第4話 初デートは突然に

「雪和、明後日が入学式だが、必要なものは買い揃えてあるのか?」


 夕飯時、普段黙って飯を食う親父が口を開いた。


「明日買いに行く予定だよ。親父から金も貰ったし大丈夫」

「うむ。あまり無駄遣いするなよ」

「分かってるって」


 まあ、本の1冊や2冊くらいは買っても問題ないだろ。俺もそんなに物欲のある方じゃないし。

 なんて考えながら肉じゃがを口に運んでいると、隣で春香さんと咲良も話していた。


「咲良は大丈夫?」

「うん、もう揃えてあるよ」

「それなら、明日雪くんと一緒に出掛けたら? 春休みに入ってから、二人共家の中から出てないみたいだし」


 ギクッ。

 ま、まあ確かに、外には出てないけど……。

 咲良をチラ見。

 咲良も俺をチラ見。

 互いが示し合わせたみたいで、一気に顔が熱くなった。


「そうだな。二人は家でもそうだが、学校も一緒なんだ。まだ互いのことを余り知らないだろう。明日は二人で買い物に行って、親睦を深めて来なさい」


 親父まで……!?


「あ、あー……そ、そうだな。えっと……咲良、それでいい?」


 同意を得るように咲良を見る。


「う、うんっ。だだだだ大丈夫っ……!」


 思いの外ガチガチに緊張してらっしゃる!?


 だけど……これは運がいいぞ。

 咲良と家にいる時は、家でのんびり映画を見るか、俺のオススメのアニメを一緒に見るくらいしかしてなかった。

 そろそろ外でデートしたいと思ってたんだけど、そこは童貞ヒヨりチキン男の俺。中々誘いづらかったが……これはツイてる!


「ご、ご馳走様っ」

「あら咲良、もういいの?」

「う、うんっ。明日の準備もあるし。お母さん、洗い物お願いね!」

「あ、ちょっと!」


 春香さんの制止も聞かず、咲良はいそいそとリビングを飛び出した。


「全くもう。ごめんなさいね雪くん。あの子あわてんぼうで」

「い、いえ、大丈夫、です。はい……」


 咲良も女の子だ。準備することが山ほどあるんだろう。


「雪和。咲良さんも女性だ。お前がしっかり守るんだぞ」

「わ、分かってるよ」


 咲良は俺の彼女で、義妹いもうとで、家族だ。何があっても咲良だけは守る。


「あら、頼もしいわ。流石男の子♪」


 唐突なプレッシャー……!


   ◆◆◆


 翌日。いつも通り親父と春香さんは仕事に出かけ、俺は駅前で咲良を待っていた。

 家を一緒に出るのではなく、駅前での待ち合わせ。

 これを提案してきたのは咲良だ。

 どうやら、一度は待ち合わせというのを体験してみたかったらしい。

 初めてのデート、初めての待ち合わせ……。


 はい、めちゃめちゃドキドキしますね……!


 家を出た時は、咲良はまだ家着だった。

 どんな服で来るんだろう……。

 あんな服やこんな服を脳内着せ替えしていく俺。多分、傍から見ると凄い気持ち悪い顔になってるんだろうな。

 でもごめん。察して、俺の気持ちを。


 待ち合わせは11時。

 その5分前になった瞬間、周りが一斉にザワついた。


「うお……」

「可愛い……」

「え、モデル?」

「顔小さーい……」

「おっぱいでか……」


 何だ? 誰かいるのか?

 キョロキョロと周りを見る、と。


「ゆ、雪和くん……!」

「……え?」


 あ、さく……ら……?


 白いカッターシャツに、胸下まである黒のコルセット風ワンピース。

 その上からピンクのカーディガンを羽織り、チェーンのミニバックを肩に掛けている。

 髪の毛は緩い三つ編みで肩から前の方に流して、毛先はシュシュで止められていた。

 普段見ないナチュラルなメイクも、咲良の可愛さを更に際立たせている。

 足元にも気を使ってるのか、全体のバランスを崩さないように考慮された、動きやすそうなスニーカーだ。


 そんな咲良が、息を切らして近付いてきた。


「お、お待たせ、雪和くんっ」

「…………」

「……雪和くん?」

「……可愛い……」

「……ふぇっ!?」

「ぁ……さ、さあ行こうかっ」

「ま、待って雪和くん! もう一度! もう一度ぷりーず!」


 こ、こんな人目の多い場所で俺は何を口走ってんだ……!

 足早に歩くと、後ろから咲良が付いてきた。


「ゆ、雪和くん。速いよ……!」

「ぁ……ご、ごめんっ」


 落ち着け、落ち着け俺。初めてのデートはネットで調べたんだ。だから大丈夫……大丈夫だ。

 気持ちを落ち着けてると、咲良が可笑しそうに破顔した。


「……何だよ」

「ふふ、やっぱり雪和くんも緊張してたんだなーと思うと、嬉しくて」

「……も、と言うと、咲良も……?」

「えへへ……実はワクワクと緊張で余り眠れなかったんだ」


 可愛いかよ。

 思わず天を見上げる俺。神様、そして春香さん。咲良のようないい子を産んでくれてありがとうございます。


「ど、どうしたの雪和くん?」

「いや、神に忠誠を誓ってただけだ、気にするな」

「それ相当大事おおごとだよね!?」


 咲良を産んでくれた神様に感謝するのは当たり前だろ?


「いいから、行こうぜ」

「あ、待ってよ」


 咲良と並んで、駅中のショッピングモールを歩く。


「雪和くん、何が揃ってないの?」

「シャーペンとシャー芯とボールペンと蛍光マーカーとノート」

「それ全部じゃない!?」

「敢えて言うならそうなるな」

「そうとしかならないよ……」


 がっくしと肩を落とす咲良。な、何かすんません。


「……よしっ、なら全部買おう! 善は急げなんだよっ!」

「えー、適当に百均でいいよ」

「ダメダメっ。文房具は勉強のやる気に直結するの。一緒に勉強頑張ろ?」


 ……あ、そうか。咲良が四六時中一緒にいるってことは、勉強も教えて貰えるのか。


 と言うことは……胸元はだけた黒タイツ+タイトスカートのメガネ咲良が俺と二人っきりで!?


 ────

 ───

 ──

 ─


『雪和くん、集中しなきゃダメだよ』

『こーら、先生ばかりみてないで』

『全く、雪和くんたら……』

『いいわよ。手取り足取り教えて……あ、げ、る♡』


 ─

 ──

 ───

 ────


 しゅっぽーーーーーー!!!!


「買う、買いますっ!」

「きゅ、急にやる気に……でも良かった。私も雪和くんと勉強頑張りたいもん」


 天使──!


「さ、行こ?」

「あ、うん!」


 ショッピングモール内を、咲良と並んで歩く。

 何だかんだ、咲良がいつも通りで緊張しなくなったな……その点も、咲良に感謝しないと。


   ◇


(デート……デートデートデートデートデート! 遂に! 雪和くんと! デート! うへへへへっ、どゅへへへへぇ〜。ね、ねねねね念願のっ、二人でデート……! これは、これはアガる! て、手とか、手とか繋いでもよかですか! 腕組んでもよかとですか!? おっぱい押し付けて誘惑してもよい!? ふしだらな子だって思われないかな!? あーもー! 初デートを教育しない日本の義務教育どうなってるのーーー!)

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