第40話 ミカとマイク
ジョーのオクテットが、突然、ミカの前に姿を現した。
ミカは、海面に浮かぶ小型宇宙船の右翼の上に座っていた。その傍らににマイクがぐったりと横たわっていて、頭がミカの膝の上に乗せられていた。マイクのパイロットスーツは、背中から胸部にかけて、べったりと血に染まっていた。
「ジョー、本当にジョーなの!?」
泣きはらしたような赤い目をしたミカが、ジョーのオクテットを見上げた。
「ジョー、お願い! マイクを、マイクを助けて、お願いよ、ジョー!」
「マイク! 一体どうしたんだ!? よしっ、待っていろ! 今すぐに治してしてやる!」
しかし、ジョーの意識を無視するかのように、オクテットは、全く動こうとしなかった。いや、動けなかった。今のオクテットは、これまでと違い、ネット回線にも電源にも繋がっていなかった。つまり、使用できる情報とパワーは、ジョー本体が持つものに限られていた。
(駄目なのか? 今の俺じゃ……)
ジョーはオクテットを解いた。
「ジョー!」
「ミカ、ごめん、今の俺にはできない。情報もパワーも全然足りないんだ」
「そんな……」
ジョーはしゃがんで、マイクの顔を見た。マイクは息も絶え絶えで、その虚ろな目の灰色は、死期が近づいていること如実に表していた。
(マイクの身に一体何が?)
説明を求めるように、ジョーがミカと視線を合わせた瞬間、マイクとミカが登場する音と映像が目の前に広がった。それは、ミカとマイクのそれぞれの記憶が融合されて、第三の視点から再構築されたものだった。
その映像は、マイクが提督と取引きしている場面から始まった。取引が成立すると、マイクはスパイ衛星への侵入コードをネット上に公開した。
次にマイクは、ジョーの起爆コードを入力し、さらにミサイルをジョーのポッドめがけて発射しようとしたとき、ミカの小型宇宙船のバルカンに撃たれたのである。
一方、ジョーの心臓が爆破されたことを知ったミカは、制御不能となったマイクの小型宇宙船を追った。
二機の小型宇宙船は、地球の大気圏に突入し、アルザム国とヨシュア国とのちょうど境の公海上空に到達した。
「マイク! 応答して! マイク!」
ミカの必死の呼びかけもむなしく、マイクから返答はなかった。
このときマイクは気を失っていた。マイクの体には、ミカの小型宇宙船から発射されたバルカンが背中を数発貫通していていた。
マイクの小型宇宙船に急接近したミカは、コクピットの中でうなだれたように頭を下げたまま、全く身動きしないマイクの姿を見た。マイクは気絶していた。
すぐにミカは、自分の宇宙船のメインコンピュータから、マイクの小型宇宙船のメインコンピュータにアクセスした。
(急いで、急いぐのよ、時間がない……よしっ!)
アクセスに成功したミカは、マイクの小型宇宙船のメインコンピュータをミカの宇宙船から遠隔操作することができるようにした。
「いくわよ、3、2、1、シュート!」
ミカは、マイクの小型宇宙船の緊急脱出装置を起動させた。
マイクの宇宙船のコクピットが開くと、マイクはそのシートごと外に放出された。マイクが乗っていた小型宇宙船は、そのまま海に突っ込み、衝撃でバラバラになった。マイクは、操縦席の背面からパラシュートが開き、マイクを乗せた操縦席はゆっくりと海面に着水するど同時に、エアインフレーターが作動して周囲に浮き輪が形成された。ミカの小型宇宙船は、マイクの着水地点の近くに降りた。
ミカは、フック付きのワイヤーをもってコクピットからそのまま海に飛び込んだ。ミカは、マイクのところまで泳いでたどり着き、ワイヤの先端のフックを操縦席にかけ、ウインチで引っ張った。小型宇宙船の近くまで来ると、こんどはフックをマイクの腰のベルトにかけて、自分もそのフックにつかまり、二人をコクピットまで引き上げた。
コクピットに着いたミカは、マイクを背負って右翼の上に移動し、そこにマイク
を寝かせると、人工呼吸と心臓マッサージを交互に繰り返した。
「マイク、お願い、息をして、マイク!」
バルカンを撃つとき、実はミカはわずかな可能性にかけていた。バルカンの銃弾が、もしコントロールユニットだけに当たれば、ミサイルシステムと通信システムの双方を不能にして、ジョーを救うことができるかもしれないと考えたのだ。
ミカは、操縦席のマイクにではなく、操縦席の真後ろにあるコントロールユニットに狙いを定めてバルカンを撃った。しかし、結果は、不能にできたのはミサイルシステムだけだった。しかもバルカンの何発かがマイクの背中に当たっていて、マイクはそのまま気を失っていた。
「マイク、マイク、目を開けてちょうだい! こんなの、こんなの嫌よ!」
マイクの肋骨が折れんばかりの激しい心臓マッサージを、ミカは何度も繰り返した。しかしマイクの体は、翼に張り付けられたかのようにべたりとして、なんの反応も見せなかった。
わずか数分という無情の時間が、ミカの体力をどんどん奪っていった。そして、諦めという文字が頭をかすめたとき、
「ぐふっ!」
マイクが口から血を吐き出した。
「マイク!!」
ミカが叫ぶと、マイクがゆっくりと目を開けた。
「ミカ……」
弱々しい声が、ミカの琴線にふれた。
「ああっ、マイク!」
涙の入り混じった嬉々とした表情が、マイクの目に飛び込んできた。
「俺、撃たれたのか?」
「しゃべらないで、いますぐ応急手当をするわ!」
ミカが救命道具をとりにコクピットに戻ろうとすると、マイクがミカの手を掴んだ。
「行かないでくれ、頼む」
「何を言っているの! 早く血を止めないと!」
「ジ、ジョーは?」
「死んだ人間のことなんて今はどうでもいいわ!」
「……そうか」
マイクはそういってまた目を閉じてしまった。
「マイク! しっかりしなさい!」
ミカが驚いて大声で呼びかけたが、マイクは目を開けなかった。
ミカは力が抜けたようにマイクのそばにへたりこんだ。
「マイク……どうしてこんなことを? 初めからそのつもりだったの?答えてちょうだい! ねえ!」
もはやどうしようもない悔しさが、ミカの心からあふれ出した。
「違うよ」
「えっ?」
マイクは目を閉じたまま、すこし早口で話した。
「あれはほとんど行き当たりばったりの思いつきさ。でもなぜか上手く行った。これも運命って奴かな」
「ちょっと待って、マイク!」
ミカが再び立ち上がろうとした。
「ミカ、止めろ、僕はもう助からない。分かるだろ? 致命傷だよ。それより聞いてくれ、時間がない」
ミカは、マイクの通信用のリストバンドをはずして、マイクの胸元においた。そして、自分の通信用リストバンドのボリュームを最大限に上げた。
「さあ、話してちょうだい。大丈夫、ちゃんと聞いているから」
そう言うとミカはコクピットにすばやく戻っていった。仕方なくマイクは一人で語り始めた。
「あれは仕返しさ。親友の無念をはらすための。ジョセフ・リットウ。中等部の頃からの親友だ」
(ジョセフ・リットウ? その名前、前にどこかで聞いたような)
コクピットに戻ってきたミカは、座席下の小さなハッチをすばやく開けて救命用具を取り出した。
「彼は今、ある老人ホームにいる」
(老人ホームって、まさか!?)
ミカの脳裏に『ほのかの里』のことが過った。
「彼はオー・プロジェクトに関わった宇宙パイロットの一人なんだ」
ミカは救命用具をもって、マイクのもとに急いだ。
「上層部の連中は、宇宙パイロットたちの家族を脅していたんだ。勿論、父さんもそのことを知っていた。もし事実を公表してオー・プロジェクトが中止になれば、宇宙パイロットたちを救う研究も続けられなくなるから、彼らの命は保証できないと。でも僕は、昨日見たんだ。提督のPCで」
「何を? 何を見たの?」
戻ってきたミカは、マイクのスペーススーツにハサミをいれて上半身をさらけ出させた。肺とわき腹からの出血が特に酷かった。
「機密ファイルだよ。提督の奴、ジョーの起動コードを使い回して、機密ファイルのパスワードと同じに設定していた。そこには、オー・プロジェクトが終わったら、事故にみせかけて、宇宙パイロットたち全員を強制的に処分することが記載されていた」
「何ですって?」
聞きながらミカは、止血パッドを包帯で手早くマイクの体に巻き付けた。
「許せなかった。結局、奴らにとって、俺たちは単なる駒なんだ。使えなくなったら捨てればいい、替わりはいくらでもいるってね」
「だからって、あんなことを?」
「奴らにも地獄を見せてやりたかったんだ。でもまさかこんな風になるなんて全く思っていなかったよ」
手当するミカの手が一瞬止まった。
(だめだわ、出血が止まらない)
「もういいよ、ミカ、これは罰、いや当然の報いさ。それにしても、ジョーが僕の兄だったなんて……」
マイクは、静かな笑みを浮かべた。
「あの世で、会えるかな? いや、無理か、僕は地獄へ行くだろうから」
「馬鹿なことを言わないで!」
「今頃ジョーは……兄貴は、天国で何をしているのかな?」
「たとえそうでも、ジョーならきっと、天国からでもあなたに会いに来るわ」
「あっ、そうだね、そうかもしれない。フフフ」
力のないマイクの笑い声が、ミカの一縷の望みを否応なくそぎ取っていくようだった。すすり泣く声と共に、ミカの大粒の涙が、マイクの額にこぼれ落ちた。
そしてそのとき突然、ミカはジョーからのテレパシーを受け、その直後にジョーが現れたのである。ジョーが見た回想シーンはここで終わった。
ジョーは、ミカとマイクの傍らにただ呆然と立っていた。
(マイクが、俺の弟が死んでしまう。諦める? 本当にそれでいいのか? それしかないのか?)
自問自答を繰り返すジョーの視界に、一隻の巨大な船が入ってきた。一目見てそれと分かるアルザム国の空母だった。空母は、近くに複数の巡視船を従えながら、こっちに向かっていた。
「もう見つかったのか!? 早くここから逃げなければ! ミカ!」
しかし、ミカは黙ったまま、どこか遠くを見るような目つきで、死にかけているマイクの顔をじっと見つめていた。
(どうする? マイクを何とかしない限りミカは動かない。くそっ! 一体どうすれば、どうすればいい? 何かないのか? 今の俺にできることが! 何か! 何カ、デキルコトガ……デキル……コト……)
そのとき、ジョーの目が、再び赤く輝き始めた。燃えるようなオーラが全身から立ち上った。
ミカがジョーの異変に気づき、マイクを守るようにして身を屈めた。
「どうしたの!? ジョー! 止めて! 何をする気なの!」
「オレハ……アキラメナイ……」
次の瞬間、ジョーはオクテットと化した。
「ミカ……キミノイノチヲ……ハンブンモラウゾ!」
ジョーのオクテットは、マイクの体に重なった。すると、マイクが起き上がり、マイクはさらに、ミカの体に重なった。暖かで燦然とした光が、その場を包んだ。
「ああああ!」
「うあああ!」
ミカとマイクの悲鳴ともとれる声が海上を伝った。
光が次第に弱くなり、やがて消失した。小型宇宙船の翼の上に、二人の人影があった。一人はジョーで、もう一人は……ミカのようだった。その人物の顔立ちはミカに似ており、体付きはミカの体を少しだけごつい感じにしたような格好だった。
「こ、これは!?」
ジョーがその人物に向かって言った。
「ミカ、そしてマイク、君たちを融合した」
「は?」
「君たちは今や一心同体、いや正確にはちょっと違うか……」
「ちょっとまって、今、融合っていったわね? それって一体どういう意味?」
「君たちの肉体を一つにした」
「なんですって!?」
「二つの命を合わせることで、新たな生命体を誕生させたんだ」
「まさか、そんなことが本当に!?」
「ミカ、驚かせてごめん。でも、マイクを救うには、もうこれしか方法がなかった」
「マイクを救うためですって? マイク、マイクはどこ?」
「……ミカ、ここだよ。ごめん、僕のせいでこんなふうになっちゃって」
会話を並べただけでは分からないが、このときの様子は、一人の人物が男役と女役とを交互に演じているような状態であった。
「マイク、あなたの存在を感じるわ。ほんとうに生きているのね?」
「うん、そうみたいだ」
ミカとマイクは、にわかには信じられない状況にありながらも、互いの存在にとりあえずは安堵した。
ジョーが説明を加えた。
「さっき言いかけたけど、君たちは必ずしも一心同体というわけじゃないみたいだ。マイクの生命エネルギーが弱くて、双方が対等な完全融合はできなかった。身体はミカの影響が強く出ていて、精神も今は分離している」
ジョーの言う通り、ミカとマイクのそれぞれの意識は、互いの存在を認識することができた。
「本来なら、精神が統一されて別の精神になるはずだが、今はバランスが取れずに分離してしまっている。ミカの方が強い。でも、君たちの間で調整すれば、一つの精神にもなれるはずだ」
ミカは自分の意識をできるだけ抑えようとし、マイクはできるだけ意識を高めるようにイメージした。
「おおお!」
その人物は驚嘆の声をあげた。
「なるほど、できた、これが融合というものか!?」
その口調は、ミカのでも、マイクのものでもなく、全く別人の口調だった。
「これはすばらしい! 生まれ変わったような気分だ! よし、行こう! 早くここを離脱するのよ! あれっ、あれれ!?」
ミカとマイクの精神は再び分裂してしまった。
「なかなか難しいわね。少しでも気を抜くとバランスが崩れてしまう」
「ミカ、僕のことなら気にしなくていい、君のやりたいようにやってくれ、邪魔はしない」
「ありがとう、マイク。このことはまた後で話し合いましょう。それより今は一刻も早くここを離れることよ。ジョー、行きましょう!」
「よし、行こう! ゼット!」
「は? 何、ゼットって?」
「今から俺は君のことを〈ゼット〉と呼ぶことにするよ! だって、ミカ&マイクなんて呼び難いからね」
「だからって、なんで〈ゼット〉なのよ?」
「昔のロボットアニメの敵キャラに、今の君みたいな奴がいたんだ。体の半分が男で、もう半分が女になっているような」
「何よそれ気持ち悪い。って、それが今の私たちってこと!?」
「似たようなもんだろ?」
「違うわよ! バカなこと言ってないで、早く後ろに乗りなさい!」
「オッケー!」
ジョーとゼットは、小型宇宙船のコクピットに乗り込んだ。
「さあ、行くわよ、ベルトは締めた?」
「ああゼット、いつでもいいぜ!」
「それ止めて、なんかムカつく!」
小型宇宙船のジェットエンジンが始動し、轟音が響きわたった。
「発進!」
ドン! という爆音と同時に、機体が海面を蹴ったように空に飛び立った。
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