第3話 新しい家族

   ◆◆◆


 俺が咲良と出会ったのは、中学に入学した時。

 当時から咲良は、完全無欠の美少女として入学当初から噂になっていた。

 容姿端麗、成績優秀。うちの学校は愚か、他校の生徒や女子からも告白される美人っぷり。もはやラノベや漫画で使い古されたネタを地で行く存在。


 それが、宮本咲良だ。


 ただ……なぜか分からないが、今の今まで浮いた噂は出てこなかった。

 それでも、皆口を揃えてある噂を話していた。


『宮本咲良には好きな人がいる』


 と。


 告白を断るときの定型文となっているが、咲良がそれを自分から言ったことはないらしい。

 うちの中学でサッカー部のエースだった加納が、他に好きな人がいるのかと聞いたとき、顔を真っ赤にして逃げ出したのだとか。

 それが自分かもしれないと考えた男子が告白していき、全て撃沈。

 終ぞ宮本咲良の想い人は分からず、中学生活は幕を閉じた……。


 ──俺以外は。


 ああ……まさかその相手が俺だったとはなぁ……。

 俺と咲良の接点なんてなかったから、俺の恋心はひっそりと墓場まで持っていくつもりだったんだが……人生何があるか分からないもんだ。


 ただここで一つ、疑問点がある。




 何故、俺なのか?




 ぶっちゃけ、咲良と親しい男子なんてごまんといる。

 俺は咲良を遠目から見て、憧れていただけのモブB。カーストも違えばまともに話したこともない、完全に住む世界の違う人間だ。


 ……気になる……。


 俺を好きになってくれた理由、気になりすぎる。


「……あ、あの、雪和くん。そんなに見つめられると……」

「あっ。ご、ごめん」


 うーん……見れば見るほど美少女だ。非の打ちどころのない、完全無欠の美少女。……照れると口元がめちゃめちゃ緩むが、それもご愛敬だ。

 こんな子が俺の彼女……分からない。何故だ。


 もやもやとした感情を抱いたまま、ソファーに座ってキッチンに立つ咲良を横目で見る。

 白く綺麗なワンピースに、桜色のエプロンがよく映えてるな……綺麗だ。


 今日は平日。親父はいつも通り仕事で、春香さんも仕事に出ている。今日が退社日らしく、昼過ぎに帰って来るらしい。


 だからこの家には今、俺と咲良だけ。


 …………。




 俺と、咲良だけだ……!




 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイバイヤーーーー!

 これどーいうこと! ねえこれどーいうこと!? もうね、ヤバイ! ヤバすぎて語彙力がヤバイ! やって来て語彙力!

 どうして咲良が俺を好きなのかなんてどうでもよくなるくらいヤバイ!


 これはあれか、そういう流れか? そうなっちゃう流れなのか!?

 ……いや落ち着け俺。まだ咲良と付き合って3日。1週間経ってないんだ。いやそもそも付き合ってどのタイミングでキスとかしていいの? おっぱいとかいつ揉んでいいの? てか手も繋いでないよ!?


 と、と、と、とにかく今は平静に……。


「雪和くん」

「ふぇいっ!?」


 あっ、近っ。えっ、いい匂いっ……!


「紅茶入れたよー。あとケーキ作ってみたんだ、一緒に食べよ?」

「えっ? あ、はいっ」


 俺の前に置かれる紅茶と苺のショートケーキ。店で売ってるものと遜色ないほど美しく出来上がっている。


「こ、これ、咲良が……?」

「うん。私、お菓子作りが趣味なんだよ」

「……すげぇ……!」


 勉強が出来て可愛くて趣味お菓子作りとか完全無欠か?


 俺の隣に座り、行儀よく手を合わせる咲良。慌てて俺も手を合わせる。


「いただきます」

「い、いただきます」


 緊張。圧倒的緊張。

 咲良がケーキを食べるのを見て、俺もケーキを口に運ぶ。


「どう? 美味しい?」

「あ、うんっ。美味い、美味いよっ」

「ホント!? ふふ、よかったぁ」


 ほにゃっと笑う咲良マジ天使。


 でも……美味い、多分。店で売ってるケーキ以上に美味い、と思う。

 でもね、咲良さんや……。


 俺の肩に触れ合うくらい近くに座られたら、緊張が天元突破で味なんて分かんねーよ!?


   ◇


 その頃の咲良の脳内。


(うひゃああああああッッッ! 座っちゃった! 雪和くんの隣に、肩が触れ合うくらいに座っちゃった!? だだだだだ大胆だったかなっ、ふしだらとか思われてないかなっ? これはもうキスとかの流れかな!? あっ、まだ手も繋いでないじゃん! もー私の馬鹿! 阿呆! あんぽんたん! え、え、エッチな女の子って思われてないかな!? いやそういう欲望がないと言えば嘘になるというか、むしろ大歓迎過ぎてうびゃーーーーー!?!?!?)


 雪和に負けないくらい大混乱に陥っていた。


   ◆◆◆


「ご、ご馳走様でした」

「お、お、お粗末さまでしたっ」


 結局緊張ばっかで味が殆ど分からんかった……ちくしょう、何て勿体ないことを……!


 自己嫌悪で落ち込んでると、咲良は自分と俺の皿を片付けようと立ち上がった。


「あ、俺も手伝うよ」

「い、いいよっ。ケーキ作った道具も片付けなきゃいけないから」

「なら、皿くらい俺にやらせてくれ。せめてものお礼だ」

「……あ、ありがとう、ございましゅっ……」

「どういたしまして」


 まあ咲良に全部やらせるのは気が引けるから、これくらいはな。最近は親父の仕事が忙しいからか、自分で自炊とかやるようになったし。

 皿とティーカップを運び、綺麗に洗う。

 その隣で、咲良もケーキに使った道具や材料を綺麗に片付けていた。


「…………」

「…………」


 な、何かこれ……新婚みたいじゃね!?

 まだ付き合って3日目ですが、いいんですかねこれ!?


 チラッと咲良を見る。


「ヒャッ……!」


 咲良も俺を見ていたのか、忙しなく顔を背けた。

 ……耳まで赤い。咲良も緊張してるみたいだ。

 こ、これは……俺が空気を変えなくては……!


「……あー……えっと……な、何だか新婚みたいだな!」


 いや変えてねーよ俺!? 思ってることド直球で言ってんじゃねーか!?


「…………」

「……あ、その……ご、ごめんっ。今のは忘れて……」

「そ、それ!」


 咲良はボールを手に、目を輝かせて振り返る。


「それっ、私も思ってた!」

「……え」

「私達、新婚さんみたいだなって! ふふっ、雪和くんも同じ気持ちだったんだね」


 笑顔かわっ……!?


「ふんふんふーん♪」


 ……はぁ。緊張してたのは俺だけ、だったかな?

 まあ、色々とすっ飛ばしてると思うけど、これはこれでいいか。

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