第35話 マリアの決意

 最終シミュレーションが実施された日、マリアは、提督の部屋とその身辺を密かに物色していた。そして次の日の休日も、マリアは提督の執務室に忍び込んでいた。


(どこなの、一体どこに隠してあるの?)


 マリアの探していたものは、ジョーの心臓に仕掛けられた爆弾の起動コードであった。


(あの機械音痴の提督がPCなんかに保存しているわけないわ。絶対どこかにメモを残してあるはずよ)


 そのとき、入り口の方から突然声がした。


「マリア、ここで何をしている?」


 その声の主はアランだった。何かを見透かしたような鋭い視線が、驚きを隠そうとするマリアを射抜いていた。


「いいえ、別に、私はただ……明日の壮行会に着る提督の服を持って来ただけです」


 ソファーの上においてある真新しい制服を指差しながら、マリアは努めてたんたんとしていた。


「ほう、それならもうここには用はないはずだ。さっさとここから出て行きたまえ!」


「分かりました。そうしますわ」

 マリアは、肩で風をきるように、アランの前を通り過ぎようとした。


「待てマリア、君が探しているものはこれか?」

 アランは、首にかけているペンダントを指差した。それは、アランが普段から身に付けているもので、金属製の比較的小さい菱形のペンダントであった。


「この中には、ジョーの心臓のブレーカーを起動するコードと、それを承認する首相のサインを記した用紙が入っている。提督もこれと同じものを持っている」


 それを聞いたマリアは、ハッとして挑みかかるような目をアランに向けたが、すぐさま思い直し、もとの表情を繕おうとした。


「起動コード? 一体なんのことですか?」


「とぼけるな。昨日から全く姿を見せないと思ったら、こんなことをしていたのか」


「こんなこと?」

 マリアは、意を決したしっかりとした歩みで、アランの方に引き返した。


「こんなこととはなんです? ジョーの命がかかっているのですよ!」


「だからといって、国家機密ともいうべき情報を盗んでも良いというのか?」


「国家機密ですって? 馬鹿いわないで、そんなもの、命を弄ぶためのただの道具に過ぎないわ。いいアラン、よく聞いてちょうだい。ジョーは、ジョーはあなたの実の息子なのよ」


「……知っているよ」


「え?」


「運命とはこういうことかな。数年前、リサ博士からの手紙を受け取ったときから、つまり、ジョーの存在を知った時から、目まぐるしいほどの勢いで私の人生が大きく変わり始めた」


 オー・プロジェクトが開始された頃、アランはリサ博士から一通の手紙を受け取っていた。その手紙には、ジョーの出生に関する事柄を中心として、ジョーの生い立ちなどが詳しく記されていた。


「この計画のリーダーとして抜擢された私は、思いがけずジョーとの対面を果たすこととなった。だが勿論、そこには感激などというものは皆無だった。私には愛する家族がすでにあり、我が子に対する愛情は、マイクにのみ向けられるべきものだからだ。しかし、結局、そのマイクもこの運命に巻き込まれることになった。正直、私はジョーの存在を恨んだよ。奴がすべての元凶だと」


 アランは、それまで思い煩いながら心の奥底に沈めていたものを一気にかきあさった。表面的には淡々としていても、慟哭ともとれる感情を抑えることができなかった。


「オー・プロジェクトの中止が告げられたときも、私は安心などできなかった。逆に私の中に恐ろしい不安が生まれていた。私には分かっていた。我々はすでに、もはや誰にも止めることのできない、激しく大きな流れの中にいることを。果たしてオー・プロジェクトは再スタートを切ることになった。だがまさか、君がそれをやってのけるとは」


 再スタートという言葉を聞いたとき、マリアは大きく目を見開いた。そして何かを睨むようにして口を噛み締めた。


 アランはおもむろに首からペンダントを外すと、マリアに向かって机の上を滑らせた。


「受け取れ、マリア!」


 マリアは、右手でペンダントの動きを止めると、黙ったまま、アランからの刺すような視線にその気持ちを必死に対向させていた。


「マリア、私の言いたいことが分かるか? 試してみるがいい、はたして君ごと

きがジョーの運命を変えられるのかどうかを!」


 そう言うとアランは、提督の部屋を足速に出て行った。


 一人残されたマリアは、ペンダントを握り締めたまま、しばらくその場に立ちすくんでいた。

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