第36話 プロジェクトスタート
オー・プロジェクトの初日、どんよりとした灰色の雲がひろがる朝の8時、けたたましいファンファーレとともに壮行会が執り行われた。壮行会といっても形式的なもので、スタッフは全員すでに配置についており、モニターを介して、管制センターにいる上層部から激励を受けるというものだった。
上層部には、提督をはじめとする各部署の最高責任者たち、そしてこのオー・プロジェクトの発案者である三人の老博士たちも集められていた。
オー・プロジェクトでは先ず、二機の小型宇宙船を積んだ母船ロケットを月に向かって打ち上げる。小型宇宙船のそれぞれにはミカとマイクが乗り、母船ロケットには、ジョーを含む十人のクルーが乗ることになっている。
クルーのうち四人は母船ロケットのパイロットであり、残り六人の、ジョーを除く五人のクルーが、オクテットシステムを稼働させるシステムエンジニアである。また、四人のパイロットは、機長のアランと三人の副操縦士から構成されている。
打ち上げられた母船ロケットは、月の周りをスイングバイによって加速し、そのまま目的の彗星の軌道へと向かう。
その後、母船ロケットは、彗星からおよそ二十キロメートル離れた位置で相対停止し、二機の小型宇宙船を母船ロケットから発進させる。
二機の小型宇宙船のそれぞれは、彗星の上下に飛び、上下両方向から彗星全体をスキャンして、彗星の中に存在するマイティメタル塊の正確な位置を割り出す。その位置が判明したら、透過型レーザーによって、ジョーのオクテットとマイティメタルとを、宇宙船の設計データと共にその目的座標に転送する。
これにより彗星のマイティメタル塊を宇宙船に形態変化させ、宇宙船が完成したらすぐに母船ロケットから燃料を供給し、そしてランデブー飛行によって共に地球に帰還する、というものであった。
三人の老博士たち以外の上層部の人たちが、予め用意されたカンペをみながら、次々と激励と感謝の言葉を述べていった。そうした中、提督だけは、そうしたカンペを見ずに、視線と姿勢を真っ直ぐに伸ばし、威風堂々と激励の弁を述べていた。しかし、途中、予期せぬくしゃみが提督を襲ったため、それが口パクの演説であることがバレてしまった。失笑を伴う、後味の悪いものとなって壮行会は終了した。
一方のジョーは、その顔をモニターの方に向けてはいたものの、話は全く聞いておらず、今朝になってようやく彼の前に姿を現したマリアのことを思い出していた。
ジョーが目を覚ますと、マリアがベッドの横に立っていた。
あまりにも不意で驚きつつも、彼女の顔に目を向けると、その表情には明らかな疲れがにじみ出ていた。
「マリア、いつからそこに?」
ジョーの質問にも答えずに、マリアはいきなりジョーに抱きついてきた。
「ジョー、もう大丈夫、あなたはもうすぐ自由になれる。だからその時が来たら逃げて! 全てを捨てて!」
「もうすぐ自由に? 全てを捨てる?」
何のことかさっぱり分からないジョーは、狼狽えるしかなかった。
「お願い、私の言う通りにして。ああ、もうこんな時間、行かなくては!」
マリアは、小走りでドアの方に行くと、そこで急に立ち止まってジョーの方に振り向いた。
「ジョー、私はあなたを……あなたを愛しています!」
それだけを言って、マリアは部屋を出て行った。ジョーにはなにがなんだかさっぱり分からず、幻でも見ていたかのようだった。しかし、後に残されたマリアの香りが、確かにそこに彼女が居たことを証明していた。
(マリア、今朝のあれは、何なんだよ? あれじゃまるで……)
「おい、ジョー、聞いているのか? ジョー!」
「え?」
アランの呼びかけでジョーは現実に引き戻された。
「『え?』じゃない、ぼやっとしてないでさっさと自分のシートに着け。出発するぞ!」
「あっ、はい」
アランの声が、これまで以上の張りをもって船内に響いた。
「諸君、これより我々は彗星に向けて出発する! 各自のベストを願う」
このかけ声が終わると同時に、ロケット発射のカウントダウンがスタートした。
「10、9……3、2、1、メインロケットエンジン点火!」
ジェット噴射のすさまじい轟音と爆煙とともに、母船ロケットが打ち上げられた。
母船ロケットはぐんぐんと加速し、あっという間に成層圏を通過し、宇宙空間へと飛び出した。
「うわあ!」
「おお!」
コントロールルームの窓に青い地球の姿が映し出されると、その場にいたクルーの全員が、歓声を上げた。
「管制センター、こちら母船ロケットです。今、無事に成層圏を抜けました。これより月に向かいます」
「管制センターより母船ロケットへ、システムオールクリア、異常ありません。このまま航行をつづけて下さい」
「OK!」
アランの声が管制センターに響いた。
母船ロケットが月に到達すると、そのまま月の周りを二周してさらに大きく加速した。
「さあ、いよいよだ。行くぞ!」
アランの言葉がクルー全員の心と重なった。
ハイスピードを維持して彗星の軌道に向かう母船ロケットの前方に、流れるような青白い光を纏った彗星がその姿を現した。
アランが副操縦士たちに言った。
「これより航行速度を徐々に弱めていく。安全圏に到達したら、彗星の軌道と速度を再計算してくれ」
母船ロケットは、彗星後方の所定の位置まで予定通りに到達すると、彗星との距離を一定に保ちながら、その後を追うように航行した。
このとき、コントロールルームの前方の窓からは、彗星本体の輪郭を肉眼で確認することができた。その光景からは、通常よりも大きな隕石というぐらいの印象しか起こらなかったのだが、コントロールルームのモニター画面に拡大して映し出されていた彗星の本体は、どす黒い巨大な岩がいくつも乱雑に切り立っており、見ているだけで息苦しくなるような異様な雰囲気を漂わせていた。
アランがジョーに指示した。
「ジョー、そろそろオクテットの準備にかかってくれ」
「了解!」
無重力下にあるジョーは、壁を伝いながらポッドへ移動した。
「ミカ、マイク、そっちの準備はいいか?」
ミカ「アラン、私はいつでもOKよ」
マイク「こっちもです」
「計算結果出ました! 作業可能時間は、25分32秒です」
「よし、略予定通りだ。それでは二人とも、スキャンを開始してくれ」
ミカ「了解」
マイク「了解」
二機の小型宇宙船が、母船ロケットから発進して、彗星に接近していった。
「マイク、彗星の周りにたくさんの小岩石が浮遊しているわ。オートパイロットでは無理ね」
「ああ、これじゃ、何がいつどこから飛んでくるかわかりゃしない。設定する誤差時間は?」
「0.5秒でどう?」
「0.5秒? 0.1秒で十分だよミカ」
「ずいぶん自信があるのね」
「もちろん!」
二機の小型宇宙船は、岩石群の比較的まばらな空間を選択しつつ、上下二手に分かれた。
「いくわよ、マイク!」
「オッケー、ミカ!」
「スキャンレーザー照射!」
ミカの小型宇宙船から照射されたレーザーは、彗星を透過してマイクの小型宇宙船に受光された。
「マイク、速度を合わせて! 遅れ気味よ!」
「わかっているけど、岩石が邪魔で……よしっ、ぬけた!」
ミカとマイクの見事とな連携飛行により、彗星のスキャンデータが母船に転送されてきた。
ジョーは八人のレベル5のログインをすでに終了して、光の人型であるオクテットを形成していた。
「もうすぐマイティメタル塊の位置座標が出るぞ! ジョー、用意はいいか?」
「いつでもどうぞ!」
コントロールルームにマイクからの通信が入った。
「位置座標出ます! ポイントXY0010~1097です!」
「何!? 10~1097だと?」
アランが驚きの声を上げた。
計測された位置座標から判断すると、その彗星に含まれるマイティメタル塊は予想をかなり上回る質量を持つことが推定された。
「予想以上の大きさだ。これはコンストラクトにかなり時間がかかるぞ。オクテットの転送を急がなければならない! ジョー、いくぞ! オクテット転送開始3秒前、2、1、シュート!」
母船から照射されたレーザー光線によって、ジョーは、彗星内にあるマイティメ
タル塊の中心部分に転送された。
ジョーは、最終訓練の時と同じように鉄の塊の中にいる真っ暗な映像を想像していた。しかし、
「こ、ここは?」
そこは、想像とは全く違う真っ白な空間だった。光の人型を中心に、様々な視点からその空間を見たジョーは、マイティメタルの中に居るとはとても思えない、際限のない広がりを感じて圧倒された。
「宇宙船データ、ダウンロードします!」
コントロールルームからの声でジョーは我に返った。
(そうだ、集中しないと)
そう思ったとき、眼下のオクテットに変化が生じた。人型だった形状が、これまで見たことのない異様な形状に変わった。
(なんだ?)
人型は、次々と様々な形状に変わっていった。いずれの形状もジョーが初めて見るものばかりだった。
「あっ?」
どこから現れたのか、オクテットの周りにはいつの間にか無数の黒い玉が集まっていた。
黒玉の群はオクテットの周りをランダムに動き回っていた。しかし、オクテットの形状が変わると、黒玉の群もそれに合わせるように互いに集まって何かの形状を形成した。それは、規則性を伴う何かの模様のようであり、あるいは知らない言語の文字のようにも見えた。この黒玉が形成する形状もまた、ジョーが初めて目にするものであった。
そのとき、ロッキーが異変に気付いた。
「アランリーダー、変です! 宇宙船データのダウンロードが停止しました!」
「何? ジョー、どうした、何かあったのか?」
アランの呼びかけにジョーは答えなかった。いや、答えられなかった。
ジョーの意識は、黒玉の群が形成する様々な形状とその変化に囚われていた。
突然、ジョーの頭の中にアルバトロスの姿が浮かんだ。さらに、リンダ、マッキンリー、ハルト、キーマ、ロレッタ、ムロウ、そしてヴェリッヒと、レベル5たちが次々に出現した。
「あ、ああ!」
大量のフラッシュバックがジョーを襲った。それらはすべてあのTWでの記憶だった。
「お、思い出した……あのとき俺は……」
そのとき、黒玉の群が横並びになり、判読可能な形状、すなわち文字列を形成した。
「・・オマエハ・・テニイレタ・・ツタエ・・ツムイデイクベキ・・チカラヲ・・」
黒玉の群によって成されたメッセージが、ジョーの意識へ半ば強制的に入力されたとき、それは覚醒した。
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