【極感謝】★1700記念SS ⑦

「・・・そうだったんだ」


 リクの話した自分勝手な話を聞いても、海斗は冷静に受け止めていた。


「どうして、そんなに冷静なんだよ」

「これは、受け売りなんだけどね。人生に勝つとか負けるとかは無いらしいよ。僕は最近はつくづくそう思うんだ」

「そ・・そんなことはないだろ!?」

「大そもそも、僕はリクにとっくの昔に負けていると思うよ」


 海斗は、苦笑いをする。


「僕の家は父子家庭だってことは知っているよね。しかも、今は父親は病気で入退院を繰り返していて仕事は休職中なんだよ。もちろん、収入はほとんどないよ」

「え・・」

「僕が大学に通っているのは奨学金をもらって何とか学費を払っているけど、卒業したら返さないといけない。社会人になったとたんにマイナスからのスタートだよね。生活費のために毎日バイトしないといけないしね」


 にっこり笑う海斗。


「これって世間的には、負け組ってやつじゃないのかな?だから、リクは僕に勝つって考える必要もないと思うよ」


 その表情には、一切の暗いところはない。

 海斗の境遇はリクに比べると悲惨な状態に違いない。

 だが、なぜかリクには海斗に勝った実感がまるでない。


「でもね、ここの常連の人が言うには学生と社会人では全然違うことがあるそうだよ」

「違う?」

「高校生の時は、例えば試験の結果とかスポーツの成績とか勝ち負けがわかりやすいけど、社会に出るとそういう尺度がすごく曖昧になるらしいよ」

「え・・・」

「今の教育制度では、学生の時は勝負に勝つように教育されるけど社会に出たとたんに勝負そのものが曖昧になるからそのギャップに戸惑う人が多いそうだよ」


 その言葉はリクにとって身に覚えのあることだった。

 中学・高校と親から成績について言われ続けてきた。

 そして、競争に勝つように言われ続けてきた。リクにとって、誰かより優位に立ってマウントを取ることはごく自然のことになっていたのだ。


 だが、大学生になって競争そのものが曖昧になってしまった。

 その状況にリクは 順応できていなかったのだ。


「じゃあ、どうすればいいんだ・・・」

 力なくつぶやくリクに対し海斗は優しく話しかける。


「僕も、いろんな人と話をしてようやく理解したけどね。人生にとって勝ちとか負けとかは何の意味も持たない。重要なのは人と比べてどうかではなく、自分がどうありたいかだけなんだって」

 

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