03話.[そういえばないや]

 土曜日。

 駅前に集合と千歩ちゃんから連絡がきたから行ってみた結果、


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 なんかよく分からない人もいて始めから困惑。

 ただ、西くんより小さいから怖くはないかもしれない。


「僕は畑のぼると言います、よろしくお願いします」

「あ、私は木戸――」

佐織さおりだろ」

「う、うん、そうだけど」


 わざわざ遮ってまで言う必要はないと思う。

 ま、まあ、自己紹介も済んだところで早速行動に移そう。


「で、今日はどうするの? 私はなにも聞いていないけど」

「僕も聞いてないです」

「俺もだ、ここに集まれとしか……」


 えぇ、千歩ちゃん頼むよ!

 でも、文句を言っていても仕方がないな。


「映画でも見る? 最新のやつ気になってるんだ」

「いいですね、そうしましょうか」

「俺もいいぞ」


 陰キャ女にリードさせないでおくれよ……。

 映画の後は絶対に出しゃばらずにふたりに任せることにしようと決めた。


「っと、どうやら別れるみたいですね」

「あ、本当だ」


 中央辺りのふたつと、1番後ろのひとつ。

 こうなれば当然、


「畑くんと西くんで隣同士――」

「俺と佐織だな」

「えぇ、僕が木戸先輩の隣がいいけど」


 と言いたかったのになんかよく分からない争いが始まった。

 あんまり悠長なことは言っていられないからふたりに譲って私は後ろを選択する。通路側だから間違いなくここを選ぶに決まっているじゃん。

 で、映画の感想は見られて良かった、というところ。

 こういう風にじゃないと見られなかっただろうから助かった。


「なにが嬉しくて野郎の隣で恋愛映画を見なければならないんだよ」

「それはこっちのセリフだよ」


 言い争いをしているところを悪いけど後は任せることにする。

 まったく、千歩ちゃんも意地悪なんだから。


「つかお前、なんで来てるんだよ」

「木戸先輩に会いたかったんだよ、千歩ちゃんがいつも先輩の話をしていたからさ」

「普通の先輩だぞ」


 普通どころか情けない先輩だよ、すぐに苦手な対象に下げて怖がる弱い心だよ。


「これからどうしようか」

「私はふたりにお任せします」

「それなら飯でいいだろ、時間も時間だしな」

「そうしようか」


 また言い争いになったら迷惑だからと対面にふたりを座らせる。

 注文したご飯がくるまでの間、私は読書をしようとしたんだけど……。


「それは駄目だろ、空気が読めなさすぎる」

「そ、そう? 家族と来てもいつもこうするんだけど……」

「駄目だ、これからはやめろ」


 後輩に諭されてやめることにした。

 ここにせめて千歩ちゃんがいてくれれば注目を集めてくれたはずなんだけどなあ、残念ながら私と彼らしかいないと。

 幸いだったのは恥ずかしさに押し潰されそうになる前に頼んだものが運ばれてきたということ。やっぱり食事って必要不可欠で、それでいて素晴らしい行為だ。


「ごちそうさまでした、美味しかったなあ」

「口の横についてるぞ、千歩じゃねえんだからさ」

「千歩ちゃんが可哀相でしょっ」


 一緒にお昼ご飯を食べたことあるけどそんなことは一度もなかったよっ。


「あれ、畑くんはゆっくり食べるんだね」

「すみません、いつもこうなんです」

「あ、いいよいいよ、ゆっくり食べてくれれば」


 スピードなんて人それぞれなんだから責められることじゃない。

 そもそもそんなことするつもりもないからね、私だって本に意識が向いているときは30分以上かけたりするし。


「つかさあ佐織」

「なんで呼び捨てなの」

「なんではこっちのセリフだ、どうして制服なんだよ」

「しょ、しょうがないでしょ」


 男の子と出かけるのなんて初めてだったんだから。

 でも、いい服が見つからなくて無難な制服にしてきたわけだ。

 これでも一応考えたんだ、その過程で変にあがくよりも制服が1番! となったにすぎない。


「ごちそうさまでした。すみません、お待たせしてしまって」

「ううん、大丈夫だよ。もう、西くんにも畑くんを見習ってほしいよ」

「生意気なところもありますけど、いいやつですよ佑樹は」


 そうかなあ? いきなり部活だけじゃなく私の人間性そのものを全否定してくれた子だけど。いまでも普通に苦手のままだから困っている。


「これからどうします?」

「今度は昇が出せ」

「んー、それならゆっくりできるところに行きたいかな」

「ゆっくりか、もう金も使えないから佐織の家にでも行くか?」


 なんでそうなるの……西くんか畑くんの家でもいいじゃん。

 そこは西くんと違う常識人の畑くん、暴走を止めてくれた。


「思いつかないから今日はこれで解散にしようか」

「は? 映画見て飯食って終わりかよ」

「基本的にそんなものじゃない? 木戸先輩に無理して付き合ってもらうのも悪いからさ」

「そうだな、それならそうするか」


 畑くんにだけはお礼を言って別れる。

 言わなかったのはどうせこの子が付いてくるからに決まっている。


「佐織――」

「調子に乗らないで」

「悪い、佐織先輩」

「それもだめ、まだ仲良くないんだから」


 そもそもこの子はなんのために私といるんだろう。

 いやまあ、今日のは千歩ちゃんが言ったからだけどさ。


「この後、家に行っていいですか?」

「来ないでって言ったら?」

「聞けません」

「部屋には入れないからね」

「はい、それでいいです」


 年上としてスムーズにやらないと。

 いちいち狼狽えていたらきりがない。

 家はそもそも知られてるんだから隠してもしょうがないしね。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 敬語を使ってくれているときは後輩らしくていいのになあ。

 なんか高身長なのが逆にいい方向に働いているというか、そんな感じ。


「木戸先輩ってこれまで彼氏とかいました?」

「本が彼氏ですから」

「こんなことリアルで言う人いたのか」


 それでも小学生の頃に告白されたことはあった。

 散々悩んで受け入れようとしたら罰だったことが判明したことで自然に消えてしまったが。

 酷いよね、乙女を馬鹿にするのもいい加減にしてほしいね。


「ちなみに、俺は付き合ったことありますよ」

「うん、まあ普通はそうなんじゃない?」

「俺から振りましたけどね」


 わざわざそれを言ったってどうにもならないのに。


「この話は終わり、したって意味ないから」

「分かりました」


 とはいえ、こういう話をしないということになったら一緒にいる意味なんてなくなってしまう、なんならこのときでも本を読みたいぐらいだ。


「あ、本を読んでもいいですよ」

「いいの? それなら読ませてもらおうかな」

「はい、俺も持ってきていますから」


 またそんな嘘をと思って呆れていたら鞄から取り出して読み始めた。

 いかんいかん、年上として疑ってしまうばかりなのはよくない。

 結果を言えば想像よりも平和な時間を過ごすことができた。

 驚きだったのは読書になんか興味なさそうだった彼が私より集中力を披露してくれたことだ、読書好きな自分としては嬉しいような悔しいようなで複雑な気持ちになったけど。


「これ、面白かったです」

「そっか、それなら良かった」

「次のおすすめを教えてください」

「それは部室に行かないとね」

「先輩の部屋にも本はあるんじゃ?」


 そういう手には乗らないぞ!

 って、別に人を入れられないなんて部屋じゃないんだけどさ。

 リビングで彼を待たせておいて、私は部屋で数冊見繕う。


「へえ、ここが先輩の部屋か」


 もうこの子苦手とかじゃなくて嫌い。

 それでも私は大人だから大人の対応を心がけた。

 それがどういう風におすすめかもしっかりと説明して預ける。


「なんか千歩すら連れてきてなさそうですよね」

「あ、そういえばないや」

「えぇ、ドライな人ですね」


 違う、誰かを招くような大層な部屋ではないからだ、連れてきても私たちができるのは読書ぐらいだからしょうがない。


「それなら俺が初めてですか」

「うん、男の子を入れたのはね」

「嬉しいです」


 だったら笑みを浮かべるとかさあ、真顔で言われても伝わらないよ。

 しかも言いたかったことはそれだけではなかったらしく……。


「今日だって狂いそうでしたよ、昇ばっかりいい評価なんですから」

「そりゃそうだよ、西くんは悪い子だもん」

「俺は悪くないですよ」


 いいや悪い、約束をちっとも守ってくれない子だから。

 実際は振ったんじゃなくて適当すぎて振られてそう。

 多分だけど付き合うまではいいけど付き合えたら飽きるタイプだ。


「うぅ、先輩が俺に意地悪する」

「逆だよ逆、私のことを基本的に舐めてるよね」

「へえ、それじゃあしていいのか?」

「は? ちょ――」


 なんだこの犯罪臭い絵面。

 時間はまだ15時とかだからそこまでではないけど、もし薄暗い室内だったら完全にそういう風だと捉えられてもおかしくない構図。


「舐めるからな」

「ば、ばかじゃないのっ?」

「佐織が俺を煽るからだろ」


 ……躊躇なく顔が近づけられる。

 そのまま見ておくなんて勇気は当然なく、目をぎゅっと閉じた。


「ばーか、本気でするわけないだろ」

「嫌い」

「ちょ、マジトーン……」

「もう部活もやめる」

「そ、それは困るって、千歩にはっ倒されるから!」


 正直に言って部室に置いてある本はほとんど読んだから問題ない。

 が、千歩ちゃんのことを出されると困ってしまうわけだ。

 そういう点では彼は無敵であり、私にとっては嫌いでむかつく対象になっていくわけ。


「月曜日から行かない」

「すみませんでしたっ、もうしませんからっ」

「それなら部屋から出ていって」

「分かりました」


 なんなら家からも追い出すべくこちらも付いていくことに。


「はい、本を持って出ていきなさい」

「部室には来てください」

「じゃあ君は話しかけてこないで」

「あ、明日は守りますよ」


 ここで言い合っていても仕方がないからそれで了承。

 それでも最強のカード、自分が出ていくということはいつでも利用できるから問題はないと片付けたのだった。




「あの、佑樹はどうしちゃったんですか?」

「そういう約束なの」


 彼女がツッコミたくなる気持ちも分かる。

 だって今日の彼は一言も発さず、しかもそのうえで真面目に読書をしているんだから。なんの強制力もなくそうしてくれたら少しは評価を改めるんだけどねと内で呟いた。


「なんからしくないよ、というか変」

「黙ってろ、これが読書部らしいあり方だろ」

「ありゃ、私には話しかけてくるんだ――ということは土曜日に木戸先輩を怒らせるようなことをしたな?」

「部活やめるって言うから慌てて止めたんだよ、これがかわりの条件だ」

「それはナイス。佑樹はどうなってもいいけど、木戸先輩にやめられるのだけは絶対に嫌だからね」


 そう言ってくれるのはありがたいけどもうちょっとぐらい彼にも優しさをあげてほしい。私ではできないからというのもある、嫌いだしね。


「お前なあ、先輩なんて俺らと変わらないただの人間だぞ」

「少なくとも佑樹とは違うから、一緒にしないでくれる?」

「すぐに嫌いとか言ってくる人だからな」

「それはあんたが悪い、普通にしていればそんなこと言わないから」


 そうそう、千歩ちゃんの言う通り。

 自分はモテますアピールもしてくるしさ、なにがしたいんだって感じ。

 あと、謝ればなんでも許してもらえると考えているところも駄目だ。


「あんまり調子に乗っていると怒るからね?」

「はぁ、分かったよ、余計なことはしない」

「そうしておいた方がいいよ、最悪の場合は私が追い出すから」


 た、頼れる子っ、なんで彼女が年上じゃなかったの。

 もし私が後輩の立場だったらいまので惚れてた絶対に。


「あ、電話だ、ちょっと出てきます」

「うん」


 最近はこういうことも増えたな。

 他を優先したいということならそちらを優先してもらうつもりだ、たまにでも来てくれればいい、そうしたら同じように迎えるからさ。


「西くん、あ……」


 話さないという約束があったことを思い出す。

 いや、正直に言ってそれよりも驚いたのは、私たちよりも真面目に本を読むということと向き合っている彼の方にだ。

 この短期間でなにがあったんだろう、千歩ちゃんに嫌われたら不味いと考えているのなら正しい判断と言えるが。


「はい、これが部室の本でおすすめのやつ」


 なんか初めて先輩らしいことができた気がする。


「きゃっ!?」

「……我慢していたんだからやめてくれよ」

「い、いや……おすすめを教えてくれって言っていたから」


 何故にわざわざ机の下に連れ込んでくるのか、千歩ちゃんはまだ戻ってくる気配はないけどこれだと誤解される。


「ただいまで――あれ?」


 さ、最悪のタイミングで戻ってきた!?

 なのに彼は至って冷静で、まるで落とし物をいま拾ったかのような演技をしながら立ち上がる。


「あ、木戸先輩もここにいたんですね」

「いいって言ったのに取ろうとしてくれてな、優しい先輩だ」

「でしょ! 木戸先輩はすっごく優しいんだよ! この前だってさ――」


 良かった、特になにかをしていたというわけではないけど変な風に勘違いされたら嫌だから、もしこれでそうなっていたら今度はそういう意味で部室に行きづらくなっていたからね。

 よく考えたら男の子がひとりというのが問題な気がする。

 もうひとりぐらい入ってもらうか、逆に女の子ばかりにしてしまう方が対応が楽になるのではないだろうか。

 よく知らない男の子に入ってもらうよりも女の子を集める方が良さそうだと判断して、友達が多そうな千歩ちゃんに頼んでみることにした。


「女子部員は私と木戸先輩だけでいいと思います」

「そ、そう?」

「はい! でも、バランスが気になるということですよねっ? それならここにいる佑樹を排除すれば大丈夫です!」


 どうして彼女はこういうところで凄く冷たくなるんだろうか。

 その割には普通に会話をしたりするから分からない。

 所謂ツンの方が多いツンデレというやつなのか、それともそういうことも言い合えてしまえるような仲なのか。


「お前なあ……」

「だって佑樹は木戸先輩に意地悪しかしないじゃん」

「してねえよそんなこと」

「とにかく、木戸先輩に変なことしたら怒るから」


 なのにこっちには優しすぎ。

 それこそ先輩として情けないところしか見せていないのになんでなんだろうね、いやまあ悪く言われるよりはいいけれども。


「さっきだって無理やり引っ張ったところ見たんだから」

「盗み見する方が最低だろ」

「なんであんなことしたのっ」

「そりゃあれだ、約束があったのにこの人が気にせず話しかけてきたからに決まっているだろ。俺はずっと我慢してたんだよ、なのにそんなのってねえだろ」


 彼は「作戦失敗するように仕向けてきたんだぜ?」と重ねる。

 そんなつもりはなかったんだ。

 私はただ、おすすめを聞かれていたから本を置いただけで。

 その際、置かれただけじゃ意図が分からないだろうからと判断して声をかけただけで。

 だから私が試すためにしたわけではないということを分かってほしい。


「ごめんね、そういうつもりはなかったんだけど」

「謝らなくていいですよこんな奴に。大体、話しかけるな、なんて言われる程のことをした佑樹が悪いんですから」

「確かにそれは千歩の言う通りだな、反省してる」

「ま、まあまあ、私は大丈夫だからね? 西くんも反省してくれたようだしこれ以上はもう言わないよ」


 後輩って年上キラーだ。

 嬉しいことも多いけど疲れることも多いと分かった1日になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る