LAST:黎明のシュウキ律

「それで、どうすればそれを止められますか」


そう、我に返った頭でラッキービーストの向こう側の者に問いかける。


「世界水準を大幅に越えるサンドスター、セルリューム工学技術を我々が保有し、世界各国に対して発言力を持つ。そしてセルリューム研究の危険性を明白にし、あの研究室の体制でセルリューム工学をやる事に問題が有ると暴露する」

「正当な方法ですね」

「我々とて危うい研究をしている印象は持たれているからな、手段は正当が一番だ。幸い我々に好意的もしくは中立的な団体も多い。現時点ではあの教授一派以外に敵対勢力は居ないが、今後の事も考えて世界最先端の力が必要だ。セルリューム崩壊放射光の論文を書き上げ、あのタービン機関を独りで開発できる君の力が必要なんだよ」


私の力が必要とされている。

この楽園にも、薄汚い連中の魔の手が伸びようとしている。


私には技術力しかない。

だが、幸いそれだけは、世界を相手取るだけの力があるようだ。

もう、戦うしかない。


しかし、私にやれるか。

アイツにまた負けたら。

勝てるなんて保証は、この世にはない。


この世は

生まれることを拒めない。

死ぬことも許されない。

幸せになれる保証も、不幸になった補填もない。


だから、また同じように敗れ去っても、何もおかしくない。

怖い。


迷いと共にラッキービーストから視線を逸らすと、スパーグの寝顔が目に入る。


私の古巣が貴方の巣を破壊しようとしている。

絶対にそんなことさせたくない。

でも私にそれができるか、不安だ。


「分かりました。RISE入所、退院までに結論を出させて頂きます」

「了解した。良い返答を待っている。入所する意志が有れば艦橋に来てその旨を伝えてくれ」


その言葉を最期に、ラッキービーストの通信は途絶える。

優柔不断だな、私は。



「ん...ぐ...」

夜明けと共に、朝日が船窓から差し込む。

その光は、私が目覚めてからもずっと眠りこけていたスパーグをやさしく起こす。


「ん...あ...あ! シュウキ! よかった! よかったぁぁぁぁぁぁ!!!!」


起きて早々、スパーグは私の体に飛びつく。

その顔が当たる胸の肌に、暖かい雫が落ちる感覚を覚える。


「ご心配おかけしました...私は大丈夫です」

「ラッキービーストが! 治るって言ってくれてたけどやっぱり心配でっ...心配でぇぇぇ!!」

「どうやらここの医者は凄いらしいです。そしてここまで運んでくれてありがとう」

「それもラッキーが案内してくれたの...!! 本当に無事でよかった...」


スパーグはひとしきり叫ぶと、次第に落ち着いていった。

いつもは私が目を真っ赤にしていたが、今日はスパーグの番だった。


「ねえ、もしかして教授と戦う気になった?」


泣き止んだスパーグは、真っ赤な目で核心を突く。

何だ、起きて聞いていたのかこの子は?

そんなわけ無いのだろうが。


「藪から棒ですね...今悩んでいるところです」

「へぇ...! じゃあ選択肢には入ったんだ?」

「ええ、ラッキービーストと少々お話をしましてね」


「私の力が必要とされている。戦う理由もある。しかし前も言った通り、ここに来るまでは全てを失っていました。再び立ち上がったとして...上手くやれるか、誰かの期待に応えられるか、不安です」

「そっか...まあそうよね」


スパーグも頭が冷えたらしく、もう怒りで叫びはしなかった。

もっとも、さっき叫び散らかした私が言えたものではないが。


「それでも、私は君なら絶対にできると思うな」


その時のスパーグの瞳は、深い輝きと核心を持った、美しい瞳だった。


「...どうしてそう言えますか」

「だってさ、君のその...パソコン、だっけ。その設計してるの、新しい発明品でしょ? ここの紙も何か色々書いてあるし、私が寝てる間に夢中で何か作ってたんでしょ」


バレてた。

まあ何か月か一緒に居る仲だ。何してるかくらい分かるか。

でもまだこれは...


「ああ、いや、まだこれは構想段階で...」

「十分よ構想で。だって夢って構想じゃない。今までの君には夢すら無かった。でも今はその”構想”を練ってる。今まで見たことの無いような、キラキラした瞳で」


気付かなかった。

確かにいつもの感覚と違う。

パソコンを叩く手が軽い。

吐き気も全くしない。

これらの装置が形になるのを早く見たい。

ワクワクが止まらない。


いや、いつもの感覚と違うのではない。

大学の研究室に入る前。

好きな勉強をしている時。

作りたいモノを作っている時。

その時の、モノづくりの本来の感覚。

それが久しぶりに私に宿っている。


「いつでも君は君だけど、今の君は今までとは違う。絶対に何でも成し遂げられる目をしてる」


俗世を離れ、自然に触れ、暖かい心に触れ。

そうしているうちに、私の心は何かが変わったのかもしれない。


「ありがとう」

「え、どうして?」

「貴方がくれたんです。この...何て言いますか...状態は」

「君が自力で手に入れたのよ。私は何もしてないわ」

「そうですか。では勝手に感謝させて頂きます」

「アハハッ、それなら私にはどうしようもないね」


朝日に照らされた彼女は美しかった。

この人の前でこれ以上腑抜けでいてはならない。

もう決意を固めよう。


「スパーグさん」

「うん」

「私は戦います。この船の仲間となって」

「...私にはこの船が何なのかまだ分かってないけど...それが君のやり方なんだね」

「はい。紛れもなく」

「そっか、健闘を祈ってる。また会いましょうね」

「ええ、もちろん」


決意を語った私を、スパーグは勇ましくも優しい瞳で見守る。

そして彼女も改めて、口を開く。


「私もね、やりたいこと、見つけたんだ」

「そうですか、どんなものですか?」

「君が成長するのを助けられて、私自身とっても嬉しかった。だからまだ生まれたてのフレンズを育てて、その成長の助けになりたい。そう思ったの」

「お師匠様ですか、とてもいいですね。(アイツと違って)貴方になら一生ついて行きたいくらいです」

「照れるわね...じゃあ本気で目指そうかな!(何か一瞬負のオーラが見えたような)」

「船の上からで良ければいつでも応援していますよ!」


互いに決心を固め、スパーグは窓の、私は艦橋へ繋がるドアの前に立つ。


「「それじゃあ」」


「折れるんじゃないわよ?」

「お互いにです!」


...


羽音と自動扉の閉まる音を最後に、朝日が照らす病室は静まり返る。


長い長い夜が明けた。

素敵な者に出会った。

戦う理由も新しく拾った。


この世は

生まれることを拒めない。

死ぬことも許されない。

幸せになれる保証も、不幸になった補填もない。


だったら、好きに生きていいはずだ。

アイツのように誰かを理不尽に不幸にしない限り。

私のモノづくりを邪魔する資格など、誰も持たない。


命ある限り、この地獄に刃向かってみせよう。

今、此処が、この研究者シュウキの黎明だ。


研究所らしい無機質な長い廊下の先には、艦橋への扉がはっきりと見えていた。

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