09話.[いまはそれだけが]
そういうつもりで仲良くってどうやるんだろう。
佑樹くんといれば分かるだろうと考えていたけど、それがそうでもないことにはすぐに気づいた。
どうやったら私はこの子をそういう意味で好きになれるのか。
「ちょ、どこに行こうとしているんですか」
「どこって、部室だけど」
「今日はあそこでいいですよ、どうせ千歩も来ていないし」
あれ以来、千歩ちゃんは部室に来ていない。
部活を辞めるわけではないと口にしていたから問題ないよね? 一時期は辞めてほしいだなんて考えていたけど、また3人であの部室に集まれればいいと考えている。
「はい、最新のやつ」
「ありがとうございます」
「それとこれ、風邪を引かれたら嫌だから」
が、彼は受け取らずにこっちにまでかけようとしてきた。
片方はお互いの足にかかるようにして、だから距離も近いというか。
「これなら先輩が風邪を引くようなこともないですよね」
「そんなこと言ってさ、私と近づきたいだけなんじゃないの?」
「いや、だって1枚じゃ俺が寒いですから」
「なんだよそれもー」
いやもういいや、本でも読もう。
実際、その発想のおかげで上半身も下半身も暖かくていいんだから。
隣の彼も最初はなんだったのかとツッコミたくなるぐらいの真面目さを披露してくれていた、いまでは純粋に本が好きなように見える。
「うぅ……いい話だなぁ……」
ある登場人物にむかついたり、ある人物関連の話で泣いたり、色々な方面で楽しむことができる。
それは作者さんが素晴らしいからだ、こういう素晴らしい作品を大体1000円以内で読めるんだからすごい話だ。
あ、こういう風に付き合ってくれるところが好きかも。
自分と同じ趣味というのは大きい、程度の差はあるだろうけど本を読むのが好きなことには変わらないから。
隣にいて落ち着くこともある、話していると楽しいことも多い。
でも、それって友達でも同じことを言えるわけで。
「佑樹く――」
黙っているとモテそうな感じがすごい、少し軽そうな感じなのに真面目に本を読んでいるところは可愛いかも。
「ん? ガン見しすぎですよ」
「見たいから」
「見たってなにもあげられませんよ」
「いま本はいいよ、私だけを見て」
「ちょ、いまいいところなんですけど!?」
卒業までどんどんと時間が減っているんだ、本人もそう言っていたのにそっちを優先するのは何故だ。
「はぁ、最低ですね……」
「いいじゃん、本なら帰ってから読めば」
「読書部全否定ですか……」
うーん、既に痛いから気にせずに発言してみたものの、仮にこちらに意識を向けてくれていたからってなにが変わるというわけでもないと。
「どうすれば佑樹くんを好きになれるかなあ」
「それ、俺の前で言うんですか……」
「考えても分からないなら相手に聞くって決めてるんだ」
残念ながら優秀じゃないのと、意外とせっかちなのもあって楽な方法を選ぼうとするのが自分だ。しっかり把握している、程度にもよるが悪くないとも考えていた。
「佑樹くんだって私が好きじゃないでしょ?」
「え、もう好きですけど」
「え? どこを好きになってくれたの?」
この期間の間にあったのはお見舞いイベントぐらいか。
あ、部屋で話し合ったのもあったな、あのときは色々な意味で恥ずかしくて仕方がなかったけれども。
「拒まずにいてくれたからです。なんだかんだ言って付き合ってくれるのも凄く嬉しかった、本気で拒絶することもできたはずなのに先輩はそれをしなかったからですね」
「それぐらいなら他の子もそうでしょ」
「偽ろうとしなかったじゃないですか、そういう人を探していたんですよ俺は。嫌いってはっきり言われたのは初めてで堪えましたけどね」
いまにして思えばあの嫌いという言葉が本当にそうだったのかは分からない。苦手なのは確かだったものの、それはコミュニケーション能力の低さからくるものでもあったかもしれない。あとは単純に先輩として情けないところばかりしか見せられないというのもあったんだろうなあ。
「俺が頑張らないといけないですね、そういう約束ですし」
「無理しなくていいからね? 私はこのままでもいいからさ」
「駄目ですよそんなの」
彼はリュックに本をしまってから再度こちらを見てきた。
無表情のような真剣な顔のような、流れ的に言えば後者か? 顔を見てドキドキするような乙女はしていないから直視はできる。
「そのままでいてください」
「え、ちょ、近いよ」
「先輩、どうすれば好きになってくれます?」
「それは私が聞きたいぐらいだよ」
なにをどうすればいいのかを探していた。
同時に、先程も言ったが現状維持でもいいと考えている自分もいる。
「これでも駄目ですか?」
「い、いま……」
「これでも駄目か……難しい女子ですね先輩は」
やばい、混乱しすぎると頭が真っ白になるんだな。
必死こいて好きになろうとしていたのが馬鹿だったみたいに。
「帰りましょうか、これがあっても貫通しますしね」
「そうだね」
この後はきっとどっちかの家に行くことになる。
それなら佑樹くんの部屋に行けた方がいいかも。
自分の部屋だと逆に落ち着かなくなりそう。
「佑樹くんの家に行きたい」
「俺の家にですか? 別にいいですけどなにもありませんよ?」
「そんなのいいよ、一緒にいないとだめなんだ」
ひとりで帰ると先程のそれを意識してどうにかなりそうだ。
なんなら泊まりたいぐらいだ、ひとりになるとやっぱり駄目だ。
「手、握っていい?」
「いいですよ?」
手袋をしながらだと本が読みづらいから持ってきたりはしない、私にとっては寒さよりも本を読むことの方が優先されるから。
でも、最近の私は違う。
何故だかそういう風に動いてしまっている。
そもそもね、私が好きになろうと必死になっている時点でおかしい。
これはつまりもう答え合わせだ、こうなった時点で変わっているんだ。
「君の手は大きいね」
「先輩の手は逆に小さいです」
「大きくても嫌じゃない?」
大きいというか指が長かったりしたら便利そう。
「でも、その方が安心して握れていいですけどね」
「敬語はいいよ」
そういうところは願ったって変わらない、いい意味で変えられるところは変えたいな。
「上がってくれ」
「お邪魔します」
おぉ、いまは凄く落ち着いている。
案外、実際そういう風になってしまった方が楽なのかもしれない。
年上らしくスマートに対応しないとなと内心で呟いた。
もう20時を過ぎていた。
私も佑樹くんもここにきてやることは読書と。
でもまあ、こういう形で時間が過ぎてくれた方がいいのは確かだ。
「腹減ったな、先輩は大丈夫か?」
「うん、そろそろ家に帰るからね」
泊まるのはやめた。
がっついていると思われても嫌だし、ずっと一緒にいればいいわけでもないから。大切なのはバランスだ、おまけに一緒に本を読めればいいね。
先程本を読むのは後回しでいい的なことを言ったことを反省しているのだ、これまで散々支えられてきてあの発言はないと。
「はは、結局家でもやることは変わらないな」
「うん、やっぱり本の存在はありがたいよ」
「送るよ」
「お願いしようかな、外は寒いし、ちょっと怖いしね」
こっちは特に門限とかがあるわけではないから焦る必要はない。
仮に21時を越えても文句は言われないと思う、そもそも両親の方が帰宅が遅いのだから知り得ない情報というか。
下校時と同じく手を握らせてもらって勝手に暖まる。
ああでも、離れたくないな、だってもう自覚してしまったんだから。
泊まるって言ってくれないかな、彼はもうお風呂に入っているんだからそのままいてくれればいいんだしさ。
「さみい」
「だねえ」
だけど、この季節だからこそこういう行為の重みが増す。
手の温もりだけじゃなくて全身で味わいたいと思えてくる。
いまなら言える、お風呂よりもその温もりを求めているのだと。
「着いたな」
「うん、送ってくれてありがとう」
駄目か、こっちはなにもしてあげられてないのに望むのが違ったか。
鍵を開けて中に――となったとき、今度は逆に彼が裾を掴んできた。
「佐織さえ良ければ一緒にいたい」
「はは」
「な、なんだよ?」
「ううん、来て?」
あ、いまのなんか意味深な感じだったな。
こほん、下らないことを言っていないで早く部屋に行こう。
コタツの電源を点けて下半身を突っ込んでおく。
「やっぱり俺、佐織の部屋に来る方が好きだ」
「本が読めるからでしょー」
「それは大きいな」
今日はどうやら遠慮して足を伸ばしていないみたいだ。
言葉で説明するのもあれだからと、肩に触れてからコタツの中央を指でタップする。が、理解してくれなかったから最終的には言葉で伝えることにした。
足を伸ばしたことが分かった後は足をその上に置こうとしたものの、こっちはお風呂に入っていなかったことを思い出してやめた。
「ちょ、どこ突いてるの……」
「どこって足だろ」
「い、いや、結構際どい場所だから」
「悪い。ただ、このままだと寂しいよな、微妙に距離があるし」
だからってふたり並べる広さはない、それでも無理して並んでみようとしたときだった。
扉が開けられようとして、彼に無理やりコタツ内にしまわれたのは。
「あれ、知らない男の子がいるー」
「あ、佐織さんの後輩です」
「へえ、で、佐織は?」
普通隠れるのは彼の方だと思うけど。
まあ身長的に無理か、だからってしまう必要もない気が。
「コタツに入ろー」
「ぐぅぇ」
「ありゃ、なにか蹴っちゃったー」
わざとらしい、絶対に分かっていてやったことだろこれ。
正直に言って熱源と近くて怖かったから外に出た。
「佐織みーっけ」
「もう、分かっているなら蹴らなくてもいいのに……」
「ふふふ、だって彼氏くんといやらしいことをしそうだったから」
困惑しているであろう彼には姉だと説明しておく。
両親と違って本当にたまにしか帰ってこないからかなりレアだ、何気に驚いているのはこちらの方かもしれないぐらいに。
「いいねえ、佐織の部屋は暖かくて、私の部屋なんかなにもないからね」
「それなら戻ってくればいいじゃん」
「残念だけどできませーん、もう結婚して家は別ですからねー」
5歳ぐらいしか違わないのにすごい話だ。
現実味が湧かないというか、あれだけ興味なさそうにしていたのに。
「さてと、若い者の邪魔をするのはやめようか」
「今日はなんで帰ってきてたの?」
「忘れ物、これだよこれ」
「え、私のアルバムじゃん」
「お姉さんは妹大好き症候群ですからね、これを見ていないと寂しくて仕方がないから」
姉は最後まで姉って感じのまま帰っていった。
「結婚って凄えな」
「うん、大学卒業まで全然興味なさそうだったのにさ、就職した先の会社でビビッときたあ! とか言ってね、そっからはすぐだったよ」
「佐織はどうなんだ? 結婚に興味があるのか?」
「おいおい、彼氏が1度もいたことのない人間にそれを聞くのかい?」
なかなか酷なことをするものだ。
ただ、内容にもよるけど、こういう踏み込みの仕方が必要になるときもくるかもしれない。待ってばかりじゃなにも変わらないから。
「いやほら、最近は女子単体で稼げるようになってきてさ、結婚しなくてもいいって考える女子も増えてきただろ? だからこそ少子化少子化だーって世間は叫んでいるわけだが」
少し前までなら無理だと諦めていたことでもある。
でも、いまなら異性と付き合うことだってできるんじゃないだろうか。
結婚は……まだ遠い話だからどうでもいい。
「つまり、付き合ってくれよ」
「ははは、なにそれ、というか私でいいの?」
「佐織だからいいんだ。ま、結婚までは分からないけどな」
「そりゃそうだよ、もし仮にここで結婚までなんて言ったら驚いて吹き飛んでいたよ私が」
で、扉が壊れて親に怒られ、ふたつの意味で寒い思いを味わっていた。
だから良かった、安心できた、これもまたふたつの意味で。
彼の言っていたことは嘘ではなかった、他の子と仲良くしすぎることなく私を求めてくれていた。
こんな機会はもうないと考えた方がいい、自分の限界ってのを私はしっかり把握できているから。
「私で良ければ」
「ありがとな」
「それでこれからどうしようか?」
「とりあえず風呂に入ってきたらどうだ? 俺がその間に飯でも作っておくからさ」
それならばということで任せることにした。
先程はあんなことを言ったが、お風呂もまた格別で最高だった。
「ただいまー」
「おかえり、もうできてるぞ」
ご飯も作れるって何気にスペックが高いな。
「いただきます」
うん、味付けも濃すぎず薄すぎず美味しい。
この短時間で用意できてしまう手際の良さも光ると。
見習いたいところばかりだ、なんで彼は年下なのか。
年上としてはもうちょっとぐらい残念でいてくれないと困る。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「お粗末さまでした」
それともタメ口なのを利用して後輩プレイをしてみるか?
そうすれば年下みたいに振る舞えるし、年上(仮)である彼の方が素晴らしいのは普通になる。
「洗い物をしてきますね」
「俺がやるからいい、佐織は座っていろ」
「そういうわけにもいきませんよ」
してもらってばかりじゃいられない。
矛盾しているけど、頼ってもらえるような人間になりたいから。
「そういえば千歩が付き合い出したって言ってたぞ」
「え、そうなんですね、次に会ったらおめでとうって言わなければなりませんね」
姉と一緒で裏ではいつも動いていたんだろうな。
とにかくいまは部室に戻ってきてほしい、私ももう逃げないで部室に毎日嫌と言われても行くから。
「好きです」
「なんだよ急に」
「好きですからね?」
「敬語はやめろ」
「やめませーん、いまの私はあなたの後輩ですから」
嫌われない程度にふざけることに決めていた。
これは私なりの甘えでもあるのだ、純粋に素面というか普通のままだと好きとか言うの恥ずかしいから。
だから許してほしい、いまはそれだけが唯一の願いだった。
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