第37話 アクシデント

 ゥゥウウウウウー、ウオオオオオ! ウィアアアアアア!!


 ジョーの叫び声が、船内に轟きわたった。ジョーの目が、赤い妖光を放ち始めた。


「なんだ今のは!?」


「アランリーダー! ジョーさんの脈拍数と心拍数がともに急上昇しています! 脳波も激しく乱れていて、全く安定しません!」


 ジョーの急変に、アランは数人のスタッフをポッドに向かわせた。


 この母船ロケットの緊急事態は、すぐに地上の管制塔にも伝えられた。


「アラン空曹、どうした? 状況をすぐに報告したまえ!」


 しかし、提督の声は、むなしく室内に消えていった。同じ室内で計画の進行を見守っていたカナが、業を煮やして通信に割ってはいった。


「ロッキー、聞こえる? カナよ! オクテットを解除して! 今すぐに!」


「すでにやっています! でもだめです! ジョーの脳波が、ものすごい勢いで増幅していて、今はすでに通常の……なっ!? 1000倍!?もはや制御不能です!」


「そ、そんな!?」


 このとき母船ロケットが急に彗星に接近し始めた。ミカがいち早くその異変に気付いた。


「アラン、どうしたの? ロケットが移動しているわ!」


 彗星にも変化が生じていた。表面の巨大な岩石がバラバラに崩壊し始めていた。


「アラン返事をして! このままじゃ母船ロケットが彗星に衝突してしまうわ! アラン!」


 アランは、ポッドに行ったスタッフからの報告を受けて、今度は自らポッドに向かっていた。ポッドに着いたアランが見たものは、あまりに異様で、驚愕の域を越えた恐怖を覚えさせるものであった。


「あれは、一体!?」


 コクピットは、その半分ぐらいがすでに破壊されていた。SNNの一部と思われるものが、細長い無数の針のようにポッドの壁面から中心に向かって伸びていて、ジョーの全身に接続されていた。


 髪の毛が逆立ち、目から真っ赤な光を放ちながら、ジョーは、凄まじいオーラを発していた。


「ジョー、止めろ、止めるんだ!」


 アランの声はジョーに届いていなかった。ジョーのオーラはますますその激しさを増した。


 ゴゴゴという強い振動が母船ロケットを襲った。アランは身を屈めた。

 そのとき、別のスタッフが慌ててポッドに入ってきた。


「な、なんだこれは!?」


 そのスタッフは、ジョーとポッドの変わりように愕然としながらも、アランに向かって叫んだ。


「アランリーダー! 我々の船が、あの彗星にどんどん引き寄せられています! 引力が強すぎて離脱できません! このままいくと数分後に衝突します!」


 バキ! バキキ!


 突然、ポッドの壁全体が、不穏な音をたてて歪み始めた。


(ポッド、いや、まさかジョーが彗星に引き寄せられているとでも言うのか!?)


 尋常ではない何らかの力が、ジョー本人に働いていることをアランは悟った。

 ポッドと母船ロケットをつなぐ接続装置から、緊急のアラーム音が鳴り始めた。


「ここは危険だ! お前たちは直ぐに戻れ! 私はジョーを連れて後からそっちに行く!」


 アランがジョーの方に近づこうとした瞬間、ジョーからアランとスタッフたちに向けて強烈な波動が発せられた。


「うあああ!」


 後ずさりしたアランとスタッフの目の前に、現実離れした壮大でクリアなビジョンが広がった。


「これは!?」


 それは、彗星が爆発するシーンを描いた映像だった。


(……ニゲテ……クダサイ……ハヤク……)

 アランの頭の中にジョーの声が響いた。


「ジョー! お前なのか?」


 そのとき、スタッフたちが全員でアランの体を掴んだ。


「アランリーダー、ここは危険です! すぐに脱出を!!」


「駄目だ! 私はここに残る! 君たちだけで行け!」


「アラン! 今の我々にはあなたが必要なのです! 分かって下さい!」


 スタッフたちは力づくでアランを押さえつけながらポッドを出た。

 スタッフの一人がコントロールルームに向けて叫んだ。


「コントロールルーム! 今すぐポッドを切り離せ! そして急速離脱だ!」


 ポッドと母船ロケットをつなぐ通路に、頑丈なシャッターが降ろされた。


「ジョー!!」

 アランの呼声が通路に木魂した。


 母船ロケットは、ポッドを切り離し、メインエンジンを始動させた。


「本船、彗星より離脱します!」


 母船から切り離されたポッドは、彗星にどんどん引き寄せられ、ついには彗星の中にめり込むほどになっていた。


 母船ロケットは、全速力で彗星を離れた。不測の事態が起きたことを悟ったミカは、マイクと共に母船ロケットの後を追った。


 彗星の表面に犇めいていた巨大な岩石群がみるみる崩壊し、深い地割れがそこかしこに発生していた。


 そして、母船ロケットが離脱してから数秒後に彗星は爆発した。粉々になった岩石が四方八方に宇宙空間に散らばった。


(危なかった。あと数秒遅れていたら、俺たちは死んでいた)

 ロッキーが息を飲みながらメインモニターを見ていると、厳しい表情をしたアランがコントロールルームに戻ってきた。


 アランは、自分の任務を忠実にこなすロッキーたちを見て、ほんのわずかでもリーダーとしての自分を見失ってしまってことを恥じた。


「ロッキー、よくやってくれた」


「いいえ、あなたが無事でよかったです。でも、でも、ジョーさんが、ジョーさんが……」


 ロッキーの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「アラン空曹! 一体何があった? 早く報告したまえ!!」


 怒気を含んだ提督の声が聞こえた。


「アランです。残念ながら計画は失敗です。ジョー・キリイ空士が、彗星の突然の爆発に巻き込まれました」


「ま、まさか、そんな?」


 この報告を聞いたマリアは、両手で顔を覆ってその場に崩れ落ちた。カナも、何が起こったのか理解できるはずもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「あっ、アランリーダー、あれを!」


 ロッキーがメインモニターを指さして言った。そこには、巨大な黒い球体が映し出されていた。


「なんだ? あれは?」


「ちょっと待って下さい、今調べます!」


 ロッキーがキーボードを瞬打した。


「……スキャン結果が出ました! あれは、我々の目的としていたマイティメタル塊です!!」


「マイティメタル塊だと? 今どこに向かっている?」


「行く先は……地球です!」


「なに!?」


 アランはすぐさま管制塔に状況を報告した。マイティメタル塊の落下地点を即座にシミュレーションする必要があった。


「提督、マイティメタル塊が地球に向かっています! すぐに対応を!」


「分かっている! こっちでもマイティメタル塊を確認した。シミュレーションではアルザム国領海に落下すると出ている。今、対ミサイル防衛衛星〈STAT〉の準備をしている。STATからミサイルを撃ち込んでそいつの軌道を変えるしかない!」


 そのとき、ロッキーがマイティメタル塊の異変に気づいた。


「アランリーダー、今、マイティメタル塊から何かが分離されました。メインモニターに映します」


 モニターには、黒い球体のすぐ横に、小さな球体が写っていた。その小さな球体は、ポッドだった。先ほどの爆発の影響を受けてかなりぼろぼろになってはいたが、明らかにそれと分かる外観だった。


「アランリーダー、ポッドの内部に、わずかですが生命反応を検知しました! ジョーさんが生きているかもしれません!」


「本当か? ジョー、聞こえるか? アランだ! 返事をしろ!」


 しかし、アランの呼びかけに応えはなかった。そのときのジョーは、オクテットになったままで気を失っていた。


「応答がない。ミカ、そっちからなんとかジョーを救出できないか?」


「分かったわアラン、やってみる!」


 ミカの小型宇宙船がポッドに向かおうとしたとき、


「止めたまえ! ミカ空士、もはやそんな時間はない。ぐずぐずしていたらマイティメタル塊の軌道を変えるチャンスを失ってしまう。これは命令だ! 今すぐそこを離れるんだ」


 提督の声がコントロールルームに響いた。


「そんな? ジョーを見捨てるというのですか?」


「やむをえまい!」


 提督のその言葉に、それを聞いたスタッフの全員が口をつぐんだ。


 このとき再び異変が起きた。マイティメタル塊が忽然と姿を消してしまったのだ。


「マイティメタル塊の姿がありません。レーダーからも消えました!」


「なに? そんなはずはない、よく探せ!」


「……だめです提督。ありません! 追跡不能です! 完全に消失しました」


「ばかな!? 一体どういうことだ?」


 マイティメタル塊は、ポッドを残してどこかに消えてしまった。


「チャンスだわ!」


 ミカは、小型宇宙船をとばしてジョーのポッドのすぐそばにつけた。


「これより、ジョーの救出作業を開始します!」


 ミカの勇気と行動力は、クルー全員の心に強く響くものだった。だが提督はあえてその響きに反駁した。


「ミカ空士、すぐにそこから離れるんだ。これよりSTATでポッドを破壊する!」


「なんですって!?」


「もはや奴は死に損ないだ! 救う価値などない。それより危惧すべきは、ポッドがアルザム国の領海内に落ちてしまうことだ。彼らに我々のテクノロジーを渡すわけにはいかない!」


「そんな? 提督、あなたは初めからそのつもりだったのですか!」


「いいから、はやくそこをどきたまえ! 君も巻き添えになるぞ」


「いいえ、どきません。撃てるものなら撃つがいいわ」


「くっ!」


 ミカの行動は、明らかに提督の命令に反するものであり、仮に提督がミサイルを発射したとしても、罪に問われることはないだろう。


 しかしこの場合、ミカが犠牲になることは道義上決して許されるものではない。もしミサイルを発射すれば、提督は人間としてのすべての信頼を失い、社会的に抹殺されることは明らかだった。


「ならば仕方がない」


 提督は、首にかけていたペンダントを開けて、中から小さな紙切れを取り出した。


「奴の心臓の爆弾を起動させる。いくら君でも死人のために命を張る訳には行くまい!」


 提督は、何の躊躇もなくコードを読み上げた。


「止めなさい提督! あなた、それでも人間なの!」


 ミカの絶叫が、コントロールルームと管制塔に響きわたった。


 しかし、なぜかシステムは作動せず、エラーの文字がモニターに表示された。

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