第2話 凪は理由を認識する

「おーい!凪ちゃん、真也!今日の差し入れは蒸しパンだぞー」

「おっマジ!?ちゃんと残しておいてくれよ」

「ちょっと拓斗!私の分もちゃんとあるんでしょうね?」


テストまであと二日。


今日の居残りは私と真也さんと拓斗だけだ。

去年の今頃はもっとたくさんの人が居残っていたのになぁ。

やっぱり真也さんの言う通りみんな塾が忙しいんだ。

私だって塾はあるけど……ここで勉強していたいんだ。


「はい、凪さん。早くしないと拓斗の野郎に食べられちゃいますよ」

真也さんが私の分の蒸しパンを持ってきてくれた。

「あ、ありがとう。って拓斗!一人でいくつも食べないでよ!鈴ちゃんが部活終わったら来るって言っていたんだよ!」

「ええ!そういうことは早く言えよな、危うく俺の胃に収まるところだったぜ」


拓斗は今にも噛り付きそうだった最後の一つを袋に戻した。

流石に鈴ちゃんもこれは食べたくないだろうな。


真也さんに貰ったことが、なんだかうれしくてその場で食べる。

いつもなら拓斗と余り物の取り合いをするところだけど、今はそんな気分じゃない。


「ほら拓斗!早く勉強に戻るよ、数学教えてあげないぞ」

「悪い悪い、真也に教えて貰わないと今回も赤点になっちまうんだよ。頼むよ」

「わかってるよ、あははは。ほら早くノートを持ってこい!」


拓斗は本当にお調子者だ。こんな調子で来年は大丈夫なのだろうか。

対照的に真也さんはかなり勉強ができるみたいだ。

いつも数学を教えてくれるし、私が英語を教えてもすごく物分かりがいい。

むしろ私よりも英語ができると思う。

それなのに真也さんの志望校は私と同じ県内の大学だ。

真也さんなら多分もっと上を目指せると思うのだけど、何か考えがあるらしい。

詳しくは教えてくれないけど。


「凪さんはこの問題大丈夫っすか?一緒に教えますけど」

「え、えっと、私も聞きたいな」


ノートを開いて横の机に近づく。

肘と肘がぶつかりそうな距離まで。


本当は真也さんの手元を見なければいけないってわかっているけど、私の目線は彼の横顔に吸い寄せられてしまう。

同じような光景を、入学してからまだ日が浅い時にも見たのを鮮明に覚えている。

なんというかミステリアス、それでいて笑った顔は少年みたいでかわいい。

あの時からずっと彼の事を見てきたんだ。


「こんな感じで証明して終わり。どうです、わかりましたか?」

「おう!ありがとう、何とかなりそうだぜ!」

「凪さんは大丈夫っすか?もしあれなら、もう少し解説しますけど……って僕の顔に何かついてます?」

「いやいや!何もついてないよ!本当だよ!ワタシ、ウソ、ツカナイ、アルネ!」


――まずい、ずっと横顔を見ていたら解説が終わっていた。それに変な誤魔化し方をしちゃった。


「そ、そうっすか。まぁわかったなら勉強に戻ってくださいね。明後日はテストですから」

「う、うん」


真也さんはいつも勉強を教えてくれるし、困っている時には真摯に相談に乗ってくれる優しい人だ。

でもいまいち他人に踏み込んでいかないし、踏み込んできてくれない。

つまりは誰に対しても優しくて態度を変えない”良い人”なのだ。


でもそれは悲しいことに私にも変わらない。

結構積極的に話かけたり絡みに行ったりしたつもりだけど、気づいていないのかな?

もう二年近く学校生活を共にしているのに、普通の友達と変わらない接し方っていうのはちょっとショックだ。


ただ……私から変えようという勇気は無いんだよなぁ。

今の関係が壊れてしまいそうだから。



「はぁーあ、もうわかんない」

愚痴の一つもこぼれる。

「どうしたんすか?そんなに大きなため息漏らして。やっとご自身の将来の進路に絶望しましたか?」

「“やっと”とはなんだぁ!まだまだ絶望してないよ!でも…。」

「でも?」


真也さんと目が合う。

そうだ、いつも会話をするときは目が合うんだった。


「あと一年ちょっとで私たちって受験だよね。受験ってことは結果が良くても悪くても私たちの生活は変わってしまうじゃない?なんか自分が変わってしまうのが嫌だなぁって」

「気にしなくても凪ちゃんは変わった子だから大丈夫だぞ!自信持て!」

「ちょっと拓斗!真剣に悩んでいるんだから茶化さないでよね」

「へいへい、すまないねぇ」


――もう!昨日みたいに真也さんと二人きりなら余計な奴に絡まれなくて済んだのに!


「別に受験で無くても人は変わりますよ。僕らは成長するんですから。で、でも僕だって変わりたくないことや変えたくないことの一つはありますよ」

「え?何?」


真也さんの顔が少し赤くなったように見えた。

でも多分夕焼けのせいだ。きっとそうだ。


「それは言えないっすよ。でも変えたくないって思っている反面、変わったらいいなぁと思っている自分もいます。難しいっすね。ははは」

「哲学的だねぇ。まぁわかるよその気持ち。うんうん」


腕を組んで大げさに頷いて見せる。


でもそうか、真也さんにも悩みはあるのか。

私の中で変わらない物…うーん。

そういえばお互いの呼び方かも。

何故か私と真也さんは下の名前にさん付けで呼び合っている。

これは初めて話をした時からだった気がする。

私が呼び始めたことに真也さんが付き合ってくれているのだろうか。

もしそうなら私的にはなんか特別感があって悪い気はしないけど、他人が聞いたら変なのかな?

それとも考えすぎかな。


色々考えているうちにもう6時になってしまった。

結局、鈴ちゃんは来なかった。

部活大変そうだなぁ。


楽しい時間は名残惜しくも終わってしまったのだ。


「じゃあね二人とも、お達者で」

「また明日、凪さん」

「バイバーイ!」

真也さんと拓斗は大きく手を振りながら行ってしまった。

小さくなっていく二人の後ろ姿を眺める。

二人ともマフラーに手袋をして、すっかり秋の装いだ。


ふと考える。

なんで私はいつもテスト勉強の時に居残るんだろう。


いや、既に知っているはずだ。

でなければあんなに勉強が捗らない空間にノコノコ赴くわけがない。


そうだ、真也さんと一緒にいることが出来るからだ。

なんで真也さんがいつも居残るかはわからないけど、私は彼が居残るから一緒に居残るのだ。


特別な時間を共有できている気がするから。


きっとこれが私の理由だ。

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