第16話 口パクと応援と

 土鍋高校は体育の時間、男女分かれてやる上に2クラスが合同で行うことになっている。

 俺達1組は2組と、3組は4組と、5組は6組と組まされていて、入学して1ヶ月経つがまだ顔と名前が一致しない。覚える気なんてさらさらないけど。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 体育の授業というのは高校生になってもダルいものだ。分かるだろ? 分かってくれるよな?

 特に運動が好きじゃない俺。中学3年間帰宅部を皆勤し、特に運動らしい運動といえば最近始めたリン〇フィットくらい。

 そんな俺が、体育の授業をやるとどうなるのか。


「時田、ボール行ったぞ!」

「お、おうっ?」


 突然パスされたサッカーボール。

 どうすればいいのか分からず困惑してると、あれよあれよという間にサッカー部のクラスメイトに奪われた。


 はい、見ての通りですね。こんな感じです。


 くそぅ。サッカーとかバスケとか野球とか。これだから集団球技は嫌いなんだっ。

 だからといって追い掛けないと、やる気ない判定されて成績に影響が出るという。何とも理不尽極まりない。

 てか部活ガチ勢に帰宅部ガチ勢が勝てるはずないだろ。何で同じ授業してんのこいつら。


 気分が乗らずなーなーで追い掛けてると、突然横から出てきた数奇屋が見事にボールを奪った。サッカー部顔負け……いや、正直さっきのサッカー部より断然上手い。

 そんな数奇屋が俺にボールをパスすると、前の方を指さす。

 これはあれか? 前に蹴れってことか?

 指示通り思い切り蹴飛ばす。すると、俺と同じチームのサッカー部が見事にボールを受け取ってキーパーをかわし、ゴールを決めた。


「ユキカズ、大丈夫?」

「ぜぇっ、はぁっ……す、数奇屋。お前サッカー上手いのな……」

「そうかな? まあ見よう見まねだよ」


 見よう見まねでサッカー部からボールを奪うって何? 才能? 顔もよくて性格もよくて運動神経もいい? アニメの主人公かテメェ。ここはそなたのいる場所じゃない。元いた場所に帰れ。

 小さくため息を一つ。

 自分と数奇屋のスペックの違いにげんなりなう。

 はぁ、早く終われ〜。


 今の時間に辟易しながら前を見ると……ん? なんだ? みんな同じ方向を向いてるけど……?


「ユキカズ、そんな顔しないで。愛しの彼女が見てるよ」

「誰のせいだと。……って、え?」


 数奇屋の視線を辿って見ると、テニスコートでテニスの授業をしている女子達がグラウンドを見ている。

 その中で。下は短パン、上はジャージ姿の咲良が俺に向けて笑顔で拍手をしていた。

 そして小さく口パク。


『が、ん、ば、れ』


 …………。


「はい、頑張ります!」

「単純なユキカズも嫌いじゃないよ」


 うっせーわい。好きな人にそう言われるとテンションあがるんじゃ!


 やっきまでのやる気のなさはどこへやら。

 そこからは積極的にゲームに参加し、下手ながらもパスを出したり、ゴールを守ったりと動き回る。


 その結果。


「ぉ……おぉ……くそ眠……」


 体育の時間が4時間目。その後の昼休み、とてつもない睡魔が……。

 無意識に頭がかっくんかっくん揺れる。つらみ。


「ユキカズ、寝るかご飯を食べるかどっちかにしなよ……」

「ああ……ん。ふあぁ〜」


 しかもこの後、睡眠導入剤って呼ばれてるおじいちゃん先生の現国なんだよな……流石に、昼休みは少し寝るか……。

 そんなことを考えながら、咲良の作った弁当を開ける。

 流石咲良、彩り鮮やかで栄養バランスの考えられてる弁当だ。


 手を合わせていただきます。


 冷めても美味しい弁当を食べてると、クラスの前の方で女子グループと食べてる咲良の所に、イケメンサッカー部2人組が近付いた。


「咲良さん、俺のシュート見た? 見た?」

「俺の華麗なパスもイケてたっしょ?」

「え? ……ごめんね、見てなかった」


 ピシッ……! 固まる2人。そりゃそうだ。さっき咲良は俺の方見てたし。


「で、でも〜、ゴール決めたとき拍手してたじゃ〜ん?」

「あー、たまたまじゃないかな。ホントに見てなかったんだよ」


 再度固まる2人。それを見てた教室にいるクラスメイト、めっちゃ笑うの我慢してるでござる。

 その空気を察したのか、サッカー部2人は顔を赤くしてそそくさと教室から出ていった。


「さ、咲良ちゃんっ、そこはカッコよかったとか言ってあげないと……ぷぷっ」

「え、でも嘘ついちゃ悪いでしょ?」

「いや、でも今のでよかったよ。あの2人、ちょっと勘違いしてる所あるし。自分がかっこいーとか思ってるって感じ?」

「あー、それあるー」


 うん、確かにあの2人はそんな感じがする。

 多分本当にイケメンなのは、数奇屋みたいに何でもスマートにこなして、それで天狗にならない奴のことだ。多分、恐らく。


「……ん? どうしたのユキカズ。僕の顔に何かついてる?」

「……いや、相変わらずイケメンだなと思って」

「ごめん、僕女の子が好きなんだ」

「何を勘違いしてるのか知らんが、俺だって好きな人いるし」


 全く、何を言ってるんだこいつは。

 数奇屋の反応に呆れていると、急にニヤニヤとした笑みを浮かべた。え、何?


「後ろ後ろ」


 後ろ?

 振り返る。


「〜〜〜〜っ……!」

「さ、咲良さん、どうしたの?」

「ふぇ? いやぁ〜、何でもぉ〜?」


 もにょっとした咲良が脚をバタバタさせ、俺をちらちら見て更に口を緩めた。

 ……あっ、今の聞こえて……!?


「ご馳走様です」

「う、うっせーわいっ」


 幸いにも俺と咲良の関係を怪しんでるような奴はおらず、咲良のもにょ顔を見てクラスの雰囲気が和んでるみたいだ。

 ……これからはもう少し発言には気をつけよう……。

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