第11話 ガンダーレ三兄弟
ジョーが倒れた後すぐに、ドアの向こう側から騒がしい声が聞こえてきた。その声の主が誰か、カナにはすぐに分かった。彼女にとってのそれは、もはや聞き慣れた三つの不協和音だった。
「おじゃましまーす! カナ、いるんだろ? 奴はどこだい?」
次男のミエズリーがノックもせずにドアをいきなり開けると、不必要に大きな声で入ってきた。
「兄さん、もう少し静かにしなよ、カナを驚かせちゃだめだよ」
ミエズリーのすぐ後ろにいた三男のスエズリーが言った。
「これは地声だ。今更驚くもんか。あっ、いたいた。やっぱりここにいたよ、兄さん」
スエズリーの後から、落ち着いた雰囲気で辺りの様子を伺うようにして、長男のウエズリーが入ってきた。
「カナさん、どうも、お邪魔しますよ」
ウエズリーは帽子を取ると、妙に慇懃な態度で軽く会釈をして入ってきた。薄い赤色をして少し膨らんだ彼の頬には、何かを企らみながらも決してそれを公言しようとしない、妙に思わせぶりな表情がいつも見て取れた。
ウエズリーは、カナとジョーの姿を確認する前に、前置き的なことを一方的に話し始めた。
「リサ博士に言われて、弟のミエズリーにジョーさんの様子を見に行かせたんですが、書庫室はもぬけの殻だったとわけでしてね、みんな驚きましたよ」
ウエズリーは、時折つま先立ちをするようにして歩きながらカナを探した。
「しかし私は、おそらく彼はあなたと一緒だろうと思いました。そしてそれならきっとここだろうともね」
ウエズリーは、床に座っているカナを見つけて安堵した瞬間、あからさまに顔を曇らせた。仰向けに寝ているジョーの頭が、カナの両膝の上に乗っていた。
「おや? そこに寝ているのはジョーさんですか? 一体どうなされました? 何かお取り込み中だったようですね」
カナは座ったままウエズリーの方に振り向くと、少しムッとして言った。
「前々から思っていたことだけど、あなたたちってどうしていつも三人一緒なの? 勿論、あなたたちが全員揃わないと仕事ができないっていう事情は分かっているけど、仕事以外でも大抵一緒じゃない」
「我々が一緒にいると何かご迷惑ですか?何か不愉快な思いをされているのでしたらお詫びいたしますが」
「別に迷惑ってわけじゃないけど……」
「なんとなく気持ち悪い、ですか? わははは」
「そうよ、はっきり言えばね! そんなバカ笑いしないでちょうだい!」
「これは失礼、いやいやどうもあなたと話をするのは楽しくてね。まあ聞いてください。真面目な話、私たちが一緒にいるのは決してお互いを意識しているわけではなく、自然にそうなっているだけなのです。分かりますか? 一緒にいないと不安になるという奴です。一種の防衛本能みたいなものですよ。ご存じのとおり、私たち兄弟は、この世界と、TWとの橋渡しをするという重要な任務を負っています。一人でも欠ければその仕事を遂行することができなくなります。わたしたちは常にお互いの存在を、その安否を確認でき、何かあればお互いに助け合える、そういう状況におかなければならないのです。もちろん、この考え方に対してたまに不満を言う者もいますがね。ミエズリーとか」
「相変わらずよくしゃべるわね。つまりは、あなたたちのそれぞれが、それなりの責任感を持っているってことね。よかった、同性愛の近親相姦じゃなくて」
「なっ!? ど、同性愛の近親相姦ですって? カナさん、あなたは私たちのことをそんな風に思っていたんですか?」
「ううん、今のは、ほんの冗談よ、冗談(やばっ、よけいなこと言っちゃった)」
「そんな心臓に悪い変な冗談はやめてください。それより、もうすぐリサ博士たちがここにやってきます。何か手伝うことはありませんか?」
ウエズリーがジョーの方に視線を落として言った。
カナは一瞬はっとしたようにジョーをみてから、ウエズリーの言葉に素直に頷き、ジョーをソファーに寝かせるように頼んだ。
笑顔を押し殺すようにしてウエズリーとカナのやりとりを聞いていたミエズリーとスエズリーに、ウエズリーが視線で合図を送った。ウエズリーはジョーの頭の方にまわってその両脇を持ち、スエズリーはジョーの右足を、ミエズリーはジョーの左足を持った。
「この人、見た目よりもけっこう重いね」
スエズリーが両手でジョーの右足を引っ張った。
「ああ、着やせするタイプだ。服の上からさわってみろよ、なかなかゴツイ体してるぜ。なるほどこれなら、あいつら全員が病院送りになったのも頷ける」
ミエズリーは左手でジョーの左足を持ち上げながら、右手の甲でジョーの腹筋のあたりを軽く撫でてニヤニヤしていた。
「どうしたの? ミエズリー兄さん」
「いや、別に何でもない。ちょっと思い出したんだ、食堂から運ばれるときのあいつらの顔を。まさに芸術だったよ。恐怖でひきつった人間の顔って真実そのものだな。こいつ、あいつらの仮面を引き剥がすどころか、その本体ごと見事にぶち壊してくれたよ、気持ち良いぐらいに。くっくっく」
ジョーをソファーに運び終えると、三兄弟がジョーの周りを取り囲んだ。
「こいつももう俺たちの仲間だな。そうだろ兄さん?」
ミエズリーが腕組みしながらそう言うと、
「さあ、どうだかな」
ウエズリーが、少しとぼけたように目を優しく広げながら、少し顔を傾けて答えた。
「でもさ、兄さんたちはさっきまでずっとこの人のことを怒っていたじゃないか?」
スエズリーのこの言葉を聞いたミエズリーが、両方の手のひらを上にむけて肩をすくめながら、目を一瞬だけ見開くような仕草をして言った。
「スエズリー、あれは単にこいつに嫉妬していただけだよ。こいつは俺たちの儀式にみごとに割って入ってきたんだ。儀式そのものにはなんの意味もない。だから邪魔されても腹は立たない。邪魔する方法なんていくらでもあるからな。例えば、俺たちの前に立ちはだかるだけとかな。腹立たしいのは、こいつが邪魔した時と、俺たちがそれに気づいた時との間にラグがあったことだ。そのラグはまさにこいつの時間なんだ。さっき言ったみたいな普通の邪魔ならそのラグは生じない。つまりこいつは、こいつの時間を、すなわち人生の一部を、俺たちの知らない間に俺たちの人生に食い込ませていたってことだ。俺たちは、こいつの侵入を簡単に許してしまった。その事実を認めたくなかったのさ」
スエズリーは、何か腑に落ちない様子でミエズリーをじっとみていたが、下を向いて小声でつぶやいた。
「兄さんたちにこうまで言わせるなんて。要するに、僕たちはこの人のことをなめすぎていたんだ」
ミエズリーはウエズリーの方に向き直って、快活な笑顔で言った
「兄さん、今のうちにコネクトシステムの準備をしておかないか? また逃げられたら困るし。そのまま拘束しとけば後が楽だよ」
「そうだな。カナさん、それでよろしいですかな?」
「そんなのだめよ! ジョーが目を覚ましてからにして! お願い!」
「でもカナさん、もはや私たちには他の選択肢も時間もありません。急がなければ」
「それは分かっているわ。でも大丈夫よ。必ず私が説得するから。その方が絶対に上手く行く。私には分かるの」
「へえー、カナさん、あなた変わりましたね。ずいぶんとこの男の肩を持つじゃないですか?」
ウエズリーが、笑顔を引きつらせながら言った。
「ジョーに対する私の見方は完全に変わったの。もしかしたらジョーは私と同じタイプの人間なのかも。あなたたちさっき、ジョーを自分たちの仲間とか何とか言っていたけど、彼を一緒にしないでちょうだい!」
カナはソファーに横たわるジョーを、ある種の寂しさと喜びとが同時にわき起こっているような、穏やかな目で見つめた。
「ははは、これは手厳しいですね。でもこの男が君と同じだということは、結局彼も君と同じように我々と運命を共にするとういうこですよ。違いますか?」
ウエズリーに対し、カナは下を向いたまま何も答えなかった。
「ふん、もはや言い返す気力さえこの男に奪われてしまったようですね」
そう言うとウエズリーは、デスクに備え付けのいすに無造作に座った。
二人の様子をじっと見ていたスエズリーが、この瞬間とばかり分け入り、気まずさにつながる沈黙を阻止した。
「まあまあ、ウエズリー兄さん、ここはカナに任せてみようよ。どのみち彼が目を覚まさないうちは仕事はできないんだから。そうだ、コーヒーでも入れよう。ミエズリー兄さんもどう?」
「ああ、いつもの、ミルク入りの砂糖なしを頼むよ」
スエズリーは、こういうときはこれが一番とでも言いたげな微笑を浮かべて、コーヒーを入れに行った。
カナは、ジョーの頭を自分の左腿に乗せるようにしてソファーに座り、ジョーの髪の毛を優しく撫でていた。
「お姉さん」
久しぶりに聞くその呼び声に振り向くと、ミカとリサ博士が佇むようにして立っていた。
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