05作品目

Rinora

01話.[安心できる毎日に]

 今日も退屈な1日が始まる。

 起床、登校、下校、食事、入浴、就寝。

 代わり映えしない毎日に辟易としているくせに変えようとしない自分に辟易としていた。


「木戸先輩、おはようございます」

「あ、おはよ」


 ただ、なんとなくこうして先輩扱いしてもらえるときは嬉しく感じる。

 陰口とかがえげつないから裏ではどうか分からないけれども。


「今日も部室に行くんですか?」

「うん、暇だからね」


 部活と言えるほど部活っぽくない。

 ただただ薄暗い部屋で本を読むだけだ。

 意外と寛容だからそういう部活も容認されている。

 一応5人所属している形になるが、実際に来ているのは私とこの子、1年生の二宮千歩ちほちゃんだけ。


「なんか殺風景ですよねぇ……」

「しょうがないでしょ、こうして部室があるだけマシだよ」


 壁も床もめちゃくちゃ綺麗にしてあるから問題ない。

 使用しなくなった長机と椅子も貰えているから苦労しないし。

 私はここの静かな感じが好きだ。

 誰も知らなくていいぐらい、人気にならなくてもいいぐらい。

 読書部のことを笑われてもいい、ただ本が読めればそれで。


「今度壁紙でも貼ります?」

「怒られるでしょそれは」

「でもなあ」


 どうやらまだ納得がいかないらしい。

 いや、私と違って変えようとしているところは素晴らしかった。

 なんでも変えればいいというわけではないが、なんでも現状維持をすればいいわけじゃないと分かっているんだろう。

 ここの雰囲気を変えたいのも気持ち良く活動をしたいからだろうし、そこらへんのことは彼女に任せておくことにする。


「私、木戸先輩がいてくれて良かったです」

「なんで?」

「だってひとりじゃ寂しいじゃないですか、それに感想を言い合える人を探していたんですよ」


 彼女は複雑そうな顔で「いまはあんまり本を読む人がいませんから」と重ねてきた。確かにそうかもしれない。

 周りにとって大切なのは携帯だ、弄ってないところを見られるのは弄っては駄目だという強制力があるというときだけ。

 それ以外では例え友達といようと持ちながら話す、会話が終わったら携帯に視線を注ぐ、話しかけられたらまた半々に戻すという繰り返し。

 まあ、私たちで言えば本みたいなものだから責められるわけではないものの、なんというか寂しくなってしまったものだと毎日考えていた。


「あ、もう戻らないといけませんね」

「また放課後に」

「はい、また放課後にです」


 こっちは何気にお昼休みも利用しているけど余計なことは言わない。

 部の存続のためには千歩ちゃんにいてほしいけど、最悪ひとりでも構わないのだ。面白いことも言えないし、先輩らしくできないし。

 まだ文句を言われていないのはここが運動部みたいに実力がはっきりする部活じゃないからだと思う。

 できればそれを壊したくない、退屈だ、辟易だ、なんて言ったが、私はいまの生活が続けられればそれで良かった。


「木戸先輩?」

「戻ろっか」

「はい」


 矛盾しているものの、なんにも起きなければいいなと思った。




 ある意味引きこもり生活が続く。

 できれば10分休みにもここで過ごしたいぐらいだった。

 ただまあ、反対側の校舎の端の端にあるからそれは無理と。


「確かに寂しいかなあ」


 ティーポットとかを持ってきたら温かい紅茶とかを飲みながら読書ができていいかもしれない、その場合は先生に聞いてからになるけど。


「仮に置くとしたらここらへんにそれ専用の棚がほしいかな」


 問題なのは水道か。

 残念ながら上に行かないとないと。

 ……そう考えたらこの案はなしだな、面倒くさすぎる。

 それに湯気とかで本にダメージがいきそうだし、駄目だな。


「お、誰かいんじゃん」


 ん!? な、なんか身長が高くて軽薄そうな男の子が入ってきたぞ!?

 こういうタイプは凄く苦手だ、空気になりきるしかない。

 な、なんだ? 私の前に立って見下ろしてきていやがるっ。


「ここってなんの部活でしたっけ?」

「え……あ、読書部、だけど」

「ど、読書部っ? なんだよそれっ、本当に部活って言えるのかよ!」


 た、確かに、情けないけどこの子の言う通りだ。

 他校のそれと違って作品を書いたりするわけじゃないもの。

 ゆっくりと本を読んだりぼうっとするだけの場所、この子がこう言いたくなる気持ちはよく分かる。

 でもさ、わざわざやって来て笑わなくてもいいじゃん?

 どんな風に思おうと勝手だから他所でやってくれればいいのにと不満が溜まる。

 笑ってくれればいいよなんて言っていても所詮は弱いメンタルが邪魔をする、いますぐこの子にはどこかに行ってほしかった。


「千歩に聞いたから来たけどさ、なんかつまらなさそうな部活だな」

「自由に言えばいいよ、私はそう思っていないから」

「先輩がもっと積極的にやらないからじゃないの?」


 うぐっ、どうしてこう的確に抉ってくるのか。

 この子の言葉が突き刺さるのは、もしかしたら千歩ちゃんにもこう思われているのかもしれないという恐怖があるからか?


「べ、べつにいいでしょ、君に迷惑をかけているわけじゃないんだから」

「千歩は友達なんだよ、その友達がこんなわけの分からない部活に入っていたら心配になるだろって話」

「じゃ、じゃあ君が千歩ちゃんにやめろって言えばいいんじゃない?」


 同好会になったっていい。

 ひとりならなにも気にせず読書だけを楽しめるから。

 いやでもそうか、千歩ちゃんもリア充だったのか。

 よく考えれば発言とかも明るかったからな、所謂陽キャってやつだな。

 対する私は教室から逃げてきているような陰キャってやつだ。


「ま、それなら俺から言っておきますよ」


 なんで貴重なお昼休みにこんな気分にならなければならないのか。

 悪く言うのは自由だ、私だってよく分からないものを見つけたりしたらなんだこれってつい呟いてしまうからそこは責めない。

 でも、こういう形なのはちょっと……メンタルだって強くないからさ。

 だってつまり部活と一緒に自分まで否定されたということだしさあ……。


「こらあ! なに勝手に行ってるのっ」


 かなりびくりとした。

 いきなり後ろから大声が聞こえてきたら誰だって驚く。


「ち、千歩ちゃん?」

「あれっ!? ここに大男が来ませんでした?」

「さ、さっき来たけど……」

「あいつぅっ、迷惑をかけてすみません! 必ず謝らせますからいまは時間をくださいっ! それでは!」


 別に彼女があの子に代弁させたわけではなさそうだ。

 ひとりでもいいとか言っていた自分だが、あの様子を見ただけで安心した自分がいることに気づいた。矛盾まみれ、本当に恥ずかしい話である。

 だけどあの子が言っていたことはなにも間違っていない。

 私は先輩としてなにもできていないからだ。


「本でも読んで――」

「先輩っ、匿ってくれ!」

「ひゃあ!?」


 い、いや、机の下に隠れたって無駄でしょうよ。

 それでも一応見えないように椅子を配置したり立っておくことにする。


「木戸先輩っ、ここに来ましたよねっ?」

「う、ううん、さっきからずっといたけど最初以外は来てないよ」


 なんで意地悪してきた子に優しくしなければならないんじゃ。

 

「そ、そうですか……もう、行くなら一緒にって言ったのに」

「仲がいいんだね」

「嫌ですけど昔からずっと一緒にいますからね」


 あ、こういうことを言っておきながら本当は大切に思ってそう。

 みんながみんな素直というわけじゃないから容易に想像できてしまう。


「あれ、なんで椅子が全部こっちにあるんですか?」

「ちょっと模様替えをしてみようかなって」

「それです!」

「ひゃっ」

「やっぱり代わり映えしないと寂しいですもんね!」


 ち、違う違う、後ろに男の子がいるからだよっ。

 怖い、彼女が近づいて来たらばれてしまう。


「でも、とりあえずは放課後にですね!」

「うん、放課後にちょっと配置を変えてみようか」

「はいっ。あ、本当にあいつがすみませんでした!」

「い、いいよ、大丈夫だよ」


 ふぅ、出ていってくれて助かった。


「ふぅ、千歩は怖えな……」

「だね……」


 なにかをやらかしたら地の果てまで追ってきそうな勢いだった。

 なので怒らすことはやめておこうと決めた、まあそんなことしないけど。


「ありがとうございました」

「いや……」


 ばれる可能性の方が高かったからお礼を言われるようなことはできていない、だからここでそのまま言葉を受け取るのは違う。


「追われることのないようにね」

「はい、気をつけます」


 うん? なんかさっきの感じとだいぶ違うんだけど。

 根はいい子ってこういうときに使うんだろうか。

 っと、予鈴も鳴ったし鍵を閉めて戻らないとな。


「ふぅ……」


 なんかこれから面倒くさいことになりそうな嫌な感じがぷんぷんとしていてついついため息が零れたのだった。




「こんにちはー」

「こんにちは」


 完全下校時刻まで引きこもることができるから最高の時間の始まりだ――と喜んでいた自分のところに悪魔がやって来た。


「こんちはー」

「…………」

「ちょ、そういう露骨に態度を変えるのはどうかと思いますけど」


 残念だけどもう私の中で苦手な人にランクダウンしてしまっていた。

 でも、彼の言う通りだ、黙ってしまったのは良くない。

 だから挨拶をきちんとしてから読書を始めた。


「木戸先輩、新入部員になるかもしれない人間の相手をしてくださいよ」

「え、冗談だよね?」

「千歩をやめさせようとするよりも一緒にいた方が楽だと思いまして」


 この子にとって千歩ちゃんは凄く大切な子なんだろうな。

 つまらないとまで言った部活に所属しようとするぐらいにはだ。


「来る者拒ま――」

「私は反対です! そうでなくても一緒にいたくないのにこれ以上増やしたくありません! それに本なんか好きじゃないくせにっ」


 千歩ちゃんはちょっと素直になれないのかな。

 が、学校で気安く話しかけないでよとか照れながら言いそう。

 多分一緒にいすぎて夫婦とかって揶揄されるからなんじゃないかな。


「あ、俺は西佑樹ゆうきって言います」

「名字もにから始まっていてむかつくんですよね!」

「そんなこと言ってるけどさ、勉強とかは俺に教えろって言ってくるだろうが」

「あくまで利用してるだけですー」

「うぜぇ……」


 うーん、だけど部長みたいな身としては人が増えてくれた方がいい気がする。おまけに西くんは力持ちそうだから配置を変えたいときなんかに働いてくれそうだし、千歩ちゃんさえ納得してくれるなら歓迎するつもりだった。そもそも、苦手なのと部とのそれとは別問題だから。


「千歩ちゃん」

「え、もしかして認めるつもりですか?」

「千歩ちゃんのことが心配みたいだからね。それにほら、千歩ちゃん的にも仲がいい西くんがいてくれた方がいいんじゃないかなって」

「仲良くないですよ! でも、木戸先輩がそう言うなら従います」


 ほっ、逆に彼だけが残るなんて展開にならなくて良かった。

 もしそうならここが一気に癒やしの場所ではなくなってしまう。

 いや、正直に言って私にとってはもうそうかもしれないけど。

 うぅ、年上なのに私情を挟んで情けないばかりだ、凄く恥ずかしい。


「千歩、俺はどうしてればいいんだ?」

「知らないよそんなの、適当に本でも読んでおけば?」


 頼りないから彼女に聞くんだろうな。

 ああ、なんで私が千歩ちゃんより年上なんだろう。


「読書とかしねえんだけどなあ……」

「じゃあなんで入ってきたのっ、いまからでもやめたら?」

「聞きました? こいつこんな感じで冷たいんですよ」

「でも、千歩ちゃんが言いたくなる気持ちも分かるよ。ここで本を読まないなら部にいる意味なくなっちゃうよ?」

 

 時間の無駄だったとか言われたくないからできればそうなる前に自分からやめてくれた方が良かった、情けない部長なことこのうえないが。

 そもそも苦手な子が側にいるということ自体が嫌だ、ここは落ち着く場所でなければならないんだから。

 それにこの子、なんか男の子の友達を連れてきたりしそうだし。


「しょうがないから本でも読むか」

「もう、すみません本当に」

「千歩ちゃんが悪いわけじゃないから」


 最悪の場合はこの鍵を千歩ちゃんに託して幽霊部員化かな。

 彼からすれば彼女がいればいいんだから私は邪魔なんだしさ。

 別にここに拘らなくても外とか落ち着く場所はあるからね。

 意外にも彼は終わりの時間まで静かだった。

 逆に集中できていなかったのは私だ、やっぱり駄目かもしれない。


「千歩ちゃん、この鍵、預かってくれる?」

「え、なんでですか?」

「あ、べつに片付けてほしいとかじゃなくて、この部のことは千歩ちゃんに任せようかなって思ってさ」

「ちょ……まだ交代には早くないですか?」


 そりゃ怪しむよなあ。

 さり気なさってのが足りない、下手くそすぎる。

 とりあえず放課後は返してと説明しておいた、朝早くに借りれば放課後まで借りたままにできるから楽だとも。

 よく考えたら私が鍵を所有しているのがおかしかったんだ。


「今日はもう終わりにしようか」

「はい、それはいいですけど」


 鍵をしっかりと閉めて職員室に返して。

 待ってくれていた彼女たちと帰路に就くことになった。


「佑樹のせいでしょこれ絶対に」

「は? 知らねえよそんなの」

「そうじゃなければあんなこと木戸先輩が言わないもん」

「やめたかったんじゃねえの? で、俺が入ったから丁度いいって考えたんじゃねえのか?」

「木戸先輩はそんなこと思わない!」


 その通りなんだよな。

 そもそも年上なのに年上らしく対応できないから嫌になったんだ、とにかく私がいたままだと部に良くないから距離を置こうと思う。


「お前のことが嫌だったりしてな」

「そ、そんなことあるわけ……」

「そうだよ、千歩ちゃんのことを嫌だと思ったことは1度もないよ」

「ほらねっ、逆に佑樹のことが木戸先輩は嫌なんだよっ」


 どうしてそういうことを口にしてしまうのか。

 実際そうですけどね、だからこそ不快にさせないようにって考えてる。

 が、沈黙を彼は肯定と受け取ったらしく「マジすか……」と呟いて微妙そうな顔をしていた。


「そ、そんなことないよ、大丈夫だよ」

「あの、どもっているあたりが怪しいんですけど」

「気にしないで千歩ちゃんと仲良くしてよ」


 明日は休日だから助かった。

 土日を使って月曜日からどこで過ごすかを決めればいい。

 こっちは不快にさせないように動いているんだ、きっと彼女たちの安心できる毎日に繋がるはずだった。




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