08話.[刺されないように]
翌日は普通に登校できた。
がっ、部室の鍵管理はあれから千歩ちゃんに任せているから部室利用はせずにいつものところを利用している。
寒いからちゃんとブランケットをかけながら、贅沢に2枚を使うことで上半身も暖めてしまおうという計算だ。
「よう」
「え、川上くん?」
どうやらこっちに行くのを見て追ってきてくれたみたい、ここからでも体育館には行けるから不効率というわけでもないか。
「隣、いいか?」
「うん、どうぞ」
ちょっとだけ怒っているような雰囲気が伝わってくる。
「風邪が治ったばっかりなのになにやってるんだ」
「あはは、部室に行きづらくて」
「あいつのせいか?」
「違うよ、なんかいまはぎこちなくてね」
千歩ちゃんの本当のところが分からないから困っている。
排除したいのかどうか、それを見極めなければならないということも分かっているんだけど……いつも通り弱々メンタルで向かえずというのが現状だった。
「あ、これ貸してあげる、寒いからね」
「さんきゅ」
上半身と下半身のどちらをと迷ったが上の方にしておいた、なんか足にかけていたものを使ってもらうのは気恥ずかしかったのだ。
「年上なんだから堂々としていればいいんだよ」
「例えば川上くんならどうする? もしかしたら相手がこっちを嫌っているかもしれないってときは」
「それでも距離を置いたりしない、理由を説明してもらって直そうと努力するだろうな。少なくとも好きになってもらえなくていいから普通に話せるぐらいの仲になれるように頑張るよ」
すごいなあ、年下側も安心できるだろうな。
逃げている私とは違う、ここまでふらふらだと相手も不安になるか。
「ありがとう」
「礼を言われるようなことは言えてないだろ――っと、そろそろ行かないとな、あそこで睨んできている奴もいるし」
「あ、本当だ。あ、部活頑張ってね」
「さんきゅ、それじゃあまた明日な」
これは絶対に怒られる、私は部室に戻るって言ったのに結局ここを利用しているからだ。
一歩、また一歩と彼が近づいてきてついに私の前にやって来た。
「またあいつと話してたんですか」
「来てくれたんだよ」
大丈夫そうだ、抱きしめられたことはもう問題ない。
顔だってちゃんと見られる、あ、すっごく不機嫌そう。
「しかもそれを貸したりなんかして……」
「風邪を引かれたら嫌だから」
「というか、部室に戻ってきてくれてないじゃないですか」
この話題になると確実に私は言われ放題になる。
なので、私は普通に読書を再開することにした。
「待て、年上なら自分の言ったことぐらい守れ」
「も、戻りたくないっ」
「駄目だ、そうでなくても先輩は風邪から治ったばっかりなんだから」
「嫌だぁ……私はここで化石になるんだぁ」
あの部室はもう千歩ちゃんのなんだ、私の居場所はない。
少なくとも敵視しているわけじゃないと分かるまでは戻れない。
人間として普通の思考をしているだけだ、間違っているわけがない。
「あ、千歩だ」
「えっ!?」
あ、冗談じゃなかったんだ、しかも知らない男の子といる。
そういえば私は、あの部室以外での彼女をよく知らない。
春から一緒にいたというのに、これって知ろうとしていなかったということなのだろうか。あの部室でひとりになってもいいと考えてしまえる時点で、他人になんか興味がなかったのかもしれないなと内で呟く。
「あ、ちなみに横にいる男子は最近、千歩が気にしている奴だ」
「え、西くんのことが気になっているんじゃ……」
「流石に無理だと思ったんだろ」
というかここ、校舎裏のはずなのに人が来すぎでしょ。
それでもこうして人の目があると分かっていないのか、あの子は男の子の腕を抱いていい笑みを浮かべていた。
「こっちに行こう、気づかれたら面倒くさい」
普通は逆だと思うけど、千歩ちゃんもここにいることを知っているはずなんだけどなあ……。
「おい」
「一応私は年上なんですけど……」
「そんなことどうでもいい、なんで名字呼びになっているんだ?」
身長差からか壁ドンみたいになっている、そういえばなんで私は名字呼びに戻したんだろう。
「んー、なんでだと思う?」
「は? そ、それを俺に聞くのかよ」
「なんで戻したのか分からなくて」
ただ、改めて戻すのもなんだか恥ずかしい。
ここはもういっそのこと名字呼びのままでいいんじゃないだろうか、結局西くんだって先輩としか口にしないんだから。
「このまま名字――」
「駄目だ、名前で呼んでくれ」
「両親がつけてくれた名前をありがたがるのはいいことだけど、そういうのを強要するのはちょ――」
「駄目だ」
いいか、この先こうして攻められたりする方が困る。
この距離感は確実に他者にとっては怪しいものだ、私だったら「くっ、いちゃいちゃするのは人目のないところでやれ!」って絶対に言う。
「分かった分かった、ひとまず離れておくれ」
「先に名前で呼んでからだ」
「はいはい、佑樹くんって呼べばいいんでしょ」
「おう、ありがとな」
彼のことはこれから犬かなんかだと思おう。
部室の件は有耶無耶にできたから助か、
「いいから戻るぞ、いまなら千歩もいないだろ」
ってはいなかったけど。
「わあ、なんか久しぶりな感じ」
「自分から距離を置いておいてなに言ってんだ」
「ここは学校です、敬語を使っていただきたい」
ここに戻れたことは嬉しい、逆にこの少し寂しい空間が落ち着くというか。
「よくあんな場所で読書なんかできますね」
「寒さが分からなくなってくると集中できていることが分かっていいよ」
大抵は吹いてくる冷たい風を前に敗北を知る。
ちゃんと抑えておかないとページが勝手に捲れるし、読んでいる最中だと栞を挟んでいないから数秒慌てて探す羽目になるし。
それでもたまには違う場所で読むのも悪くないと思う、冬以外だったなら外で読むのもまたひとつの候補として挙がってくる。
「隣、失礼します」
「近くにいてくれると助かるよ」
近くにいてくれるだけで人工ストーブ的な感じでいい。
「ここにも持ってきましょうか、ストーブとか」
「火事とか怖いからなあ、これで我慢してくれる?」
「ってこれ、川上先輩に貸していたやつじゃないですか」
「そ、その前に私が使っていたから大丈夫っ」
そもそも私のなんだからあんまり問題ない気がする。
って、これじゃ完全に痛いやつだ、恥ずかし死しそう。
「先輩、もっと近づいていいですか?」
「これ以上は無理でしょ」
いまだって肘を動かしたら当たりそうなぐらいなのに、くっつけあったとしたら本が読みづらくてしょうがない。
「できますよ、先輩がここに座ればいいんですよ」
「いや……そんなお子様じゃないんだから――きゃあ!?」
そんなに軽いわけじゃないのになんてパワーだ、こういうところは男の子らしくていいかもしれない、かな?
「ほら、これなら近づいていますよね?」
「なんか子ども扱いされているようで嫌なんだけど……」
なにが嫌かって、しっかり奥に座らないとぐらぐらとしていること。
で、でも、そうすると……って感じで嫌だ、これは不味い。
「というかさ、これじゃあ佑樹くんが読めないじゃん」
「なら先輩が朗読してくれればいいですよね」
「無理、普通に席に座るから」
もう少し私たちは異性だということを考えていただきたい。
気軽に接触とかはしてはならないのだ、好きじゃないならね。
「そういえばおすすめ読みましたよ、面白かったです」
「そっか、それならちょっと難しいのも読んでみる?」
「い、いや、読みやすさ重視のものを選んでください」
読書を楽しみたいということならそれでいいのかも。
私だって偉そうに言えるほど詳しくないし、私だって読みやすいものの方が好きだから。
だからおすすめを教えるというのはとにかく楽で良かった。
教室に珍しく千歩ちゃんがやって来た。
川上くんがいないのをいいことに、前の席にどかっと座って。
「もう1度聞きます、佑樹のことどう思っているんですか?」
「そう聞かれても……すぐには答えを出せないかな」
最近は一緒にいることで仲は悪くないと思うけど。
「変な遠慮とかしないでいいですからね」
「え、やめちゃうの?」
「佑樹はもう私のことなんか眼中にないですから。あ、部活はやめませんからね? そこだけは佐織先輩に言われても従えません」
そんなこと言わないと口にしたら凄くいい笑みを浮かべてくれた。
なんかこれでやっと堂々とあの部室に戻れるような気がした。
メンタルが強いわけではないからこういう風にしなければならない。
でも、ときにはぶつかることも必要なんだと思わせてくれる件だった。
「あと、ちゃんと部室に来てくださいね」
「うん、今日から行くよ」
これであの寒い場所とはおさらばか。
それでもたまにはあそこで読むことも選びたいかな。
夕方だから悪いんだ、お昼に利用すればぽかぽかでいいんじゃないだろうかと考えている。
「部室に堂々と戻れそうか?」
「うん、大丈夫そう、この前はありがとね」
「俺はなにもしてないぞ」
川上くんが話しかけてくれたからこの教室にも堂々といられている。
なにかお礼がしたいな、男の子ってなにをすれば喜ぶんだろう。
「お礼がしたいんだけど、川上くんはなにをしてほしい?」
「それなら木戸が部活動を楽しんでくれるだけでいい」
「ほら、話しかけてくれたりしたの、嬉しかったからさ」
「そう言われてもな……」
「私にできることならなんでもするから!」
できることなんてたかが知れているからあれだけど、少なくとも感謝しているということが伝わればそれでいい。
「それなら木戸の後ろにいる高身長男に優しくしてやってくれ」
「佑樹くんにもお礼はしたいけど川上くんにだってさ」
「気にするな、木戸が暗い顔をしなくなっただけで俺は満足できている」
こういう風に言えるようになりたいな。
お礼がしたいって言われたときに、十分貰っているからって。
なかなかできることじゃないけど、真似してみる価値しかない。
「来てください」
「分かったよ。とにかく、ありがとね川上くん」
「おう」
何故か佑樹くんが鍵を持っていて部室に閉じ込められた。
ただまあ、本人も中にいるからなんとも言えない感じだった。
「先輩はちゃんと見ておかないとすぐ他の男と仲良くしますよね」
「それは佑樹くんにも言えることでしょ、女の子といるって言ったし」
「だからって俺はなんでもするなんて言いませんよ」
「川上くんにはお世話になったからね、お礼がしたかったんだよ」
私は川上くんを信用している。
そうじゃなければなんでもする、なんて口にはできない。
なにをしてくるのか分からない人にそんなことを口にしたら終わりだ。
「予鈴が鳴りましたね」
「そろそろ戻らないと」
「昼休み、また行きますね」
「うん、それなら外で食べる?」
「教室で食べましょう、川上先輩に負けたくないんで」
はぁ、そんな心配しなくていいのに。
けど、やっぱりそうだ、無理して止めないところがいい。
「それなら教室に来てね」
「はい、絶対に行きます」
さて、それなら走って戻らないと。
そうしないと間に合わない、いるのに遅刻は嫌だった。
幸い、授業には間に合った。
授業中は集中したり考え事を繰り返して。
川上くんは受け取ってくれそうにないから、いまはただ佑樹くんにはどうすればいいのかを知りたい。
正直に言っていいのなら自惚れでもなんでもなく、私が一緒にいるだけで彼なら喜んでくれそうな感じもするけどなあと。
それでもなにか物理的な物を贈りたい気がする。
風邪のときもお世話になったからそうして当然だろう。
「おい、おーい、もう授業終わったぞ?」
「あ、教えてくれてありがとう」
つまりこれでもうお昼休みは始まっているということだ。
川上くんは自分の席で食べないから、予定通りであればここに佑樹くんが座るということになる。
「すみませんっ、遅れました」
「大丈夫だよ、遅れてないよー」
先程から気になっていたけど、彼が来たときは少しざわつく。
そりゃそうか、私は基本的に部室に逃げていたから友達がいるなんてみんなからすれば予想外なんだろうな。
「俺の席に座るのか」
「駄目なんですか?」
「駄目じゃないが、なにか対価をくれ」
「それなら俺が作った卵焼きを」
「はは、さんきゅ、俺の席は自由に使ってくれ」
なんで私には求めてくれないのにぃ……。
同性同士の気を許した感じって羨ましい、男の子同士で仲良くしているところに突撃したら浮いてしまうし……。
「食べましょうか」
「私にもちょうだい」
「嫌です、文句を言われそうですからね」
気にせずゆっくり食べることにしよう。
自分が作ったから新鮮さはないけど安定していていい。
視線を感じていても食べていれば落ち着く、大丈夫だ。
「先輩と同じ学年なら良かったんですけどね」
「会えるじゃん」
「でも、先輩が卒業したら意味ないですし」
確かに卒業が遠い向こうのことってわけじゃないからな、1学年違うということはそういうことになるわけだ。
「それならいまの内に一緒にいればいいじゃん」
「いいんですか?」
「そもそも最近は、ほとんどふたりきりでいるでしょ」
「そういえば……そうですね、こうなるとは思ってなかったですけど」
それはこちらのセリフだった。
いつの間にか私の生活の一部に彼も含まれている。
苦手、嫌いで始まったはずなのに、時間だって全然経過していないのに私の単純さを露呈させながらも。
「千歩ちゃんにもね、変な遠慮しなくていいって言われたんだ」
「そりゃそうですよ、先輩なんですから堂々としていてくれれば」
「それだけじゃなくてさ、佑樹くんとそういうつもりでいていいって」
「へえ、そんなこと言ったんですね」
どうせ一緒にいてくれるなら仲良くしたいという考えはいまでもある。
でも、この一緒にいてくれているのがそういうことなら。
「佑樹くんがいてくれるなら仲良くなりたい」
「俺は元々そのつもりですけど、ちゃんと先輩のところに来ているから疑わずに信じてくれますよね?」
「うん、信じるよ。でも、裏切ったら刺すから」
「怖いですね、それなら刺されないように頑張ります」
そんなことはもちろんしないけど責任は取ってもらうつもりだった。
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