VOL.4

 いつの間にか眠っていたらしい。やっぱりあの後ナイトキャップを余分に一杯呑ったのが効いたみたいだ。

 すると、何やら気配がする。

 ネグラの中は真っ暗だ。

 それでも闇の中で何かが動くのを感じ取ることは出来る。

 長年培われた習慣というのは、抜けないものだな。

”気配の主”は立ち上がって、俺が横になっているソファに近づいてきた。

 細かく呼吸をする音が俺の耳にも聞こえてくる。

”主”は俺の毛布を持ち上げると、まず俺の顔に唇を近づけてきた。

 甘ったるい吐息と共に、彼女の舌が俺の唇と歯を割って侵入してきた。

 仕方ない。

”据え膳喰わぬは何とやら”だ。

 こう見えても木仏金仏じゃない。

 俺も彼女の積極的行為に応えることにした。

 彼女のそれほど大きくない(実はこういうのが俺の好みなんだ)胸を揉み、乳首を舐めた。

 彼女の口から絶え間ない”その手の声”が漏れる。

 果たしていつぐらいかな。女性とこんな”行為”に及んだのは・・・・そんなことを考えているうちに一戦目が終わった。

間をおかず俺を求めてきた彼女に、

『悪いが俺はもうおっさんだ。勘弁してくれ』小さな声で囁くと、彼女は暗闇でひそやかに笑い、身体を話した。

 俺は目をつぶり、眠ったふりをする。

 彼女は身体を起こすと、クローゼットを開け、中を探る。

 何を探しているかは見当がついたが、放っておいた。

 しばらくの間、彼女は懸命に引っ掻き回していたが、やがてとうとう諦めて、裸のまま、バスルームに消えていった。

 俺はそこでやっと目を閉じ、本当に眠りの底に落ちた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 次に目を開けた時、ブラインドの隙間から、薄ぼんやりと朝の光が斜めに差し込んでいる。

 俺は毛布を剥ぎ、上半身を起こす。

 頭の上に置いていた腕時計を見ると、時刻は午前6時30分を示していた。

 俺はソファの上に起き上がり、頭を掻いて辺りを見回した。

 ベッドにも”ミス・アムネジア”の姿はなかった。

 シャワーでも浴びているのかと思ったが、浴室からは何の音もしない。

 例のバッグもなく、彼女の着ていた服もなかった。

 俺が貸してやったネルの寝間着は、きちんと畳まれてベッドの上、枕元に置かれてあり、更にその上には、便せんに走り書きで、こう書き残されていた。

”有難う”

 名前はなかった。

 俺は窓辺に近づき、ブラインドを上げる。

 ”ミス・アムネジア”がビルの入り口から、バッグを抱えて出てくるのが見えた。

 俺は固定電話の子機を取り、手早く電話をかける。

『こちら王子。ラプンツェルは塔から降りた。後は魔女に任せる』

 向こうは何も言わずに電話を切る。俺はしばらく窓から目を離さずにいた。

 彼女はしっかりとバッグを抱え、タクシーが通るのを待っている。

 しかし、彼女の前に停まったのは、数台の赤色灯に白黒ツートンカラーのパトロールカー。そして彼女の周りを私服と制服の警官おまわりどもが数名取り囲んだ。

 一瞬、彼女がこちらを見上げたように感じたが、俺は構わずに背を向け、ブラインドを閉め、クローゼットに向かい、観音びらきを開けると、右手を広げて、中の隠し扉に翳す。

 軽い音がして、開いた。

 そこにはホルスターに収まった俺の相棒、S&WM1917が顔を出した。

 ホルスターから抜き、確認する。

 間違いない。弾丸もそのままだ。

 分かっているだろうが、あの隠し扉は事務所オフィスと同じ仕掛けになっている。

 つまりは”掌紋認証”ってやつだ。

 俺の右手の掌紋がプログラムされていて、それ以外は何をやっても開けることは不可能になっている。

 彼女は恐らく拳銃を持っていくつもりだったんだろう。

 キッチンへ行き、コーヒーを沸かすと、カップに淹れて一口啜った。

 少し頭が重い。

 こんな時には何も喰わずにブラックをやるのが一番の気付けだ。

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