04話.[振られた側は複雑]

 なるべく引きこもらないように頑張っていた。

 よく考えてみなくても年上が逃げるようにしてあの部室を利用しているのは良くない。慕ってほしいとかではないが、少しはまともな人間でいたいからだ。

 だからまずはお昼休みに利用するのをやめることにした。


「あれ、今日は教室にいるんだな」

「あ、うん、あんまり部室にこもるのもどうかと思って」

「読書部、だっけ? 今度行ってみてもいいか?」

「うん、来る者拒まずだよ」


 教室にいるとよく話しかけてくれる子だ。

 というか、前の席だからというのもあるのかもしれない。


「あ、そういえば木戸、この前、身長が高い奴といただろ?」

「最近読書部に入った子なんだ」

「へえ、あいつはよく女子といるから微妙だと思うけどな」


 そりゃ高身長だしモテるんじゃないかな。

 部室に知らない子を連れてきたりしない限りはどうでもいい。

 頼れる味方である千歩ちゃんがいるし、最悪の場合は私が逃げるから問題ない、その度に柔軟に対応していけばいいだろう。


「でも、川上くんはバスケ部なのにいいの?」

「ちょっとだけだからな、問題はない」

「それなら放課後に案内するね」

「おう、よろしく頼む」


 残念だけど読書部って口にすると大抵は「意味あるの?」とか「どこに部室があるの?」と聞かれることになる、そのために私は先に案内すると口にしたのだ、本当に悲しいことだけどさ。

 でも、そう不安がって教室から逃げなくてもいいと思えたのはいいことだと思う。川上くんが話しかけてくれるならぼっち、孤独な存在というわけではないのだから。

 そういうのもあって残りの授業には集中できて良かった。部室に行かないようにすると我慢していたら余計に行きたくなっていたから焦っていたのもあったし。


「行くか」

「うん」


 問題なのは端の端にあるということ。

 ある程度メンバーが集まったら違う場所にさせてくれたりするのだろうかとか考えながら歩いていたら千歩ちゃんと西くんに遭遇した。


「こんにちは!」

「うん、こんにちは」


 元気いっぱいの千歩ちゃんと、どことなく不機嫌そうな西くん。

 それでも構わずに部室の鍵を開けて川上くんたちに入ってもらう。


「壁以外は綺麗にしてあるんだな」

「うん、この子といっぱい掃除をしたんだ」


 廊下に本棚を全て出してからやったから大変だった、もっと早くから西くんがいてくれていたら楽だったのかもしれない。

 そういえばどうしてこのタイミングなんだろうね、心配だったのならもっと早くから動きそうなものだけど。


「んー、なんか寂しいな」

「そうなんだよね、川上くんはどうすれば良くなると思う?」

「女子が多い部活ならもっと女子らしくしてもいいんじゃないのか?」


 女子らしくか、そう言われてもぬいぐるみを持ってくるとかそういうことしか思い浮かばない。あ、鍵を返しに行くときにちょっと聞いてみようか、馬鹿みたいに真っ直ぐにね。

 川上くんは変わったらまた見に来ると残して部室を出ていった。


「木戸先輩の彼氏さんですか!?」

「え? 違うよ、前の席の子なの」

「そうですか……」


 あからさまにがっかりしていらっしゃる。

 なんなら私に彼氏ができたときの方が衝撃が大きそうだけど。

 というかいつの間にか西くんは読書中のようだった。

 うーん、なんで急にここまで変わってしまったんだろうかね。


「私、彼氏が欲しいです!」

「千歩ちゃんが積極的になればできるよ」


 こんな私にも優しくしてくれるそれを他に向ければ男の子だって意識しちゃうんじゃないかなと。あと、いい笑みを浮かべられていたらこっちまで楽しくなるからそう難しくはないと思う。


「積極的にアピールしているはずなんですが――」

「うるせえよ、本を読め本を」

「はあ? もうちょっと言い方に気をつけて」

「知らねえ、俺は間違っていることは言ってないぞ」


 確かにそうだ、本を読まなないのならここにいる意味はない。

 謝ってから読書を始めた。

 休み時間を使ってある程度は読んでいたからこれからいいところになる、だから指摘してくれて助かったかな。

 ただ、改めて西くんを見てみると今日はやっぱり不機嫌そうな様子だ、それなら私にできることはなるべく刺激しないようにするということだけ。


「あーもうやだっ、こんな空気で読めないよ!」

「ち、千歩ちゃん?」


 珍しく本をちょっと乱暴に置いて立ち上がった彼女に驚いた。


「こいつですよこいつ! こいつが嫌な空気を出してるんですよ!」

「はあ? なに俺のせいにしてんだお前」

「女の子と喧嘩したからってそれを持ち込まないでくれるっ?」

「そんなの出してねえだろ!」

「出してるよっ、いいから今日はもう帰ってっ、だから私はあんたが部活に入るのは嫌だったんだよ!」


 うぐっ、年上として止めなければならないのになにもできなかった。

 その結果、何故か千歩ちゃんの方が出ていってしまって、私は西くんとふたりきりになってしまう、できれば私が出ていきたいよ……。

 それでもなにかを言ったら絶対に怒るから読書に集中しているフリを続けた、これが原因になるとは思っていなかった。


「あんたがあいつを甘やかすからだ」

「え?」

「年上としてちゃんと注意しろよ! なに自分は関係ないみたいに読書を続けてるんだよっ」


 結局、西くんも部室から出ていきひとりに。

 正直に言ってそんなの知らない。

 そもそも良くないけど、私は千歩ちゃんと同意見なんだ。

 あの子が何回も言っていたように、私もふたりきりが1番落ち着くと思っていたから。

 苦手だし、嫌な空気だって持ち込んでほしくない。

 年上らしくないのは確かだ、指摘されなくたって自分で分かっている。

 ま、ごちゃごちゃ考えたものの、これで呆れて嫌ってくれるのならそれがベストなんじゃないだろうか。


「失礼します」

「あれ、今日は早いね」

「はい、私だけになってしまったので」


 顧問をしてくれている菱田先生が話しかけてきてくれた。

 所属している自分が言うのもなんだが、よくあの部活動の顧問をしてくれているなあと思う。なかなかできることじゃない、朝とかにだってよく来てくれるしね。


「あ、今度図書室の本をちょっとくれるって」

「そうなんですか、それは楽しめそうですね」


 言い方は悪くなるものの、古くなった本は読書部の方へ貸してくれるようなシステムがあった。というか、あそこが本来はそういう本の置き場だっただけだけど、こちらとしては助かっている形になるわけだ。

 自前で用意するのは金銭面で大変だし、いくら本を読むのが好きだとはいえ同じ内容ばかりだと飽きてしまうのでこれは大きく影響している。


「いまの部室は狭い?」

「いえ、十分ですよ」


 最高で3人、最低でひとりだし、本棚と長机2台以外は椅子が数脚あるだけだしね。あれ以上を望むと他の部活に文句を言われるかもしれないから贅沢は言わない方がいい、そこそこ自由にやらせてもらっているんだから制限されて当たり前なんだ。


「明日の放課後、私も行くよ」

「はい、お待ちしております」


 残念だけどいまのままならひとりだけになると思うけどね。

 そこはまあ菱田先生には我慢してもらうしかなかった。




「あれ、千歩ちゃん来ないね」

「はい、昨日色々ありまして」


 部活開始から30分が経過しても来る気配がない。

 あの子も私が情けないということで呆れてしまったのかも。

 不甲斐ない年上で申し訳ない、だから無理しなくてもいい。


「この部屋って寂しいよね、いっそポスターでも貼ろうか」

「なんのですか?」

「アニメの、それ以外にないでしょ?」


 い、いや、そんなの貼ったら怒られてしまう。

 菱田先生が貼りましたと言っても聞いてくれないだろうし。


「そういえばあの子は? 最近入った男の子」

「西くんですよね、そのふたりが喧嘩みたいになって……」

「なるほど、難しいねえ」


 そう、難しい。

 私が年下だったら良かったのにって心からそう思っている。

 私がもうちょっと優秀な人間だったりしたら良かったものの、そんなことを願っても仕方がない、すぐに変わったりなんかしないから。

 ましてや相手からの評価は特にそうだ、もうあのふたりの中では最低ラインのところにいるのかもしれないからね。


「ま、変に佐織ちゃんが口出ししなくて良かったと思うよ。結局昨日なにかを言えていたのだとしてもどちらかからは文句を言われていただろうからね。そ・れ・に、最悪同好会になってもこの部室はそのまま使えるから無問題! こんな寂しいところ、流石に他の部活も取ろうだなんてしてこないからねー」


 ありがたいけど素直に喜べることではないな。

 それでも誰かにだけやめてくれなんて言うのはあれだから、いっそのこと整理してしまった方がいいのだろうか。来たくなければ来なくていいと部長みたいな立場としてはっきりと。

 だってそういうのを西くんは望んでいるってことでしょ? なんにも口を挟んでこない、そんな置物みたいな人間は望んでいないと。

 というか、単純にここで喧嘩されるのも困るのだ。

 ぼうっとするのも読書をするのも本来は自分のペースでできるからこそ気に入っていたわけで――っていうのはわがままかな?


「すみません遅れました!」

「おー、千歩ちゃんは来たんだねー」

「菱田先生が来ているなんて珍しいですね」

「そんなことないよ、朝とかはよく佐織ちゃんとここにいるよ?」


 い、言えねえ……やめてくれてもいいよなんて言えねえ。

 私にできることは来る者拒まず去る者追わずを貫くだけ。

 それにこの子も西くんが来なければ、


「すみません遅れました」


 って、こういうことを考えると来てしまうんだよなあと。

 いいよいいよ、喧嘩さえしてくれなければ別にさ。


「おぉ、君が佑樹くんだね」

「はあ、え、誰ですか?」

「ちょー、私は顧問の菱田だよ!」

「あ、すみません、興味がなかったので」

「もう君退部決定、はいさよならー」

「え、嫌ですよそんなの」


 なんだか気まずいから端の端に座って本を読むことに、そもそもここが端の端にあるんだからこっちの方がいいんだ。


「さてと、私はそろそろ戻るかな」

「え、いてくださいよー」

「残念ながら大人にはお仕事があるんですっ、さようなら!」


 やだ、3人でいたくないよ!

 これ絶対にどうなるのかが不安になったから戻っただけだ。


「隣、失礼します」


 やだぁ、特に西くんと近いのが嫌だ。

 情けない私は廊下に逃げた、ついにここからも逃げるようになったらお終いだと分かっていても仕方がない、あのままだと読書を楽しめないからしょうがない。


「流石に逃げるのはどうかと思いますけど」

「い、嫌なら千歩ちゃんの隣にでも行くか部活をやめるかしたら?」

「なるほど、昨日俺がああ言ったからですか」

「ち、違う、私が嫌なんだよ君といるの!」


 はっきり言うことを望んでいるんだから間違っていない。

 おまけにいくら我慢していても限界はくるし、態度に出やすいだろうから、いつかはばれるだろうからと理由を作ってぶつけていた。


「私は君が嫌いなの」

「はあ、それでやめろと?」

「嫌ならやめろって言っているの、君だって嫌いな人と一緒にいたくはないでしょ? 人間として普通のことをしているだけだと思うけど」

「それでも俺はやめませんよ」

「それは君の自由だよ。でも、自由にしている私の邪魔をしないでくれないかな、私も余計なことを言ったりはしないからさ」


 それこそ半径1メートル以内に入ってほしくない。

 だって話しても結局最後は私の否定に繋がるんだから。

 そんなことをしている方が無駄、話さないという契約があればお互いにすっきりとした気持ちのままここにいられるわけで。


「それでも――」

「流石にそれはないと思います」

「千歩?」

「がっかりです、木戸先輩がそんなことを言うなんて。佑樹行くよ、いいよ無理してこんなところに残らなくたって」


 彼女は彼を連れて行こうとしたが彼が従わなかった。

 そうしたことにより彼女はまたひとりで去ることになり、また私たちは同じようにふたりきりになる。


「連れ戻しますから安心してください」

「いいよ、私はひとりの方がいいから。もうこの際だから部活から同好会にしちゃおうかなって思っててさ、どうせ集まったってギスギスするんだからさ」


 最低で結構、自分が最高だなんて考えたことはない。

 勝手に私なんかを信用していた彼女が悪いんだ。

 いや、そもそもそれすらなかったのかもね、ああいう言葉がすぐに出るってことはさ。

 しかも嬉しくもあるんだ、このふたりが仲悪くないということが分かってさ、仲悪かったら西くんのことを考えて発言なんかしないから。


「だから今日で終わりだよ」

「来る者拒まずって言っていたじゃないですか」

「あ、じゃあ私がやめるからふたりで仲良く活動しなよ」


 そもそも本を読むことが活動っておかしいし、西くんと千歩ちゃんなら上手く新しくしてくれることだろう。


「それでいいんですか?」

「うん」

「そうですか、なら止めません」


 部活動に強制的に入らなければならないなんてルールはない。

 嫌な気持ちになるぐらいなら去るのもまたひとつの手だと思う。

 でも、だからって若い子を巻き込むわけにもいかないわけで、逆に私が抜ければいい雰囲気になることだろうと信じて行動していた。ま、間違いなく私がいたときよりもいい部活になるだろうからね。


「ごめんね、嫌な気分にさせちゃって」

「別にいいですよ、俺らは所詮他人なんですから」

「だねっ、あ、最後ぐらいは鍵を返すのやらせてね」


 分かり合えないことの方が多い。

 努力をしても他人からの評価はあまり変わらない。

 そんな無駄なことに時間を使うぐらいなら本でも読んでいた方がいい。

 こういう考え方をナチュラルにしている自分がいるのは分かっていた。


「二宮さんと仲良くね」

「あいつと俺は仲良くないですよ」

「またまた、さっき心配してくれたじゃん」

「俺が振ってからずっとあの調子ですからね」

「そうなんだ」


 振った理由なんかどうでもいい。

 そりゃ振られた側は複雑だよなぐらいにか思わない。


「戻りたかったらいつでも戻ってきてくださいね」


 返事はしなかった。

 無理に決まっているからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る