第2話 親父が再婚するらしい

   ◆◆◆


 宮本さんとLIMEを交換し(ついでに羽瀬さんと峰さんとも)、頬の緩みを抑えられないまま駅前へと向かう俺。

 今朝、親父と駅前で落ち合う約束をしていたのだ。多分卒業祝いの飯とか奢ってくれるんだろう。何を食おうか悩むな……。


「おい、雪和」

「あ、親父」


 親父は仕事帰りなのか、ビシッとスーツを着て駅前に立っていた。

 強面の親父がオールバックにスーツなんて着てるもんだから、近くに誰も寄り付かない。そこだけぽっかりと空間が開いていた。


「雪和、卒業おめでとう。卒業式に行ってやれなくてすまなかった」

「ありがとう親父。親父の仕事の忙しさは知ってるから、謝んなくてもいいよ」

「……ありがとう。……さあ、店に行こう。もう予約は済ませてある」


 えっ、予約のいる店……? そんなところにしたのか?


「親父。俺ファミレスでもいいんだけど……」

「せっかくの卒業祝いだ。子供が遠慮するもんじゃない」

「……わかった。ありがとう」


 親父の横に並んで、雑踏の中を歩く。


「…………」

「…………」


 俺も、親父も喋らない。

 居心地が悪いってことはないが……今日の親父は、どこか緊張してるように見える。どうしんだろう、一体……?


「親父、何かあったのか? ちょっとおかしいぞ」

「……う、む……雪和」

「何だよ」

「……唐突だが、紹介したい人が出来た」


 ……え……紹介したい人?


「そ、それって……親父、再婚すんの!?」

「そう考えている」


 ま、マジか……親父が、再婚……。

 うちは十年前に母さんが病気で亡くなり、男手一つで育てられた。

 厳しくも優しく、仕事にも育児にも本気の不器用な親父だが、愛情をもって育ててくれたと思っている。

 そんな親父が、まさかいい人を見つけるなんて……。


「お前も多感な年頃だ。思うところはあるだろうが――」

「親父、おめでとう!」


 俺は親父の言葉を遮って、お祝いの言葉を口にした。


「親父が見つけた相手なんだ。全力で祝福するよ」

「雪和……ありがとう」


 おお……あの親父が笑った……貴重なものを見れたな。

 それにしても、まさかこのタイミングで親父が再婚するのか……俺も彼女が出来たことを報告しようと思ったんだが、後の方がいいな。


「そうだ。向こうには雪和と同い年の娘さんがいる。お前が十二月生まれ、あちらさんが三月生まれ。年齢的には、雪和の方が兄になる」

「え」


 ……てことは……俺、この歳で妹が出来るの!? しかも同い年の!?

 マジか……やだなぁ。同い年の女子って、面倒なことこの上ないんだけど……ギャルとかだったらどうしよう。絶対仲良く出来る自信がない。


「確か娘さんも、四月からお前と同じ土鍋高校だそうだ」

「そうなの?」

「ああ。直ぐに仲良くしろとは言わないが、少しずつ距離を縮めてくれ」

「……わかった」


 まさか高校まで同じだなんて……どうかまともな子でありますように。

 エレベーターに乗り、レストランフロアの10階へ到着。和洋中なんでも揃っているここは、母さんが生きているときもよく来ていた。

 その中でも一際目立つレストラン。その前に、一人の綺麗な女性がいた。

 そわそわと時計を見て、前髪を丁寧に整えている。


「春香さん」

「ぁ……冬馬さん!」


 うぉ……若……!

 親父を見て破顔する女性。なるほど、この人が親父の再婚相手……。

 チラッと親父を見ると……お、親父が仏頂面じゃなく、柔らかい表情になってるだと……!?


「春香さん、お待たせしました」

「いえ。私も今来たところです。すみません、娘はもう少しかかるみたいで……」


 親父と話す春香さんを見て、俺はほんの少しの違和感を覚えた。

 ……うーん……何だろう。初めて会ったような気がしないというか、どこかで会ったことがあるような気が……。


「春香さん、紹介します。息子の雪和です」

「は、初めまして。雪和です」

「初めまして、春香と申します」


 互いに腰を折ってお辞儀をする。うぅ、まだ緊張する。


「お母さーん」

「あ、娘が来ました。こっちよ」


 き、来た。遂に……!

 背後から近付いてくる足音。

 どんな人なんだろう……ゆっくりと振り返る。


 腰まである長い黒髪。

 垂れ目でおっとりとした群青色の目。

 俺と同じ中学の制服の女の子。

 ……見たことあるどころではない。この子は――。


「お、お待たせしました。宮本咲良で……す……?」




 ――俺の、彼女だ。




 …………。


「「……え?」」


   ◆◆◆


 親父の再婚相手、春香さんと初対面を果たしてから三日後。我が家に大量の荷物が運ばれてきた。

 1階のリビング周りと寝室は親父と春香さんがやるらしく、手持ち無沙汰になった俺はと言うと……。


「よっと。宮本さん、ここでいい?」

「う、うん。ありがとう」


 俺の部屋の隣の空き部屋に、宮本さんの荷物を運び入れていた。

 と言っても、机や必需品は既に引っ越し業者が入れてくれたので、俺のやることは少ないが……。


「…………」

「…………」


 ……き、気まずい……。


「……そ、それにしても、ビックリしたよな。まさかうちの親父と宮本さんのお母さんが結婚して、俺達が兄妹になるなんて……」

「ほ、ホントだね……こんな偶然、あるんだ……」


 …………。

 ごめん。こういう時どんな話題を振ればいいのか、義務教育じゃ習ってないんだ。頼むから誰かヘルプミープリーズ。


「……ゆ、雪和くん……!」

「はいっ!?」


 ゆ、雪和くんて……名前で……!?


「そ、その……もう私、宮本じゃないから……そにょ……」

「あ……そ、そうだよな、ごめん」


 もう宮本さんも、俺と同じ時田になったんだ。

 ということは……。


「さ、咲良、さん……?」

「は、はいっ……!」


 …………。

 咲良さんの顔がギュンギュン赤くなっていき、俺の顔も自分で分かるほど火照っている。

 ぅ……な、何だこれっ。幸せすぎる……!


「ゆ、雪和くん。敬称もいらないよ。私達兄妹なんだし……」

「そ、そうか? えっと……さ、さ……咲良……」

「はぅ……!」


 えっ、咲良!? 胸を押さえてどうしたんだ!?


「ぅ、ぅぅぅ……」

「だ、大丈夫か咲良っ?」

「うひゃぅっ。む、むり、むりぃ……!」


 ななな、何が無理なの……!?

 咲良は胸を押さえたまま、小さな駆け足で部屋の中を走る。


「も、もしかして病気!? 奇病!? あっ、それとも持病!? い、医者! 救急車、110番!」

「ち、違っ。落ち着いて雪和くん……! あと救急車は119番だからっ」


 えぇっ!? ……あ、そうか。そうだった……。


「じゃなくて! さ、咲良、大丈夫なのか?」

「や、やっぱむりぃ……!」

「何が!?」


 うずくまる咲良の前に跪く。と……ん? 何かぶつぶつ呟いてるぞ……?

 耳をそっと寄せて、何を呟いているのか聞いてみると……。




「あぅぅぅぅぅ~……むりぃ……幸せすぎぃ……しぬぅ……! 何これ何これ何これっ。名前で呼ばれただけなのにぃ……うううぅぅ……! 好きぃ……雪和くんすきぃ……!」




 …………。

 ぇ……と……。うわっ。な、なんだこれっ。嬉しいような恥ずかしいような……! 俺今人に見せられないような顔してるっ……!

 ど、どうしよ……こういうときどう反応すればいいんだ、俺は。


「え、と……あ、ありが、と?」


 何がありがとうなんだ俺!?


「ひぐっ……! ……ど、どう、いたしまして……?」


 潤んだ瞳。上目遣い。赤らんだ頬。緩んだ口元。


「――俺の彼女可愛すぎだろ……」

「かわ……!? そそそ、そんなこと……でへへへへ」


 ああ、だらしない顔も可愛い……!

 そして痛感した。俺、自分で思っている以上に咲良のこと好きなんだなぁ……。

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