第5話 ドーナッツと優しさと
「ふぅ……こんなもんか?」
「うん。多分これだけあれば、新学期も大丈夫じゃないかな」
咲良と一緒に選んだ筆記用具類の入った袋を片手に、咲良とフードコートを歩く。
時間も丁度いいし、金も余ってるから外で食べることになったのだ。
ここのフードコートはかなりバリエーションがあり、ハンバーガー屋、ラーメン屋、ドーナッツ屋、丼屋などなど。多種多様な店が並んでる。
うーん、どれを食べるか悩むな……。
「咲良、何食べたい?」
「んー……天ぷらもいいなぁ。でもラーメンも……思い切って丼物とか……」
やっぱり、今日もガッツリ行くんすね。
ココ最近分かったが、咲良は結構大食いらしい。
それなのにこのスタイルとか反則だろ。ある一定の女子に嫌われる体質だな……。
だけど咲良はそんなことはお構いなしに、小さく握りこぶしを作って真剣に店のメニューを見つめていた。
「むむむ。悩みどころだよ……!」
「何でもいいんじゃないか?」
「何でもよくないよ! 重大なことだよ!」
目がガチすぎる。
「……なら、食べたいもの二つ頼んでいいぞ。俺の片方食べるし、半分くらいやるから」
「いいの!? じゃあねー、じゃあねー」
目を輝かせて物色する咲良。あぁ、可愛い……。
が……唐突に咲良の表情筋が凍った。
「……どした?」
「あ、いや、その……く、食いしん坊な子だって、思われてないか……って……」
自分のお腹を押さえるように腕を組むと、逆におっぱいが溢れんばかりに主張してとても眼福、実に目の保養ですねぇ、うんうん。
……ってそうじゃないだろ俺ぇ!?
急いで上着を脱ぐと、それを咲良の肩からそっと掛けた。
「……雪和くん……?」
「その……べ、別に咲良が沢山食べる子ってのは家でも知ってるし、俺のことを気にすることはないぞ。咲良は咲良の食べたいものを食べればいい」
「そうじゃなくて、これ……」
「……あー、そのー……む、胸が、その……」
「え? ……あ」
自分の醜態を認識したのか、顔を真っ赤にして俺が掛けた上着で急いで前を隠した。
「ぁ、ありがとうっ、ございましゅっ……!」
「ど、どういたしまして……」
……き、気まづい。
「……ぁ……くんくん……雪和くんの……好きな人の匂い……くんくん、すんすん」
うぃっ!? 何でナチュラルに嗅いでるの……!
「ほ、ほら咲良っ、早く飯選ぼうぜ。ドーナッツなんかは期間限定品があるみたいだし、急がないと」
「期間限定!? ゆ、雪和くんっ、ゴーゴー!」
「分かった分かった」
これも最近分かったが、咲良は甘いものも好きらしい。それでこの体型って、一部の女子に(以下略)。
「ドーナッツ〜、ドーナッツ〜♪ ドッドッドッド〜ドーナッツ〜♪」
へんてこな歌歌ってる咲良かわゆす。
あぁ、癒されるなぁ。
「ドナッツドナッツランランルー♪ ……あれ?」
「ん? どうした?」
「……あの子……」
あの子?
咲良が見ている先を見ると、一人の女の子がドーナッツ屋の前に立っていた。
年にして5歳くらいだろうか。それにしては調った顔立ちで、特徴的な菖蒲色の綺麗な瞳をしている。多分、ハーフだろうか。
首から下げているキャラクターがデザインされている財布の中身とメニューを交互に見て、シュンとした顔をしている。
「どうしたんだろうな……?」
「…………」
「あっ。おい咲良」
咲良が女の子に駆け寄ると、同じ目線になるくらいにしゃがみ込んだ。
そんな咲良を見て、見開かられる女の子の目。分かるぞ、その気持ち。
「ねぇ、どうしたの? 大丈夫?」
「……おねーちゃん、きれー……」
「ふぇっ!? あ、あはははは……ありがとう。君もすっごく可愛いよ」
咲良のキラースマイル。効果抜群だ、主に俺に。
「それで、どうかしたのかな? 困ってる?」
「あ……えっとね……どーなつがね、かぜでね、かえなくてね……」
「えっ!? ドーナッツが風邪!?」
言葉の意味通りじゃないぞ、咲良……。
多分文面からして……。
「こほん。なあ、さっきそこに100円落ちてたんだけど、もしかして君のじゃないか?」
「ひゃくえん……?」
「ああ。ほらこれ。これがあればドーナッツも買えるだろ?」
小さな手の平に100円を置くと、女の子は目を輝かせて俺と咲良を見る。
「ひゃくえん……!」
「ああ、100円だ」
「どーなつ……!」
「おう、買えるぞ」
パァァ……!
うおっ、純粋無垢……! 守りたい、この笑顔……!
女の子はいそいそとドーナッツ屋の店員に話し掛けると、期間限定品のドーナッツを買ってまたこっちに来た。
「かった! かえた!」
「ああ。気を付けて帰るんだぞ」
「ん! ばいばいおねーちゃん!」
おい、俺は?
女の子はドーナッツの入った袋を大事そうに抱え、俺達に手を振って帰っていった。
「ふふ。雪和くん、やっぱり優しいね」
「そうか?」
「うん。優しいって、実際は誰にでも出来ることじゃないよ。本当に……凄く難しいの」
何かに思いを馳せているのか、遠い目をする咲良。
それが何を見てるのかは分からない。けど……。
「咲良だって優しいだろ?」
「ううん、私のは仮初めの優しさ。あの時、雪和くんの優しさに触れて……」
……あの時? あの時ってどの時だ?
中学時代は、咲良との接点はほとんどなかったはずだけど……。
首を捻って思い出そうとしても……ダメだ、分からない。咲良ほどの美人と言葉を交わしたら、覚えてそうなもんだが……。
「本当は私、優しくないの。……今だって、雪和くんに優しくされたあの子に嫉妬してる。あんなに小さい子相手に……」
咲良はキュッと俺の服を摘むと、不安げな顔で見上げてきた。
「……こんな子は、嫌い……?」
怯えたような瞳。震える肩。弱々しくも、離したくないという意思を感じる指先。
…………。
「……嫌うはずないだろ。どんな咲良でも、仮初めの優しさでも、咲良は咲良だ」
「雪和くん……! えへへ……やっぱり、雪和くんは雪和くんだね……!」
え、うん。まあ……俺は俺だけど……?
「あのーお客様?」
「はい?」
「他のお客様がお待ちですので、お決まりでしたらお早めにお願いします」
え?
後ろを見ると、ほんわかとした表情のお客さんが数人並んで俺達を見ていた。
「す、すみませんっ」
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそご馳走様です」
何が!?
妙な羞恥と申し訳なさで顔が真っ赤になった俺達は、期間限定品と数種類のドーナッツを持ち帰りで買い、急いでその場を離れた。
「あぅ……まだ顔熱い……」
「ちょ、ちょっとあれは恥ずかしかったな……気を取り直して、昼飯食おうぜ」
「う、うんっ。緊張が解けたらお腹空いてきちゃった……今日はいっぱい食べるよ! 目指せ3種類!」
いや、それは食いすぎ……。
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