6:サンドスター工学総合研究所「RISE」

....






「...ん」


何だここは。

あの世か?


「...そんなわけ...無いか」


質素だが小綺麗な病室らしき部屋。

そして、ベッドに頭を乗せ突っ伏しているスパーグ。


どうやら現実の続きだ。

しかしここは。

そんなことを思っていると、不意に足元から無機質な音声が聞こえた。


「シュウキ殿、オ目覚メデスカ?」


電子音声の元へ視線を向けると、そこには耳の生えた、頭の大きさくらいの青色のロボット”ラッキービースト”がいた。

すぐさまラッキービーストは通話モードとなり、女性の声が私に話しかける。


「良かった。治療は成功のようだな」

「助けてくれたのは貴方でしょうか」

「そうなる」

「ここは...?」

「我々の船、つまり海の上だ。ラッキービーストに案内させ、そこの鳥アニマルガールにここまで運んでもらった」


スパーグ。

またしても貴方は。


貴方は渡り鳥じゃない。

大地の無い海の上を飛ぶのは不安だったでしょう。


ごめん、いや、"ありがとう"。


スパーグから窓へと視線を移すと、そこには地球の丸みを感じる、青い水平線が広がる。

どうやら本当に海の上のようだ。


しかし…私は本当に死ねないな。

私は半分諦めたように青いロボットへと声をかける。


「よく血反吐を吐いた”全身を強く打った”私を救えましたね」

「我々の船医は優秀だ。セルリアンによる重傷は日常、とまではいかないが治療経験は豊富な方であろう」

「...どうやら中々おっかない所のようで。ところで、あまり会話をするとスパーグを起こしてしまいます。部屋を移しませんか?」

「治療は成功したが、君の体は万全ではない。行動は控えて欲しい」

「しかし、私事ですがこの子には今回だけでなく何度も救われ...」

「このラッキービーストには空間ノイズキャンセラがつけられている。つまりこの会話はそこのアニマルガール、スパーグだったか、には聞こえていない」

「...そうですか」


ひとまず彼女の言葉を信じよう。

しかし、医療技術、セルリアンとの恒常的な接触。

何者だ、この場所は。

とりあえず現状は把握したので、そろそろ名乗って頂こう。


「それで、貴殿方はどちら様でしょうか」

「申し遅れた。我々は非政府研究開発法人”サンドスター工学総合研究所”。略称をRISEという。そして私は主任研究員のチヨだ」

「チヨさんですね、分かりました。RISE...聞いたこと無い研究所ですね」

「星砂工学総合研究所、砂工総研といえばいかがか」

「!」


星砂工学総合研究所。

かつてサンドスター工学の世界最先端を走っていた日本の国立研究所だ。

海外トップクラスの大学の首席が、研究所見学で泡を吹いて帰ってくるという噂があった程の研究水準だったそうだ。


かの教授も就活でエントリーしたらしいが門前払いされたらしい。

フフッ、よく考えるとこの時点でかなり信頼に足る組織だ。


しかし、砂工総研は私が大学に入る前、突然の予算仕分けにより解体された。

あの時は国に失望したものだが、ならばこの現状は一体...


「恐らく戸惑っていることだろう。砂工総研は解体されたのでな」

「はい、一体これは」

「説明する。ご存じの通りサンドスター、もといセルリューム工学は原子力を大幅に上回るポテンシャルを秘めている。そのため国立の砂工総研には国の策略や海外からの圧力にさらされ、天下りなどの癒着など問題が多かった。我々現場の研究者はそれに反発したが、その結果無謀な予算仕分けが行われた。逆らえば研究所を潰す、という意味だな」

「なるほど、有りがちな話ですね。それでなぜ今存続しているのですか」

「一旦研究所を潰した。研究者全員でボイコットして問題にならない設備を売り払った。その金で退役した高速船を買い取り、無能を全員ハブって船の上に研究所を再設立した。これがここ"RISE"だ」

「今は国や権威の言いなりではないと?」

「ああ。我々は非政府研究開発法人"NGO"。赤十字と同じく、工学倫理以外の制約を一切受けない”国境なき研究集団”だ」


なるほど。

つまり何者にも縛られない、変態技術者が集う聖域。

本当ならば何とも面白そうな場所だ。

少々興味が沸いた私は、最大の疑問を投げかける。


「しかしなぜ私の元に?」

「それは"見つけた方法"、それとも"声をかけた理由"、どちらの意味か」

「両方ですかね」

「見つけた方法だが、パーク領空を高速飛行する人工的なセルリューム反応を検知した。そんなものを扱えるのはジャパリ大某研究室の人間のみ。そして声をかけた理由は簡単、君のヘッドハンティングだ」

「ほう、この”インチキバックれ学生”をスカウトしますか」

「私は君のことをそう評価していない」

「...なぜ?」

「君の先輩であり、兄弟子だからだ」

「...!」


あの地獄の生き残りだと?

これは面白い。

まさか似た境遇の人間と話せるとは。

ラッキービーストから聞こえる声色に負の感情が混入し始める。


「あのクソジジイには非常に、ひッじょーに世話になった。今評価されている論文、君のだろう。あのジジイが書けるレベルでは無かったからな。サンドスターの研究機関として君をスカウトしない理由があろうか、いや、ない」

「フフッ、フフフッ...そうですか、アイツの弟子さんでしたか」

「全く時間を無駄にした。頭皮が誘電体コートされたくせして態度だけはデカいミラーボール野郎だった。カラオケルームに逆釣りにされていたほうが世のためだろう」

「あっはっはっは!!貴方ギャグのセンスがありますねえ!」


我ながら品のない会話だ。

アニマルガールには聞かせられない。

しかし面白すぎるのでしょうがない。


「それで、どうだろう。我々の船に乗らないだろうか」


最高の条件だ。

今度こそ優秀で面白い仲間。

今度こそ思い切り研究開発ができる環境。

太平洋上ならば、霞が関や大学の喧騒もないだろう。

断る理由が無い。

どうせ私には、あの世を含めて、行く当てなどないのだから。


だが私は。

本当に望みを叶えられるのか。

モノづくりを心から楽しめるのか。


いくらあの環境が最悪だったとはいえ、ここで私がうまくやれる保証などない。


仮にここが最高の環境で。

何も言い訳できないほどの理想郷で。

もし努力が実らなかったら。

楽しめなかったら。


私は本当の家畜野郎じゃないか。


「少し、考えさせてくれますか」

「良いだろう。だが、できれば決断を急いでくれシュウキ。君は明日には完治して退院できるから、それまでに結論が欲しい」


あまり時間は無さそうだが、腹が死んでベッドで寝てるだけなら十分な時間だ。

なぜ答えを急ぐのか。

それを聞く前にラッキービーストから真剣な声が飛んでくる。


「RISEが既得権益に対抗して独立を保つには、まだ技術力が足りない。世界中の研究機関や国家に対し有利に立てる程の技術力が必要だ」

「...」

「そしてここは、今まさに某教授に狙われている」

「...!」

「予算はまだ大丈夫だが、支援してくれている研究機関や装置製造機関に圧力が掛かっている。そう長くは持たない」

「...教授の目的は?」


ラッキービーストの口から出た真実は、薄汚れた私ですら想像できない程卑劣なモノだった。


「ネオ・フューエル計画。ジャパリパーク各地に大規模なセルリューム採掘上を設け、ポスト核燃料として世界中に輸出する計画だ」


はぁ。


アニマルガールの、自然と多様性の楽園に大規模採掘場ですか。


しかも大学教授のくせに目的は研究でもなく利益。


(私の論文で)偉くなられましたなぁ。ぱちぱちぱち。


馬鹿野郎。

利権の亡者。

脳漿炸裂教授。

うんこ製造器。

凸面鏡野郎。

頭皮ラメ入りガラスコート。


90兆個の脳細胞が一斉に罵倒を放つ。

何とか理性的にまとめて、チヨに返答する。


「は?…セルリューム採掘場ですか? 海水から濃縮するならまだ安全ですが、地中のセルリュームに掘削機を当てるなど危険すぎましょう! 事故ればパークどころか世界が終わるかもしれません! 仮に事故らなくてもパークの自然環境はどうなりますか!?」

「万が一セルリアン化が生じても、アニマルガールが倒せばいいと考えているようだ。最悪何か有ってもアニマルガールに死亡届はないからバレないしな」

「な...が...あ!あ、アニマルガールを一体何だと...!?」

「ヒトの私たちですらあんな扱いだっただろう、野良猫位に思っているんじゃないか。今更ジジイに人道を期待しているのか君は?」

「くッ...ぐぬぬぬ...」

「ああ、後、採掘労働力も体力が有って無給で働くアニマルガールが適任だと」


もう無理。

マヂ無理。。。

叫ぼ。。。


「ざけんなざけんなざけんなチンカッスジジイ!髪の毛と共に脳細胞も抜け落ちたんですかぁ~頭空洞ならバチで叩けば良い音鳴りそうだなぁ木魚頭がよぉぉぉ!! はああああ西暦2000年もとっくに過ぎた現代で奴隷制度ですか! すっごーい!テメェはカースト制度のフレンズなんだねぇぇぇぇぇぇ!?!?!?流石ノーベル賞候補です斬新過ぎてバカチンの私にはさあああああっぱり分かりませんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!精神病棟にぶちこまれる楽しみにしておいて下さい!!!!嫌なら原子炉にぶち込んで核燃料もろともオンカロに土葬してッッッ...ウッ...がっふッ...」

「落ち着け! 気持ちは分かるがそんな体で発狂するな!」


肺が裂けるような痛みで我に返る。

仕方ない。ここまでブチ切れたのは久しぶりだ。

だが皮肉にも、今まで長く無気力だった心に、久々にやらねばならぬ使命が灯った。


「それで、どうすればそれを止められますか」


そう、我に返った頭でラッキービーストの向こう側の者に問いかける。

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