第29話 それぞれの想い
ジョーの病室を出たカナは、ミエズリーたちのいる病室へと向かった。しかし、その途中でミカとマイクが立ち話をしている姿が目にとまった。
「なんですって?」
突如、ミカの声が廊下全体に響いた。不信に思ったミカは、ミカたちの方に近寄っていった。
「そうなんだ、僕も意外だったんだけどね」
マイクが周りを気にしながら、ミカをなだめるようにいった。
「一体どうしたの?」
カナが尋ねると、ミカは、その視線を一瞬だけマイクの視線に合わせた後、カナの方に顔を向けた。
「姉さん、驚かせてごめんなさい。何でもないのよ。これらかミエズリーの所に行くのね? 私も一緒に行くわ」
「何よ、この後に及んでまだ隠し事?」
「そうじゃないけど……」
「もったいぶってないで言いなさいよ」
「もう、マリアのことよ。今回の再スタートの首謀者は、彼女だってこと」
「それがどうしたのよ?」
「マリアはどっちかっていうと、この計画に反対している側の人間だったの。まあ当然よね、ジョーの身を危険に晒すことになるんだから。ところが今回はどういう訳か、彼女が積極的に上層部に持ちかけてリスタートを決定させたみたいなの。それっておかしいと思わない?」
「ふーん……」
カナが沈黙しかけた瞬間、このときとばかりにマイクは二人の会話に割って入った。
「カナさん、改めて自己紹介します。マイク・オザットです。」
「えっ? ああ、はじめまして、カナ・ウラカンです。あなたのことはミカからいろいろと聞いているわ。たしか、アランの息子さんだったわね?」
「ええ、そうです」
「ジョーとは、異母兄弟になるわけか……」
「え?」
「姉さん!」
カナはミカにたしなめられて口をつぐんだ。
「ごめんなさい、なんでもないのよ、それよりマイク、マリアがこの計画にそんなに積極的になるのはやはり変なことなの?」
「うーん、まあ、彼女もこのプロジェクトに関わる重要なスタッフの一人ですし、形式的には変なところはないですよ。ただ……」
「ただ、何?」
「ここ数日、何か変なのです。ジョーの回復を一番喜んでいいはずなのに、検査結果がでるたびにどんどん表情が曇っていくんです。マリアの様子からは、まさかジョーがあれほど回復しているなんてとても思えなかったですよ」
ミカは、マイクの言葉をすぐさま引き継いだ。
「そうよね。あの病室は昨日までずっと立ち入り禁止だったし、私もマリアに何回か尋ねたけど、とりあえず命に別状はないって、それだけしか教えてくれなかったわ」
ミカが右手を下顎に添えながら焦点を遠くに移して言った。
「きっと何かあるのよ。ジョーに関する秘密が……」
三人は押し黙ったまま、少しの間そこに佇んでいた。
「たとえどんな秘密があろうと、ジョーは私が守るわ!」
ここで考えていても始まらない、そう思ったカナは、ミエズリーたちのいる病室へと歩き出した。
「待って姉さん、私も行くわ」
ミカがカナの後を追いかけようとすると、マイクが右手を上げて背伸びをするようにして二人に言った。
「じゃあ僕は、引き続きマリアさんの挙動に注意してみます」
「そうね、何かあったら知らせてちょうだい」
ミカは振り向きざまにマイクに答えると、すぐにミカを追って行った。
◆◆◆
病室に残されジョーとマリア。二人の間に、新とした空気が漂っていた。マリアは、ゆっくりと入り口のドアの方に歩きだし、すっと鍵をかけた。
「マリア、あのさ、俺……」
ジョーが口を開いた瞬間、マリアがジョーの胸に飛び込んできた。ジョーは、驚きをすぐさま抑えて、そのまま力強くマリアを抱きしめた。マリアはジョーの首に手を回して、ジョーの唇に自分の唇に重ねた。
マリアの唇は、心なしか少し震えているように感じた。ジョーの鼓動が、マリアの胸に伝わっていくのが分かった。そのまま二人は、しばらく抱き合い、お互いの存在がもはや一つの存在として、欠くことのできないものであることを確認しあった。初めて愛し合ったあのときよりも激しい情欲の炎がふたりを襲い、もはや止めることのできない勢いが、二人のもつすべてを溶かして一体にした。
太陽が西に傾き、外の薄暗さが増してきたころ、窓から何かを探るように入ってきた風が、熱気の余韻に浸る二人の体を優しく撫でた。ジョーはマリアの背中の側にいて、二人とも窓の方を向いてベッドに横たわっていた。
「マリア」
「ジョー」
二人は略同時に話しかけた。
「なんだいマリア?」
「ジョーの方こそ、なに?」
「あっ、いや、マリアの話を聞いてからでいいよ」
「そんなのだめよ。いいから先に言って」
「……あのさ、俺が向こうにいる間、俺のことをどう思ってた?」
「別に」
「えっ?」
「ぷっ、うふふふ」
マリアはとろんとした目で嬉しそう微笑んだ。
「あのカナって子とはどうなの?」
「えっカナ? あっ、いやさっきのは突然で、俺もびっくりしたんだ」
「ふーん、やっぱり若い方がいいと」
「違う! そんなんじゃない。もう、頼むからそんないじめないでよ」
マリアはジョーの方に向き直ると、ジョーの首に両腕をまわして抱きついた。
(誰にも渡さない。誰にも、そしてどんな運命にも)
マリアは、数日前に行われたジョーの身体に関する調査報告のことを思い出していた。
「マリアさん、とにかくこれを見てください」
医療スタッフの一人が息をはずませながら、ジョーの全身のMRI画像をモニターに映した。
「これは!?」
そこには、人間のものと似てはいるが、明らかに別の種の生物と思われる骨格が映し出されていた。
「骨格だけじゃありません。未知の臓器もいくつかあるようです。この映像からだけではっきりとしたことは分かりませんが、もしかすると、脳の構造や機能にもなにか違いがあるかもしれません」
「一体どういこと?」
「我々にも分かりません。ただ、彼が今、驚異的な回復をみせている原因の一つであることは間違いありません」
「未知の病気の可能性は?」
「いいえ、この状態は病気の定義には当てはまりません。むしろこれは……」
「まさか、『進化』だとでも?」
そのスタッフは返事をせずに、ゆっくりと頷いた。
「オー・プロジェクトが中止になったのは、我々医学研究者にとってはまさに怪我の巧妙です。ジョー空士の身柄は私の所属する〈医療総合研究所〉に移すことにします」
「ちょっと待って! 上層部はこの事実を知っているの?」
「いいえ。でも知らせる必要はないでしょう? オー・プロジェクトの中止はもう決定されたのですから。そんなことより今重要なのはジョー空士です。もはや彼は、この地上に存在するすべての生物の中で、このうえなく貴重な研究対象となっています。人類という種の存続の鍵を握る存在といっても過言ではありません」
興奮気味に話をするスタッフの横で、マリアはある決意を固めていた。その報告を受けた直後、マリアは、上層部とオー・プロジェクトに関係するすべての部署に奔走した。オー・プロジェクトをリスタートするための掛け合いに出たのである。
このときの鬼気迫るマリアの様子は、アランを始めとする上層部を圧倒し、その勢いはそのまま下位の部署まで及んだ。結局マリアは、オー・プロジェクト続行の了承を、半日ほどですべての関係者から取り付けたのだ。
マリアはジョーの胸に抱かれながら、ジョーと視線を合わせた。
「私のことは?」
「向こうでいろんなことがあって、こっちのことはほとんど頭になかったんだけど、不思議なんだ」
「不思議って?」
「うん、今いろいろ思いだそうとすると、なぜかいつも君がそばにいてくれたような気がして、離れていた実感があまりないんだ」
「また、そんなこと言って」
「いや、これは本当だよ」
そう言いながらジョーはマリアを強く抱き寄せた。
「マリア、もし俺がいなくなったら、次はカナと行動を共にするんだ。いいね?」
マリアはジョーの言葉に一瞬どきっとした。
「いなくなるってどういう意味? それに、なぜ彼女と行動しなければならないの?」
「彼女が次のオクテットだからだ。俺には分かるんだ。俺は彼女にバトンを渡すための〈つなぎ〉なんだよ」
「何なの? それは一体どういうこと?」
ジョーは、AITでの出来事をできるだけ詳しくマリアに話した。
「ちょっと待って、アランがあなたの実の父親ですって?」
「ああ」
「信じられない。そんなことってあり得るの?」
「俺も初めは信じられなかった。でも本当のことらしい」
少しの間を置いて、ジョーはさらに続けた。
「俺は誰にも望まれずにこの世に生まれてきたんだ。でもだからといって自分の人生を無意味なものとは思わない。これまでいろいろな人たちと出会い、関わりをもって生きてこられたから。そして、そうやって歩んできた人生は、最終的にカナという女性につながっていたんだ」
マリアは否定も肯定もしないまま、ただ黙って聞いていた。
「だけどマリア、君との出会いだけは、それだけは、俺の運命とは違う、何か特別なものだ」
ジョーは再びマリアを力強く抱きしめた。
マリアの目から涙が溢れた。
「ごめんなさい、ジョー」
「マリア?」
ジョーは、マリアの涙をみるのはこれが初めてだった。
「計画を再スタートさせたのは私なのよ。でもこれしか、あなたを救う方法は、もうこれしかないの!」
マリアは瞼を堅く閉じて、ジョーの頬に自分の頬をこすり付けた。
「ジョー、良く聞いて、このプロジェクトが進行している間にあなたの胸の爆弾は私が必ずなんとかする。そうなったら、ここからすぐに逃げるのよ!」
「逃げる? じゃあプロジェクトは?」
「プロジェクトなんてどうでもいい! こんな計画、ただの時間稼ぎよ、あなたを自由にするための」
「そんな……」
マリアはジョーの腕の中で肩を震わせていた。
「マリア、それはできない。俺はどうしてもこの計画を成功させなくてはならない。約束したんだ、みんなを守るって」
「さっき話してくれたTWに居るALたちのこと?」
「うん」
「どうして? なぜそこまでALにこだわるの? 所詮プログラムじゃない。私たちとは違うわ」
「いや、彼らはただのプログラムじゃない、TWでそれぞれの人生を生きているんだ。俺たちと同じように悩み、苦しみながら」
「まさかそんな?」
「本当さ。だからマリア、俺は、俺のやるべきことをやるよ」
「死ぬかもしれないのよ! 今のあなたはそれを確実に予感している。ああ! 私はなんて愚かなことをしてしまったの!」
「愚かなことなんて一つもないよ。それでいい、受け入れるんだ」
「いやよ! 絶対に、あなたを失うなんて!」
マリアは再びすすり泣きながらジョーの胸に顔をうずめた。
ジョーは、それ以上何も言わなかった。ただ、マリアの髪の毛に頬をよせ、その淡い香りと、白い肌から伝わる温もりの中に意識を委ねた。
(ありがとう、マリア、今なんとなく分かったような気がするよ)
それは、自身の運命を越えたその先にマリアがいるという予感めいたものだった。ジョーは、そうした感覚に包まれたまま、眠りに落ちた。ジョーが目覚めたのは、翌朝の6時ごろだったが、マリアはもうベッドにはいなかった。
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