第28話 再スタート

 ジョーがDDUを出発した日から、ちょうど二週間が経過しようとしていた。

 

 ピィ、ピ、ピピピピ

 

 ヒバリが空高く舞い上がり、その声を細かく拡散させていた。いつのまにか優しく温かくなった外の空気が、ベッドに横たわるジョーの額をかすめた。


「う、うう……う……」


 点滴を交換しようとしていた看護師が、ジョーのうめき声に気づくと、慌てて部屋を出て行った。


 DDU内の特別医療病院の個室のベッドにジョーは寝ていた。

 ジョーは、すっと目を開けたが、目の焦点が定まるまで少しの時間を要した。しばらくして映し出されたのは、久しく望んでいた見覚えのある笑顔だった。


「マリア?」


「ジョー!!」


 マリアはジョーに覆い被さるようにその首に抱きついてきた。マリアから放たれる甘くほんのりとした香りがジョーを安心させた。


 その様子を近くで見ていたカナが何か不満をこぼすように、隣にいたミカに囁いた。


「ちょっと、一体なんなのよあのオバサン、節操ないわね」


「しようがないじゃない。マリアはジョーの彼女なんだから」


「マリア? もしかして、マリア・ハハノカン?」


「そうよ。姉さん、よく知っているわね?」


「あの人が……ジョーの好きな人」


 病室の雰囲気が、なんとなくジョーとマリアとの間にだけ傾注されそうになるのを感じたミカは、マリアの肩に触れた。


「マリア、ジョーにはまだ安静が必要なのよ」


「ああ、そうね。ごめんなさい。でも、本当によかった」


 涙ぐむマリアの様子が、ジョーの感覚を少しづつ現実に引き寄せ、その視界を広くした。


「ここは?」


 ジョーが聞くと、マリアが誰よりも早く答えた。


「ここは特別医療病院よ」


「特別医療病院……えっ? ってことは、ここはDDU? あっ、カナ?」


 ジョーのベッドを挟んでマリアの反対側にいたカナは、ほっとしたような笑みを見せ、そして牽制の一瞥をマリアに送った。


「どう、気分は?」


「悪くない。それより、これは一体?」


「全く覚えていないの?」


「覚えてない? あっそうだ! 俺、TWにいたんだ! みんなは? アルは大丈夫か!?」


「アル? それってALのこと?」


「そうだ、レベル5の!」


「心配しなくてもいいわ。あなたが見つけてきたALたちは全員無事よ」


「本当か!?」


「ええ、どのALもちゃんと存在が確認されているわ。それにしてもあなた、かなり無茶をしたわね。ちょっと、聞いているの?」


 レベル5が全員無事であることを知ったジョーは、両手をガッツポーズのように構えて小刻みに震えていた。


「うおおお! よっしゃー!」


 ジョーは、大声を上げてベッドから飛び起きた。その拍子に、ジョーの体中に取り付けられていた、脈拍や心拍数等の身体状態を計測する計器類や、点滴チューブなどがブチブチッと一気にジョーの身体から外れた。


「おお!?」


 病室にいた全員が驚きの声を上げた。病室には、マリア、ミカ、そしてカナの他に、彼女たちから少し遅れてやって来た十数名のスタッフがいた。そのスタッフの中にマイクとアランもいた。


「ジョー、あんた、動けるの!?」


 ミカが目を丸くして言った。


「もちろん、ほら、このとおり」


 ジョーは、右手を床にトンッと着くと、空中でクルリと一回転して見せた。


「おおお!」


 全員が再び驚きの声を上げた


「みんなどうしたの? なんだか俺、今ものすごく気分がいいんだ。まるで生まれ変わったみたいで、ははは」


 カナは、ジョーの笑い声にあっけにとられた。


「信じられない……一週間前、あなたはここに瀕死の重体で運ばれたのよ。ガンダーレ兄弟と一緒に」


「ガンダーレ兄弟!? そうだ、ウエズリーは? 彼はどうなった?」


「とりあえず命に別状はないわ。でも、全治二ヶ月の重体よ。今はまだ、喋ることさえ満足にできないの」


「喋れないだって!? そこまでダメージを受けていたのか……ミエズリーは?」


「ミエズリーは、ウエズリーほどじゃないけど、それでも全治一ヶ月よ」


「全治一ヶ月か……あいつも、アルに相当やられたからな」


「それにしてもジョー、あなた本当に大丈夫なの?」


「ああ大丈夫だよ、カナ。でも、俺もあの兄弟と同じか、それ以上にやられたんだけどな。それにブーストもかなり増大させたし、そうだスエズリーは? あいつにはかなりの心配をかけたんだ」


「スエズリーは今、施設に残ってその後のTWを監視しているわ。あんたが見つけてきたALのこともいろいろと調べている」


「そうか。スエズリーには本当に世話になったな。こうしてちゃんと助けてもらったし」


「違うわ。ジョー、あなた何も覚えてないの?」


「え? だって俺がこうして現実の世界に戻っているってことは……」


「あなた、自分でゲートを作って戻ってきたのよ。ものすごい騒ぎになったんだから、奇跡が起きたって!」


「ええ!?」


「緊急プログラムが発動したとき、あなた、スエズリーにブーストエネルギーをさら上げるように言ったわね?」


「ああ、そういえばそんなこと言ったような」


「その後よ、緊急プログラムがなぜか急に停止したのは。それからゲートが突然開いて、あなたが戻ってきた。あなた一体何をしたの?」


「何って……えーと、確か、巨大な火の玉みたいなものがたくさん向かってきて、それを止めようと分身して……でも飲み込まれて……うーん・・だめだ」


 ジョーは記憶をどう探ってもそれ以上のことを思い出すことができなかった。


「ごめん、思い出せない。でもそれなら、ブーストを上げたことがなんらかの原因なんじゃ」


「上げてないわ」


「えっ?」


「あんな状態で上げられるわけないじゃない。今はだいぶ回復しているようだけど、本当にひどい状態だったんだから。嘘だと思うなら、そこの鏡で今の自分の顔を見たらいいわ」


 ジョーは、部屋の隅に備え付けの小さな洗面台に行って鏡を見た。


「うわっ!」


 そこには、髪の毛のない丸坊主の男が映っていた。いや、よくみると、髪の毛だけじゃなく、睫も眉毛もなくつるっとした顔があった。


「まさか……」


 ジョーはハッとして全身を確認した。ジョーの体からは、体毛という体毛がもはやがすべて抜けてしまっていた。


「カナ、これは一体」


 ジョーは情けない声を上げた。


「ブーストエネルギーの浴び過ぎよ。命があるだけでも感謝しなさい。あら? ジョーあなた、なんだか体が少し大きくなってない?」


 カナがジョーの体をもっと近くで注意深く見ようとしたそのとき、それまで沈黙を守っていたアランが動いた。


「諸君、話の最中ですまないが、これからここで、オー・プロジェクトに関する重大な会議を行う。名前を呼ばれた人間だけに残ってくれたまえ。事態は急を要する。協力して欲しい」


「オー・プロジェクトですって!?」


 ミカが驚いてマリアとアランを見た。マリアは目を伏せていた。

 アランは、マリア、ミカ、マイク、さらに数名の名前を上げると、それ以外の者は病室を出るように言った。


「待ってくれ、カナも一緒に聞いてほしい。父……あっいや、アランリーダー、お願いします」


 アランを思わず『父さん』と呼ぼうとした自分に、ジョーは少しだけ戸惑った。


「部外者はだめだ」


 アランは間髪入れずに冷たくあしらった。


「彼女は部外者なんかじゃない。彼女は、この計画の成否の鍵を握る最も重要な、いや不可欠な存在だよ! 彼女がいなければそもそもこの計画は存在し得なかったんだ」


「なんだって?」


 カナのことを良く知らないアランにとって、そのジョーの言葉は、当然ながら全く理解できるものではなく、宙に浮いたままとなった。


「頼むよ」


 再びそう言うジョーの目が赤黒い光を静かに帯び始めると、得体のしれない凄みが、その部屋全体の空気を飲み込もうとした。


 異様な気配にいち早く気付いたマリアは、アランの耳元に何かをすばやく囁いた。アランは一瞬だけ怪訝そうな顔を見せた。


「今聞いた話では、君はミカの双子の姉ということだが」


 カナは、はっきりとした視線をアランに送った。


「……まあ、いいだろう。ただし条件がある。計画の邪魔をせず、さらに我々から協力の要請があったときにはそれを拒まないことだ」


「何も心配はいらない、彼女はこの上なく心強い味方だよ。そうだよな、カナ!」


「ジョー、あなた一体……」


 以前とは何か違う、独特の雰囲気を醸すジョーに、カナは内心不安めいたものを覚えたが、その場では平静を装ようにした。


「アラン、どういうこと? 計画は中止じゃなかったの?」


 ミカの舌鋒がアランに向けられた。実は、ジョーが病院に搬送された次の日の夕方、オー・プロジェクトの中止が関係者にすでに伝えられていた。ジョーの様態を知った上層部は、ジョーが入院したその日に緊急会議を開き、計画の中止を決定し、その旨が関係者にすでに伝えられていた。


「昨日までは確かにそうだった。しかし事情が変わった。正直、ジョーがここまで回復するとは全く予想できなかった。我々はこれから総力を上げてオー・プロジェクトを再スタートさせる!」


 アランが言い終わると、マリアが矢継ぎ早に前にたった


「当初の状態からは信じられないかもしれませんが、現在のジョーの体調は、医学的な見地からいって全く問題はありません。計画を遂行できるだけの十分な身体的機能を備えています」


(問題がないですって?)


 カナはマリアの言葉に違和感をもち、半ば睨みつけるようにマリアの話に耳を傾けた。


「明日からオー・プロジェクトの最終ステージに入ります。宇宙パイロットの皆さんは、朝八時までに第七格納庫に来て下さい。そのほかのスタッフはそれぞれの部署に九時に集合して下さい。テスト飛行開始は十時です」


「ちょっと待って、明日からですって? そんな話全く聞いてないわよ」


 ミカはほとんど切れかかっていた。


「ミカ、宇宙パイロットであるあなたにはすぐに知らせるべきだったわね。でもこれで、あなたちの努力が無駄にならずに済むのよ」


「ふん、私たちを犯罪者扱いしていたくせに、よく言うわね」


「犯罪者?」

 ジョーがマリアに視線を向けた。


「そうよ、ジョー、あんたがTWから戻ったとき、この女は大勢の警官と一緒にラボににいきなり押し入ってきたのよ。しかも銃までかまえて、『全員手を挙げて壁の方に向きなさい』とか言って」


「へえーすごい、刑事ドラマみたいだね」


「冗談じゃないわ、わたしはちゃんとアランの許可を取って来ていたのに、まるで誘拐犯みたいな扱いを受けたのよ!」


「ミカ、あなたには本当にすまないことをしたと思っているわ。ごめんなさい。でもあのときはああするしかなかったのよ。実際、もしあそこでぐずぐずしていたら、ジョーは助からなかったかもしれない」


 そのときの、まさに一刻を争うジョーの状態から判断すれば、事情を知らないマリアの取った行動に十分な正当性が認められることは、勿論ミカにも十分に分かっていた。


「そのことはもういいわ……それにしてもマリア、よくあの場所が分かったわね?」


「え?」


「あの地下施設の存在を知っているものは、AITで働くスタッフの内のごく一部の人間だけなのよ。それなのにあなたは、センターに到着するとほぼ直行するように乗り込んで来た。まるで初めからジョーがあそこにいることを知っていたみたいに」


「それは……」

 マリアが答えに困っていると、


「ここだろ?」

 ジョーが右手の親指で、自分の胸を指さした。


「ジョー、あなた知っていたの!?」


「もちろん、自分の体だから」


 マリアとジョーのやりとりを見ていたミカは、はっとしたように言った。


「ジョーの体の中に発信器が?」


「いや、正確に言うとブレイカー、所謂『爆弾』だよ。俺の心臓には爆弾が仕掛けられている」


「なっ、爆弾ですって!?」

 ミカとカナが声をそろえた。


「そう、遠隔操作ができる奴さ。超人格が万一暴走したときに備えてのね。本当は頭に仕掛けるのが一番確実なんだろうけど、それだとオクテットフォーメーションそのものに影響が出てしまう恐れがあるからな」


 実際、ジョーの言うブレイカーは、ジョーだけでなく、オクテット候補として選出された全ての宇宙パイロットの心臓に施されていた。身体に異常がないかを調べるための精密検査と称して全身麻酔をされて、数日間強制的に入院させられていたのである。


「ちょっと待ってジョー、あなた、そこまで知っていたのなら、どうして今までオクテットになったときにその爆弾を取り除かなかったの? そんなの簡単にできるでしょ?」


 そのミカの質問に、マリアも同感という顔をした。


「うーん、俺もそう思うんだけど、でもオヤジの奴、あっいや、超人格はそういうことには全く興味が無いみたいなんだよね」


「興味がないですって?」

 カナが強いまなざしを抑えるように瞼をしぼりながら、首を傾げた。


「カナ、君もオクテットになってみればわかるよ。超人格は俺であって俺じゃない、敢えて言うなら俺はその一部に過ぎない。そんな感じなんだ」


 カナはジョーの言うことを真摯に聞いていた。質問したいことは山ほどあったが、そのときに感じたジョーを中心として渦巻く強大な流れのようなものに圧倒され、言葉が出てこなかった。


「皆さん、それではこれから、オー・プロジェクトの最終段階にむけての具体的なスケジュールと内容を説明させていただきます!」


 宇宙パイロットの一人であるマイクが声をあげると、数人のスタッフが電子黒板を病室に持ち込んできた。ジョーは久しぶりにマイクの顔をみた。


「やあ、マイク、元気だったか?」


「ああ、もちろん。でも、君がいない間は本当に退屈だったよ」


「俺じゃなくて、ミカだろ!」


 そう言われたミカはぱっと顔を赤らめた。


「おほん、それでは始めます!」


 マイクは、電子黒板を使いながら、たんたんと説明を進めていった。途中、いくつか質問がでて、中には紛糾するような場面もあったが、その都度、マリアが丁寧に説明をくわえ、その場を鎮めた。こうしたこともあって、最終調整に関する説明は一時間ほどで終わった。


「まだ何か分からないいことがあれば、後で個別に私かマリアに聞きに来て下さい」


 マイクはそう言って締めくくると、座をアランに譲った。


「マイク、ありがとう。計画は明日からだが、彼には明日のために今から準備をしてもらうことになっている」


 マイクがそのまま病室から出て行こうとしてドアの前まで行くと、何かを思い出したように急にミカの方に振り向いて、満足そうに目を一瞬だけ大きく見開いた。そして再びドアの方に向き直ると、ドアが突然開いてマイクの顔に直撃した。


「ぎゃっ!」

 マイクは顔を両手で押さえてその場にうずくまった。


「ジョー! ジョーはどこだ!」

 両腕に松葉杖をついた男が、叫び声を上げながら病室に入ってきた。ミエズリーだった。


 ミエズリーは病室に入るなり、その後を追いかけてきた医療スタッフに取り押さえられた。


「おとなしくしろ! こいつ」


「放せ! 私に触れるな!」


「ミエズリーじゃないか」


 その男がミエズリーだと分かったジョーは、すうっとその前に出て行った。


「あっ? ジョー!」


「よお」


「ジョー、この計画から身を引け!」


「身を引け? どういうことだ?」


「オクテットになっちゃいけない! この計画をすぐに中止するんだ! でないと、お前もあいつらと同じ運命をたとるぞ!」


「あいつらって?」


「隔離施設にいる奴らだよ!」


「なっ!? ミエズリー、お前、なぜそれを!?」


「そんなことはどうでもいい、とにかく計画を中止しろ! 下手をすれば殺されるぞ!」


「殺されるって、誰に?」


「決まっているだろ、奴らだよ!」


 ミエズリーがレベル5たちのことを言っていると、ジョーにはすぐに分かった。


「奴らは危険だ!」


「ミエズリー、大丈夫だ。彼らとはもう話がついている。危険なことは何もない」


「そうじゃない! 俺が言っているのは、この計画そのものが」

 ミエズリーが何かを言いかけた瞬間、取り押さえていたスタッフがミエズリーの首に何かの注射を打った。


「鎮静剤だ! もう観念しろ!」


「や、やめろジョー、お前は、TWの謎を解く鍵を握る男かもしれないんだ! 今、お前を失うわけにはいか……な……い」

 ミエズリーは力尽きたようにぐったりとなった。


「ふう、みなさん、お騒がせしました。この患者は今、精神状態が非常に不安定で、突発的な言動を引き起こしやすくなっています。ベッドに拘束していたのですが、シーツを交換している隙に逃げられてしまいまして。どうぞ、会議を続けてください」


 ミエズリーを押さえていた二人スタッフのそれぞれが、気を失ったミエズリーの両足と両肩をもち、病室から出て行った。


 マリアはその一部始終を、静かな重い目をしてじっと見つめていた。


 部屋にはまだどよめきが残っていたが、落ち着いた普段の口調でアランが呼びかけた。


「みんな聞いてくれ。今のようなことも含めて、イレギュラーで理解し難いことが、今後の我々の行く手を何度も阻もうとするかもしれない。だが我々は、人類史

上初の極めて困難な計画を実行しているパイオニアであり、その誇りをもって前に進む。途中たとえ何が起きようとも、この計画の結末に至り、そこから放たれる光を享受し得る者は、かならず我々の中にいるだろう。私の本心を言おう。仮に、その光を享受することができなかった者がいたとしたら、そうなる最初の人間は私でありたい。話は以上だ。明日はよろしく頼む!」


 そう言ってアランは、頭を深々と下げた。皆、そんなアランの姿を見たのは、それが初めてだった。


「やりましょう! リーダー!」


 病室の中から突然声があがった。その一声に、次々と呼応した。アランの周りに人垣ができ、白い歯をこぼしながら快活な笑みを浮かべる若者が、アランと握手をしたり、抱き合ったりした。スタッフもみな、絶えずつきまとう不安と闘っている。その光景は、そうした事実を分かり易く、ジョーに伝えるものだった。


「みんな、同じなのね……」


 マリアがジョーに寄り添うようにして、静かな声でいった。


「マリア……あっ、そうだ!」


 ジョーはカナを探した。カナは、マイクの状態を見ているミカのそばにいた。ジョーは、カナを見つけると、マリアと共に彼女の前に立った。


「カナ、もう知っているとは思うけど、あらためて紹介するよ、こちらマリア・ハハノカンさん。彼女はここで俺のコーディネータをしてくれているんだ」


「マリアです。こんにちわ、カナさん」


 マリアは見た目にもわかる丁寧なリズムでカナに握手を求めた。

 しかし、カナは握手をせずに鋭い視線をマリアに向けただけで、そっけなく答えた。


「初めまして、カナ・ウラカンです」


「マリア、こう見えてもカナはミカの双子のお姉さんなんだ」


「ええ、ミカさんに聞いているわ。カナさん、こちらに来られたのは昨日でしたわね?」


「あなたたちがAITにやって来たあの日、私も、ミカと一緒に行きたかったけれど、システムの後処理に追われて行けなかったのよ」


「カナさん、AITには、我々に知らされていない事実がいろいろとありそうね。でも今はあえて詮索はしません。望むことはただ一つだけ、我々に協力してください!」


「協力? 初めから私たちに他の選択肢なんてないわ」


 カナはマリアを突き放すように言った。


「ほとんど初対面の人にこんなことを言うのもどうかは思うけど、あなたのことを信用できない。あなたは嘘をついている!」


「え? マリアが嘘を?」


 ジョーがマリアをみると、マリアは何も言わず、そのもの静かな視線をまっすぐにジョーに向けた。


「あなたが私たちを詮索しないなら、私もあなたたちのことを詮索しないわ。でもジョー、くれぐれも用心しなさい。私はこれからミエズリーの所に行ってくる。今の彼を放ってはおけないから」


 なぜかカナは、その場から早く離れたがっているようだった。


「カナ、待ってくれ、さっきの話、つまりTWにいた時のことに戻るけどさ、もしかしらたレベル5たちが何か知っているかもしれない。君がTWに行くことがあったら聞いてみてくれ。俺はもう、あそこには行けそうにないから……」


 どことなく寂しいジョーの言葉の響きがカナの心にしみ込み、素直な感情をわずかだが湧き起こした。カナは振り向くと、ジョーにかがむように手振りで示した。そして突然、ジョーの唇にキスをした。


「あっ」


 マリアは思わず声をあげてしまった。


 カナの顔は、驚いているジョーに向けられていたが、その私意のほとんどはマリアに向けられていた。


「ジョー、心配しないで、あなたは私が守ってみせる。同じ運命を担うものとして」


 カナはそう言うと、ジョーに精一杯の笑顔をみせた。


「カナ……」


「それじゃ、明日ね」


 カナは、マリアに一瞥を当てると、小走りで病室を出て行った。


 しんとした静けさが、不意に訪れたように思えた。いつのまにか病室は、ジョーとマリアの二人だけになっていた。

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