櫻子の楽観と暗転
わたしには、秘密の妹がいる。
双子の妹。なんだけど、お父様に「お前は学校では一人娘ということにしておきなさい。妹がいることは絶対に内緒にしておくように」と言われたから、秘密。
秘密って言われるとうっかりしゃべってしまいそうで大変。
でも、そんなことをしたらきっとお父様はとっても怒るから。
妹がいること、どうして秘密なのかな?
妹にはちゃんと「
小さい頃は不思議で、「どうして附子ちゃんのことは内緒なの?」って聞きたくてたまらなかったけど、なんだか附子ちゃんの話をする時のお父様って怖くて、だから聞けなくて。
そうしてるうち、まぁいっか、って思うようになった。
それに、気付いたの。
附子ちゃんが、いない子扱いされるわけ。
あぁ、附子ちゃんはみっともないからだ、って。
わたしはいつも褒められる。
お母様そっくりの美人さんね、櫻子ってお名前ぴったりね、って。
だけど附子ちゃんは双子の妹なのにわたしとは全然似てなくて、かわいそうなくらいブスなの。わたしとは違ってお勉強はすっごくできるみたいだけど。
附子ちゃんにはいつも宿題をやってもらってる。
大事な試験もわたしじゃなくて附子ちゃんが受ける。
だからわたし、いつも「附子ちゃんありがとう」ってお礼を言うんだけど、附子ちゃんったらむっつりして、あんまり嬉しそうじゃないの。わたしがお礼を言っても、ちっとも喜んでくれない。
でもきっと、それは附子ちゃんがわたしを嫌いだからじゃない。
附子ちゃんは笑えないの。可愛くなくて、それがつらくてつらくてたまらないから。
可愛くないのってきっとつらいのね。
わたしは可愛く生まれてよかった。
なんて、附子ちゃんには言えないけど。
お勉強のことは附子ちゃんにお願いして、学校ではお友達とたくさんおしゃべりして、毎日楽しく暮らしているうち、わたしと附子ちゃんは十八歳になった。
附子ちゃんは、外ではいないことになってるみたいなんだけど、お家では一緒にお誕生日のお祝いをしてもらった。でもやっぱり附子ちゃんは、嬉しそうじゃなかった。
こんな時くらい、笑えないのかな。笑えないのね、きっと。
十八本ロウソクがささったケーキとか、お肉とか、すっごいごちそうでお誕生日を祝ってもらった次の日に、お父様が、わたしと附子ちゃんをお部屋に呼んで、これから特別な成人祝いの儀式をするって言った。
「御厨は由緒正しい家だから、庶民とは違って十八歳を迎えたら特別な儀式をすることになっている。私も、お祖父様も、皆がしていることだ」って。
わたしには御厨が由緒正しいって言われてもよくわからない。普通のお家、庶民っていうの? が、御厨のお家とどう違うのかも、ピンとこない。附子ちゃんならきっとちゃんとわかってるけど、中学生くらいから、附子ちゃんの話はよくわからなくなっちゃった。難しすぎて。
特別な儀式というものの説明も、わたしにはさっぱりわからなかった。だけど附子ちゃんは完璧に理解できたみたいで、だから私は儀式のとき、附子ちゃんの真似をした。
なんだかよくわからないけど、附子ちゃんとふたりで、入ったことがない小さなお部屋に入って、お揃いの白い和服を着せられて、おしゃべりしちゃダメ、笑ったりするのももちろんダメって言われて、ごはんはおかゆとなんか葉っぱみたいなものしか出なくて。
つらかったのは、毎日夜中の三時とかに井戸からくんだお水を頭からかけなきゃならなかったこと。わたしたちはお互いに水をかけ合ったんだけど、キャアって悲鳴が出ちゃうわたしと違って、附子ちゃんは静かだった。
可愛くない子がキャアって言っても可愛くないって、わかってるから附子ちゃんは我慢してるのかな、なんて思ったりした。
お祝いのはずなのに、どうしてこんなつらいことをしなきゃならないんだろう、って不思議だった。お祝いってもっと楽しくて、幸せな気持ちになるものじゃない?
うーん……これは、「試練」っていうやつで、このあと楽しくなるのかな?
わからないなりにそんなことを考えてみたりしたけど、むっつりしてる附子ちゃんにはやっぱり、「どう思う?」なんて聞けなかった。
しばらくつまんなくてひもじい暮らしをしたあと、わたしたちは女中さんにお風呂に入れてもらって、神社の女の人みたいな服を着せてもらった。
こちらですよ、と案内されたお部屋はお正月に親戚が集まるときにしか使わない大広間で、わたしたちが入ったときにはお父様とお母様がきちんとした着物を着て座ってた。
それと、よくわからないおじさんがいた。その人は、「神主様」って呼ばれてた。神社の人、なのかな?
わたしたちが座るとすぐに、おじさんは
「これより、
たまうつし? って思ったけど、わたしの右に座っている附子ちゃんはいつものむっつり顔で、驚いてるって感じじゃなかった。
附子ちゃんはわかってるのかな、って思ったけど、おじさんが一笑懸命儀式? をしてるのに附子ちゃんに話しかけることができるわけもなくて、わたしは黙っていた。
誰か、何をするのかちゃんと教えてくれる人がいればよかったのに。
ぼんやり、そんなことを考えてると、すぐに足がしびれてきた。
おじさんはなんだかよくわからないことをうにゃうにゃ言いながら白い紙が付いた棒を降ってて、わたしはそれを目で追いかけてたけど、それでも眠くなってきて。
もう寝ちゃいそうなくらいぼんやりしてきた頃に、やけにはっきり、おじさんの声が聞こえた。
「櫻子の魂は附子の身の内に。附子の魂は櫻子の身の内に」
その声を聞いたら何もわからなくなって。
そして。
気がつくとわたしは、後ろから押されながら歩いてた。儀式は夕方に始まったはずだけど今は真っ暗で。今歩いてるのは上り坂みたいだけど、どこに向かってるのかな?
ぐいっとひときわ大きく押されて、わたしは「キャアッ」と悲鳴を上げたつもりだったけど、口から出てきたのは潰されそうなカエルみたいな、みっともない声で。
これ、わたしの声じゃない、と思った。
このごろはたまにしか話さなくなったけど、それでも知ってる。
これは――附子ちゃんの、声だ。
後ろにいる誰かを気にしながら手を顔に当てて、ぺたぺた触ってみた。
今度は声が出なくて、代わりにヒュッと喉の奥が鳴った。
鏡がなくても、わかる。
これは――附子ちゃんの、顔だ。
「えっえっ? どうして? どうしてわたしが附子ちゃんの顔なの?」
全然可愛くない声で、でも話し方はいつもしているような可愛く聞こえるようなやり方だから、私のその声はすごく変な感じにに聞こえて。
後ろから舌打ちの音がした。
「眠らせよう。あまり騒がれては面倒だ」
口元に薬くさい何かが押し当てられて。
そして。
目を開けると、あたりはうっすらと明るくて、もうすぐ朝なんだろうな、と思った。
動けなくて、どうしてなのかよくわからなくて、そういえば手首に何かが食い込むような感じがしているけど、と、ぼんやり考えているうちに、気がついた。
わたしは、何か堅いものに、縛り付けられている。ハリツケ状態? みたいな。そんな感じで。
顔をきょろきょろ動かすと、何人か人が見えた。みんな男の人みたい。
だから、聞いてみた。ちゃんと言葉にならなかったけど。
「なんで? どうして?」
返事は、なかった。
誰も、答えてくれなかった。
その代わり、冷たい水みたいなものを頭からざぶんとかけられて、立ち上がるにおいに、灯油とかガソリンとか、何かそういう、ものをよく燃やすためのものなんだろうな、と見当がついて。
カチ、と音がして。
熱くて息ができなくてものが焼けるにおいがして。
熱くて。
火を付けられたんだってわかって、
あつくてあつくてあつくて。
どうして。
わたしが。
やめてやめてやめて。
意味のある言葉はなにも言えなくて、
動物みたいな声しか出なくて、
早く終わってほしいのに、いつまでも、
終わらなくて――
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