第38話 反乱

「起動コードが正しくない? そんな馬鹿な!」

 

 慌てる提督の姿を、マリアは厳しい表情で見つめていた。


 アランに起動コードを教えてもらったマリアは、起爆システムに侵入し、起動コードを別のものに変えていたのである。


(彼のコードを知っているのは私だけ。そうよ、ジョーは私が守ってみせる)


「提督、お困りのようですね」

 突然、マイクの声が聞こえてきた。


「その声は、マイク空士か? 今は君などと話をしている場合ではない」


「いいんですか? そんなぞんざいな言い方をして。起爆コードを知っているのは私だけなのに」


 提督「なんだと?」

 マリア「なんですって?」


「提督、起動コードは僕が変更しました。マリア、ごめん。昨日、君が提督の部屋からこっそり出て行くのを偶然見てしまったんだ」


 マイクは少しだけ早めの口調であったが、はっきりと聞き取れる言葉で話し出した。


「マリア、君は知らなかったみたいだね。起動コードがダブルロックされていることを。つまり、一つのコードを変更しても、もう一方のコードも変更しないと、最初の変更は無効になってしまうんだ」


 マイクの言う通り、マリアは、一つのコードしか変更しておらず、それで変更を終えたつもりになっていた。


「君が部屋を出ていった後、僕は君が操作したPCの履歴を調べて起動コードを入手した。そしてダブルロックを解除し、新らたな起動コードを入力したんだ」


「そんな、マイク! あなた、何ということを!」

 マリアは、これまで誰も放ったことのない怒りの声を上げた。


「提督、時間がありません。私と取引をしましょう。新たな起動コードを知りたければ、我が国のスパイ衛星S1へのアクセスコードを教えて下さい」


「それを聞いてどうするつもりだ?」


「今は、話せません。どうします? 時間は待ってはくれませんよ」


「わしを脅すつもりか!? ふん、まあいいだろう、参謀長、奴に教えてやりたまえ」


「提督、本当によろしいのですか?」


「かまわん。仮にこいつがスパイ衛星を乗っ取ったところで何も変わりはせん。我が国の防衛システムは完璧だ。こういう状況ももちろん想定されておる」


 参謀長は、提督に言われるまま、スパイ衛星のアクセスコードをマークに伝えた。


「ありがとう、参謀長。今、確認しました。確かに本物のようですね」


「今度はそっちの番だ。早く起動コードを言いたまえ。断っておくが、STATのミサイルはすでに君にも向けられていることを忘れるなよ」


「なるほど、言わなければ私をも撃つというのですね。でもその心配には及びません。あなた方とは違って私は約束を必ず守ります」


「マイク、お願い、言わないで、お願いよ!」

 それは、マリアの悲痛な叫びだった。


「ごめん、マリア。僕にはやらなければならないことがあるんだ」

 マイクはそう言うと、小型宇宙船から複数のミサイルを発射した。


「その程度のミサイルではSTATのシールドは破れないぞ」


 提督が警告したが、実はそれらのミサイルは、STATに向けられたものではなかった。


 ミサイルは、次々と別の衛星に命中し、それらを破壊した。


「奴は一体なにをしている?何が起きているか、だれか報告しろ!」


「提督、奴は、我が国の同盟国のスパイ衛星を破壊しています」


「同盟国のスパイ衛星だと? なっ、まさか!?」


「提督、やっと気が付きましたか? 私の狙いに」


「貴様ァ!」


「そうです。ご存じのとおり、我が国のスパイ衛星はほかの同盟国のスパイ衛星と連携しています。つまり、同盟国のスパイ衛星に万一不具合が生じた場合、そのほかの同盟国のスパイ衛星で機能を自動的に補完し合うように設定されています。そして今、同盟国のスパイ衛星は、我が国のものだけになっている」


 マイクは、入手したアクセスコードをネットに公開した。


「補完状況を確認し合っている間だけ防衛システムは無防備な状態となる。互いに警戒などしていたら補完などできませんからね。従って、今、我が国のスパイ衛星にアクセスすれば、ほかの同盟国の軍事システムにも簡単に侵入できるというわけです」


「提督、大変です。我が国を含めて同盟各国の軍事システムが、世界中からハッキングを受けています!」


「なんとかしろ! 一国でも侵入されたら大変なことになる!」


「ですよね。あなたがは知っておくべきだったのです。本当の敵はだれなのかを」


「貴様、正気か!」


「もちろん正気ですとも。でも提督、あなたにこんなこと呼ばわりされるのは心外ですね。もともとはあなたたちが撒いた種です」


「我々が? どういう意味だ?」


「平和を守ると称して、あなたたち権力者がしてきたことはなんです? 様々な議論が飛び交ってはいますが、結局行き着くところは、軍備の増強じゃないですか。どの国も軍事費をどんどん増加させて、戦争の準備に莫大なお金と時間を費やしているに過ぎない」


「甘えたことを言うな! いいか、この世界に真の平和などありえない。だからこそ、偽りの平和で十分なのだ。それが分からぬと言うなら、歴史を勉強し直してこい! 人間の歴史は戦争の歴史だ。そしてそれは今も変わらない。歴史は繰り返されているのだ。それが現実だ!」


「確かにそうかもしれません。しかし、それでも私は、真の平和は存在すると信じています。決して武器や軍隊などに頼るのではなく、平凡だけれど静かで安らかな暮らしを望む人々たちによってしか実現できない、本当の平和を!」


「それがどうした? そう思いたいのなら勝手にそう思っていればいい!」


「あなたたちは分かっていない。これまであなたたちがしてきたことが、そういう平和を望む人々の心に何をもたらしてきたのかを!」


「はっきりしたまえ! 何が言いたいのだ?」


「平凡で善良な人々の心にあなたたちがもたらしたもの、それは、あなたがたの虚偽と欺瞞をつくろうための過剰な善意です! あなたたち程度の悪意ではとうてい太刀打ちできない、膨大な量の善意です。おかげで今、行き場のないその大量の善意を食い物にしている者たち、そう、その善意にどっぷりと浸りながら本当の自分を知らずに誇大な妄想にとらわれている者たちが、どんどん増殖している。今起きている現実が、その証です」


「提督、大変です! ハッカーの数が多すぎて対応できません! 侵入されるのはもう時間の問題です!」


「そんな馬鹿な! わたしは悪い夢でも見ているのか?」


「いいえ提督、これが現実ですよ。あなたたちのくだらない偽りのチキンレースはもう終わりです。これから人類は、その存在をかけた真の戦いに突入するのです」


 マイクの小型宇宙船は、ジョーのポッドに先端を向けた。


「とは言え約束は約束です。ジョーの起動コードをお教えしますが、提督、どうします?」


「貴様と言う奴は! 自分が何をしたのか分かっているのか? 世界中のクズどもが我々の世界をめちゃくちゃにしようとしているのだぞ? 今さらそんなものを聞いて何になる! もはや事態はそのようなレベルではない。すぐにでも同盟国の首脳会議を召集しなければ、手遅れになってしまう!」


「そうですか、いろいろと忙しそうですね。分かりました。それなら私が起動させます。そしてあのポッドも私が破壊しましょう!」


「マイク、お願い、これ以上馬鹿な真似は止めて!」

 マリアは、最後の希望を込めて叫んだ。


「悪いがマリア、こうするのが一番なんだ。あの技術が人類にとって新たな脅威となることは間違いない。悪用されない技術などないのだから。悪い芽は、小さいうちに摘んでおくべきなんだ」


「マイク、アランだ! 聞こえるか?」

 マイクと管制塔との会話は、母船ロケットにも聞こえていた。


「マイク、もう十分だろう? やめるんだ、私からも頼む。ジョーを助けてやってくれ!」


「アランリーダー、いや父さん、僕はずっとあなたの背中を追ってきた。でも結局、あなたを越えること……いや、許すことすらできなかった」


「マイク、お前の私を恨む気持ちは分かっている。だがそれはジョーには関係ない。それにジョーはお前の……」


 アランは躊躇した。最悪の結果が一瞬過ったのだ。しかし、


「ジョーは……お前の腹違いの兄なのだ」


「そんな? まさか!」


「本当だ」


「……なるほど、自分の子供を犠牲にしていたからこそ、ここまでやってこれたという訳ですか。あなたは一体どこまで腐っているんですか!!」


「それは違う! マイク、やめろ!」


 マイクからの起動コードの入力が始まった。


「ミカァ!」

 マリアとカナ、そしてアランの三人が略同時に叫んだ。


「分かってる! マイク、許して!」


 ミカの小型宇宙船からバルカンが発射された。銃弾は、マイクの小型宇宙船を射抜き、機体の数カ所がら小さな炎が噴きだした。ミサイルは発射されないまま、マイクの小型宇宙船はポッドへの軌道から大きく外れ始めた。しかしこのとき、起動コードの入力はすでに終わっていた。無情のカウントダウンがスタートした。


 10、9、8、7、6、5、4


 そして、運命の瞬間。


 3、2、1、ドン!


 それは、確実に何かを破壊した重くて鈍い爆発音だった。


「い、いやあああ!!!」


 マリアの絶叫が管制塔の室内に響いた。マリアは、力無くその場に崩れ落ちた。溢れ出る涙が、両手を伝って床についた。カナもまた、その頬を伝い落ちる涙を拭こうともせずに、マリアの横にそっと寄り添い、その肩を抱くようにしてしゃがみこんだ。


 母船ロケットも、管制塔も、深い静寂の中に取り残されたようだった。


 スパイ衛星へのアクセスコードがネットに開示された後、世界中のハッカーたちによる同盟国の軍事システムへのハッキングが開始された。彼らは、同盟国の軍事システムを難なく乗っ取ると、今度は、同盟国、非同盟国に関係なく、彼らの間で、本物の兵器を使用する軍事シミュレーションが開始された。


 初めのうちは、互いの軍事施設だけをねらって攻撃する「遊び」だった。しかし、そのシミュレーションで民間人が犠牲になったことがテレビやネットなどで配信されると、彼らへの非難や批判が一気に高まることになった。


 そしてそのことが、一部の超自己中心なハッカーたちをさらなる狂気へと邁進させた。彼らの魔の手は、一般のインフラにも及び、人々の生活を混乱に陥れた。


「俺は、この世界の王だ! 神だ!」


 ウヨウヨと徘徊し迫り来る実体のない敵。その恐怖が人々の心を襲った。巷では密告が横行し、数々の憶測やデマがあふれた。それらの混乱が、長年いがみあってきた隣国がハッカーたちの動きに乗じて行っているものだとか、実は国家自らが先導して彼らにやらせているなどといった噂が真しやかに広まった。疑心暗鬼にとらわれた人々の心は、戦争という実体的手段へ流れようとしていた。

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