05話.[正しかったかなと]

「はぁ……」


 現在位置は校舎裏。

 現在時刻は17時過ぎ。

 季節というのも影響していて色々と寒い。


「ここでも本が読めるからいいんだけどさあ」


 ふたりを追い出すのではなく自分が去ることしかできないところが情けないことを物語っている、ここまで情けないところを見せているのは私ぐらいしかいないだろう。


「見ーつけた」

「あ、菱田先生」


 ここで部員ではなく先生が来るところも私らしい。


「部活、行かないの?」

「はい、そういう約束なんです」

「それならせめて校舎内で読みなよ、探すのに疲れちゃった」

「それはごめんなさい」


 先生は「責めてないけど」と重ねてきた、責められても変えることはできないから意味ないけど。


「私もここに来て本を読もうかな」

「やめた方がいいですよ、寒いですからね」

「それなら教室で活動しましょー」


 でも、結局校舎内を選んだらださい気がする。

 チンケなプライドなのは分かっているが、そう簡単に選択はできない。


「寒い! 私はお仕事があるから戻るね」

「はい、頑張ってください」


 あんまり集中できていなかったけどこっちは読書を再開。

 ここなら暗くても照明があって読みやすくていい。

 しかも滅多に人が来ないから落ち着ける。

 最大の問題はやはり季節によって影響度が違うこと。

 あと、たまに人が来るとかなり驚くことだ。

 相手が長身だったりすると尚更ね。


「菱田先生に聞きました」

「こら、ちゃんと上着も着ないと風邪引いちゃうよ?」


 だからって貸してあげられるものはないけど、ここはまあ一応年上として言える最低限のことを言わせてもらった。


「ずっと探していたんで暑いぐらいですよ」

「私を? それはごめんね、お疲れ様です」

「先輩に会えて疲れが吹き飛びました」

「またまたー、まあ、座ってよ」


 段差だから座り心地はあんまり良くない、それでも疲れているときには座るのが1番だ。


「あ、千歩はちゃんと来てますよ」

「そっか、それなら良かったよ」


 ということは自分のしたことは間違いではなかったと、それが分かっただけで十分だ、無駄だったとしたら虚しいけどさ。


「これから毎日ここで読むんですか?」

「寒いから場所は変えるかもしれないけどね」


 忍耐力というのがないからすぐ変わるかも、そもそもそんなのがあったら教室から逃げてなんかいない。


「じゃあその度に教えてください」

「それはいいけど、意味あるの?」

「あります、俺が安心できますから」


 まあそれで安心できるなら構わないか。

 彼のいい点は、連れ戻そうとはしないことだ。

 やめると言ったときも止めてこなかったし、そういう潔いところは好きかもしれない。


「あの、連絡先を交換してくれませんか?」

「え、私は嫌いだって言ったはずだけど」

「嫌いでもいいので」


 いまだって嫌いだと言った後に近づいてきている。

 変に抵抗するよりかは交換してしまった方が楽かもしれないと考えて彼の要求を受け入れた、仮にここを躱せても家を知られているのだから意味はないんだし。


「先輩、千歩に言われたことは気にしなくていいですからね」

「戻りなよ、二宮さんが待っているでしょ」

「分かりました。でも、何度でも来ますからね」


 通常ならここから意地の勝負が始まるところだけど、逃げようとは一切考えていなかった。その度に走らせるのは違うし、やればやるほど千歩ちゃんに嫌われることになるから。

 故に私にできることは寒いと呟きつつ本を読むことだけ、そういうところも自分らしくていいと気に入っているから問題はなかった。




 集中できない。

 むかつくけど変な子と一緒にいるよりかはいいはずなのに、その相方は先程戻ってきてあっさりと本を読むことに集中し始めた。


「ねえ……」

「なんだ?」

「それ、面白い?」

「まあな、そうじゃなければ俺がこんなに読めないだろ」


 相方――佑樹は「いまでもあんまり好きじゃないしな」と言う、好きじゃないのにこの部活によく入ったものだと未だにそう思う。


「貸して」

「は? 読んでからでいいだろ?」

「貸してっ!」

「わ、分かったから声をもうちょい小さくしろ」


 別にこれが読みたかったわけではない、ただただ完全下校時刻まで時間をつぶしたかっただけだ。

 結果は残念、途中から読んでみたけどさっぱりだった。

 いや、自分が単純に読む気がないんだろうな。


「ねえ、木戸先輩のことが好きなの?」

「別にそうじゃない、迷惑をかけたからだ」

「嫌いとか言われていたのにまだ続けるんだ」

「ああ続ける、連絡先だって聞けたしな」


 それならこちらがやることはひとつ、勝手に携帯を弄るのは悪いけど消すだけだ。

 昔からずっとやってきた、だって私がいるんだから他の異性の連絡先なんていらないんだから。


「おい、俺のを勝手に触ってんじゃねえよ」

「佑樹にはいらない情報でしょ」

「ふざけんな、そんなのは俺が決めることなんだよ。お前、振られた理由をまだ理解できてねえのか」


 そんなの関係ない、結局最後には私を求めるに決まっているんだ。

 佑樹がこの部活にいることを許可したのはその方が管理しやすいから。

 ここに来る人なんてひとりしかいない、木戸先輩さえなんとかしてしまえばそれ以外の対策はいらない――はずだったのに。

 面倒くさいやり方をしてきた、同情を引くためにここではなく外で読むことを選択しているんだ。

 許せない、佑樹を惑わす人間はいてはならない。


「木戸先輩に戻ってきてもらおうよ」

「はぁ、俺もそのつもりなんだがな」

「大丈夫、木戸先輩なら戻ってきてくれるよ」


 そうしないと裏でなにをされるのか分からないから困るんだ。

 あの人は押しまくれば弱いということを知っている、佑樹を守るためには興味のない人のことだって知ろうと努力をしているから。


「謝らないと」

「それなら今日にしろ、戻ってきてくれないと困るんだよ」

「だよね、私も佑樹と同意見だよ」


 確か校舎裏にいるんだっけ。

 なんたってあんなところに、余計に寒くなるだけなのに。

 鍵は佑樹に任せて向かったら丁度帰ろうとしているところだった。


「待ってください木戸先輩!」


 最終的に佑樹とまた結ばれるためにならなんでもしてやる、悪いと思っていなくても頭を下げることだってできる。


「先日はすみませんでした! 戻ってきてください!」

「戻らないよ、私はあそこに必要ないからね」


 ……我慢我慢、どうせ毎日言い続ければ折れてくれるはずなんだ。

 

「諦めませんからね! 佑樹と一緒に何度も来ますから」

「ふふ」

「は? あ……」


 つい苛ついて素が出かかってしまった、そうでなくても無駄な時間なのにこれ以上使わせないでほしい。


「やっぱり西くんが好きなんだね」

「そんなの当たり前じゃないですか!」




「それなら思ってもないことを言うのはやめようよ、私がいない方が好都合でしょ? それに好きなら西くんを説得することに時間を使わないとね」


 普段の態度はあからさますぎた。

 でも、だからこそあれが印象的だったというか、まあそんな感じ。


「いたっ、お前押し付けやがってこのやろう!」

「いいでしょべつに、どうせどっちかがやらなければならないんだから」


 おっと、西くんも来てしまったか。

 年上らしく空気を読んで帰ろうとしたらみんなで帰ることになってしまったというオチ。大体は上手くいかない、これも私らしいね、はは。


「先輩、悪いんですがもう1度教えてください、こいつに消されたんで」

「教えても消されるんじゃないかな」

「次は消させませんよ」


 相手の携帯を躊躇なくいじれる時点で駄目だろう、それ以外での手段がないから今回は諦めてもらうしか……。


「木戸先輩は佑樹のことが好きなんですか?」

「好きじゃないよ?」

「ならいいです、あの部室に戻ってきてください」

「え、やだ」

「なんでですか!」


 だってそれは管理下に置いておきたいというだけだ、わざわざ怖い思いを味わいたくないからできることは避けることだけ。


「あ、私はコンビニに寄っていくから」


 肉まんでも買って食べながら帰ろう。

 いまはとにかく内側を温めないと駄目だ、これから毎日続けるためには精神だけはしっかりさせておかないと。


「へえ、ピザまんですか」

「うん――って西くんも買ってる!?」

「はい、先輩の後に買いました」


 こうやって別行動をしていいんだろうか。

 千歩ちゃんは彼を獲得するためにならなんでもやりそうな子だ。

 こちらにその気はないのに敵視してきたら? 学校生活が一気に楽しくないものになってしまう。


「俺はシンプルに肉まん派です」

「美味しいんだけどチーズとかに弱くてね」


 昔からずっとこれ一筋だった、あんまり他の味や趣味に浮気するタイプではないから悪くないかもね。


「連絡先、教えてください」

「いいけど、消されない?」

「次は守りますから」

「あ、でも……」

「なんですか?」


 いやいいや、最悪の場合は上手く距離をおけるように頑張ればいい。

 今度こそ消されないでと重ねて、登録させる。

 よく考えたら情報を簡単に吐いてしまうのは危険なような気がする、危険のような気がするのになんか大丈夫だって考えてしまうところが単細胞というかアホというか。

 だって嫌いな相手なんだよ? なのに私は馬鹿正直にこんなこと……。


「あ、今週の土曜日、先輩の家に行っていいですか?」

「え、それは無理かな、二宮さんにばれたら倒されちゃうよ」

「聞こえているんですけど、というかあんまんを食べないとか有りえないですから」

「いたのかよお前……」

「いちゃだめなんですかー? あ、私がいるところだと女の子を誘えないもんねー、そりゃ嫌かー」


 ひぇぇ、この子怖すぎる。

 まだお姉さんとかだったらいいけど、友達の立場で管理を行うなんて。

 ま、まあいい、これで土曜日の件は自然消滅したわけなんだから。


「土曜日、私も行きますねっ」

「駄目だ、お前は来なくていい」

「やだよー、言うこと聞かないよー」


 そもそもふたりとも来なくていいよ?

 な、なんてことだ、下手に千歩ちゃんと関係があったせいでこんな風になって……先輩なのに上手く対応できずにいるなんて。

 残念ながらこのふたり以外に込み入ったことを相談できるような友達はいないと、もっと頑張っておけばよかったと考えても遅い。


「二宮さんは――」

「それやめてください、いままでみたいに千歩って呼んでくださいよ」

「千歩ちゃんは西くんと遊びに行けばいいんじゃないかな」


 上手く対応できる気がしない。

 せっかく集まってもぐだぐだになって終わるだけ、そういうのがあるから私は寒さを我慢して外で読んでいるんだぞ。


「俺は千歩と仲良くする気はありませんよ」

「えー、私は佑樹と仲良くしたい」

「駄目だ、いまのままを続けるならできない」


 彼は私を云々と重ねてくれたが、正直に言って否定してくれていたのは彼の方だ。千歩ちゃんもそこを突く、が、彼はだからこそだと口にした。


「ちぇ、分かったよ、余計なことはしないからさ」

「本当か? もし嘘をついていたら許さないからな」

「しないよ、このままだと完全に逆効果だと気づけたしね」


 それで結局土曜日は彼だけが家に来ることになった。

 なんでそうなるのと異論を唱えたものの、全く無駄だった。

 けどあれだな、そういうメンタルだけは見習いたいかも、嫌われている相手にも近づける強さなんてものは私にはないから。

 いまとなっては千歩ちゃんが怖いもん、いままでの言葉は全て嘘だったということが引っかかってしまっている。


「木戸先輩、これまでのことは全てが嘘じゃないですからね。ほら、佑樹をあそこに留めて管理するということなら先輩があそこにいてくれなければ意味ないことでしたからね」

「結局それは嘘だったってことじゃねえか、お前って本当に馬鹿だよな」

「はあ!? 佑樹より成績いいんですけど!」

「成績が良くても人間関係ではクソだからなんの意味もない!」


 もうやだ、このふたりが部活やめないかな。

 やっぱり後輩に譲って自分が外で活動しなければならないとかおかしいもん、普通は自由にしてくれているふたりを怒って占領するところだろ。

 人が良すぎても駄目なんだ、それは違うとごねなければならない。


「明日からふたりとも部室に来ないでね」

「「なんでですか!?」」

「そうやって言い争いしかできないからだよ。あそこはね、喧嘩をする場所じゃないの、本を読む場所なの! それに千歩ちゃんは西くんを留めたかっただけで本当は本になんか興味ないんじゃないの?」


 へへへ、言ってやったぜ。

 どうせ嫌われているのなら自由に言えばいいんだ。

 なんでも我慢すればいいわけじゃない、ある程度は発散させておかないとメンタルが弱いから潰れてしまう。

 ふふ、私がいい感じに精神を保つために利用させてもらうぜ。


「私は佑樹と違って1年の始めから先輩と一緒にいるんですよ? こいつが関わっていないときは完全に読書部らしい活動をしていたじゃないですか! そこを疑われるのは心外なんですけど!」

「ふっ、お前はやっぱり駄目なんだよ」

「私は木戸先輩とふたりきりのとき楽しかったですよ! それなのに先輩は違うと言いたいんですか!?」


 なんか心からそう言ってくれている感じがしないんだよなあ。

 西くんに嫌われないように演じているだけというか、さっきだって全然すまないといった感じの雰囲気はしていなかったからね。

 彼に好かれるためにはなんでもする、例え嫌な相手にも頭を下げられるとか考えていそうだった。


「ごめん、いまはそうとしか思えないや」

「酷いっ、先輩なんてもう知らないですから!」


 やれやれ……こっちの方がいまとなっては知らないって言いたいよ、結局なにもかもが嘘だって分かった後にいい反応なんてできるわけがないじゃないか。


「土曜日に来てもいいけどなにもできないからね? 私は本を読んでいるから適当に過ごすことになるからね?」

「それでもいいですよ」

「うん、ちゃんと守ってくれるならいいよ、それじゃあね」


 本当にこっちに申し訳なく感じてくれているのなら距離を置いてくれることが1番いいんだけどな、裏でなら馬鹿にしてくれていいからふたりだけで盛り上がってくれていればいいんだ。

 なのに彼も彼女も思ってもないことを口にしてさ、こっちにだって心があることが分かっていないんだろうな。というか、自分たちが気持ち良く過ごせれば他人の事情なんかどうでもいいのかも。

 本当に後輩ってやつは怖いな、川上くんとかだったら上手く対応するんだろうな。舐められずに慕われて、卒業するってなったときには泣いてもらえてさ。こっちだったらやっと卒業してくれたあって嬉し泣きをするだろうけども。


「送ります」

「千歩ちゃんか他の子にしてあげなよ」

「いまは先輩にしか興味がありません」

「否定してくれたのに?」

「否定? そんなのしてませんけど」


 やっぱり陽キャと陰キャは仲良くなれない。

 いやまあ、私の場合は、といれる方が正しかったかなと内で呟いた。

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