第12話 ミカとカナ

「ママ、ミカ……あーあ」

 カナは、何か残念そうに両腕を上に伸ばし、そのまま両手を頭の後ろで組んだ。


 ガンダーレ兄弟の後からリサ博士と共にやってきたミカは、少し離れたところでカナと兄弟たちとのやりとりをじっと聞いていた。


「久しぶりね。姉さん」


「そうね。そうだ、ミカ、あなたにお礼を言わなくちゃね」


「お礼?」


「そう、ジョーをここに連れて来てくれたこと」


「別にお礼なんて。すでに計画の中にあったことよ。次善の策としてだけど」


「次善? いいえ、これは最善よ。それにしても外出許可なんてよくもらえたわね。一体どうやったの? いつもの色仕掛け?」


「バカなことを言わないで! いくらねえさんでも今の発言は許せないわ」


「あら、ごめんなさい。冗談よ、冗談」


「からかわないで。本当に大変だったんだから」


「悪かったわ。ごめんなさい」

 ミカは、カナの隣に静かに座った。


「彼、大丈夫なの?」


「気を失っているだけよ。もうじき目を覚ますわ」


「そう。姉さん、ママからもう聞いているかもしれないけど、ジョーがここに居ら

れるのは二週間だけなの。それまでに何とかできる?」


 ミカの質問に対し、カナは見透かしたような目を向けた。

「できないって言って欲しいのね」


「そんな、私はただ……」


「現状からみれば確かにそうよね。ジョーのサポーターたちはジョー本人が全員を病院送りにしちゃったし、肝心のALも未だにそろっていない」


 ミカは視線を下におとしたまま黙って聞いていた。


「状況は悪くなる一方ね。でもあなたの方は着々と準備が進んでいるようね。違法だけど。ばれたらどうするの?」


 実はミカは、テストサンプルとしてカナが自身のゲノムポッドを作る際、カナにせがんで自分のゲノムポッドも一緒に作ってもらっていた。尚、現在する人間に関するゲノムポッドについては、オクテットシステムが勝手に使用されることを防ぐために、政府の認可を得た人間のものしか作ることができないようになっていた。


「違法は承知の上、そのときはそのときよ。これはあくまでも次善の策なんだから」


「次善? いいえ、たぶん最悪よ」


「最悪ですって? どうしてかしら? 少なくともわたしの場合、私と親和性のあるレベル2のALが全員そろっているし、かれらを常に監視・管理するスタッフたちもしっかりしているわ」


「違うのよ、そういうやり方じゃだめなの」


「だめ? どういうこと? ジョーの場合と同じじゃない?」


「見かけはね。でも本質は全く異なるのよ。今のあなたが超人格化するのはかなり危険だわ」


「姉さん、もしかして私に嫉妬しているの?自分にサポーターが現れないからって」


「違うわ。みんな勘違いしているのよ。私とママ、そしてガンダーレ兄弟たち以外はね」


「勘違い?」


「あなたはTWに関する重大な事実を知らない。はっきり言うとね、ジョーのALたちについていたサポーターたちは、あまり役に立っていなかったの。いればほんの少しだけママが助かっていたというだけ。ほとんどがママのおかげなのよ」


「ママのおかげですって? ママが一体何をしていたって言うの?」


 ミカはいかにも心外という顔をして、じっと二人の話を聞いているリサ博士の方を見やった。


「実はママはね、自らTWに行って、そこでジョーのALたちの面倒をみていたのよ」


「……えっ?」

 ミカは口をあけたまま、目をかっと丸く見開いた。


「驚いた? そりゃ驚くわよね、普通」


「姉さん、今、ママがTWに行っているって言った?」


「ええ。あなたが心配するから今まで秘密にしていたけど、私たちはすでにTWに行き来できるようになっているの」


「そんな、それは本当なの? ママ!」


 リサ博士はゆっくりと頷いて言った。 

「ええ、ガンダーレ兄弟たちが開発したTWコネクトシステムによってね」


 カナとリサ博士は、部屋の外に備え付けられている高さが十mほどある球体の方に視線を向けた。


「姉さん、一体どういうことなの?」


「オー・プロジェクトが立ち上げられたとき、ママがガンダーレ兄弟に頼んで、TWコネクトシステムを開発させていたのよ。兄弟たちは、TWの謎を解くきっかけになる斬新な発想だって言って、喜んで取り組んでくれたみたい。でも成功するまでには、かなり苦労したようだけど」


「どうしてそのことを私に隠していたの?」


「ママがあなたの身体を危険に晒したくないと言ったからよ。あなた、いろいろと画策していたみたいだから」


「画策って……」


「コネクトシステムを使ってTWに行くには、精神的にも肉体的にもかなりの負担を強いられるの。つまり、高いリスクを伴うのよ。でもママはそれを承知で何度もTWに行ってジョーのALたちと接触していたの」


「ALと接触ですって!?」


「ALとコミュケーションをとっていたってことよ」


「コミュケーション!? そんな、まさか!?」


「そのまさかよ。それができることをママが発見したの。ママはTWで、ジョーのALたちに料理をつくって食べさせたり、一緒に遊んだり、勉強を教えたり、ときには悩みを聞いてあげたりもして、病気になったときは看病もしてあげていた。それを八人、八人ものよ。ママがそうやって自分を犠牲にしてALたちの面倒をみて、育ててくれていたからこそ、ジョーは超人格化することができていたの」


「面倒をみていたから超人格化することができたって、どういう意味?」


「ジョーのALたちはみんな、ママのことを愛するようになったってことよ」


「なんですって!?」


 カナの話は、ミカに予想外の大きな衝撃を与えた。初めは、リサ博士がミカに隠し事をしていたことに心を揺らしていたが、その後の話は、先の動揺など全く問題にならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る