06話.[血涙を流しながら]

 土曜日、正午頃に西くんがやって来た。

 丁度お昼ご飯を作っていたところだったから彼にも食べてもらうことにした。結果、美味しいって言ってくれたから大丈夫だったと思いたい。

 それで約束通り、私が遠慮なく読書を開始したのが30分前。


「うぅ……もう!」

「なんですか?」

「じろじろ見すぎっ」


 私があの部室や外で読んでいる理由を理解してほしい。

 静かに、そして誰にも邪魔されることなく読書ができるからいいのだ。

 なのにこれでは真反対、寧ろ近くから見られているせいで駄目だった。


「俺も本を読んでいたんですけどね、ちょっと自意識過剰じゃないですか?」

「そっちに座って読んで」

「嫌ですよ、コタツから出たら寒いじゃないですか」


 それに身長が高いのも悪影響で、コタツ内が狭いのだ。

 せめてあぐらをかくなり正座をするなりしてくれればいいのに、足が短いこちらを馬鹿にしたいかのように足を伸ばしているから困る。

 それならばとコタツから出てベッドで布団にくるまれながら読むことにした。あ、部屋だというのも問題だね、当たり前のようになにやっているんだか。


「先輩の部屋は本が多くていいですね」

「気持ち悪い」

「え? いきなり酷えな……」

「敬語だと気持ち悪いからここではタメ口でいいよ」


 この子が丁寧だとなにか作戦のようで嫌なのだ、……あと地味に千歩ちゃんと西くんの関係に憧れている。

 ある程度は自由に言えてしまうような、それでもずっと仲良しのままでいられるみたいな、どうせ一緒にいるのなら仲良しの方がいいし。


「西くんはどんな本が好きなの?」

「好きとかないよ、先輩におすすめされた本を読んでいるだけで」

「まだ本を読むのは言われたからってだけ?」

「いや、最近はおすすめされたのを読んで夜ふかしとかすることがあるから違うな。ま、そういう点では先輩は見る目があるって言うか……」

「詳しいわけじゃないよ、あそこの活動は読んで終わりだからね」


 片っ端から読んで読みやすいものを進めただけ、褒められることではない、あとは単純に褒められたくなかった。

 なんというかそう、疑心暗鬼になっているんだ。

 必ず疑いから入らないと駄目になっている、特に彼や千歩ちゃんが無駄に下手に出てきたりすると怪しさMAXだなとかって。


「最初はすみませんでした」

「いきなり部活を否定したこと? 影でならなんでも言ってくれてよかったんだけど流石に面と向かって言われるとね、私の否定もしてきたし」

「あ、それって積極的にやらないからじゃないのって言ったやつか」


 うなずいたら「それは違うだろ」と彼は嫌そうな顔で言った。


「それだけじゃなくて、甘やかしているとかさ」

「実際その通りだろ。先輩は千歩に自由にさせすぎだ、遠慮なく言えばいいんだよ、言わなきゃ助長させるだけだ」

「だって教室から逃げてきているような人間に注意されたくないでしょ、千歩ちゃんは私と違って明るくて可愛い子だしさ」

「可愛くなんかねえよ、携帯を勝手に弄って連絡先とかを消してくるやつなんだぜ? だから俺はあいつを振ったんだ」


 消すのはいきすぎだけど西くんにも原因はありそうだ。

 あの子は決してそれだけで暴走したりはしないと思う。

 隠すのは結構下手くそだけど、いいところもあるんだから。


「西くんも悪いよ、理由を作ったのは君でしょ」

「まあいい、よりを戻したいとは思ってないからな」


 でも、彼女の方は違うと分かった、あの子的には私もそういう対象としてカウントしていることも。

 排除されては困る、西くんを狙うなんてことはないのに。


「俺、この前不機嫌だったときあっただろ?」

「うん、女の子と喧嘩したって」

「それは千歩とのそれだったんだが、それだけじゃないんだ」


 こちらに対して背を向けているからどんな表情をしているのかは分からないままだが、今日の彼は落ち着いていて良かった。


「先輩がさ、男を連れてきただろ?」

「あ、川上くんのこと?」

「そう、仲良さそうに話していたから嫉妬したんだ」


 私たちはただ前後の席だから話すこともあるというだけだ。

 あとはあれ、川上くんが優しいから毎日話しかけてきてくれているというだけ。

 おかしくもないのに笑いたくなっちゃう、それに嫉妬って、ね。


「畑くんとも仲良さそうにしていたと思うけど?」

「あいつは大丈夫だ、彼女がいるからな」

「あ、へー……」


 ま、彼と違って常識人だからおかしくもないか。

 やっぱり私の中では彼の評価はあんまり良くないまま。

 いいところもあるんだけどね、無理やり連れて行こうとしたりしないところとかはさ。いつの間にか側にいたりすることはマイナスだけど。


「へえ、嫉妬したんだ」

「おう、他の男と仲良くしてほしくないんだ」

「安心してよ、川上くん以外とまともに話せないし」


 って、嫌いな子相手になに言っているんだか、気恥ずかしくなったから違う方を向きながら読むことにした。


「というか、部室に戻ってきてくれる流れじゃなかったのかよ」

「千歩ちゃんが求めて――」

「俺は求めてる、先輩がいなければあの部室に行く意味はない」

「な、なんでそこまで……」

「先輩に興味があるからだ」


 どういう風に興味があるのかが分かっていないから困る。

 また、千歩ちゃんみたいに裏の顔があるんじゃないかって怖いのだ。

 流石にもう無闇には信じられない、文句なら千歩ちゃんにどうぞって感じ。


「それなら西くんが外に来てよ、少しは寒さを味わって」

「確かに俺らが悪いのか、それも有りかもしれないな」

「え……あ、冗談だけど、風邪を引かれても嫌だし」

「いや行く、部室に戻ってきてくれないということなら仕方がない」


 ひぇ、平常運転なのは勘弁していただきたい。

 ここは学校ではないんだぞ、しかも私の部屋でふたりきり。

 それなのにいつも通り押せ押せモードはちょっと……。


「や、やめてよ、私みたいな女にそんなさ……」

「え? なんの話だ?」

「え……あ」


 なんだよ、別に女としては興味がないということか。

 責任を取るためにいるみたいなことを言っていたし、それもそうか。


「……べつに責任を取ろうとなんてしなくていいから」

「もうそれだけじゃないからな、俺は自分の意志で先輩――佐織といる」


 ……名前で呼ばれたぐらいでドキッとするな馬鹿っ。

 この子といると情けないところと恥ずかしいところばかり見せている気がする。情けないぜ……年上としてスマートにやりたいのに。


「千歩ちゃんに怒られちゃうよ」

「だからあいつは関係ないって」

「それでも私たちが仲良くしていたら絶対に障害になるよね?」

「え、というかそれって……」

「あ、げ、現実的な問題でしょ!」


 そういうつもりがなくたってあの衝突だったんだから。

 これからどうなるのかは分からないけど、だからこそ分かりきっていることを話しておかなければならない。

 千歩ちゃんのことをよく知っているのは彼の方、ならその彼と上手く話し合わなくてどうするんだって話だろう。


「仲良く……してくれるんですか?」

「ず、ずっと嫌っておくなんて無理だよ」

「凄え嬉しいです、思わず敬語になってしまうぐらいには」


 そもそも本気で嫌いだったら家になんて入れない。

 本を読んで過ごすのだって限界がある、嫌いな子がいたら駄目なんだ。


「でもさ、西くんは平気で他の子と仲良くしそうだよね」

「あー、まあ女子といることは多いな、男子といることよりも多いぞ」

「ふーん、それならその子たちと仲良くしたら?」

「それとこれとは別だ、気にしないでくれ」


 いや、中途半端なことをされると嫌だ。

 完全にそういう風に相手をしないか、完全にそういう風に相手をするかみたいに極端であってほしい。0か100、そうじゃないと不安になる。

 向こうにその気がないのにそれっぽいことを言っていたり、態度に出していたりしたら痛い人間になってしまうから。

 そもそもね、こんな女にそういう言葉を投げかけたら勘違いしてしまうということを理解しておいた方がいい。計算してやっている、勘違いしたところを捨てるという行為がしたいという子なら恐ろしい話だけど。


「私に対する態度は気をつけてね、勘違いしちゃうかもだし」

「へえ、少しは影響を与えられているんだな」

「いや、これからの話だよ。その気がないならやめてほしい、ただの同じ部活の後輩としていてほしいかなって」


 千歩ちゃんがいる限り難しいことだ、どうせならこちらが好きになってしまうその前に去ってほしい、自覚してしまったら自分だけではどうしようもなくなるから。


「とにかく、佐織先輩は部室に戻ってきてくれ」

「しょ、しょうがないなあ、後輩にそこまで言われたら戻らないわけにはいかないなあー」


 ああ、既に痛くてしょうがないよ。

 西くんがまだ呆れたような顔をしてくれていれば救いだが果たして。


「こっち向いて」

「どうした?」


 残念、あくまで無表情だった。

 無表情は感情を隠している場合もあるから分からなくて困る!


「今日はもう解散っ、気をつけて帰ってっ」

「嫌だよ、夜までいる。こういうときに一緒にいないと佐織先輩はいてくれないだろ。しかも学校ではあの川上だかなんとか先輩といるかもしれないしさ、独占してえんだよ」


 だから川上くんにその気はないのに。

 私が毎日のように部室に逃げるから心配してくれているだけだ、話しかけて教室にも居場所があるんだと教えてくれただけ。


「じゃあさ、外で活動する方が独占できるんじゃないの?」

「それもそうだな。でも、寒いのはなあ」

「分かる、あれは結構厳しいよ」


 しかも冬に限って風が強かったりするんだ、そこに薄暗くなったせいで出てくる冷たさがプラスされると。

 人に来てほしくないのは冬だと鼻水が垂れているときがあるからというのもあった、鼻が冷えすぎて垂れているのか垂れていないのかよく分からないこともあるから。


「千歩って邪魔じゃね? 追い出すか」

「だめだよそんなの、もっと優しくしてあげなさい」

「そうは言うけどさ、あいつがいると絶対に文句を言ってくるぞ」

「そうしたら西くんに任せるよ、私は千歩ちゃんがちょっともう怖くなっているから無理だけどさ」


 言い争いになって止めなかったらまた否定されそうだなあ。

 ざっくりと刺さるから嫌なんだ、正論すぎるのもたまに問題となる。

 仮にも相手は先輩なんだからもうちょっとオブラートに包んでほしいけれども、彼と一緒にいると期待するだけ無駄なんじゃないかとしか考えられなかった。


「よし、それなら先輩が俺のことを名前で呼べばいいな」

「そうしたら余計に文句を――あーはいはい、佑樹くんって呼べばいいんでしょ。はぁ、たかだか名前で呼んでもらえないかもしれないからってそんな顔をしないの、子どもじゃないんだから」


 うん、それでも慣れてきたな、彼と過ごすのも。

 いまなら年上として上手く対応できそうだった。

 なんてことはない、彼だって身長は高いけど子どもみたいなものだ。


「よしよし」

「なんだよ……」

「いや、ひとりで来られて偉いでちゅねー」

「元々そういう約束だろ? それとも千歩がいた方が良かったか?」

「千歩ちゃんには悪いけど君ひとりで良かったです」


 怖いし、包丁あるから刺されそうだし、おまけにふたりきりだったからこそ慣れることができたと思うし。


「ふーん、先輩も俺のこと気に入ってるんだ」

「え? 違う違う、そんなこと一言も――もうなに?」

「俺のこと意識してください」


 そりゃ、布団越しにとはいえ覆いかぶされていたら嫌でも意識を向けなければならなくなるんですが!


「まだ嫌いですか?」

「いや、今日で慣れたよ」

「それじゃ、これから一緒にいれば仲良くなれますか?」

「西――佑樹くんが酷いこと言わなければね、あ、千歩ちゃんから守ってくれたらというのもあるけど」


 どうせなら仲がいい方がいい。

 考えた作戦は全て失敗したけども、それなら追い出そうとするよりかはこちらの方がいい考えな気がしている。

 勘違いじゃなければ彼も私と仲良くしたいみたいだし? 後輩の頼みを聞いてあげるのも先輩の役目だと思うのだ。


「守りますよ、佐織先輩のこと」

「無理しなくていいからね。あと、千歩ちゃんのことをそういう意味で見られるようになったら応援するからね」

「はぁ、だからないって言ってるだろ……」

「そんなの分からないじゃん、千歩ちゃんが猛烈なアピールをしてきたら揺れてしまうかもしれないでしょう?」

「その前に先輩が猛烈なアピールをしてくださいよ」


 そんなの無理だよ、仮に好きになるのだとしたらこれが初恋だから。

 全部リードしてほしい、考える隙すら与えずに。

 多分そうじゃないと疑心暗鬼を発揮して駄目になると思うから。


「私を振り向かせたいならぐいぐいきてよ」

「いいんですか?」

「ふっ、佑樹くんにできるとは思わないけどねー」


 もしその気になってから他のところに行ったとしても、そのときは血涙を流しながらでも応援してあげることにしよう。

 苦い思いなんてこの先どうせ何度も味わうことになるだろうから、いまから練習として味わっておくのも悪くない気がする。

 というか、若い内から自分の限界を理解しておいた方がいい気がする、特に他人からどういう評価を下されるのかとかをしっかりとね。


「先輩、他にこの家にある本でおすすめあります?」

「あるよ、ちょっとどいて」


 どうせなら難しく考えずに読んでほしいからやっぱり今回も読みやすさ重視で数冊選ばせてもらうことに。


「はい、この数冊が――」

「いつもありがとうございます」

「う、うん」


 お礼を言われると照れるな、別にこれまで言われてこなかったとかではないのになんでだ。


「先輩がいてくれて良かったです」

「そりゃ、本を無料で読めるもんね」

「それだけじゃないですよ、学校に行く理由にもなりますから」


 あ、これは駄目だ、信じることはできない。

 ガードが緩いようで堅いのが私だった。


「それなら風邪なんか引かないでね」

「俺、中学のときから学校は1日も休んだことないですよ」

「おぉ、偉い! はは、それなら私が気をつけないとねっ」

「ですね、先輩がいなかったら行く意味ないですから」


 もう、急にこんなのなんだから。

 簡単に靡かないように気をつけようと決めたのだった。

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