第18話 不安

 夕飯のカレー(勿論絶品だった)を食べた俺は、ベッドに寝転んで昼間のことを考えていた。

 昼間のこととは、告白。

 公衆の面前での公開告白だ。


 先にも言った通り中学の頃からモテにモテていた咲良は、ほぼ毎日のように告白をされていた。

 別にその現場に居合わせた訳じゃない。単なる噂だ。

 それでも、それを昼間にさりげなく聞いたら、咲良は告白されて来たことを隠さなかった。


 そしてこれからも咲良は、色々な奴に告白されるだろう。


 中学と高校では全くメンツが違う。

 それに中学では成長し切っていなかった男子も、高校になって急に成長するなんてザラだ。

 そんな男子が、咲良へ毎日アタックする……。


「……不安だ……」


 咲良が俺ではなく、別の人の所に行ってしまうんじゃないかという、不安。

 昼間、上手く隠せてただろうか。

 夕飯の時、上手く笑えてただろうか。

 俺の動揺は咲良に伝わってないよな。


 勿論俺は咲良の彼氏で、義理の兄妹として一緒に住んでいるという特殊な環境にいる。

 だけどそのせいで、俺が咲良の彼氏だと声高に言えないのも事実だ。

 だけど咲良は昼間、俺のことを世界一愛していると言ってくれた。

 その言葉に嘘はない。

 咲良はそんなつまらない嘘はつかないって知っている。


 ……でもやっぱり、不安は不安なんだよ。


 こんなに人を好きになったのは生まれて初めてだ。

 寝ても、起きても、飯を食っても、授業中でも、風呂に入っても、一緒にいても……考えることは咲良のことばかり。

 別れたくないし、離れたくない。


 そう考えながらも……あの男子生徒が言った言葉が頭をよぎる。




『俺達まだ高校生なんだぜ? 好きな人が変わることくらい……』




 そう。俺達は高校生だ。しかも成り立て。心も体も成熟しきっていない、ただの世間知らずのガキ。

 世間一般からしたら、好きな人が変わるなんて普通なのだろう。


 …………。


 好きな人が変わる……イヤだ。ああイヤだ。考えたくもない。

 咲良も、好きな人が変わるなんてありえないと言ってくれた。断言してくれた。

 俺はその言葉を信じてるし、咲良も俺のことを信じてくれてると思う。


 それでも……男子生徒の言葉がどうしても頭をチラつく。


「……俺……最低だ……」


 咲良を信じないでどうすんだ、馬鹿野郎……。

 考えるな……考えても仕方ないことは今考えるんじゃないっ。

 枕元にあるゲームのマスコットキャラクターのぬいぐるみを持ち上げ、何の意味もなく天井にかざした。


 …………。


 万が一……いや億が一、誰か別の女子が俺に告白したとする。

 どんなにその子が気立てがよく可愛くても……それでも俺は、ずっと咲良が好きだと言える。

 ただそれは、俺の高校生活を通して1回あるかないかのレベルだ。というか殆どゼロだろう。

 それに対して咲良は、下手をすれば1年で数十回……他校の生徒を合わせると100回以上告白される可能性もある。


 中には金持ちもいるかもしれない。

 中には高校生ながらにモデルをやってる奴もいるかもしれない。

 下手したら大学生とか、大人もいるかもしれない。


 咲良はありえないって言ったけど……人の心なんてどう変わるか分からな──。


「うごおおおおおっ! だからそんなこと考えるんじゃないよ俺ぇぇぇえええ……!」


 ネガティブ退散! ネガティブ退散!


 ぬいぐるみを無造作に抱き締めて脚をばたつかせる。

 ガキならガキと、女々しいなら女々しいとそしるがいい!

 だけどなぁ……だけどなぁ……!


「はぁ……あぁ、やっぱり俺……好きなんだなぁ、咲良のこと……」


 改めて再認識した感じだ……。

 ……ダメだ、脳がのぼせてる。今日はもう寝ちまうか……。

 ネガティブな考えをしすぎて脳がショートしたのか、俺の記憶はそこで途絶えた。


   ◆◆◆


 なっ、何を可愛いことをしてるんですか雪和くんはぁぁぁあああ!?

 雪和くんの部屋から呻き声が聞こえて様子を見に来たら、何ですかあれ、ナンデスカアレ!? 何でわんこのぬいぐるみをぎゅーってしてるんですか!? 何で脚をばたつかせてるんですか!?


 キュンですよこれはっ、キュンキュンです!


 スマホを取り出して思わず動画を撮る私。アプリで消音カメラを作った人、マジ神。ノーベル賞あげたいレベル!

 うひっ、うひひひっ……!


「はぁ……」


 お? ため息? ため息ですか? 一体どうし──。




「やっぱり俺……好きなんだなぁ、咲良のこと……」




 ──ぁ……。


 ……寝た、のかな……? 寝息が聞こえる。

 動画撮影を停止し、ゆっくり扉を開いて起こさないように雪和くんに近づく。

 ……相変わらず可愛い寝顔。でもどことなく、不安そうな表情……それにさっきの言葉……昼間のこと、やっぱり不安だったのかな……そうだよね、いきなりあんなの見せられたら……。


 でもね雪和くん。本当だよ。私、本当に君のことが好きで……好きで好きで堪らないの。一生推せる。初めて会った時から・・・・・・・・・、ずっとずっと大好き。


 雪和くんの寝るベッドに座り、それだけじゃなく……雪和くんの隣に寝転がる。


 ……近い……今なら手を繋いでも絶対にバレない。それどころかキスをしても……。

 でも……そんなのダメ。初めて手を繋ぐのも、初めてのキスも……雪和くんと一緒に分かち合いたい。


 だから、今は我慢。


「……雪和くん。私も……大好きだよ」


 そう言葉をかけ、私も目をつぶって意識を手放した。

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