第20話 心の痛み

「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、私好きな人がいるので」

「……あの噂は本当だったんですね……分かりました……」


 肩を落として去っていく男子生徒。

 その姿を校舎裏の階段の上から見ている俺。ついでに数奇屋。


「ほえぇ〜……やっぱりサクラさんはモテるんだねぇ。これで何人目?」

「……5人目」

「ワォ」


 俺的ラブレター事件から3日後の放課後。今日も咲良は男子生徒に告白されていた。

 人数にして5人目。しかも全員見た目が悪くないどころか、3年生や若い教師までいた。いや教師が生徒に手を出そうとするなよ、教育委員会に訴えるぞ。


「ユキカズ、大丈夫かい?」

「……何がだ」

「顔色悪いよ」


 数奇屋が手鏡で俺の顔を写す。顔面蒼白とまでは行かないが、確かに血色が悪く目の下にクマがある。

 やつれて見えるのは気の所為だろうか。


 こんな顔の理由は、勿論咲良の告白だ。


 この数日、ずっとこんな所を見ている。

 咲良への告白を少し離れた場所で見ているだけ……それなのに精神がゴリゴリと削られる。


「はぁ……きちぃ……」

「なら見なきゃいいじゃん」

「そんな単純じゃないんだよ……」


 本当なら行くなと、無視しろと言いたい。

 他の男に優しくして欲しくない。愛想を振りまいて欲しくない。そのせいで咲良が男にモテて告白されるなんて、考えたくない。


 でも……そんなこと咲良に言ったら、肝が据わってないチキン野郎のレッテルが貼られる。

 そしたらやがて振られて……。


「うごおぉ……!? ネガティブ退散ッ、ネガティブ退散ッ!」

「ユキカズってだいぶ面白いよね」


 うっせぇ! 顔が良くて運動神経が良くて成績がいいお前に何が分かると言うのだ!

 こちとら平凡、凡庸、平均の3要素を兼ね備えた一般高校生だぞっ! そりゃあ咲良が誰かに告白されたら心配にもなるってもんですよええ悪いかコノヤロウ!

 そんな俺の睨みなどどこ吹く風の数奇屋。咲良が満面の笑みで階段を登ってくるのを見て、校舎の中に入っていった。


「まあそんなに悩むことはないよ、ユキカズ。君達は大丈夫さ」


 ……知ったような口きくな、バカヤロウ……。

 そう言い残した数奇屋の背中を見ていると、咲良が駆け寄って来た。


「雪和くん、お待たせー。あれ? さっき数奇屋くんいなかった?」

「……ああ。部活行った」

「ふーん、最近忙しそうだもんね。じゃ、帰ろっ♪」

「……そうだな」


 ……咲良、何だか嬉しそうだな。

 告白されて満更でもないのか……? そりゃそうだ。俺だって咲良っていう可愛い彼女がいても、他の女の子に告白されたら……多分嬉しい。

 付き合う、付き合わないは別として、心では舞い上がるだろう。


 ズキッ──。


「ん? 雪和くん、どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」

「……いや、別に」

「……やっぱり、毎回告白されに行ってるの、怒ってる?」

「怒ってない」

「うそ」

「嘘じゃない」

「じゃあ……なんでそんなに辛そうな顔するの……?」


 ッ…………。


「……してない」

「してるよ」


 咲良は俺の前に立つと、真剣な眼差しで見つめてくる。

 慈しむように、慰めるように──。


「……してるよ……」

「っ……してないって……してないって、言ってるだろ……!」

「ぁ……!」




 走った。

 走った。

 走った。

 訳も分からず走った。

 咲良から逃げるように、走った。

 咲良にあんな顔をさせた。させてしまった。

 ふざけんな時田雪和、ふざけんな!

 どんだけガキなんだお前は!

 咲良を不安にしてっ、数奇屋にも心配かけてっ……!

 自己中にもほどがあるだろ、俺!

 咲良には咲良の世間体があるっ! 分かってる! 分かってるけど嫌なんだよ、苦しいんだよ!

 くそっ、くそっ、くそっ……!


 ズキッ──ズキッ──ズキッ──。


 ああああ! 心臓痛てぇ! 咲良のこと考えるとめっちゃ締め付けられる!

 こんなちっぽけな男だったのかお前は……ええ、そうなのか!? 何とか言え俺コノヤロウ!




 気が付くと俺は、家の玄関で立ち尽くしていた。

 ノンストップで走ってきたから、汗が止まらない。息も荒い。脳が酸欠で死にそうだ。

 でも……余計なことを考えなくていい。今の状態が丁度いい。

 呆然と玄関に立っていると……春香さんが鼻歌を歌いながら廊下に出て来た。


「ランランラーン♪ ……あれ? 雪くんおかえり〜。……どうしたの? 汗びっしょりだよ」

「……春香さん……」

「あ、待ってて、タオル持ってくるから」


 春香さんがタオルを持ってくると、俺の頭にフワッと掛けて優しく拭いてくれた。


「じ、自分でやるんでいいっすよ……!」

「いいからいいから♪ 子供なんだから甘えなさいな」


 っ……子供……。


「よしっ、拭けた拭けたー。じゃ、お話聞こうじゃないの」

「……話……ですか……?」

「うん。何かすごーーーく辛そうだもん、雪くん」


 っ……まただ……また俺は心配かけて……。

 罪悪感と後ろめたさが俺を襲う。

 このまま小さくなって消えてしまいたい……。


 俯く。自分の恥を悟られないように。

 でも……。


「──大丈夫、私は君の味方だよ」


 にこりと微笑んでくれる春香さんが、俺の頭を優しく撫でた。

 恥ずかしい。でも……安心する……。

 近くで見る春香さんの笑顔は……やっぱり、咲良に似ていて……つい甘えたくなる……。


 リビングに入り、冷たい麦茶を出してくれると、春香さん机に向かい合って座った。




「……俺……好きな人がいるんです」




 ぽつりと、言葉を口にする。

 咲良と、俺のことだと悟られないように……少しずつ……。


「その子は学校中から……いや、他校の生徒からも好かれるくらい可愛くて……」

「うん」

「可愛いだけじゃない。強い子で……優しくて……だから皆に好かれてて……」

「うん」

「……その子が好かれるのは本当は嬉しいことなのに……それでも俺、それが嫌で……嫌で……」



 ああ、ダメだ。止まらない。

 口にしてしまった。言語化してしまった。

 考えるだけならまだいい。

 だけど言葉にしてしまうと……自分が本当に嫌な奴だって、再認識させられる……。



「でも……その子も好きな人がいて……世界一好きだって……愛してるって言ってて……」

「うん……」

「色々な人から告白を受けても、その想いだけは変わらないって言ってたんです……」



 そこで思い出される、あの男子生徒の言葉。



「……俺達はガキで……まだ世の中のこと全然分かってない。……成長したら、俺がその子を好きだという想いも……その子が、誰かを好きだという想いも変わっちゃうと思うと……怖いんです……」

「……そっかぁ……」


 春香さんは茶化さず、真剣に話を聞いてくれた。

 そして。


「ならさ、告白しちゃえば?」


 …………ゑ?

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