第21話 近くて、遠くて

 ……今、なんて?


「告は……え?」

「雪くんは、その子のことが世界一好き?」

「も、勿論っ……!」

「ならさ、告白しちゃってスッキリしちゃえば? 君のことが好きだ、他の誰にも渡したくない、とか言って」

「え、いや……他の誰にも渡したくないって大袈裟じゃ……」

「大袈裟じゃないよ」


 ピシャリ、と遮られる。

 春香さんは麦茶で唇を濡らすと、真剣な面持ちで続ける。


「大好きで、大好きで、大好きで……夜も眠れないくらい大好きな人を誰にも取られたくないって言うのは、当然のこと。自然なことなんだよ」


 当然……自然なこと……。


「……そ、そんな……そんな想い、相手の人に迷惑をかけるだけでしょ……」

「いいじゃん、迷惑。掛けちゃいなよ。恋愛なんてワガママの押し付け合いだよ。片想いの人に告白するのも自分のワガママ。両想いの人に自分の気持ちを伝えるのもワガママ。私から言わせたら、ワガママの言えない関係なんて所詮“その程度”。でも……雪くんがそこまで苦しんでるってことは、“その程度”の想いじゃないんでしょ?」


 ……見透かされている。

 俺と咲良のことだとはバレていない、と思う。

 俺は怖かった。

 もし春香さんに、「子供がませてる」「ガキの考えることじゃない」「もっと気楽に」とか言われたら、多分……キツかった。

 俺の想いは、そんなもんじゃないから。


 でも春香さんは、俺の“その程度”じゃない気持ちを汲み取ってくれた。俺の“その程度”じゃない気持ちを考えてくれた。


 だからこその、告白。


「……はい。俺の気持ちは振れません、絶対に」

「うん、大変よろしい。あっ、でも相手の子が本当に嫌がったら、無理しちゃダメだよ? 相手を傷付けてまで押し通すワガママは、そんなの恋愛じゃない。性暴力だからね♪」

「き、肝に銘じます……」


 あ、圧が凄い。笑顔の圧が。

 え、俺と咲良のことバレてないよね? 『娘を傷付けたら……』的なこの圧、気のせいですよね?


「……ありがとうございます、春香さん。スッキリしました」

「そう? じゃ、告白するの?」

「……はい。絶対に」

「ふふふ。もし付き合えたら教えてね。その日はお祝いしてあげるわ♪」

「は、はは……」


 言えない……相手が咲良だなんて死んでも言えない……もしバレたら、家庭崩壊どころの騒ぎじゃないだろう。いや義理の兄妹だから、いいとは思うけど。


 苦笑いを浮かべてると、丁度風呂が炊き上がった音楽が流れてきた。


「あ、じゃあお風呂入ってきちゃいなさい。汗で冷えてるだろうし、ゆっくり肩までね」

「あ、はい。それでは」


 扉を開けてリビングを出ると、自分の部屋に荷物を置いて直ぐに風呂場に入った。

 ふと、鏡に映った自分を見る。

 ……どことなく血色がいいように見えるな。

 走って帰ってきたから、って訳じゃないだろう。春香さんに話を聞いてもらったおかげだろうな。


 ……まずは風呂に入って、ゆっくりするかぁ。


   ◆◆◆


「……入って来なさーい」


 ひぇっ、バレてる……!? お母さんエスパー……!?

 開いてる扉から顔だけ覗かせると、お母さんが優しい笑顔で手招きしてくれた。


「た、ただいま〜……」

「はい、おかえりなさい」


 テーブルに着くと、お母さんがテーブルに肘をついてニヤニヤする。

 私に似た……いや、私がお母さんに似た? いやもうそんなことどうでもいい。そのニヤニヤ顔やめてください、ほんとに。


「聞いてたでしょ、雪くんのお話」

「ふぇっ!? ……き、キイテナイヨ」

「あははっ、相変わらず嘘が下手ね。ほら、顔に出てる」


 どこからともなく出した手鏡。

 そこに映っていたのは、もにょ顔にで顔を真っ赤にしている私だった。

 いやもにょ顔と言うよりへにゃ顔と言うべきか……とにかく緩みきってる。恥ずか死ぬ。


「まさか、あの雪くん・・・・・がねぇ……ねえ知ってる? 雪くんって好きな人がいて、その人のことが世界で一番好きなんですって」

「へ、へぇ〜……そ、そうなんだぁ〜」


 こ、声が震えるっ。


「しかも雪くんの好きな子も、世界で一番愛してる人がいるらしいわよ。青春よねぇ」

「ふぅ〜ん……」


 ニヨニヨ、ニコニコ。

 お、お母さんめ……絶対、絶対知ってていじわるしてるな……! 娘の恋愛を弄って楽しむなんて、性格悪いよっ!


「それにしてもぉ、あんなにいい子を悩ませて苦しめるなんて、雪くんの好きな人も罪な子よね」

「うぐっ……」

「そ、れ、と、もぉ……好きな人はちょっと苦しんでる方が見てて楽しいっていう、趣味趣向なのかしら?」

「そんなわけないよ!!!!」


 いくらお母さんでもそんなこと言われる筋合いはない! 絶対許さな…………あ。


「あらぁ? 何で咲良ちゃんが怒るのかしら?」


 ニヤニヤ、ニマニマ。


 …………。



 ごめんなさい、雪和くん。バレちゃいました(てへ☆)。



 ってちがーう!

 この口調、顔! 絶対バレてた! 絶対知ってた! つまり私のせいじゃない! 雪和くんがあんなにぺらぺら喋るからだよ! はい、QED証明終了!


「ま、何となくは察してたけどね」

「ぅ……怒らないの……?」

「2人が両想いなこと? 勿論。もし当時から・・・・咲良ちゃんが雪くんのことが好きだったら、兄妹になる前の話でしょ? それならしょうがないよ」


 ぐ……やっぱりお母さんも覚えてるんだね、あの日のこと……。


「大丈夫。2人はちゃんと通じあってるわよ」

「……本当、かな……?」

「ええ、絶対」


 ……ああ、やっぱり……お母さんには敵わないなぁ……。


「……うん。ありがとう、お母さん。じゃあ着替えてくるね」

「はい、行ってらっしゃい」


 リビングを出て階段を上がりながら、ここ数日のことを思い出す。


 正直な所、私は全ての告白を無視したかった。雪和くんだけいればいいと、そう思ってた。

 でもあのラブレターを見て、雪和くんが辛そうな顔をしてた。そんなの見ちゃうと……ちゃんと目の前で振って、大丈夫だよって伝えたかった。


 私の心も、私の体も、全部全部、あなたのものだよって……。


 でも雪和くんは、日に日に辛そうな顔になる。

 私も、そんな雪和くんを安心させようと明るく振舞ってたけど……何だかすれ違いになっちゃってたね。

 お母さんは、ちゃんと告白してってアドバイスしてたけど……多分、告白だけじゃ他の人が私に告白するのを止められない。


 じゃあどうやったら告白を止められて、雪和くんと安心して毎日を過ごせるのか。


 私に恋人が出来たって噂を……?

 でも噂だけじゃ止められないだろうし……やっぱり、ちゃんと私達が付き合ってるって所を見せなきゃダメかな……。


 でも義理とは言え兄妹で付き合ってるなんて知られたら……やっぱり、よく思わない人もいるのかな。




 ……兄妹って近いようで……凄く、遠い。

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