さつきの花が咲く頃に

海咲 吉右衛門

第1話 行方不明

ある女子生徒が行方不明になった。

名前は榴ヶ岡つつじがおかさつき。

誘拐か家出か…噂というものは、あることないこと脚色されて本当のことが隠されていく。それがどれだけ人を傷つけるかなんてお構い無しだった。

ガヤガヤと乱雑に言葉が飛び交う教室の廊下側の1番前の席。そこに座っていた如月きさらぎ 椿つばきは昼食を食べ終わると机から本を1冊取り出し、席を立ち上がった。他の生徒よりも大人しくあまり目立たない彼は教室にいるクラスメイト達は行方不明の話とは別の話で盛り上がっていたので誰一人として気付いていなかった。


その中の一組がこんな話をしていた。

「ねぇ知ってる?森の中にある大きな御屋敷。あそこ廃墟になってるんだけど、深夜に通ると歌が聴こえるらしいよ」

「アタシ何かを引きずる音が聞こえたとか幽霊が佇んでたとか聞いたことあるよ」

「えー、こわいね」

そんな話を聞いても、椿は幽霊なんているはずないだろ…と心の中で突っ込んでいた。


「先輩」

昼休み、椿は図書室の隅で本を読まずに俯いていたのは榴ヶ岡さくらに声を掛けた。

さくらは椿よりも一学年上の図書委員の先輩で、今行方不明になっている榴ヶ岡さつきの姉である。いつもならここで本を読んでいるが、妹が行方不明になってから2日は何も読めずにいた。


「椿君、どうしたの?」

「いや、今日もここにいるんじゃないかなって」

椿は先輩のことが心配で堪らなかった。正直なところ行方不明になっている妹のさつきとは交流が無かったが、さくらとは委員会で本の趣味が似ていたこともあり、仲が良かった。

「僕にできることがあったら言ってくださいね。出来ることなら何でもしますよ」

「ありがとう、椿く…」

すると、先輩の携帯電話が小さく震えた。


画面には『一通のメールが届いています。』と表示されている。

「ええ、なんだろう。知らないメールアドレスだ…」

不安そうに携帯電話の画面を見つめるさくらに椿は

「分からないメールは削除した方が…」

と助言しようと思ったが、件名に『さつきです』と書かれていた。

間髪入れずにさくらはメールを開いてしまっていた。


『今日午後6時、森の屋敷で待っています。必ず一人で来てください


さつき』


「…先輩、警察に言った方がいいんじゃないですか」

椿は色々な違和感を感じながら、さくらに声を掛けた。

「……私、行ってみるわ」

「危ないと思います。このメール、さつきさんが出したとは限りませんよ」

すると、さくらは携帯電話を握り締めながら後悔をするように目を瞑った。

「……行方不明になる前、さつきと喧嘩したの。すごく些細なことだったんだけど、もしかしたら帰りにくくて、こんな回りくどいやり方をしているのかなって考えちゃったんだよね」

「先輩…」

冷静さをなくしているかもしれない、そう思った椿は考えた末に、

「じゃあ僕もついて行っていいですか?」

と提案した。

「…でも」

「もしさつきさんが怪我して動けなかった時に助け、必要じゃないですか?」

さくらは少し迷いながら、控えめに頭を縦に振った。

「学校が終わったら、一緒に来てくれる?」

「はい」


こうして、椿とさくらは放課後、森に佇む屋敷へと向かった。


「ここ、親戚のお家だったんだよね」

屋敷を前にしてさくらはそう言った。

「住んでたお爺さんが亡くなって、しばらくは誰かが管理してたはずなんだけど…その後廃墟になって変なうわさ話が広まったの」

「そういえば、クラスでそんな話をしている人がいたような気がします」

歌が聞こえるとか何とか、きっとこのやや薄暗い森の雰囲気に便乗して誰かが作った噂話だろう、そう椿は考えていた。


「あれ、さくらちゃん?」

「えっ?日向君」

後ろから歩いてきたのは、榴ヶ岡姉妹の幼馴染の佐野さの 日向ひなたと、

「榴ヶ岡さんのお姉さん…とだれ?」

さつきと同じクラスで謂わばクラスカーストのトップにいる女子、桐山きりやま ゆり。

「……変なメールで呼び出されたんだけどよ、ここで合ってんのか?」

さつきと同じクラス学校でも一匹狼と有名な不良、石川いしかわ 藤真とうま


「貴方達もあのメールが来たの?」

さくらがそう問いかけると、3人は頷いた。

さつきの姉さくら、幼馴染である日向の2人は分かるが、何故同じクラスの2人がいるのか少しだけ椿は気になったが口には出さずに秘めておくことにした。


「ね~寒いから早く屋敷に入っちゃおうよ」

ゆりはそう言って屋敷の重い扉をゆっくりと開けた。ゆりに続いてきょろきょろと辺りを見渡しながら1人1人入っていく。最後に日向が入って、扉は閉めずにそのままにしていた。当然、館の中は真っ暗であまりよく見えない。


「さつきーーーー!いるなら返事してーーーー!!!」

さくらは暗闇の中叫ぶ。静かな屋敷に声が響き渡る。が、返事はなにもない。

「呼び出しておいて何なんだよ…用がないなら帰るが…」

そう言って藤真が踵を返そうとした次の瞬間。


バタン!


扉が勝手に閉まった。一瞬何が起こったか理解できずに誰一人としてその場を動かなかったが、いやいやそんな在り来たりなホラー小説にありそうな展開がまさか起こるわけがないと、全員で扉に近寄った。


ガチャ…ガチャ…。


扉は押しても引っ張っても開かない。

「嘘だろ?」

椿は窓を開けようとしたが、開かない。急な怪奇現象のような出来事にぞっとした。

「どこか他の出口を探そう」

以外にも冷静に言葉を放ったのは藤真だった。

「さつきを探しながらでもいいかな」

その藤真にさくらが提案をすると、勝手にしろと言い放つ。

ただ、状況が状況なので6人は誰も離れずに屋敷の中を歩き始めた。

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