4:不屈の工学研究者

...ィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイン...


遥か遠くから、航空機のような甲高い音が響く。

その音はどんどん近づく。


やがて、複雑な配管とミサイルのような羽をもつ真っ黒な円筒が、物凄い勢いで向かってくる。


「来た!」


もはや目視できる距離へと円筒が迫る。


キィィィィィィィィィィン!

ボシュゥゥゥゥゥゥ...!


円筒は逆噴射し、精密に速度と位置を制御。

やがて、円筒は寸分の狂いもなく。


私の抱える銃の後方開口部へ飛び込む。


バシュン!

ガシャン、ガチャガチャン、ビィィィン

<外部ユニット接続確認>

<電気系カップリング...完了>

<作動流体系カップリング...完了>


バシュウウウウウウウウ!


<N2パージ完了、内部セルリューム濃度正常>


ピーピピピピ...ピロン


<各種パラメータ自己推定...70%...90%...完了>

<分子ヒートポンプタービン起動...出力30%...50%...>


ギュイイイイイイイイイイイイイイイン...!

バシュウウウウウウウウウウウウウウ...!


機械音と電子音声が飛び交い、青黒い銃身はうっすらと蒸気を上げる。

銃の至る箇所から青白いジェット噴射が咆哮を上げる。奇しくもあのセルリアンのようだ。

その光景に気づいたのか、セルリアンもスパーグも手を止めてこちらに視線を釘付けにする。


「ちょっとまって! その機械、セルリアンの気配がするんだけど!?」

「ええ、”セルリアンの原料”を燃料にしてますから」

「なッ...!」

「申し遅れました、私」


「ジャパリ大学工学部、サンドスター物理工学研究室、OBのシュウキです」


らしくもない口上が決まってしまい、スパーグは呆気にとられている。

まあ、たまにはこういうのも良いか。


「...ヒトの肩書きはよく知らないけど、只者でないことは分かった」

「只のヒトですよ。ところでセルリアン...」


新たな力を得た巨銃を、セルリアンに向ける。


「立ち止まるとは良い度胸」


セルリュームタービン。

セルリュームの特殊な分子運動を利用して、周辺の熱とセルリウム崩壊のエネルギーを動力にするエンジン。

サンドスターに太陽電池をくっつけて発電してたさっきまでとは、出力の桁が違う。


セルリアンは高速ジェットを吹き出し、また高速で視界から消える。


「危ない!シュウキ、逃げ」


カチッ


ビシャアアアアアアッ!!

バキン!!

ジュドオオオオオオオオン...


空気が焼かれる雷の様な音が、辺りを揺るがす。

セルリュームが生じる、大型工作機械をも遥かに凌ぐ出力のレーザは寸分の狂いなくセルリアンに命中した。


自動照準。

この銃を操るのに、もはや腕力も技術も要らない。

私の意思と敵の位置を内部回路が分析し、銃の最適な位置・角度を打出す。

そして銃の至るところから生じるジェットによって、銃の姿勢を制御する。

セルリュームタービンの膨大なエネルギーを得た今、銃の先端と側面から伸びる青白いジェットは狂いなく銃を敵へと向ける。


制御は高速かつ精密で、計算上は素人が超音速ミサイルを打ち落とせる。

実証試験無しの本番となってしまったが、まあいい。


やがてタービンユニットのダクトが開き、使用済みのサンドスターが圧縮空気とともに放出される。


ガシュッ

バシュウウウウゥゥゥゥン...


そして、セルリアンは。


グォォォオォオオオォォ...


断末魔をあげ、被弾箇所の黒く堅かった装甲は七色に劣化していた。


「スパーグさん今です! そこへ攻撃を!」

「了ぉー解!!」


スパーグの瞳が純白に輝き、七色のオーラを纏って突進する。


ドンッ。


セルリアンの直前で左足を地面に当て、全身の関節を回し拳を加速させる。


「手を組んだヒトとフレンズには気を付けることね」


ズドン。


ヒトの大きさの者が生み出せるとは思えない、重く鈍い打撃音。

空間を静寂が一瞬支配した後、


バッッキィィィィィィィィン...


弱点に渾身の一撃を食らったセルリアンは、ガラスが砕けるような音と共に爆発四散した。

その衝撃は辺りの木々をざわつかせ、青空に遠くこだました。


残響が鳴り止んだところで、スパーグが口を開く。


「ありがとうシュウキ。あれは私一人だと危なかったわ」


頼りがいのある背中で礼を言うスパーグ。

その彼女に向かって投げる私の声は、想いは、不安まみれだ。


「...スパーグさん」

「ん?」

「その...失望...しましたか?」

「何で?」

「私が扱う機械は、貴女方にとって有害なセルリュームを用います。そんな機械も、その産みの親である私も...軽蔑...しますか?」


声が震える。

久しぶりだ、心の底から「嫌われたくない」と感じたのは。

しかし、これが私だ。

原子力より遥かに未知で危険な物質を扱う、狂気の研究者だ。

皆に避けられてしかるべき存在。


しかし、スパーグは。


「別に。むしろ気が合いそうで安心したわ」


私の想像の遥か斜め上の行動をとった。

彼女の手には、先ほど倒したセルリアンの残骸。


「たいがい私も狂ってるわよ? 君の予想よりもね」


スパーグはそう言うと、がぶりとセルリアンの残骸にかぶりついた。


「え...は!?」

「ん~良い! ビリッビリ来るわぁ~やっぱり強いのはスパイスが別格ね」

「いや、ちょ、危険ですから」

「普通のフレンズならね。でも私は何か大丈夫なのよ」

「えぇ...」

「引かないでよ...フレンズの間では気味悪がられて悲しいの。大体君もヤバイからね?」


お互いがお互いの狂った部分をさらけ出したからか、しばらく会話が弾んだ。

やがてスパーグは改めて向き直り、、私の目を真っ直ぐ見つめる。


「ねえ、良かったら話してくれない。君の過去」

「えっ」


胸の奥に、液体窒素のような冷たい感覚が走る。


「私はフレンズ、ヒトの社会の事はよく知らない。でも、君の気持ちをできる限り知りたい。絶対に否定も非難もしない、約束するから」


スパーグは、見ず知らずの私を助けてくれた。

スパーグは、そんな自分のために労力を惜しまなかった。

スパーグは、私の使った力を受け入れてくれた。


その彼女の今の望みは、私に叶えられる。

無下にできる道理などない。


私は、全てが焼き尽くされ、心の奥底で灰となった記憶の欠片を拾い、言葉という形に紡ぎ始めた。

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