第8話 彼女の家から通学するのは恥ずかしい

僕は、いったんアパートに戻るために電車に乗っている。

制服や教科書を取りにいかなければならない。


しかし、誰かに見つかるんじゃないかと思うと結構恥ずかしい。

知っている人・・特に同じ学校の人に見つかるんじゃないかと。

見つかった場合、なんて言えばいいのやら。

幸い誰とも会わなかったけど。


アパートで制服に着替えてすぐに学校に向かう。

遅刻ギリギリの時間なので、早歩き。時々走る。

何とか間に合った。学校に着いた時には結構汗だくだ。


教室に向かうため階段を上っていると、奏良に会った。

くんくんとにおいを嗅いでくる。

「汗臭いからやめてくれよ」

「また・・化粧のにおいがする・・」

「気のせいだろ、授業始まるからもう行くよ」

階段を上っていくのをにらんでいるのがわかる。

背後からの視線が痛い。


「おはよう。三崎、どうした?もう体調は大丈夫なのか?」

「おはよう、松島。よく寝たせいか、もうすっかり良くなったよ」

窓際の自分の席に座ってると、松島リクがやってきて声をかけてきた。

「ならいいけど、無理すんなよ」

授業が始まるので、リクは席に戻っていく。


昼休み、リクに昼ご飯を誘われたけど用事があるからと言って別々に食べることにした。

一人で屋上に来る。いい眺めだ。

お弁当を開けると、やっぱり大きなハートマーク。

本当に、おいしいお弁当なんだけどね。これは恥ずかしいよ、ミキさん。


こういう風に一人でお弁当食べるのは久しぶりだな。

中学までは奏良と。高校からは奏良とリクとの3人でいつも食べていた。

奏良とリクは今頃は一緒に食べているのだろうか?

付き合っているんだから、それもいいんじゃないかな?

昼休み中、僕は屋上にいた。カメラのデータをスマホに転送して、ミキさんに送った。

”お弁当美味しかったです。ありがとうございます”のメッセージも。

すぐにメッセージが来る。

”ありがとう!よく撮れているね!”

僕もスマホの画面で改めて画像を見る。


朝の光の中に、はにかんだ笑顔のミキさんが輝いている。

それは、とても美しかった。

今まで取った写真のうちで、間違いなく最高傑作。

多分偶然なんだろう。僕にそんな技術はない。


授業が終わるとリクがやってきた。

「海斗、一緒に帰ろうぜ」

「ごめん。最近バイトさぼってたから今日はやらないと」

バイトと言っても、街に出て写真を撮りまくる。そして素材に加工して販売するのだ。

「そうか・・頑張れよ」

「すまんな」


----


次の日の昼休みも僕は一人で屋上で昼ごはん。

今日はパンを買ってきて食べている。


魔法の言葉。

女の子は誰しも、その言葉を待っているのだという。


そして、僕はその言葉が何なのか・・もう、わかっていた。

僕は、まだ誰にも言ったことがない言葉。



その時、背後から誰かが来る足音。

振り向くと、リクが歩いてくるところだった。

「やっぱり、ここにいたんだ」

「うん、よくわかったね」

「なんで一人で昼ごはん食べてんだよ」

「そうだなぁ。リクと奏良の邪魔しちゃ悪いしね」

すると何かを言いたげに苦しそうな顔をするリク。

「どうしたの?そろそろ授業だよ、戻ろうよ」

するとリクは悲しそうな顔をして言った。

「海斗。放課後話したいことがあるんだ。ちょっと残ってくれ」

「うん、いいよ」


----


放課後、使われていない物理教室に移動した。


「なぁ、海斗。お前は奏良のことをどう思ってるんだ?」

「え?・・なんでそんなこと聞くんだよ、リクと奏良は付き合ってんだろ?」

「いいから答えてくれ」

「ただの幼馴染だよ、それ以上じゃないって」

「本当か?」

「何言ってんだよ。おかしいぞ」

「奏良は・・・奏良は、海斗のことが好きだ」

「え?だって、リクと付き合ってんだろ?」

「違うんだよ!」

叫んだリクの剣幕に驚く。

リクの顔は悲しみに歪んでいる。

その頬を涙が伝っている。

「違うんだよ・・」

そして、リクは振り向くと走って行ってしまった。


教室に一人残された僕。

でも、なぜか冷静だった。


”付き合ってるんだろ”、といった言葉に ”違う・・”

『嘘で付き合って、僕の反応を試した』

のかもしれない。

なぜ、そんなことした?どっちが言い出した?

それはわからない。

僕の勘違いかもしれないけれど。


でも、リクの悲しい顔。その気持ちには間違いがないと思う。


----


その夜、僕はどうするか一晩考えた。

悩んだわけではない。

冷静な頭で、いつ何をするべきか考えた。


次の朝、すっきりした気持ちで僕はアパートを出た。

昨日の夜にもう決めていた。今日は学校はさぼり。

今頃、奏良は授業を受けてるのかな?

リクもちゃんと学校にいったかな?心配してるかな?


街のあちこちで写真を撮る。

やっぱり・・あの写真のようには、うまく撮れないや。


あちこち歩いて、写真を撮って。

気が付けば、昼の12時。

今は、海の見える公園。カモメが飛び交っている。

大きな客船も見える。


公園のベンチに座って、僕はポケットからスマホを取り出した。

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