第22話 恋愛エスパー

「休、日、だぁ〜……っ!」


 かいっっっほうかん……!!!!

 正直、平日はマジでキツかった。咲良、この1週間で10人に告白されてんだけど。モテるモテるとは思ってたが、想像以上すぎる。


 だけど、今日はそんなことはないッ! 完全オフ! 完全休日! いえい!

 しかも今はまだ朝の7時。休日の俺にしては珍しく早起きで、しかも全く眠くない。それどころかビックリするぐらいスッキリなう。

 これだけ気分がいいんだ、朝の散歩くらいしても罰は当たらないだろう。


 早速着替えてリビングに降りると、既に起きていた親父がコーヒーを片手に新聞を読んでいた。


「む? 雪和、おはよう。早いな」

「うん、おはよ。ちょっと目が冴えちゃったから、散歩に行こうかと思って」

「ほうっ、あの雪和が朝から散歩か。明日は雨か?」


 いや失礼だな!?


「あら、雪くん散歩行くの? 朝ご飯は?」

「あ、帰って来てから食べます」

「そう? じゃ、気を付けて行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 最近は咲良と一緒に家を出ることが多くなったけど、こうして1人で家を出るのは久々だ。空も快晴だし、めちゃめちゃ気分がいい。


 さて、どこに行こう。朝が早いから店らしい店は開いていない。だからといって目的もなくぶらぶらするのもつまらない。

 そうだなぁ……あ、そうだ。咲良と一緒にピクニック行ったあの公園に行こう。あの時は散策してなかったし。

 俺は駅前のバス停から公園行きのバスに乗り、森林公園へ向かう。


 そして何事もなく到着。

 朝が早いこともあり、公園は閑散としていた。いるとしたら、朝から元気に遊んでいる子供達とランナーが数人ほど。

 桜山の桜は既に散り、葉桜となっている。もう花見の季節でもないが、これはこれで趣がある。


 ゆっくりと歩き、景色を楽しむ。


 広い、本当に広い公園だ。

 桜山の隣にはこじんまりとしているが綺麗な池があり、父親と子供が並んで釣りをしている。

 その後ろでは、その奥さんと娘さんだろうか。楽しげに遊んでいるのが見えた。


 結婚かぁ……。

 そう、恋愛の行き着くところは結局のところ結婚。

 あの家族を、俺と咲良に置き換えてみる。


 …………にや。


 おっと、ついつい口が緩んでしまった。

 でもしょうがないじゃん? あの咲良だよ? 学内学外年齢問わずモテてる咲良だよ? そんな彼女と夫婦になれるって考えたら、こんなリアクションになるのもありうるじゃん?


 だからごめんなさい通りすがりのお姉さん。そんな汚物を見る目で見ないでください。


 咳払いをして顔を引き締め、また散歩を楽しむ。

 心地のいい風が肌を撫で、陽射しは暖かく、小鳥が囀る音は心を落ち着かせてくれる。やっぱり散歩をして正解だった。


 ぐるっと反対側まで周り、人の少ない散歩コースを歩いく。

 すると、反対側から走ってくるお姉さんが不意に目の前に立ち止まり。




「あれ? 時田っち?」




 んえ?


 ……えーっと……?

 失礼と思いながらも女性を凝視する。

 まず目が行くのは、咲良顔負けのおっぱい。しかも黒のスポブラだけ付けていて、綺麗な腹筋やへそが丸出しだ。褐色の肌もとても活発的でよき。

 そして赤いスパッツ。太ももの半分しかなく、瑞々しい張りのある太ももとふくらはぎを見せ付けている。

 こんだけどえらいどエロい格好をしてるんだ。そっちに目が行くのは男のサガだろう。


 最後に顔。

 見ようによっては可愛くもあり、綺麗でもあり、活発そうでもある顔立ち。

 綺麗な赤毛の長髪をポニーテールにし、切れ長の目を大きく見開いている。

 それに俺を「時田っち」と呼ぶ声……。


「……羽瀬さん?」


   ◆◆◆


 偶然にも羽瀬さんと出会った俺は、並んでベンチに腰を掛けた。

 羽瀬さんはベンチに置いていたジャージを羽織り、チャックは全開。お陰で物凄くおっぱいです。

 そんな羽瀬さん。ごくごくとスポドリで喉の渇きを潤し、豪快に息を吐いた。


「ぷはぁ! うめー! あ、時田っちも飲む?」

「えっ」


 それ関節キ……。

 ごくり……。


「……い、いや大丈夫。喉乾いてないしっ」

「お、そう?」


 キョドる俺に対して何でもないように振る舞う羽瀬さん。ちくしょう、これが異性慣れしてる人種との違いか……!


「それにしても、まさか時田っちとこんな所で会うなんて思わなかったぜ。何してるん? 咲良っちは?」

「俺は今日は早く起きたから散歩。咲良は何も無い日は大体10時くらいまで起きてこないし、多分まだ寝てる」

「あー、そう言えば咲良っちはオンとオフの差が激しかったな。だから珍しく1人だったのか」


 にしし、と歯を覗かせて笑う羽瀬さん。男らしい笑みと整った顔立ち。はっきり言って、女性にモテそうな感じだ。


「そう言う羽瀬さんは?」

「ウチは日課のランニングと筋トレ。ウチの綺麗な腹筋は日々の努力が肝心なのよ」


 ツツー、と縦線の入っている腹筋をなぞる。なるほど、エロい。


「うわぁー、時田っち目がえろーい。キャー犯されるーッ!」

「人聞きの悪いこと言うなよ!?」

「でも、ウチの腹筋マジエロくね? この腹筋、くびれ、からのGカップへの曲線美。それに褐色の肌。ぶっちゃけ自慢なんだけどさ。どうよ?」

「どうよと言われても……」


 確かに、初対面でこれが同い年の女の子の体だって言われたら、まず間違いなく信じられない。それほど整っている。

 だけどそんなこと口が裂けても言えない。ここで変なこと言ってそれが咲良に伝わったら、それこそ別れ話を切り出されない。そしたら死ぬ、俺が。


「……ぷっ」

「……え?」

「くっ……ふふっ……あはははは! そんなマジで考えなくていーって! からかっただけだよ、マジで」

「あ……な、何だ、そういうことか……羽瀬さん、冗談はやめてくれよ……」


 ガチで心臓に悪い。

 胸をなで下ろしていると、羽瀬さんは再びスポドリを飲み話を続けた。


「でもさー時田っち、最近すげー辛そうだったけど、今日はちょっと元気そーじゃん?」

「……そんな分かりやすかった?」

「おう。教室の隅っこで1人でゲームしてニヤけてる陰キャかよってレベル」


 いやそこまで言わなくても……。


「まあ……ちょっと咲良のことでな」

「ああ、咲良っちが色んな男から告られてるやつか。そりゃ、彼氏の時田っちからしたら気が気じゃないよな」

「……そうなんだよ……」


 ああ、ダメだ。春香さんにぶっちゃけてから、俺口が軽くなってる。取り繕えなくなってる。

 だけど羽瀬さんも、茶化してくる様子はない。腕を組み、真剣な顔で悩んでいるみたいだ。そのせいでおっぱいが凄く強調されてるけど。


「確かに咲良っち、ちょっと男心が分かってないような気がする」

「羽瀬さんから見てもそう思う?」

「ああ。多分咲良っちのことだ。告白してくる男を時田っちの目の前で振ることで、時田っちに安心して欲しかったんだよ」


 ……安心? どういうこと?

 首を傾げてると、「つまり」と言葉を続ける羽瀬さん。


「咲良っちが時田っちの知らないところで、影でコソコソ告白されたとする。それを別の日に時田っちにバレたら……時田っちはどう思う?」


 羽瀬さんの問いに、色々な思いが頭をよぎるが……。


「……多分、拗ねる」

「拗ねるだけならまだ可愛いよ。でも時田っちはこう思うかもしれない。……『あの時は断ったって言ってたけど、本当かな?』」


 うっ……!


「『どんな相手に告白されたんだろう?』『イケメンだったら?』『経済力のある大人とか……』」


 うぐっ……す、鋭い……。


「そしたら2人は、しなくていい喧嘩をすることになる。きっと咲良っちは、それを回避したかったんだよ。……ま、男心が分からなくて逆に時田っちを悩ませてるけどなぁ。にししっ」


 えぇ……それがマジだったら、あの子相当不器用じゃん……それ、ちゃんと言ってくれよ……。


「あ、時田っち。今ちゃんと言ってくれよって思ったべ?」

「……羽瀬さんはエスパーかな?」

「残念ながら一般人だわ。でもそれ、時田っちにも言えることだべ?」


 ……俺?


「咲良っちがラブレター貰ったとき、無視しろって言った?」

「うぐっ……」

「咲良っちが告られるとき、行くなって言ったことある?」

「うっ……」

「何で咲良っちが時田っちの目の前で男を振り続けてるか、ちゃんと考えた?」

「…………」

「にししっ、図星〜? ダメだよ時田っち。そこは男の気概ってもんを見せなきゃ」


 男の気概……。


 俺は、春香さんに言われたことを思い出した。

 迷惑をかけて、ワガママを言うのも恋愛だと。

 言い方は違うけど、春香さんと羽瀬さんの言ってることは同じだ。


 言いたいことを言え。

 互いに歩み寄れ。

 話をし、話を聞き、気持ちを確かめ合え。


「ホント……女の人ってのは、恋愛になると皆エスパーだ」

「ただし咲良っちは除く」

「言えてる」


 俺達はどちらともなく笑った。

 久々に、心の底から。


 春香さんからは、ワガママを言ってもいいと言われた。

 羽瀬さんからは、男の気概を見せろと言われた。


 なら後は──行動するだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る