VOL.5

『お疲れ様』

 彼女はコニャックを一口舐めてからそう言い、カウンターに並んで座った俺にバッグから出した封筒を置く。

 俺は中身も見ずに封筒の口だけ開けると、一万円札を六枚ほど数え、後は返した。

『どうしたの?』

 彼女が訊ねる。

『必要経費二万円と、1回分の危険手当四万、それだけで十分だ』

 素っ気なく答え、バーボンを口に運ぶ。

『あなたにしちゃ珍しいわ。いつもがっちり貰うものは貰うのに』

 彼女は二杯目のコニャックをオーダーして笑った。

『今回はそんなに大層な仕事じゃない。それに警察おまわりから小遣い貰って、岡っ引きの真似事ばかりやって稼いでると思われたんじゃ、男がすたる』

 彼女はまた笑った。

 そう、彼女の名前は諸君らも良く知っている、警視庁外事課特殊捜査班主任、五十嵐真理、通称”切れ者マリー”だ。

 半月ほど前、彼女から電話があった。

 一人の女がいる。名前は仮に山田幸子とでもしておこう。

 まだ若いが、日本国内で五本の指に入る犯罪組織の経理担当係・・・・つまりは金庫番をしていたほど優秀な女性だった。


 その彼女が海外との武器と薬物の取引で得た上がりの一部と、取引相手のデータを収めたUSBを持ったまま姿をくらましたという。

 警察も組織の手が回る前に彼女の身柄を確保し、組織の金の流れをつかむつもりだった。

 どうやら彼女は惚れた男がいて、その男と金を持って海外へ高飛びするつもりだったらしい。

 しかし分かったのはそこまでで、肝心の当人がどこに消えたか皆目見当がつかなかった。

 警察だって馬鹿じゃない。

 ようやく調べまくり、彼女の行方が分かりかけたところで、妙な横やりが入って来た。

 犯罪組織から袖の下を貰っているらしいバッジと赤じゅうたんが好きな御仁たちから圧力がかかったのだ。

 本来なら、捜査は続けられるところなんだろうが、お偉いさんたち、つまりは警視庁の幹部連中がビビッてしまったのだ。

 そこで切れ者女史は提案した。

”民間人である探偵を使えば、警察の手を煩わせることなく、山田幸子を極秘裏に確保することが可能だ”と・・・・その役目をあんたに頼みたい。という訳だ。


 かくして、俺事”新宿の一匹狼”は、別の仕事を早急に片付け、彼女を探すことに取り掛かった。

 俺が調べて分かったこと・・・・山田幸子は新宿で昔ホステスをしており、この辺りが庭のようなものであったことを突き止め・・・・そうして、今回の事態となったわけだ。

 俺だって一応プロの探偵だ。

 筋さえ通れば捜査協力だってしてやらんこともない。

 何しろ俺達は”ライセンス”という、孫悟空の金の輪っかみたいなもんで縛られてるからな。

 あの娘が本当に”ミス・アムネジア”だったかどうか・・・・それは今になってもはっきりしていないし、判明したところでどうしようもないのだがね。

 え?

”たったそれだけか”

 だって?

 それだけだよ。

 最初に断ったろうが。

 本当につまらん話だってさ。


 俺はシナモンスティックを立て続けに二本齧り、その後バーボンをまたあおった。

                                 終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。

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ミス・アムネジアは突然に 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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