2.自習室にて
学生の多くは、「自習室」と名の付く部屋に入ったことが一度くらいあるだろう。大半の自習室は、空気がピターッと滞っている雰囲気があって、「えっ? みんな息してる?」というくらいに静かなものだ。
僕とこの自習室は中々相性が悪い。別に僕が一方的に自習をしたくないという理由から、相性が悪いと言っているわけではなく、僕の性格的観点から相性が悪いと思ったのである。
自習室界における全国共通認識として、「静かにしなければならない」というものがある。これが僕にとっては酷な条件なのだ。それは、僕が五分に一度叫ばなければ禁断症状で顔を真っ青にしてぶっ倒れる、とかそういう話ではない。
僕はどうにも気にしてしまうのだ。僕という存在が入ってきたことで、誰かが「うるせぇなこいつ」と思っているのではないかと考えてしまうのだ。まあ、実際のところ僕なんて誰も見ておらず、周りは熱心に英語の四択問題や数学の因数分解に取り組んでいるのだが。
それでは、僕が毎回自習室に足を運ぶたびにどうなっているかを説明しよう。自習室アタフタの流れは以下の通りだ。まず、自習室のドアを開けるところから、「失礼します。うるさかったら謝るっ。もう五体投地で額を地面に擦り付けてぬかづくから許してくれい」なんて考えながら入る。全く文字に起こして馬鹿馬鹿しいが、その立場に置かれた僕は事実そう考えているので致し方ない。さて、自習室の廊下を歩く際も、「忍者の里体験ツアー」みたく忍び足になる。逆に、コサックでも踊りながら自習室を練り歩く猛者もあまりいないだろうが、僕の場合は普通の人より一層心配になってしまうのだ。そして、どの机に座ろうかとも考えてしまう。もしかしたら、不文律的な感じにそれぞれに「お気にの机」のようなものがあって、そこに座らなければ意欲が欠けるような人間がいるかもしれないからである。それを理由に睨まれでもしたら、「生まれてすみません」と、『人間失格』抜粋構文を口の中で呟いてしまうだろう。だから、「ここ座って良いのかしら。良いなら良いで良いかもしれないけど、ホントに良いのかしら。困っちったなぁ」などと心の中で嘆くのである。
そんなナヨナヨな思考を巡らせつつ、ようやくどの席に座るかを決め、椅子を引いて腰を下ろす。こんな時に椅子が軋み声を上げたら、「ひぇ~~!」と左右を二三度確認して、こちらに視線を投げている人物がいれば、申し訳なさげに眉をひそめつつ首を縦に振って謝るものである。その後も、筆圧が濃いために数学の計算中にふと、「あれ、うるさいんじゃね?」と心配して申し訳なく思ったり、文房具が色々と入っている筆箱から定規を取り出す際などに、文房具同士が擦れ合ってプラスチックの安っぽいカチャカチャとした音が室内に響いてしまったときには首をすくめる。こんな気持ちにあおられて、もう自習なんてしていられないのだ。
このように、僕と自習室は相容れない関係にあり、改善の余地は無機物である自習室に求めることができないのでどうしようもないのである。僕のこの心配性は生得のものであり、誰かに返上するようなこともできないのである。
だから、悲しいったらありゃしないのだ。
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