老人は真っ赤になって怒るが、もはや何も言い返せない。

血色の良い頭皮はシャンデリアのきらめきを照り返し、それはシュウキの冷たかった視線を多少柔らかくする。


「フフッ、まあ良いでしょう。RISE入所は難しくても系列団体への斡旋なら行えます」

「...お?」

「おいシュウキ、良いのか?」

「ええ。人を欲しがっていた所が有りますので」

「お、おお、それだ!シュウキ、やればできるじゃないか! チヨとは違うな!」

「お前...」

「早速手配しておきますね、先生。”トヅカ・フォレスト”という団体と交流が有りますので」

「おう、分かった! 何をすればいい?」

「植林ボランティアです。苗木を植えますので...」

「分かった、ボランティアの連中の現場監督だな?任せておけ、学生の管理は本業だからな!」

「...まあそう思って頂いても構いません」

「報酬はどれくらいだ?」

「ボランティアですが」

「バカが、現場監督みたいな職員は給料が出るだろ、常識もまだ知らんのか?」

「...現場監督には月給20万円相当の生活費が支給されます」

「ハッ...昔に比べれば鳥の糞だが...まあ良いだろう! じゃあ登録やっておけよ。明日までにだ」


老人は嬉々として走り去り、そのまま近場のパチンコ店に入店した。

久々の収入確定で気が緩んだのだろうか。


満足げなシュウキと、少々むっとしたチヨ。

静寂を取り戻した2人は会話を始める。


「シュウキ、良かったのか? わざわざ君の手でアイツを斡旋して」

「ええ、良いんですよ」

「トヅカ・フォレストだったか...何の団体だ?」

「環境保護と犯罪者の更正です。海外での植林活動を通じて、問題の有る方の社会復帰を促します」

「なるほど...そんな団体と我が所は交流が有ったのか?」


シュウキはうすら笑いを表情に浮かべる。


「いいえ、全く」

「え...じゃあどうやって斡旋するんだ?」

「トヅカ・フォレストの公式ホームページから」

「うん」

「アイツの名前で普通にエントリーシートを出します」

「えぇ...」


チヨの不満げな表情は、ひきつった笑顔へと変わる。


「どうです、斡旋しましたよ?」

「それだとアイツ、現場でひたすら木植えるだけでは」

「そうですよ?」

「現場監督っていうのは嘘か?」

「さっき、”貴方を現場監督にしてあげます♡” など私が一言でも言いましたか?」

「ああ...言ってない。アイツが勘違いしてまくし立てただけか...じゃあ給料は?」

「はっきりボランティアと言ったではないですか。食事と寝床は支給されますが金銭報酬は無いので、無償で自然に貢献する喜びを死ぬまで味わって頂けると思います。あと解約条件は私が”更正したので彼を許してあげて♡”と申告することですね」

「ほぼ永遠に解約されないな」

「さぁ...どうでしょうねぇ...」

「アンタも大概人が悪いな?」

「いえいえ、アイツに限っては仕方ないではないですか。核燃料採掘場での強制労働にしなかっただけ私は天使ですよ」

「ひー怖い。シュウキさんを怒らせるのはやめておこう」


...


一週間後、リビア、サハラ砂漠にて。


ザック...ザック...


「ちょっとオッさ~ん、ペース遅くないッスかぁ?」

「う...うるさい...ガキの癖に...」

「オ前ラ!! 植林ノルマ半分モイッテネーゾ!!働ケ!!」

「あーはいはいアグリーアグリー」

「特ニソコノジジイ、メッチャ遅イゾ!」

「きっ...貴ッ様ァ...誰に対してそんな口を!! こんな契約、破棄だ!」

「ココニ来ルノハ社会ノ ”クズ” ダケダ!オ前ニ契約破棄ノ権限ハ無イ! マア逃ゲタケリャ逃ゲロ。辺リノ武装集団ニハチノ巣ニサレルダケダガナ」

「この...学も無いクソ土民のクセに...」

ドガッ

「ぐわぁ!年寄りを殴るな!」

「ナラ二度ト土民ナドト、ホザクナ。差別主義者ガ」

「フゥー...フゥー...」

「年喰ったくせに無駄口叩いてっからだ爺さん」

「だっ黙れ...貴様なんぞよりも何十年も長く生きてきたんだ。全く近頃の若いのは...」

「じゃあ何スかその体たらくは。その何十年間何してたんすか」

「ぐぅっっ...!!!」


ー黎明のシュウキ律 完ー

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黎明のシュウキ律 きまぐれヒコーキ @space_plane

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