第4話 分岐点

恐怖と対峙しながらも少しずつ探索を進めていく椿と藤真。先程の謎の現象が過ぎ去って、やっと上がった息を整えたところだ。

「…子供部屋か」

たまたま逃げ込んだ部屋は小さな子供が遊びそうなおもちゃやぬいぐるみがある部屋だった。

床には積み木やオルゴールが置かれている。まるで、先程まで遊んでいたような雰囲気がある。

「家族で住んでたのかな」

椿はおもちゃが収納されている棚を見たが、不審な点はなにもない。

「だとしても、おもちゃ出しっぱなしにするか?普通」

藤真はしゃがんで積み木に触る。が、埃ひとつ付いていない。

「子供が亡くなった部屋をそのままにする人もいるらしいけどね」

「ドラマとかで見たりするな……ここもそうなのかもしれないな」

そう言いながら藤真は積み木を元通りに戻した。椿は積み木の近くに置いてあったオルゴールを手にした。指が触れた瞬間少しだけ音が鳴って、身体が一瞬だけ硬直したが、ただ鳴っただけと自分に言い聞かせてオルゴールを調べる。すると、裏側に小さなカギが貼り付けられていた。

「なんだろう、これ」

椿は簡単に取れた小さな鍵を藤真に見せる。

「どっかの部屋の鍵にしては小さくねえか?どっちかっていうと、机の引き出しとかの鍵っぽいけどな。どうする、持って行くか?」

藤真にそう聞かれて椿は判断に迷った。

いくら廃墟でこの状況だとしても、人の家のものを勝手に持って行っても良いものか、と。しかし、悠長な事も言っていられない。

「持って行って、ちゃんと後で返そう。隠してたってことは大事なものかもしれないし」

そう言って、椿は制服のポケットの中に小さな鍵を入れた。


「鍵と言えば、マスターキーでもあればいいんだけどな。そうすれば日向が閉じ込められた部屋もあけることが出来るよな」

「そうだね、鍵探そうか……って、ねえ、藤真。

あの子って……」

椿が指をさした先には、ゆりの後ろにいた女の子がいた。


「あの、君は……?」

「…………」

椿が少しだけ近付いて声を掛けても返答はなかった。じっと、廊下の向こう側をただ見つめていた。

「あっちになにかあるのか?」

「………」

何も喋らずにこくりと頭だけを縦に振った。

その様子を見ても椿は「桐山さんとはどういう関係なの?」と聞いた。答えられないことは知っていたが、少しだけ気になっていた。

女の子は小さな手を振って、椿と藤真を呼び寄せた。2人は女の子と目線を合わせるように屈んだ。その女の子の小さな2つの手が2人の額に触れた。実体がないので、触れた、というよりも冷気が当たっているような感覚に近いかもしれない。


段々と視界がぼやけていく。頭の中に突然夢のように映像が流れてくる。


――――――――――

―――――……

――…


女の子が母親と手を繋いで信号待ちをしている。ちょうどこの森の近くにある神社の近くだ。信号待ちをしている親子の近くには、桐山ゆりが立っていた。女の子の存在に気が付いて、軽く手を振ると、女の子も少し恥ずかしそうに手を振り返していた。ちょうどその時、ゆりに電話がかかって来た。うっとおしそうに少し離れたところに移動して電話を取る。


その瞬間、信号待ちをしている親子向かって車が突っ込んできた。ゆりが振り向くと先程の親子が血を流して倒れていた。何が起こったか分からず、立ち尽くしていたが、咄嗟に繋がっていた電話をブチッと切り、携帯電話で119番を押す。初めての経験でゆりの手は震えていた。「火事ですか?救急ですか?」そう聞かれる。何かの授業でやったことがあるかもしれない。ちゃんとどういう流れだったか確認しておけばよかったな、なんて後悔をしながら震える声で必死に伝えていく。出来る処置は全て電話をしながらやった。頭を強く打っている可能性があったので、動かさない方がいいと言われ、そのまま止血だけ。あとは救急車が来るまでずっと声を掛け続けていた。涙が出たのは、救急車が去ってからだった。


――…

――――――――――


「そんなことがあったの…」

ゆりは泣きながらさくらに数日前のことを話していた。

「お母さんは助かったんだけど、女の子は亡くなってしまって。だから、お菓子と花束置いて来ようと思って……もしあの日、もう少し離れた場所に立っていたら、そもそも車が突っ込んでこなかったら、よかったのに。

あの女の子とお母さんの日常が崩れることはなかったのに…後悔ばっかりです」


ゆりは後悔の念に押しつぶされそうになっていた。あの時ああしていれば、こうしていれば…と変えられない過去と自分が嫌になってきていた。ただでさえもイレギュラーな出来事ばかりで気が滅入るというのに、ゆりは自分自身を更にネガティブな面に落ち込んでいた。


その時だった。


「戻りました」

くたくたになった椿と藤真が帰って来た。

「椿君、藤真君、おかえりなさい」

さくらは2人に声を掛ける。

「2階にマスターキーあったのでこれから日向が閉じ込められた部屋に行こうと思います」

椿はたくさんの鍵をさくらとゆりに見せた。

「探すの大変じゃなかった?」

さくらがそう聞くと、椿と藤真は目を合わせた。


「その、信じられないかもしれないですけど。さっき言ってた女の子が助けてくれたんですよ。2階では怪異現象とか起こってたんですけど、そんな中僕たちに部屋を教えてくれて……その後、すぐに見えなくなっちゃいました」

椿がそう告げると、そっかとゆりはほっとしたような表情をしていた。

「無事にお母さんの所に帰れれば良いけどな…」

「きっと大丈夫だよ。ゆりちゃん」

ゆりの背中をさくらは優しく撫でた。その優しさはゆりの心を少し落ち着かせてくれた。

「じゃ、行くか」

藤真が場の空気を転換させた。立ち止まることは許されないことをひしひしと実感させられた。

そうして、4人は日向が居なくなった部屋へと向かった。



 ガチャ…キィ…

日向がいなくなった部屋を開けた。しかし、そこには人の気配はない。日向がいないことへの不安感と、他の誰かがいなかった事への安心感がどちらも押し寄せた。

「日向…いないのか?」

名前を呼んでも返事はない。

しん…と静まる室内をよく見渡した。


埃が積もった暖炉、長年使われていないテーブル、劣化しているベッド…少し色がくすんでいる高級そうな絨毯がある。


「あの時、たしか引きずるような音がしてたよね」

椿はしゃがみ込んで床を調べる。

それと同時に各自で部屋の中に何かないか探した。



「あ」

椿はふと思い立って絨毯を捲った。そこの床には切込みが入っている。床下に収納スペースでもあるのだろうか。端をうまく持ち上げれば開けられそうだ。


「こんなところに…よく見つけたね、椿君」

さくらは突破口を見つけた椿を褒めた。「たまたまですよ」と椿は静かに返した。

「ほら、そっち持てよ。いいか?せーので持ち上げるぞ

せーの…」

藤真と椿が持ち上げるが、途中で「おっも…!」と藤真は溢していた。重い蓋を開けると、体にひんやりとした風が纏いついて身震いした。


「……これは、地下に続いているのか…?」

下には階段が続いていて、先は見えない。

その場にいる全員が息を飲み、その場に沈黙が訪れた。今までの屋敷の探索とは違い、明らかに危険な道。しかし、日向やさつきを探したいという葛藤と戦っていた。


「俺が様子見てくる」

その沈黙を破ったのは、藤真だった。

「女だけ残して何かあったらやばいだろ。椿、お前は残れ」

藤真は椿を睨みつける。

着いてきそうな雰囲気を出した椿を牽制した行動ではあるが、先程探索した時の親密そうな関係は既に見えなくなっていた。ただの普通の生徒と一匹狼の不良。ただ、ここでたまたま出会っただけ。


しかし、1人で行かせる訳にもいかない。

今の椿には打開策は思い浮かばなかった。


その様子を見ていた、

「……それならさ、アタシ着いていくわ」

ゆりは名乗りを上げた。

「さっきまで休ませてもらってたから体力余ってるし、何かあったとしても自分のことは自分でなんとかするよ。

そんで、椿くんとさくら先輩はアタシ達が30分経っても帰ってこなかったら…もう一度屋敷を出られないか確認して、出られたら助けを呼んでください」

百合はそう言って、よーしと気合を入れるように軽く藤真の背中を叩く。

「……」

藤真は無言のままスマホの明かりだけを頼りに階段を降りていく。それに続いてゆりも元に気をつけながら降りていく。


残された椿とさくらは2人が見えなくなるまでその場に留まっていた。

「…見えなくなったね」

「そうですね」

「あのね、椿君。お願いがあるの」

さくらは扉の前に立ち、椿に頭を下げる。

「30分間、2階の探索に行かせて欲しい。

…1人で。もし、ゆりちゃんと藤真君が戻ってきた時のために椿君にはここに残っていて欲しいの」


そんな危ない真似はさせられない、椿はそう思った。しかし、さくらは「お願い」と言って部屋を飛び出してしまった。


「先輩!!?」

「大丈夫だから!」

しかし、さくらは物凄いスピードで走り去っていく。その場を動く訳にもいかず、溜息を吐きながら椿はその場で待機することにした。

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さつきの花が咲く頃に 海咲 吉右衛門 @umisaki

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