第17話 世界で一番……

 見事に5時間目の現国を爆睡した俺。

 放課後はもう完全無双状態! 誰にも負ける気がしないくらい気分爽快だぜ!

 意気揚々と昇降口で靴を履き替えてると、先に履き替えて待っていた咲良がムスッとした顔で睨み付けてきた。そんな顔もめっちゃ可愛いけど……え、何?


「雪和くん、現国の時間寝てたでしょ」

「……何のことでせうか?」


 前の席なのに見てたの? ダメだよ、ちゃんと授業は受けなきゃ(特大ブーメラン)。


「誤魔化してもだーめっ。とても気持ちよさそうな寝息が聞こえてきたよ、まったく……!」


 あ、なるほど。自分も眠かったのに、俺ばっかり寝てて苛立ってるのか。


「どうしても眠くてつい……ごめ――」

「おかげで雪和くんの可愛い寝顔が見れなかったんだよっ。どうしてくれるのっ?」

「いや、ホント申し訳……って、そっち!?」

「それ以外の何があるのっ」


 ぷんぷんと頬を膨らませて怒る咲良。この反応……ガチか。


「いや、それ俺関係ないよね? 寝顔なんて見られたくないんだけど。恥ずかしいし」

「後ろで気持ちよさそうに寝てる雪和くんがいながら、前を向いてちゃんと授業を聞かなきゃいけない……生き地獄だよっ、生殺しだよっ、絶望だよっ」

「そんなこの世の終わりみたいな顔をされても……」

「じゃあ雪和くんが逆の立場だったらどうするの? 私が後ろの席で、雪和くんが前の席。授業中に私が気持ちよさそうに寝てたらどう思うの?」

「え? 授業なんて聞かずに咲良ばっか見てるけど?」

「授業は聞いてようよ!?」


 何を言う。授業中に絶対寝ない咲良が居眠りしてるんだぞ。そんな超記念的現象をまじまじと見ないでどうすると言うんだ。

 咲良は顔を真っ赤にして、「まったくもう……まったくもう……!」と呟いているが、すぐにもにょっとした顔になった。最近分かったことだが、嬉し恥ずかしさを無理やり抑えるとこんな感じの顔になるみたいだな。


 俺達は並んで校門を出ると、坂道を咲良のペースに合わせてゆっくりと下りていく。


「あれ? そう言えば今日は数奇屋くんはどうしたの? いつもは一緒に帰ってるよね?」

「ああ。あいつなら部活動見学に行ったぞ。何でも放送部に興味があるとかで」

「ほ、放送部……? 何で放送部……?」

「中学も放送部で、高校も放送部に入ろうと思ってたらしい。将来は動画クリエイターとしてユーチューバーを目指してるとか」

「将来のことまで考えてるの!? すごいなぁ……でもユーチューバーって、ちょっと意外かも。数奇屋くんならモデルさんとかなれそうなのに」

「楽して稼いで生きていきたいんだと」

「人生舐め切った発言だ!?」


 まあ数奇屋くらいの容姿とトーク力、それに運動神経があれば、ユーチューバーからタレントに転向も余裕で出来そうだけどな。顔がいいって得ですね、うらやましい……。

 だけど俺達はまだ高校1年生。将来なんて分からないし、焦らなくてもいいだろ。


「あ、そうだ。お母さんから買い物頼まれてたんだった」

「お? じゃあ俺も行くぞ。荷物持ちだ」

「い、いいよ。大した量は買わないから先に帰ってても……」

「女の子に買い物行かせて、俺だけ先に帰ったら春香さんの心象も悪いだろ? ……それに……」

「それに?」

「……親父にばれたら、絞殺される……」


 俺とは似ても似つかないほど体格に恵まれている親父。現役柔道家で確か黒帯だったはずだ。

 親父からは、女の子は大切にしなさいと耳にタコが出来るほど言い聞かせられている。そんな親父が、咲良を一人で買い物に行かせてのうのうと帰ったと知られたら……考えただけでも恐ろしい……。


「あ、あはは……それなら一緒に行こうか」

「そうしてくれると助かる。で、何買うんだ?」

「えっとね……玉ねぎと人参とジャガイモと豚肉」


 メモを見ながら読み上げる咲良。

 この組み合わせ……間違いない!


「「カレーだ!」」


 俺と、嬉しそうな顔をする咲良の言葉が被った。

 春香さんの作る料理はどれも美味いが、中でもカレーは絶品だ。市販のカレールーを使っているらしいが、同じように作ってもどうしても春香さんのように上手く作れない。

 隠し味を聞くと「愛情よ♡」とべたに返ってくるだけで真相は分からないが……そんなことがどうでもよくなるほど、春香さんのカレーは美味い。美味すぎる。


 今日の夕飯のカレーを想像して気分がアガってると……。


「あ、あのっ、時田さん……!」

「ん?」


 ……誰だ?

 振り返るとそこにいたのは、見たことのない男子生徒だった。学年色からして、多分同学年。

 そんな男子生徒が顔を真っ赤にしながら、咲良の前で直立不動になると右手を差し出して……。


「ひ、一目惚れです! 付き合ってください!」


 公開告白を始めた。

 周りの土鍋高校から下校している生徒達も、興奮してるように色めきだった。


「ごめんなさい。あなたとお付き合いすることは出来ません」


 そんな中、咲良も間を置かずに即答。

 だけど男子生徒は臆することなく、咲良の目を見て口を開く。


「き、聞きました。時田さんには好きな人がいるって……でも今付き合ってないなら、俺にもチャンスが……!」


 ……どう考えたらそんな理屈になるのか理解出来ない。

 何でそれでチャンスがどうとかって話になるんだ。しかも彼氏である俺の前でそれを言うかね。いや数奇屋と羽瀬さんと峰さん以外には言ってないんだけど。

 だけど……駄目だ、腹の虫が収まらん。せめて一言文句言ってやる。

 と、前に一歩踏み出そうとすると、先に咲良が一歩前に出た。


「残念ですが、あなたにチャンスが巡ってくることはありません」

「ど、どうして……!」

「……私の好きな人はこの世界で一番優しくて、この世界で一番かっこよくて、この世界で一番可愛くて、この世界で一番尊くて、この世界で一番……私の愛している方だから」


 ……咲良……。

 咲良の言葉に男子生徒も、周りの土鍋高校生徒も口をあんぐりと開けている。


「……は、はは……そんな大げさな……俺達まだ高校生なんだよ? 好きな人が変わることくらい……」

「ありえません。断言します。絶対、ありえません」

「…………」


 有無を言わさない圧のある言葉に、遂に男子生徒は黙り込んだ。


「……告白してくれて、嬉しかったですよ。じゃ、雪和くん。行こう?」

「お、おう」


 咲良が歩みを進め、そのすぐ後ろを歩く。

 ある程度歩いてから、ようやく咲良が口を開いた。


「はぁ……高校に入って初めて告白されたよ……」

「ちゅ、中学のときはほぼ毎日告白されてたもんな」

「うん。でも、これくらいはっきり言えばもう誰も告白してこないかな。雪和くんも安心してね」


 ……安心……そうか、俺……咲良が誰かから告白されたの初めて見たけど、すげー不安になってたんだ。

 でも、あんなこと言われたら……。


「……あれ? 雪和くん、反応がないけど、どうし……た……」

「…………っ」


 ま、まずいっ。今この顔見られるのはまずいっ。


「ほ、ほら咲良、早く行くぞっ」

「ま、待って雪和くん! 今の顔っ、今の顔もう一度プリーズ! 写真撮るので、もう一回だけ! ワンモアタイム!」

「あーあー聞こえない、聞こえなーい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る