02話.[らしくなかったな]

 土曜日は1日中、掃除に使った。

 日曜日は1日中、読書に使った。

 月曜日は、月曜日は……朝からずっといい場所を探していた。


「なにやってんすか?」

「あ、西くん」


 なんでもないと説明していい場所探しを始める。

 あんまり汚い場所だったりすると本が可哀相だからきちんと考えなければならない。

 快適に過ごせる場所ってどこだろう。

 それとも毎回毎回変えて新鮮さを求めるべきだろうか。

 昇降口前とか、校舎裏とか、中庭とか、屋上手前の空間とか。

 季節のことを考えればなるべく暖かいところの方がいい。


「なんで部室に行かないんですか?」

「たまには気分転換がしたかったの」


 渡り廊下の途中にベンチが設置してあるからそこでもいいけど、贅沢を言うとあんまり人目のないところの方が良かった。でも、そうするとどうしても薄暗い場所になってしまうから困ると……。


「行きましょうよ、部室」

「まあ、いいけど」


 あんまりここで抵抗すると疑われるから従っておく、そもそも今日中にいい場所が見つからなさそうだからしょうがない。


「あ、木戸先輩!」

「ごめん、今日は遅れちゃった」


 こういうときのために鍵のことを任せたと説明しておいた。

 いまので説得力が増したのか、彼女は「そうなんですか」と言うだけ。


「木戸先輩、なんかおすすめってありませんか?」

「え、読書が好きじゃないんじゃ……」

「せっかく入ったならまあ色々読んでみようと思いまして」

「それならこれがいいかな、あんまり細かすぎなくてさ」

「それじゃあ読んでみます」


 私も本を読もう。

 朝からずっと読めてないから読書欲が凄かった。

 残念だったのはまだお昼休みだったということ。

 それと何故かずっと視線を感じていたということだ。


「んー! 昼休みって終わるの早いですよね!」

「そうだね……」

「ん? どうしたんですか?」


 いや、なんで彼はこんなに凝視してくるの?

 最初みたいに言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。

 けど、自意識過剰になってしまう可能性もあるから千歩ちゃんにはなんでもないとしか言えなかった、情けない先輩で申し訳ない。


「やっぱり佑樹はだめだよね、全然読んでないじゃん」

「ちまちま文字を追っていくのが怠くてな」

「だったら早く退部して、私はまた木戸先輩とだけで楽しむんだから」

「でも木戸先輩、部活やめようとしてたぜ?」

「え……?」


 千歩ちゃんが信じられないといった顔でこちらを見てくる。


「ち、違う違うっ、そんなの西くんが勝手に言ってるだけだよ!」

「でもさ、朝からずっと色々な場所を探してたよな」

「だ、だから言ったでしょ? 気分転換だって、たまには他のところで読んでも楽しいかなって思っただけで……」


 駄目だ、こうなった時点で詰んでいる。

 妙に鋭いところがあるのも嫌だった。

 それとも態度とか仕草とかに出やすいのだろうか?


「もう戻るね、鍵はよろしく」


 なるべく一緒にいたくない。

 それでもこの状態で放課後に行かなかったら答えを出しているようなものだからちゃんと参加するつもりだった。

 で、教室に戻ってきた自分だけど、やっぱりこの賑やかな空間が苦手だと感じる。

 ただ、あとたったの2時間授業を受けてあそこに行けばいいと考えればそんなに苦痛というわけではない。

 いつも通りただただ静かに、真面目に授業を受けて、放課後になったら疑われないようにすぐに部室に向かった。


「よ、良かったです、木戸先輩が来てくれて」

「当たり前だよ、やめようとなんてしないよ」


 部には所属したまま距離を置こうとしているだけだ。

 やっぱりここは殺風景で寂しい場所だけど1番落ち着く。


「西くんはどうしたの?」

「遅れて来るそうです、友達と話したいとかで」

「そうなんだ、それなら私たちは本でも読んでおこうか」

「はい」


 無理かな、とりあえずいますぐに距離を置こうとするのはやめよう。

 私も居場所を失いたくない、なにより彼女に嫌われたくないし。


「木戸先輩、無理なら無理って言ってくださいね? そうなったら私がちゃんと佑樹をやめさせますから」

「ううん、大丈夫だよ、心配してくれてありがと」

「そうですか……それならいいんですけど」


 約30分ぐらい経過した頃、西くんもやって来た。

 ちらりと確認してみた限り、私がおすすめした本をまた読もうとしているところのようだ。それはいい、とっつきづらい内容ではないから。

 特に会話という会話もなく部活動名らしい活動をしていく。

 が、やっぱりそうだ、またじっと見られている。

 集中できないよこんなの、なにがしたいんだろう。

 む、寧ろ彼の方が積極的に私を追い出したいとか?

 もしそうなら口実ができてここから去りやすいけどさ。


「佑樹、木戸先輩のことガン見しすぎ」

「いや、今度は逃げようとしなかったんだなってさ」

「そんなことしないよ、やめる気はないって言ってくれたもん」

「どうだかねえ」


 と、とりあえず指摘してくれて助かった。

 しかし、そう、しかしだ、何故か隣に移動してくる西くん。


「隣でもいいですよね?」

「べ、べつにいいけど」

「もうっ」

「先輩の隣にいた方が集中できると思ってな」


 こっちは全く集中できないけれども。

 椅子の本当に端の方に座って1文字1文字を目で追っていく。


「ひゃっ、な、なに?」

「どうしたんですか? 変な声を出して」

「い、いや……」


 い、いきなり肩に触れられたら誰だってこういう反応になるよ……。

 怖い、なにを考えているのかが全く分からないから余計に。

 情けないけど千歩ちゃんを呼んで、間に座ってもらう。


「セクハラするとか最低」

「ちげえよ、なんか変に身構えているから気になったんだよ」

「第一印象が最悪でしょ、いきなりこの部活を全否定とかさ」

「は、そんなこと気にしていたのかよ……」


 そういう情報を共有しているのか。

 それでも来てくれているということは、千歩ちゃんのそれが本物だと信用することができる。でも、千歩ちゃんが来るということは西くんも来るということだから大きく喜ぶことはできないけれども。


「あ、電話だ」

「それなら廊下でしてこい」

「分かってるよっ、ちょっといってきます」

「うん」


 ふ、ふたりきりにしないでくれぇ……。


「俺、勝手に怯えられたりすんの嫌なんだけど」

「お、怯えてなんかいないよ……」

「だったらこっち向いてくれよ」


 ギギギとぎこちない動きで彼の方を向く。

 こっちを見る顔は怖いというか冷たいような感じがした。


「なあ、俺がなにかした?」

「う、ううん、なにもしてないよ」

「ならなんでそんな顔してんの」

「ち、近い……」

「次からはやめてくれ」


 我慢だ我慢、短慮を起こしてはならない。

 これぐらいなんてことはない、必ず間に千歩ちゃんがいてくれればそれでいい。そうすれば視線だって突き刺さらないわけなんだから。


「ただいまです!」

「おかえりっ、千歩ちゃんがいてくれて本当に良かった!」

「ふぇっ!? い、いきなりそんなこと言われても照れます……」


 照れてていいから延々にいておくれ。

 それからは特に問題もなく読書部らしい活動ができた。


「やっぱり鍵の管理は木戸先輩がお願いします」

「うん、分かった」

「ここには木戸先輩がいてくれないと嫌なんです」

「ちゃんと行くよ、大丈夫だから」


 そろそろ先輩らしいところを見せないと。

 年下の男の子を恐れて部室に行けなくなるとかださすぎる。

 友達に呼ばれているということで千歩ちゃんとは別れて、鍵を返して。


「一緒に帰りましょう」

「え……」

「は?」

「あ、うん、分かった」


 ああ、それでもふたりきりになるのは嫌だぁ……。

 絶対に嫌われてるもん、私は私でこの子が苦手だし。

 なんか身長差がありすぎるから顔を見て話しづらいのもある。


「先輩ってどこら辺に住んでるんですか?」

「あっち」

「それなら俺も行きます」

「え、なんで?」

「いいじゃないですか」


 良くない、ばれたら逃げられなくなる。

 故に私は色々と理由を作って遠回りを開始した。

 違う角を曲がる度に隣を歩く彼が怖くなっていくのだとしても。


「いつ着くんですか、それにここは2回目ですけど」

「な、なんでだろうなー」

「なあ」

「ご、ごめんなさいっ……」


 歩くのを止めてなにも言わせない、あとは動かない意思を見せておけば呆れて帰っていくだろうから。


「安心してください、例え夜中になろうと付き合ってあげますよ」

「やだ……」

「は? 俺、さっきも言いましたよね?」


 やだ……一緒にいたくない……。

 なんで千歩ちゃんも部活のことを言っちゃったんだろう。


「はぁ、俺のなにがそんなに怖いんですか?」

「こ、怖くなんかないよ」

「もしかして家がばれたら困るとか考えているんですか?」


 もういいや、最悪の場合は千歩ちゃんを頼ればいいか。

 今度は最短で自宅を目指した、急いで歩いても身長が高い彼には敵わなかったけど。


「へえ、ここが先輩の家なんですね」

「うん、そうだよ」

「覚えておきます、必要になると思いますから」

「西くんはなんで私と一緒にいるの?」

「興味があるからです、駄目ですか?」


 え、どこに興味を持たれたんだろう、正直に言って情けないところばかりしか見せていないというのに。


「ね、ねえ、部活のときにじろじろ見るのやめてくれないかな」

「すみません。ただ、それなら先輩も警戒したりしないでください」

「う、うん、千歩ちゃんがいてくれたら大丈夫って考えたから」

「はぁ、警戒されていたんじゃないですか……」


 だって、よく分からないんだもん。

 とにかくいまは時間を重ねるしかない。

 ふたりきりになるのは避けて、3人でいまは過ごしていく。


「大丈夫です、襲ったりしませんよ」

「あ、千歩ちゃんが気になっているから?」

「は? 次に言ったらぶっ飛ばしますからね」

「えぇ……冗談なのに」


 彼は嫌そうな顔で「許せない冗談もあります」と言った。


「ごめんね、勝手に怖がって」

「やっぱり怖がっていたんですか……」

「あ、明日からちゃんとするから、部室から逃げないから」

「逃しませんよ、なんのためにあの部活に入ったと思っているんですか」

「え、千歩ちゃんが心配だからだよね?」


 た、ため息をつかれてしまったけど問題ない。

 ちょっとらしくなかったな、平静でいられるようにしないと。

 それに西くんと普通に仲良くできたら教室でも上手くできると思う。


「それじゃあ帰ります」

「気をつけてね」

「明日の朝、行くんで待っていてくださいね」

「え?」

「それじゃ!」


 よく分からない子だから、千歩ちゃんに色々聞いてみようかな。

 少しは理解しようと頑張らなければならない。

 この先いくらでも苦手な人だって現れるはずで、その度に逃げているわけにはいかないからね。会社なんかでは特にそうだからいまから上手い対応の仕方を学んでおかなければ。


「知りたいならいい方法がありますよ」

「いい方法?」


 後からになると非常識だからそこそこのところで電話させてもらった。


「お休みの日に一緒に遊びに行けばいいんですよ!」

「それなら千歩ちゃんも来てくれるんだよね?」

「え? 行きませんけど?」

「なんでっ!?」

「そりゃ、佑樹のことを知りたいならふたりきりじゃなきゃだめですよ、私が代わりに言っておくので安心してください!」


 ちょっ、き、切れちゃったよ……。

 嫌な予感ってのはなんでこうも当たるんだかね……とため息が零れた。

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