5:焦土と化した記憶の道

私は、全てが焼き尽くされ、心の奥底で灰となった記憶の欠片を拾い、言葉という形に紡ぎ始めた。


~~~~~~~~~~

ジャパリ大学

サンドスター物理工学研究室

大学院修士1年


希望を持って入った研究室。

小笠原諸島で見つかった未知の物質「サンドスター」「セルリューム」。

その研究の世界最先端に来られたのだから。

隣に並ぶ同期は、ジャパリ大学屈指の成績優秀者ばかり。

面白くなりそうだ。卒業するまでにどんなモノが作れるか。


「これからよろしく、シュウキ君」


教授は笑顔で私に声をかける。

大学院試験を免除して貰っただけの活躍はしてみせよう。


しかし、その笑顔の裏に光る不気味さを、感じとる感性は私にはなかった。


「こんな文章じゃ伝わらない。友達いないヤツの書き方だね」

「何で一回言って分からないかな。試験免除じゃなかったら落ちてたよ君」

「勉強しかできないならコンピュータに変わって貰った方がいいな」


教授の研究に対する助言は、1割りが適当で抽象的な否定、9割が人間性の否定だった。

だが、きっと裏に深い意味が有るんだろう。

負けない。この言葉を乗り越えるだけの精神が、研究には必要だということだろう。

酒を交わした同期と、頑張ろうと励まし合った。


それが地獄の幕開けだった。


[修士2年]


「何だその意味の分からない考察は。まずはデータだけ持ってくるのが筋だろ」

データを持っていく。

「データだけ持ってきて貰っても困るよ、脳みそ無いの?」

考察をして持っていく。この繰り返し。


「これから客が来るから発表しといて」

そんなこと今初めて聞いた。準備できない。

「何だあの発表は! 恩師の顔に泥を塗りやがって、使えねぇ」

せめて昨日言って欲しい。これで何回目だ。


「祖父の葬式で一旦帰る? 死んでまで迷惑かけるのはお前も爺さんも一緒だな。もし帰ったら次はお前の葬式だからな」

...。


「君の頭で考えたところで分かるわけ無いだろ。聞きに来いよ」

質問事項をまとめて聞きに行く。

「そんなこと君が何とかするんだよ」

...。


ダブルスタンダード、人格否定。

そんな暴言罵倒が1年続いた。

心がすり減って、何も感じなくなってきた。

だが一番辛かったのは、論文を書いても第一著者にして貰えず、学会でも発表するのは教授だったことだ。

これでは論文は教授の物となって、私の成果としては認められない。


私が研究室に入ってから、教授の肩書きはみるみるうちに立派になった。

修士を卒業する頃には「名誉教授」の名を受けていた。

研究室に国内外の研究者がしばしば見学に来るようになった。

学生に対する態度も、学外に対する態度も日に日に大きくなっていった。


教授と議論した見学の研究者は、だいたい微妙な表情をしていた。

当然だ。私がほとんど書いた論文を、大して目も通してないだろう教授が語れるわけがない。議論すればすぐに化けの皮が剥がれるだろう。

同じ顔の研究者が二度と来ることはなかった。


共に博士を目指した優秀な仲間は企業に内定を貰い、研究室を見限って次々に来なくなった。

それでも私は博士に行く。

覚悟とか夢というよりは、こき使われ倒して就活する暇がなかっただけだ。


研究発表前に吐くようになった。

食道が荒れ、血が混じるのはしょっちゅうだった。

エナジードリンクは効かず、カフェインの錠剤に手を出した。

努力は報われる。

逃げた同期は、きっと苦労する。

そう信じて、今日も実験する。


研究室に来なくなった同期は、教授にとって不要だった。

落第させると邪魔で、中退させると大学の評判が下がる。


結果、彼らは適当な研究報告で卒業させて貰えた。


彼らが正解だった。


だが、それでも。

きっと私はこの苦労の先で、最高のモノを作れる。

確証はある。


修士過程の次、博士過程では夏ごろに論文審査がある。

これは制度上、私を第一著者にせざるを得ない。

ここで私の研究の集大成をぶつけて、名を挙げる。

うまく行けば研究者として独立も夢ではない。


見ていろ。

血を吐いてでも、私の研究を、モノづくりを世界に轟かせてやる。


羽ばたいていった同期を、そう思いながら見送った。


[博士1年]


苦節3年の夏。

遂に、遂に自分の名を先頭に記載した論文を出すことができた。


セルリューム崩壊による放射光発生原理。


今までの努力と成果の集大成。

論文は瞬く間に閲覧され、世界最高峰の雑誌にも掲載された。

「日本のサンドスター科学覇権へ。欧米相手に一歩も退かず」

「ジャパリ大の若き鬼才」

「湯川秀樹の転生者か、東洋のアインシュタインか」

様々な名声を得た。


それが私を殺した。


競合する研究機関が同じ実験を行ったところ、全く再現性が無いと言われた。

しかし、自分でも何度も実験したが、再現性は確実にあった。


実際に投稿された論文を見直すと、頭が真っ白になった。

私の書いたモノではない。すり替えられている。


自分の発見したセルリューム-サンドスター崩壊の放射光についての記述は消え、存在しない現象をでっち上げた完全な大嘘論文だ。


マズい、どうしよう。

震える手でパソコンを開くと、卒倒しかけた。


「ジャパリ大教授、謝罪会見。教授は止めたが学生が...」

「若きエースの暴走、師に恩を仇で返す」

「希代の天才、実際はただのオオカミ少年」


ニュースサイトは例外なく私を非難していた。

その内容は、「名誉欲に駆られたおろかな学生が、教授の目を盗み、捏造したデータで意図的に発表した」というものだった。


しかも、教授が勝手に謝罪会見を行っているではないか。

「私の指導不足でした」

「当学生とは連絡がつきませんので、私が謝罪いたします。何より責任は私にありますので」

そんなことをほざいている。


訳が分からない。

アンタの指示で論文を出した。

クソほど文句と嫌みを言われながら何十回も見せたじゃないか。

何が「目を盗んで捏造」だ、んなこと物理的にできるわけ無いじゃないか。


アンタが論文をすり替えなければ、こんな事象は発生し得ない。

しかも何勝手に謝罪してやがる。言ってることも事実無根だ。


教授に連絡しても、メールも電話も一向に繋がらない。

連絡着けずに逃げてるのはそっちじゃねーか。


何をする間もなく、事態は光の速さで破滅へ向かった。

大学の事務室に呼ばれ、一言で退学を命じられた。


この一連の流れに最も沸き立ったのは、SNSだった。

ネット上の人々目に私は「名誉欲しさに研究をねつ造して尻拭いを教授に任せて逃げたクソガキ」と映ったらしい。

SNSでは毎日のように、私への暴言罵倒が飛んだ。

住所も特定された。


「水銀でも食って死ね」

「日本科学会の面汚し」

「教授に謝れ。土下座しろ。何の苦も知らないボンボン小僧」


下宿先に、そんな手紙と凶器が数えきれないほど届いた。

高額な物を着払いで送りつけられたこともあった。


「どうして嘘をついたの」

「教授が悪いって? 何でまた嘘をつくの! 反省もできなくなったの?」

「自分の罪にも目を向けられない子を育てた覚えはない」

「私たちを安心させてくれると思ってたのに...もうアナタは私たちの子じゃない! 出ていきなさい!!」

「届け出は出してある。後は好きにしたら良い。一族の面汚しが」


一方的に親にも縁を切られた。

金も行く宛もなく町をさまよった。

公園の水とコンビニのゴミ箱で、辛うじて命を繋ぐ。


そんな生活が何週間か続いて、電気屋の前を通りがかったときだった。


「サンドスター物理工学研究室、ノーベル賞最有力」


テレビではドキュメンタリーをやっていた。

研究室のことはもはや遥か昔のことに感じたが、その番組が進むと私は愕然とした。

評価されていたのは、私のすり替えられる前の論文だった。

初めての私の成果となるはずだった、血と汗の結晶。

どうやら本当に世界中から高い評価を受けたようだった。


ただし、第一著者は教授にされていた。


「いえいえ、皆々様のお陰でここまで来ることができました」

「何十年もひたむきに努力を重ねた結果、ようやく咲いたという感じですね」


うすら寒い笑顔で吐かれる綺麗事は、感動的なBGMと編集で彩られる。


「凄いなーあの教授」

「この前ひどい学生が居たとこだよね。そこから持ち直したんだ」

「立派な教授なのに、学生に恵まれなかったんだねー」

「これだから最近の若者は。ジャパリ大生でアレだと世も末だ」


通りがかる、何も知らない人間の言葉が、耳越しに私の脳をえぐる。


完全に理解した。

制度上どうしても私の論文になる以上、私を消すしかなかったんだ。

そして計算通り、研究成果を全て自分の物にしたのか。


アイツはいつも人を傷つけた。

昔は賢かったんだろうが、他力本願を続けたアイツは今や搾取が上手いだけのオッサンだ。今思えば助言は抽象的で、路地裏のオッサンにもできる安っぽい説教だ。

DVのように人を縛り、搾取し、他人の努力でのしあがるだけのクソ野郎。


しかし世間はアイツを称える。


別に、私は富も名誉も要らない。

ただ、誰にも邪魔されず私の力を総動員したモノづくりがしたかった。

必死に勉強して大学の研究室に入って、死ぬ思いをして、それすら叶わなかった。

私が望みすぎだとでも言うのか。


なぜ。

じゃあアイツが正しいってこと?

私の人生には只の家畜としての価値しか無かったのか?

うまれてこなければよかったのか

なんで

なんでなんで

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで


...


気づいたら病院のベッドの上だった。

どうやら半狂乱のまま自分の首を絞めて、路地裏で倒れているところを保護されたらしい。


「君は幸運だ。もし後ちょっと遅かったら死んでいたよ」

「右目と右前髪は今後白くなると思うよ。首を絞めて倒れた衝撃で、君の顔のメラニン細胞が死んでしまってね。でも、命に別状はない」


医者は私の肩をポンと叩き、理性的なざれ言をぬかす。


「自殺する勇気があれば、生きていけるさきっと」


どうやら私は、死ぬことも許されないらしい。

どこぞのオッサンの名誉のために使い捨てられる家畜という運命すら、自分で絶つことはできない。


この世は

生まれることを拒めない。

死ぬことも許されない。

幸せになれる保証も、不幸になった補填もない。


そうか、ここは、地獄か。


ならば、感情をすてよう


思考もやめよう


もうしらん


かってにいじめればいいさ


なにしてもゆるされないなら、もうなにもしない


くだらない


なにもかもがどうでもいい


もうしにたいともおもわない


でもいきたいともおもわない


きょうもひがくれる


...


~~~~~~~~~~


その日を境に、記憶は夢のような混沌としたものになっている。

何となく、精神科のような所に収容された気がする。

ジャパリパークに来たのは、きっと精神病患者の更正プログラムか何かだろう。


今まで有ったことを、スパーグに語った。

分からない言葉や社会の仕組みを適宜説明しつつ。


スパーグは途中から俯き、瞳から雫を、口から嗚咽をこぼしていた。

それでもスパーグは、最後まで私の話を聴いてくれた。


話を終える頃には、スパーグは目からポロポロときらめきを落とし、怒りか、悲しみか、とにかく感情がメーターを振り切れたような凄まじい表情をしていた。


「その教授どこ」

「え」

「殺してやる。君の心を殺したクソ野郎を。そういうヤツはこれからも不幸な子を生む」

「いや、もう良いんですよ」

「良くない!!」


ここまで激情に駆られたスパーグは初めてだった。

無理もない、ヒトが聞いても胸くそ悪い話だ。純粋なアニマルガールが聞けばこうなるのも当然だろう。

スパーグは半分叫ぶように語る。


「君は悔しくないの!? 努力を踏みにじられて、あげく踏み台にされて、このままアイツのハッピーエンドで君のバッドエンドで終わって良いの!?腹は立たないの!!?」

「腹は立ちましたよ。溶岩を飲まされた気分でした。それに悲しかった。やりきれなかった」

「だったら...!」

「どうするんです? 世間では私は”ウソつきのクソガキ”、アイツは”遅咲きのノーベル賞候補”、もう私の言葉を信じるものなど誰も居ません」

「う...ぬ...あああああ゛あ゛あ゛!!!!!」


スパーグの怒号が空に響き渡る。

ここまで私の為に怒ってくれる者も初めてかもしれない。

しかし、収拾がつかない。どうスパーグを抑えたものか。

少々悩んだその時だった。


「うっぷ...おぇ」

「!...シュウキ、どうしたの。また吐きそう?」


胃から込み上げてくる感覚。

またか。


いや、違う。

鉄の...味...


「おええ゛え゛え゛ッッッッ」

「...え」


目の前に真っ赤な水溜まりができる。

赤色のペンキか何かをひっくり返したように。


急に視界が揺らぐ。

さっき食らったセルリアンの一撃で、おそらく内臓が終わった。

長年不摂生な生活でいじめ続けた体だ。無理もない。


「シュウキ! ちょっと、シュウ...っかり...い...すけ...」


スパーグの声が滲み、意識が溶け落ちてゆく。

長かった。

やっと、やっと私は、死ねるのか。

でも。


最後に、ちょっと、だけ、幸せを、垣間、見れ、た


よ か っ





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