第3話 今だけは
「1階はほとんど探したが、客室と応接室、あとは厨房と食堂しかなかった」
歩きながら藤真は1階のことを報告していく。
「特にゴミとかそういうのも落ちてない。というか奇妙なほどに綺麗だ」
階段をのぼりながら、手すりを掴んだ時に椿も感じていた。応接室にいる時も、廊下を歩いている時も。
「こういう場所ってもっと埃っぽいと思うんだけどな、廃墟なら」
先に階段をのぼりきった藤真は振り返って椿に「どう思う?」と問いかけた。
「…多分、今回のことってほとんどが人為的なものだよね。さっきの六人目のこと以外は。
そもそも最初来たメールもおかしかったし、扉や窓が開かないこともおかしい。
日向くんがあの部屋の中に引き込まれた後、引きずるような音が聞こえてから静かになった。だから、もしかしたら…あの部屋はどこかの部屋とつながっていて、日向くんはそこに連れ込まれた可能性がある」
椿がそう言うと、「流石だな」と藤真は褒めた。
「俺も不可解だなと思うことがたくさんある。その中の1つが、お前がここに居ることなんだけど、お前にもメール届いたか?」
「いや、届いていない。僕は先輩が心配でついてきただけ。多分みんな思ってるんじゃないか?妙なのは藤真もだと思う」
椿は階段をのぼりきって、藤真と肩を並べる。
「俺は仲いいってわけじゃないけどな。ただ」
「ただ?」
「……なんでもねぇや」
藤真が少し寂しげな表情をしながら、顔を逸らした。椿は不思議に思いながらも深追いは避けた。
すると、何かが廊下を横切る気配がして、
ガタン!
一番近い部屋の中から音がした。
「……椿、お前咄嗟にとはいえさっき俺のこと人前で藤真って呼んでたぞ。気を付けろよ。俺と出来るだけ関わるな」
その言葉も出来れば聞き逃したかったなと椿は思いながらも小さくうんと答えた。
それだけ話して、階段を上がって一番近い部屋の前へと向かった。深緑色の扉には昔名前が書かれていたようだ。薄くなって今では読むことは出来ない。
容赦なく藤真は扉を開けた。
中には本棚とベッド、机に椅子、洋服箪笥、大きな鏡…必要最低限のものが揃っている部屋だった。
床には本が何冊か落ちていた。
「さっきの音、これが原因か?」
鏡の前を通って藤真が本を拾う。後に続いて椿も鏡の前を通る。
気になって横目でちらりと鏡を見た瞬間、すっと誰かが通った気がした。黒い服…執事服のような、喪服のようなそんな黒さだった。かすかに線香のにおいが鼻をかすめた。
「だれかいる」
椿がそう呟くと、机の上に置いてあった花瓶がパキンと音を立ててひびが入った。その隙間から赤い液体が流れていく。机から落ちると鏡の周りの壁に赤い染みが浮かび上がり、椿と藤真の背中側の壁には叩きつけるような音と共に手形が付いていく。
その異様な光景に何も言えずにいたが、藤真が「…出るか」と言って二人で深緑の部屋を後にして、もう一度階段近くへ移動した。
「なあ、お前お化けって信じるか?」
突然の藤真の問いに椿は、
「信じてなかったけど、ここに来てから確信した。
―――――いる。確実にいる」
だからこそ、椿はよく分からなくなっていた。どこからどこまでが人為的なことで、心霊現象なのか。
ここまで物理的な心霊現象が起こっていると、日向のこともどちらなのか正直わからなかった。
「だよな。これを科学的に証明しろなんて言われても無理だ。ただ、さっきの深緑の部屋は…確実に俺達に出ていかせようとしている気がする。害を与えたいならもっと直接的にやってくるだろ」
藤真はそう言って深呼吸をする。
「怖くないと言ったら嘘になる。けど、さつきは見つけ出さねぇと。いるならな。
次の部屋、行こうぜ」
震える足を叩き、藤真と椿は隣の部屋へと向かう。
すると、ペタペタペタ。と後ろから歩く音後する。ピタリと2人が足を止めると、後ろから近付く音も止まった。やばい、と思って目配せをして頷いた。撒いてしまえばいいのでは、と走り出した。
ペタペタペタ。と走る音が着いてくる。
振り向くに振り向けず、2人は適当に選んだ桃色の扉を開けて入った。
暫く扉の前でドアノブを手で引っ張りながら侵入を防ぎ、足音が過ぎ去るのを待った。
ペタペタペタ。素足で歩いているような音が廊下に響いている。自然と2人は息を消すように静かにしていた。
ペタリぺタり。
音が過ぎ去って、ほっとしてドアノブから手を離そうとした瞬間、
バン!!!バンバン!!!扉が叩かれた。
バンバン!バン!!!拳を必死に扉に叩きつけているようだ。驚きながらもドアノブを椿はギュッと握って開かないように力を込める。
「ねぇ!藤真くん!椿くん!」
この声は、と耳をすませた。
藤真は椿と目を合わせるが首を横に振った。
それに答えるように椿はコクンと頷く。
「なんとか部屋から出られたんだ、この扉を開けてよ!
ずっと1人で、寂しかったよ。
寒くて、暗くて、孤独で。
皆のこと探してたんだ、はやくかえろう。
ぼく、ボク、」
段々と言葉の並びが崩壊していく。
「開けて、アケテヨ、ネエ」
もう少し耐えたいというところで、限界は突然やってきた。
「アッ」
ドアノブが抜けた。そのまま椿の体は後ろへと倒れる。その瞬間、キィと扉は開いてしまった。
「俺のことを藤真って呼ぶのは椿くらいだぜ」
藤真は咄嗟に部屋にあった椅子を開いた扉に向かってぶん投げた。
しかし、そこには既に何もいなくなっていた。それとも最初からいなかったのだろうか。
「幽霊だったら物理攻撃は効かないんじゃないかな」
椿は冷静にツッコミを入れていた。
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