第2話 図書委員会

 1階は隅から隅まで探したが、さつきの姿も正面玄関の入口以外の扉も無かった。

散策した途中にあった応接室のような部屋でひとまず荷物を置いて休憩をすることにした。

「…きみも座ってね」

椿はそう話しかけた。

「多分だけど今は誰も管理していないから扉も窓も錆びたり立付けが悪くなったりで開かなくなっちゃったのかもしれないわ」

さくらはそう言って、スマホに視線を移した。絶望的なことに圏外で連絡をすることすら出来ない。

「でも、このままここで座ってるわけにもいかねえからな。おい、お前いくぞ」

日向を指さし、立ち上がったのは藤真だった。

「女子供に無理させるわけにいかねえだろ」

小声で男子の日向、椿にだけ聞こえるように言った。

「あー、お前は待機してろよ。何かあったら大声で呼べ」

「うん、わかったよ」

椿は頷いて、さくらとゆりと応接室に残った。



やや目付きがキツイゆりは椿を横目で見た。

「あのさ、榴ヶ岡先輩がいるのは分かるんだけど、君誰なの?」

やや低めの警戒している声でゆりは椿に話しかけた。

「僕は如月椿。さくら先輩に変なメールが来て1人で行かせたくなかったから一緒に来たんだ。君は…桐山さんはどうしてきたの?」

椿は軽く自己紹介を済ませて、ゆりに話を振るとあからさまに驚かれた。

「椿くんね、アタシは知らなかったよ君のこと。

まあ、いつの間にかクラスカーストの上にいる奴らと一緒にいたから目立つからそりゃ、知ってて当たり前だよな~」

そう言ってソファに行儀悪く座るゆりにさくらは、

「こらこらゆりちゃん、足位閉じなさいね。

あと、違うと思うよ」

「え?」

ゆりは座り直してさくらを見た。

「だって、椿君もゆりちゃんも図書委員ですもの」

「え~でも委員会の集まりって今年全然やってなくない?記憶力いいんだね、椿くん」

ははとおちゃらけるゆりに椿は、

「本の紹介記事、古典文学選んだのは君くらいだったから覚えてるんだよ」

真剣な面持ちで語り始めた。

「長編作品で一部分は教科書に入っていたりするけれど、全部をしっかり読んで解説まで素晴らしかった。時代背景についても調べられているし、取り上げるセリフのチョイスも…あ、ごめん…こんなときに」

やや口早に熱くやってしまったなあと椿は顔をさっと逸らした。

が、ゆりはそんな姿を見て微笑んだ。

と同じことを言うんだね」

「さ、さつきち?」

聞き返すと、ゆりは柔らかな表情をした。

「そっ。さつきって呼び捨てするまでの仲でもないけど、これから仲良くしたいなって思ってアタシが勝手にさつきちって呼び始めたの。

クラスカーストの上にいたってちっとも楽しくないの。

いつも一緒にいる子たち以外のクラスメイトは話しかけてくれないし、話しかけてもよそよそしいし。でも、さつきちは…違ったよ」

ゆりの言葉にさくらはそうなのよ、うんうんと相槌を打っていた。

「優しい子なの。少し無口で感情を表に出すことも少ない子なんだけど…さつきとお友達でいてくれて、こんな山奥まで来てくれてありがとうね」

さくらはゆりにそう言って頭を下げた。

いやいや辞めてくださいとゆりが慌てると、ゆりの鞄が逆さになって落ちた。

床に小さなガーベラのブーケと子どもが好きそうなお菓子が落ちた。


「お花?」

「えっと」

ゆりはなかなか言葉を紡ぐことが出来なかった。

「そういえば、後ろの…」

椿がゆりの後ろを指さした瞬間、



ガシャン!


どこかで何かが割れる音がすると共に日向の叫び声が聞こえた。

椿は瞬時に扉を開けて「藤真!」と叫ぶと「こっちだ」と藤真の叫ぶ声がした。

「ちょっと行ってきます」

椿は勢いでそのまま部屋から走り出した。さくらとゆりも慌てて椿を追った。


1階の西側。客室が並ぶ部屋の一室の前に藤真は立っていた。

その部屋の中からは日向の「助けて」「だれか」と混乱している声と扉を叩く音が聞こえる。

「日向、落ち着け」

椿は到着すると扉の向こう側にいる日向に声を掛けるが、日向は冷静さを失っていき、

「なにか、なにかいるっ、たすけてくれよう。ああ、ああああああ………は……」

激しく叫んだ後に声は途絶え、ずるずると引きずられるような音がした。

あまりの異様な光景に藤真も椿も一言も発声できずにいた。

「一体何があったの!?」

遅れて到着したさくらとゆりに声を掛けられ、はっとした。


「散策してたら急に日向が部屋に引きずり込まれて、中でなんか割れる音もした。その後部屋開けようと思っても開かなくて…。日向の声は聞こえなくなるしよ…。

もしかしたら、俺達6以外に誰かいるのかもしれねえ…」

「は……?」

ゆりは怪訝そうな表情をした。

「なんで?榴ヶ岡先輩と椿くん、石川、日向、アタシの5人でしょ?足し算も出来ないの?」

ゆりは指を折りながら数えて、ほら5人でしょと冷や汗をかいていた。

「さつきを入れて6人ってこと?」

さくらも首を傾げた。

「………?」

椿と藤真は首を傾げた。

「だってお前、山登る前に合流した時から後ろに同じ髪色の女の子連れてただろ」

藤真は思い返しながら話す。

「さっき応接室にいた時も話しかけたんだけど、なかなか座らずに桐山さんの座ってたソファの後ろにいたよね。桐山さん鞄にお菓子も入れてたの見たから、妹さんかと思ってたんだけど」

椿も藤真に同意しながらそう告げると、ゆりが今は?と震えた声で聞いた。

「今?そういえばいないね。どこいっちゃったんだろう。応接室かな」

椿が見渡したが、それらしき姿は見えなかった。


「アタシ、妹なんていないよ」

その言葉でその場はしんと静まってしまった。

更にゆりが俯きながら泣き出した。そんなゆりにさくらはハンカチを差し出し、背中を擦りながら大丈夫だよと声を掛けた。


「先輩、桐山さんが落ち着くまで応接室にいてください。その間、さつきさんと日向の捜索は僕と藤真でやります」

椿はさくらにゆりを預けた。

「わかったわ。でも、危ないと思ったらすぐに戻ってきて」

さくらの年上特有なしっかりとした指示に椿ははいと返事をした。

「ごめん。足引っ張ってばっかりで」

ゆりは泣きながら謝って来たが、

「変なこと言った俺達が悪いからよ。ほら、行くぞ椿」

藤真はしっかりと言い切って椿を連れて歩き始めた。

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