3:激闘

そう考えている間に、何かガスが高速で吹き出すような音が聞こえてきた。

それはやがて距離をつめ。

ついに私たちの前に姿を表した。


バシュウウウウウウウウウウ...!


どす黒い球体。

多さはヒトより一回り大きい。

4方向へ向くノズルと、そこから伸びる赤いジェット。

噴射で浮遊するおぞましいソレは、白黒の不気味な瞳でこちらを睨む。


「黒セルリアン」だ。

最初に会ったヤツよりか小さいが、危険度は比較にならない。


「シュウキ、下がって」

「いえ...逃げましょうスパーグさん! あれは」

「高速の個体よ。逃がしてくれないわ」

「そうですが、真っ向から行くのは...」


止める間もなく、スパーグは相手に突っ込む。


「有象無象は引っ込んでて!」


しかしセルリアンはスパーグの攻撃をあっさりとかわす。

スパーグも必死に追撃するが、スピードが相手の方が紙一重上だった。


「くッ...! ちょこまかと」


高速の戦闘。

翼で風を握りしめ、相手の動きへ追い付こうとするスパーグ。

身体中の噴射口からジェットを放ち、スパーグよりも速く動くセルリアン。


突然、セルリアンはその場でギュンと高速回転した。


「ッ...!」


回転した風圧とジェットの力で、スパーグの軌道が下へ狂う。

地面が迫るのを止めるべく、ドガガガ、という音を立てながら両足と片腕で着地する。


「あっ」


片腕しか空いていないスパーグの目の前に、4つ全ての噴射口を構えたセルリアン。

それはすぐさま閃光を放ち。


ッシュバァァァアアアアアアアア!!!!!


スパーグの体に超音速ジェットを叩き込んだ。


「ぐああっ!!」

「スパーグさん!」


スパーグは吹っ飛ばされ、猛烈な勢いで背中から木にぶつかる。


ズドォォォォン!!!

バキバキバキッ!!!!


あまりの衝撃で大木に真一文字の亀裂が走る。


「オェ...ゲホッゲホ...強...」


セルリアン。

セルリュームと呼ばれる、未知の高エネルギー物質から構成される亜生命体。

通常七色の毒々しい見た目だが、セルリュームの純度が高くなるにつれ暗い色となる。

黒色のセルリアンは、最高純度のセルリュームの証。

大きさに関わらず、避難レベルは最高の5/5。

この程度のサイズでも、大学どころか町に甚大な被害を及ぼすレベルだ。

自衛隊か米軍の一個師団の出番だろう。

アニマルガールといえど、個人で対峙する相手じゃない。


衝撃で呼吸すら乱れているスパーグ。

とどめを刺すべく、漆黒の浮遊球体が照準を定める。


セルリアンは、輝きに反応する。

ただのヒトの私と、七色に輝く気を放つスパーグ。

どちらに反応するかは明白。


しかし、私にも輝きはある。


「セルリアンさん、どこ狙ってますか」


私は鞄の中から、直方体の黒い物体を取り出す。

取手を掴み、トリガーを握る。


バシュゥン...

<システム起動。サンドスター放射光電池正常>


その瞬間、直方体におびただしい数の隙間が現れ、七色の輝きが漏れる。

機械生物のような滑らかな動きで、箱だった物体は暗い蒼の巨大な銃の形へと変形する。呆気に取られた表情で、スパーグは声を漏らす。


「ちょ...え...何それ...」


セルリューム崩壊光レーザキャノン。

高速粒子を用いてセルリュームをサンドスターへ崩壊させ、その時に生じた膨大な輝きを反射鏡で収束し、放出する。

研究室時代の遺産だ。

だが部品がまだ一つ届いておらず、セルリュームの代わりにサンドスターで擬似的に動かしている。

ゆえに威力も機能も、本領の数%。

それでもスパーグが復活するまでの時間稼ぎにはなる。


「私の武器です」

「あぶ...ないから...やめて」

「お断りします」


セルリアンは一瞬こちらを向いたが、未だにスパーグを狙っている。

未完成品とはいえ注意くらいこっちに向けてほしい。


私はセルリアンの足元を狙い、トリガーを引いた。


チュン

バァァァン!


レーザ光が空気を熱する音と共に、セルリアンのそばの地面が爆発する。

照準がない上、数十kg、砲身2mの銃で狙いがつくわけもない。

当たったとして出力も足りないだろう。

最後のモジュールさえあれば...


セルリアンに損傷は無さそうだ。が、こちらを向いた。


殺意をはらむ、同心円の瞳。

本能が怖いと叫ぶ。

しかしいまの私には、死ぬより怖いものがある。


久しぶりに出会った、優しい者が殺されること。

スパーグが私を守るために、勝てない相手に挑んで滅ぶこと。


それを避けるために、吐きながらこれを作った。


次の瞬間、セルリアンが視界から消える。

狙う暇もない。扱いづらいロマン砲ばかり作るのは私の悪い癖だ。

本能的にバッグを前に構えた瞬間、それ越しに鉄槌のような衝撃が走る。

内蔵が揺すられる心地とともに、私の体は地面を転げ、10m程で停止する。


バッグの参考書が緩衝材になったようだ。

スパーグはこれを直接食らったのか...


「シュウキ!! やめて! 君に守って貰うために面倒を見たんじゃないの!」


スパーグの素直な言葉は心に刺さる刺さる。

悪意のある言葉よりも、深く、深く。

しかし止まってはいられない。


「痛くも痒くもねェですよ...こんなの、夢を踏みにじられることに比べれば」


痛みをおし殺して立ち上がるため、独り言で心を鼓舞する。


「今まで、夢のために生きてきました。最高のモノづくりがしたかった。そのためには何も惜しむつもりはなかった。いま思えば理想的な奴隷ですね」


息継ぎをはさみながら、口を動かす。


「研究室は聖域だと思ってた。皆が科学を純粋に追っていると思ってた。便利ですよねそんなガキ、適当な根性論言っとけば壊れるまで働き続けるんですから」


「結局未来も、家族も、夢も奪われた。一度心が死んだ私が...もう失う物が無い私が...最後に見た希望...それがアニマルガールです。だから」


私は立ち上がり、銃を構え、呼吸を整えて口を開く。


「”死んでも”スパーグさんは護る」


再び引き金を引く。

光が走る。

光線は外れる。

セルリアンが消える。


ああ、私は死んだか。

その次に目に飛び込んできたのは。


セルリアンを私の直前で受け止めた、スパーグの背中だった。


「シュウキ」

「...!」

「君が止まらないなら、私だって死なせはしない。君の体も、魂も」

「ッ...」


スパーグは今までになく、輝きを纏っていた。

もはや眩しいくらいだった。

腕の籠手、ナックルも宝石のように輝いていた。


「第2ラウンド...始めようか!」


スパーグが腕を振ると同時に、セルリアンは後方へと吹き飛ぶ。

すかさずスパーグも暴風を纏い、セルリアンへと迫る。

黒い2つの影は、空気を裂く音と共にめまぐるしく辺りを飛びまわる。

時折影はぶつかり、工事現場の打撃音のような音が響き渡る。


その戦いに向け、私は叫んだ。


「...可能な限り、地面すれすれで戦ってください!」

「何で!?」

「翼の性能が上がります!」

「試してみるわ!」


スパーグの軌道が、次第に地面に接近する。

地を這う翼は加速し、高速のセルリアンを翻弄し始める。


「確かに...動きやすい! これなら!」


戦いは土煙をあげ、加速する。

スパーグへ出した指示の意図は2つ。

1つは地面効果。翼の乱気流を地面で消滅させ、翼を本来以上の性能にする航空力学の裏技。

2つは、この銃の照準を合わせやすくするため。


今は狙いすら定まらない、威力も足りない。

しかし、最後の部品が届けば...

そうだ、今どこだ。配送状況を見れば分かるはずだ。

震える手でスマートフォンを開き、配送業者メールから確認する。


輸送ステータス:パーク内配送中


もうパークに届いてる。

急げ、今しかない頼む。

来い...来い...来い!!


その時。


ピコン

<セルリュームタービンユニット検出。無線通信良好>


銃から電子音声が漏れる。

新ユニットと銃が通信距離に入った証拠だ。

すかさず銃の[EXTERNAL-CONNECTION]のボタンを押す。


ピーーーーー

〈外部ユニット結合シークエンス開始〉

〈セルリュームタービン、飛行形態へ変更、ランデヴー開始〉


バガシャン...


メカメカしい音と共に、銃身の後方が大きく開く。

そこにはおびただしい数の端子、連結部、配管が見える。

その開口部を、機械が指示する方向へ向ける。


人事は尽くした。

目を閉じ、天命を待つ。


...


...


...ィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイン...


遥か遠くから、航空機のような甲高い音が響く。

その音はどんどん近づく。


やがて、複雑な配管とミサイルのような羽をもつ真っ黒な円筒が、物凄い勢いで向かってくる。


「来た!」

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