07話.[頑張っているのに]
「ち、千歩ちゃん」
「なんですかー?」
臆しているだけでは駄目だ。
西くんとは良好な関係を築けそうだからこちらとも、と考えて行動していたんだけど……早くも壁が出現していた。
「あの、西くんは?」
「今日は風邪です」
「あ、そ、そう……」
土曜日は元気だったのに昨日なにかあったのかな。
家を知らない私はお見舞いに行くこともできないと。
というか、風邪を引いてないとか言っていたくせにもう……。
「千歩ちゃん」
「もう、なんですか?」
「なんでここにいるの?」
ここは部室ではない、校舎裏の寂しく、そして寒いところだ。
彼女は私の問いに対し、物凄く呆れたような表情を浮かべる。
「佐織先輩が部室に戻ってくるって佑樹に言われてたんですよ、なのにいつまで待っても来やしない、だからここにいるだろうなと考えて移動してきたんです」
私の頬に指を突きつけながら「感謝してくださいね」と重ねてきた。
「あ、これを貸してあげるよ」
「ブランケットですか? ありがとうございます。でも、なんでふたつも持っている――ああ、そういうことですか」
あかん、彼女とふたりだと読書なんてしている場合じゃない、横の彼女から出てくる謎のプレッシャーは凄まじい。
「優しくしてくれた佐織先輩にお礼としてこれをあげます」
「な、なに?」
「内緒です、私は寒いのでもう戻りますね」
ぼうっと歩いていく彼女を見送ってから確認してみたら、どうやら佑樹くんの家にはどう行けばいいのかということを教えてくれているようだった。ブランケットを持っていかれてしまったけど、この情報はまあ……結構ありがたいもののように感じる。
でも、人の家は知ろうとしたり、来ようとしたりしたくせに、自分の家は1回も教えないって良くないことだと思う。
ま、まあ、どうせ教えてもらえたのなら有効活用しなければもったいないわけで、途中、コンビニに寄って必要な物を買ってから向かうことに。
「はーい」
「あ、あの、私は西くんと同じ部活に所属している木戸と言いますけど」
「なるほど! それなら上がって、2階に佑はいるからね」
「あ、は、はい、お邪魔します」
だ、誰だこれは、彼女かお姉さんか、それともお母さんか!?
とりあえず2階に上がらさせてもらったら幸いすぐに部屋は分かった。
ノックをさせてもらって反応確認――が、返事は1分経過してもない。
不安や心配から胸中で謝りつつも、勝手に入らせてもらうことにした。
「みゃ、脈を確認っ」
その際に冷たいと驚かしてしまうだろうからと温めてから触れた結果、うん、まあ普通に生きてくれていて良かった。
起こすのも悪いから買ってきた物を置いて帰ろうとしたら、部屋の扉が開かなかった。いや冗談じゃない、本当にびくりともしないのだ。
「ん……」
やばいやばいやばいやばい!
ここにこのままいたらやばい女になってしまう。
だから意地でも廊下にと頑張っていたんだけど、私の弱い力じゃなんにも意味はなかった。
「うるせぇ……」
「ご、ごめんねっ」
「…………なんでいるんですか?」
「あ、千歩ちゃんに家の場所を聞いてお見舞いに……」
やべえよこれじゃ、完全にやばい女になってしまった。
ああ、佑樹くんの視線が突き刺さる、なのに扉は開かないと。
「なにやってるんですか、鍵かかってますよ?」
「え? あ……」
「そんなに俺とふたりきりになりたかったんですか?」
「ち、違くて、それを置いたら帰ろうとしていたんだけど……」
もういいやと諦めて床に勝手に座らせてもらう。
もしかしてこうしてやばいやつと認識させるために家を教えたとか?
……後輩が優しくしてくれたのに疑うとか最低だけど、どうしても悪い方に考えてしまう。ある程度自由にさせておくことで勝手に嫌われ、自爆することを望んでいるんじゃないかって。
「起こしてごめんね」
「別にそれはいいですよ、寝過ぎで逆に怠かったし」
「と、というかさ、風邪引かないでって言ったのに……」
「すみません、日曜から調子が悪くて……」
土曜日はずっと私の家、部屋にいたんだから原因を作ったわけではなさそうだ。コタツにだって入ってもらっていたからね……って、逆にその状態から家に帰るために外に出たのが悪かったのかな?
「もしかして、私のせい?」
「違いますよ、土曜日は嬉しいことがあったから浮かれていたんです」
「へ、へえ、なにかあの後にあったんだ」
女の子といる方が多いって口にしていたわけだから、恐らくなんかそれ関連のことでいいことがあったってことだよね。……別にただの部活の後輩というだけなのにもやもやしている自分がいる。
私みたいな女にああいうことを言ったらすぐこうやって勘違いしてしまうからやめてほしかったのにさ。
「あ。ある意味先輩のせいかもしれませんね」
「ごめん、私如きが変なこと言って」
「ん? なにか勘違いしていませんか? 俺は先輩が仲良くしてくれるって言ってくれたから舞い上がっていたんですよ」
「私にそ、そんなこと言っても意味ないよ」
とにかく元気そうで良かった、これなら明日ちゃんと来てくれそうだ。
長居して悪化させても嫌だからと帰ろうとしたら呼び止められた。
「来てくれてありがとうございました」
「千歩ちゃんが教えてくれた、からあ……え?」
「……凄え嬉しかったです」
「え、ちょ……こ、こんなことしていいの?」
「ずっとこうして抱きしめたかったんですよ、あ、臭くないですか?」
匂いとかそういうことに意識を割いていられる余裕はない。
ただただ、男の子に抱きしめられているんだってことしか分からない。
あ、体温が高いなあとかは分かっているけど、それ以外は混乱してしまって冷静に考えることなんてできなくなっていた。
「明日は絶対に行きますから。帰り道は気をつけてくださいね」
「う、うん、お大事にね」
ぎこちない動きながらも鍵を開けて廊下へ。
先程までのあれがなんだったのかと自分でツッコミたくなるぐらいには簡単すぎて拍子抜けした。
でも、抱きしめられたことに比べればそんなことどうでもよかった。
「やばい……熱出そう」
自分が単純すぎて嫌だった、もう嫌いじゃなくなっているんだからさ。
明日、どんな顔をして会えばいいのかが分からない。
寧ろ積極的に風邪を引いて休みたいとすら思えた帰り道だった。
どこを探しても先輩がいねえ。
千歩に聞いてみても分からないと口にする。
先輩がいないのに他の女子が集まってくることがむかつく。
「くそ……」
「連絡してみたらいいじゃん」
先輩からしてきてくれるまでこれは使わないと決めているのだ。
一方通行は嫌だから、こっちばっかり必死なのが目立ったら恥ずかしいからというのもある。
「やっほー」
「あ、先輩のこと知りませんか?」
「佐織ちゃん? 今日は風邪でお休みだよ」
「え……」
間違いなく自分が原因だと分かった。
というか、連絡ぐらいしてきてくれよ。
それともあれか? 俺が自分を責めないために言わなかったとか?
……とにかくとして、そうと決まれば行くしかない。
「ぶー、あなたはここを通れません」
「な、なんでだよっ、俺は先輩のところに行きたいんだ」
「駄目、ちゃんと活動してからにしなさい」
昨日の先輩が来ていたのはまだ完全下校時刻前だった。
いつもだったら有りえないことだ、本好きのあの人が最後まで残らずに途中で抜けてくるなんて。
ただ、逆にそれが嬉しかったっていうか、だって本より俺のことを優先してくれたってことだろ? 自惚れているところもあるだろうが、全て自分の勘違いというわけでもないはずだ。
なのにこっちはしてもらうだけしてもらっておきながら行けないってそりゃないだろ……しかも原因を作ったのは俺なのにさ。
「いいんじゃないですか? 行かせてあげれば」
「千歩……」
「あとこれ、ブランケットを佐織先輩に返しておいて」
了承して廊下へ飛び出ようとしたができなかった、どうしても菱田先生は活動をさせてからにしたいらしい。
「焦っても変わらないよ」
「そうですけど……」
こんなんじゃとてもじゃないが読書になんて集中できないのに。
でも、勢いだけで行動すると悪いことに繋がるのは最近よく分かった。
「偉いね」
「偉いのは先輩の方ですよ」
こんな俺たちを迎えてくれるなんてさ。
幸い、先輩におすすめされた本を持ってきている。
いまはこれを読んでぐっと我慢しておけばいい。
終わったら走って向かって――って、その後はどうすればいいんだ?
先輩がしてくれたみたいにジェルシートとかを買っていくのはいいとしても、結局すぐ帰ることが1番なんだろうか?
俺らにできるのはそれぐらい、後は本人の回復力に任せるしかない。
なるほど、先生の言う通りだ、寧ろ焦ってすぐに向かおうとすることの方が悪い結果に繋がる気がしてくるぐらいで。
「ありがとうございました、俺を止めてくれて」
「ふふ、私はただ顧問として活動してほしかっただけだよ」
「そうですか、それでもありがとうございました」
落ち着いたら普通に集中できた。
そりゃ顧問としては部活動に所属している以上活動してもらわなきゃだしな、しかも部室に自分の意思でいるんだから。
「私は行くかと思ったけどね」
「行ってもなにもできないからな」
「あんたらしくない、佐織先輩優先で動きなよ」
「先生がいる限り無理だろ」
つか、こうして大人しいと逆に気になってくる。
連絡先だってもう消そうとなんかしてこない。
これも先輩効果だと言うのなら感謝してもしたりないが。
「君たちさ、ラノベとかには興味ないの?」
「ここにある本とはベクトルが違いますよね」
「あのね、ここに置いてある本の内容は硬い!」
確かに読みやすさを考えて先輩はおすすめしてくれているが、読んでいると疲れることはよくある。
別にそういう系統のものが読みやすいだなんて言うつもりはないが、そちらの方が純粋に楽しめそうだ。
いやまあ、おすすめしてもらっている本も読み進めていけば面白くはあるんだが、堅いと言いたくなる気持ちも分からなくもないわけで。
「私はアニメとか見ますよ」
「おぉ、今季はなに見てるっ?」
「ワン○ースとかですかね」
「えぇ、最新を追おうよー!」
俺も正直そういう国民的アニメぐらいしか分からない。
萌えとか分からない、よくあんなことを外で言えるなと思う。
「はぁ……残念だよ」
「先生が趣味全開でいてはならないと思います」
「なんで? 教師だからって趣味にまで文句を言われる謂れはないよ」
「それはいいですけど、押し付けないでくださーい」
「うぐっ、それは確かに千歩ちゃんの言う通りだ、ぜ」
もう帰ってもいいだろうか、いまなら容易に廊下に出ることができるわけだが。
「ちょっと佑樹くん、あなたはもう帰りなさい」
「えぇ」
「私はちょっと千歩ちゃんとお話ししなければならないですから」
「あ、じゃあ帰ります」
千歩よ、ありがとな。
途中で忘れずに必要そうな物を買って先輩の家に。
「あい……」
「ちょ、大丈夫なんですか?」
「えっ!? あ、み、見ちゃだめっ!」
えぇ……閉じられてから数十秒経っても開かれる気配がない。
かと思えば、ちょっとだけ開けられて声だけが聞こえてくる形に。
「な、なんで来たの?」
「なんでって、昨日の先輩と同じ理由ですけど」
「……上がって」
仮に抵抗されても無理やりそうするつもりだったから助かった。
「はぁ……」
「ほら、部屋に行かないと」
「うん……」
俺のときと違って治っているというわけではないようだ。
顔が赤い、額に触れてみてもすごく熱かった。
歩かせると危ないから部屋まで運ぶ、先輩の部屋なんてこれで3度目だから緊張なんかしない。
「これは俺のせいですよね?」
「違う……私が風邪を引きたいって願ったの」
「は? なんでそんなこと……」
それじゃまるで俺に会いたくないみたいじゃねえかよ、ちゃんと寝て必死に治してきたというのに、この先輩は……。
「……どんな顔をして西くんと話せばいいのか分からなかったから」
「は? いつも通りで――」
「だ、だって……抱きしめられたから」
ああ、そういうことか。
つまり結局は俺のせいということだな。
「とりあえず、水分を摂ってください」
「うん」
勝手にジェルシートも貼らせてもらう。
明日は来てもらわなければ困るが、だからといってこっちに移されても会えなくて嫌だから難しい。
「大丈夫ですか?」
「うん、いっぱい寝たからね」
「それなら俺はもう――」
帰らないとと言おうとしたときだった、こちらの裾を掴んで先輩が「やだ……」と言ってきたのは。
「え?」
「あっ……き、気をつけてね!」
この慌てようはつい出てしまったようなものか、自分の意思で俺といたいと言ってくれる日がくればいいな。
「いてほしい?」
「い、いいよ……明日、どうせ会えるんだから」
「じゃあいるかな、先輩は寂しがり屋だから」
「……嫌い」
この嫌いにはなんにも込められていないと分かる、とりあえずそう言っておけば俺が遠慮するって考えているんだろうな。
「意外にも千歩が行けばいいって言ってくれたんですよ」
「そうなんだ? 私なんかじゃ君に影響力を与えられないって思ったのかもしれないね」
「違いますよ、あいつだってそこまで悪いやつではないですから」
こんなことは初めてだ、だからこそ調子が狂うわけで。
とにかく、千歩は先輩のことを認めているんだ。
素でぶつかってもそのまま対応してくれる先輩のことを。
「西くんのせいじゃないからね、お風呂でぼうっとしすぎていたらお湯が冷めちゃっててさ……それで馬鹿みたいに風邪を引いただけで」
「俺が抱きしめたからですよね?」
「そ、そんなことはないよ」
「ドキドキしてしまったってことですか?」
振り向かせてくれと口にしたのは先輩の方。
それなら遠慮する必要はない、仮に風邪を引いているときでもだ。
「それは置いておくとして、来てくれてありがとね」
「そりゃ行きますよ」
「はは、そっか」
やばい、俺の精神的にこれ以上は良くない気がする。
「すみません、おれはこれで帰ります」
「うん、気をつけて」
……止めてくれよ、いやまあ止まるつもりはなかったけどよ。
こういうところを見ると全然意識してくれてないんだなと分かる。
「くそ……」
過去のことを後悔してももう遅い。
だからこれからを変えていけるように頑張っているのにこれじゃあな。
帰り道は行きと違ってもどかしさがやばかった。
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