第6話 「一緒にヌチョヌチョされよう」

 機械人形を倒してからはこれといって何もない道が続いている。

 それもあってアイザワがセラとの関係を聞いてきたが、誠心誠意セラとは想像するような関係ではないと伝えた。

 その真摯な態度が功を奏したのか、はたまた俺では埒が明かないと思ったのか、今現在アイザワはセラに話しかけている。

 今のところは緊張からか他愛のない話しかしていない。

 だが俺としては、いつアイザワの質問に天使の皮を被った悪魔が適当なことを言いださないか気がかりで仕方がない。

 隣に住んでいることや毎日一緒に食事を取っていること。そういう事実を言われては困る。非常に困る。

 というか、適当なことを言われるよりもこちらの方がアイザワは食いつくはずだ。

 隣に住んでいることはまだどうにかなる可能性があるが、一緒に食事を取っていることに関しては一般的に考えると特別な関係でなければ説明がつかない。

 アイザワの相手をするのは疲れるが、セラに絡まれるのも精神的かつ間接的に苦しめられる。

 もう言ってしまえば、セラという存在が俺にとって致命的過ぎる。


「……はぁ」


 このパーティーで俺はやっていけるのだろうか。

 セラはソロでも十分にやっていけるだろうし、彼女を追いだすことは出来ないだろうか。もしくは俺がソロになれないものか。

 それとも……いっそ実際には付き合ってないにしろ周囲が考えるような関係だと言い切ってしまう方が楽になれるのだろうか。

 そんな風に弱気なことを考えていると、不意に誰かに袖を引っ張られた。


「あ、あの……」


 遠慮気味に話しかけてきた相手はミズノだった。

 視線をこちらに向けては逸らす、そしてまた向ける。

 それを何度も繰り返している。

 異性に話しかけるのが恥ずかしいのか、そもそも人と話すのが怖いのか。単純に人見知りするタイプなのかは定かではない。

 ただ……


「大丈夫ですか?」


 こうして他人のことを心配し、自分から声を掛けようと行動できるあたり優しい心の持ち主なのだろう。

 もしかするとこのパーティーにおいて唯一と言っていい良心であり、俺にとって癒しになりえる存在なのかもしれない。

 そう考えると俺が最も交流を深めるべき相手。

 それは隣に住んでいて俺の生活に何かとちょっかいをかけてくる天使でもなく、同じクラスで騒がしい黒服仲間でもなく、この気弱そうでオタクッ気のありそうなミズノなのかもしれない。


「心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だよ」

「本当……ですか?」

「ああ。緊張感のない連中の集まりだなってあれこれ考えてただけだ」

「ご……ごめんなさい」


 どうしてミズノが謝るのだろう。

 単純に俺の言い方を悪く捉えてしまっただけ。またはパーティーの責任はみんなの責任、といった感じの考えを持っているのか。

 真意は定かではないがこちらとしては君が謝ることじゃない、と言いたい。

 しかし……オドオドされると何を言っても謝罪を連呼されそうで不安にもなる。

 なんて考えた矢先


「あ……」


 別のことに意識を割いていたのか、何かに足を取られてしまったのかミズノが身体が傾く。

 勢いはそれほどないのでこのまま転倒したとしても大した怪我はしないだろう。

 ただ目の前で、手を伸ばせば届く距離に居る相手を助けられるのに助けないのも問題がある。

 とはいえ、ミズノは女の子。

 下手な助け方をすると今後の関係に亀裂が生まれる。ミズノ本人が許しても他の女子達からあれこれ言われる。そんなことが起こりえない。

 故に俺は慎重かつ迅速にミズノの手を握り、こちらに引き寄せる形で助けることにした。


「え……」

「大丈夫か?」


 胸元から向けられている視線を真っ直ぐに見つめて問いかける。

 何が起こったのか理解していないように思えたミズノの顔に徐々に赤みが差し始める。それに伴って彼女の視線も泳ぎ始め……


「ご……ごめんなさい!」


 慌てて後ろに後退った。

 その勢いでまた転びそうになったが、どうにか体勢を立て直して一息吐く。


「大丈夫か?」

「だ、だだだ大丈夫です。あ……ありがとうございます」


 こちらをまったく見ていない状態だが、ミズノは男慣れというか他人と触れ合う距離感に慣れていなさそうな気がするので気にすることもあるまい。

 それに見た限り綺麗に立っているし、後退った時に痛がった様子もなかった。足首を捻ったりもしていなさそうなので怪我もしていないと思われる。

 ならこれ以上とやかく言うことはない。ないのだが……


『ジーーーー』


 という擬音語が可視化して見えそうなほど、俺に視線を向けている奴が居る。

 無論、それは言うまでもなくアイザワだ。セラとあれこれ話していた気がするのにどうして俺に意識を向けているのだろう。


「何だよ」

「言っていいんすか?」

「本音としては言わせたくない。が……」


 言わせないといつまでもこっちをガン見してウザそうだ。


「言いたいことがあるならさっさと言え。聞いてやる」

「そこまで聞きたいのなら言ってやろう」


 上から言われたからって上から言い返さなくても。

 ま、そこにツッコミを入れると話が脱線しそうだから言いませんが。


「クロサキくんってラブコメの主人公ですかこの野郎」


 何を言ってんのこいつ。


「何を根拠にそんな発言をしているんですか?」

「これといって目立つ生徒でもないのにセラ様と親しく、今も転びそうになったミズノさんをさらっと助けていたからですがッ!」


 それだけでラブコメの主人公扱いするとかラブコメの主人公を舐めてませんか?

 世の中にあるラブコメの主人公に失礼だと思わないんですか!


「どうして急にテンション上げたんですか? うるさいんだけど」

「いやだって目の前でリア充な空気感が流れるとモヤるじゃん。あと一言余計」

「別にそんな空気出してないし出てもいないだろ」


 そうだよなミズノ……ミズノ?

 あのミズノさん、さっきの一件で恥ずかしいのは分かるんですが。

 ここで顔を赤くしたままチラチラと見られるだけだと否定材料になりません。だからもう少し頑張っていただけませんか。


「ほら、言ってる傍からは出してる!」

「出してない。俺とミズノの間にその手の感情は一切ない。単純にミズノが男慣れしてないだけだ」

「分かんないじゃん。クロサキくんみたいな人がミズノさんのタイプかもしれないじゃん!」


 何でヘイトは俺に向いているのにミズノを苦しめるような発言をするの?

 こいつ、絶対空気とか読めない奴だろ。自分の知らない内に他人を不快にさせている奴だろ。

 アイザワがパーティー組めなかったのは、魔術資質がどうこうというよりこのへんが関係しているのではなかろうか。

 なんて考えていた矢先……


「――ひゃっ!?」


 アイザワが悲鳴を上げながら飛び跳ねた。

 その勢いのまま彼女は人のことを盾にするかのように俺の背後に回る。

 ちなみに思いのほか可愛い悲鳴だった。


「新手の構ってアピールか?」

「んなわけないでしょ! 何か冷たいものが首筋に当たったの!」


 冷たいもの?

 状況から考えれば該当するのは水滴くらい。

 だが現在居る場所は人工的にダンジョン内を再現した施設。視覚的には現代離れした景色が広がっているが、第1階層ということもあり体感の気温や湿度は快適に保たれている。

 また近くに水辺のような場所は確認できない。

 ならアイザワに落ちた水滴は、結露や雨漏れが原因で生じたものとは考えにくい。となれば……


「……あれか」


 天上の一部から湧き上がるようにして出ていた青色の物体。

 全身がゼリーのように揺れ動くその存在の名は《スライム》。

 この名前を聞くとグミのように弾力のあるモンスターを連想するかもしれない。

 だがこの世界のこいつは、日本の国民的モンスターよりも海外の創作物に出てきそうなアメーバのような見た目をしている。

 とはいえ、視界に捉えている個体は動きは緩慢で身体も小さい。お試しや授業で習った知識の確認のために放たれているモンスターだろう。

 普通に考えれば苦戦することはありえない。ありえないのだが……


「うわ、何かめっちゃグニョグニョしてる!? というか、あたしの首筋に落ちてきたのってあれの体液? だったらめっちゃ気持ち悪いんですけど。ミズノさん、あんなのさっきの魔術で消し飛ばしちゃって!」

「え、いや、あの」

「いいから早くッ!」


 アイザワの圧に負けてミズノは魔術詠唱を始める。

 詠唱の内容からして発動するのは《ドラゴニック・ウォーターフォール》。下級モンスターでしかないあのスライムに使うには破格過ぎる魔術だ。

 しかし、あのスライムはどこからどう見ても水分で出来ている。岩や金属の身体をしているわけではない。

 それが何か問題なのか?

 そう問いたくなる者のために簡潔に答えよう。

 スライム種の多くは基本的に戦闘力は高くない。普通に戦えば負けることはありえないモンスターだ。

 だがスライム種との戦闘でやってはいけないことがある。

 それはそのスライム種と同じ属性の魔術や物体をぶつけてはならない、ということ。それを行ってしまうとスライム種は力を増して凶暴化。戦闘力が上昇する。

 故に少しでもリスクを回避するならミズノの魔術を止めなければならない。

 そのはずなのだが……


「ダメですよ」


 涼しげな顔をしたセラがミズノとの間に割って入る。


「何で邪魔する? あれをスライムにぶつけたらどうなるかお前だって分かってるだろ」

「ええ、それはもちろん分かっています」

「だったら」

「だから止めません」


 きっぱりを言い切ったセラはこちらを振り返り、動けば全力で止めると言わんばかりに目で制止を掛けてきた。


「どういうつもりだ?」


 こいつが人間という存在に対して興味がないということは知っている。

 この場にこいつが居るのも上位の存在たる神に命令されたから、ということも知っている。

 だから今の生活を強いられているこいつに同情をまったく抱かないわけではない。

 だがしかし……

 退屈しのぎなんて理由でアイザワ達の行動を止めようとしていない。

 自分よりも弱い存在が必死に足掻いたり、泣き喚く姿を見たいがために俺の行動を邪魔しようとしている。

 もしもそんな考えなのだとしたら俺はこいつの行動を容認することはできない。

 人間とは比べ物にならない高みに居る《天使》という存在であったとしても許せることではない。


「そう殺気立たないでください。あなたが考えているようなことは少ししか考えていません」


 俺の聞き間違いでなければ目の前の天使はさらっと自白した気がする。

 ただ俺が考えたこととセラが考えた俺の考えは違っている可能性がある。同じだったとしてもあえて違う考えを出してくる可能性がある。

 故に下手に話題に出せば茶化される流れになってしまうのではないか。

 そうやってアイザワ達から意識を逸らそうとしているのではないか。

 そう考えると迂闊に発言するよりも目で圧を掛ける方が賢明な気がする。


「単純にこれからのことを考えて放置するだけです」

「これから?」

「あなただって気が付いているでしょう。アイザワ・アイカは口で言ったところで理解するのは表面だけ。身をもって経験しないことには心の底から理解することは出来ないタイプです」


 俺もアイザワは、その場では返事をするが後々忘れてしまうタイプなんじゃないかとは思っている。

 が、きっぱりと断言までするとはさすが天使様。

 とはいえ、今考えるべきはそことではない。

 今このときも目の前で起きようとしているスライムへの同属性攻撃。

 今後潜るであろう本物のダンジョンで失敗しないため。心の底から反省してもう同じことを起こさせないためには、セラの言うように放置するのが最善だと言えなくもない。


「失敗できる場で失敗させて学ばせる。今日の天使様はずいぶんと寛大なことで」

「その言い方だと私がいつも寛大ではないように聞こえるのですが」


 その言い方だとまるであなたがいつも寛大なように聞こえるんですが。

 もしかして心の奥底では気に入らないものは全て吹き飛ばしたいとは思っていらっしゃるんですか?

 人間のような下等種族が馴れ馴れしく話しかけるな。木っ端微塵にするぞ。なんて思っていたりするんですか?

 もしそうなら……まあ寛大だと言えるかもしれない。

 何故ならば、この天使が本気を出したら地図が書き換わる事態が起こっても何ら不思議ではないからだ。

 などと考えている間にミズノの詠唱は完了。巨大な水の龍が出現しスライムへと襲い掛かる。

 爆ぜる水飛沫。それを見たアイザワはというと……


「見たか、これが白服冒険者の魔術! あんたなんてイチコロよイチコロッ!」


 このように調子に乗っていた。

 まだ自分が放った魔術で調子に乗るなら分かる。理解ができる。だが実際はアイザワは何もしていない。それなのにここまでテンションを上げられるのはある意味では才能かもしれない。

 まあ褒められたものではないが。何なら褒めるどころか叱ってもいいレベル。

 普通ならアイザワの勢いに押されて失態を犯したミズノのように自責の念を感じる場面だと言える。


「……な……何か超絶デカくなってんですけどぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉッ!?」


 驚愕するアイザワの言うようにスライムは凄まじい勢いで巨大化した。

 サイズで言えばまさにキング。先ほど相対した機械人形よりも一回りほどデカい。

 ただ同属性の上位魔術をぶち込めばこうなるのは当たり前。

 むしろこういう事態になると分かっていたミズノが、スライムに上位魔術を本気で撃ち込んだはずもない。

 故にこの程度の大きさで止まったとも言える。

 とはいえ……


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 ミズノはローブに付いているフードですっぽりと頭を覆い、念仏を唱えるが如く謝罪を連呼しながら塞ぎ込んでいる。

 悪いのはアイザワなんだから気にするな、とでも言ってやりたいところだ。

 が、こうなると分かっていて上位魔術を撃ってしまっただけにミズノが感じている自責の念は強烈なものだろう。

 また彼女の性格的に気にするな、と言われた方が余計に気にしそうな気がする。

 ここは放っておいてやるのは賢明かもしれない。


「おいそこッ!」

「どうした?」

「どうした? じゃないよ! 何で君はそんなにも落ち着いていらっしゃるんでやがるんですか!」

「あのスライムに上位魔術なんて撃ったらああなるって分かっていたからですが」

「分かってたんなら止めろよ! 全力で止めてよ!」


 どこぞの天使様が止めるなって言ったからなぁ。


「止めてもお前って心の底から反省とかしないだろ。なら訓練中に痛い目に遭った方が今後のためだと判断した」

「そうだなそのとおりだな、無知なあたしで本当にごめん! でも諦めないで。無知なあたしを見捨てないで。あたしもあたしを変える努力をするから次からは何かやらかしそうな時は全力で止めて。本気であたしを怒って! それ以上にアレを何とかして!」


 何とかしてって言われても……


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 ミズノに視線を向ければ全力で首を横振りながら謝られるし。

 まあ水属性しか使えないミズノにあのスライムをどうにかしろなんて言えるはずもないのですが。

 というわけで、アイザワにガチ反省させるために止めない判断を下したセラさん。あれをどうにかしてください。


「どうにかして欲しそうな目でこちらを見ていますが……私には無理ですよ」


 何言ってんのこの天使……


「え、うそ……セラさんって魔術なら何でも使えるんじゃ」

「何でもは使えません。大抵のものなら使えますが」

「それを一般的に何でも使えるって言うんじゃい!」


 あのセラ様至上主義じみたアイザワがセラにツッコミを入れるとは。

 それほどまでに動揺しているということか。

 なんて思った矢先、セラがアイザワに向けている目から少しばかり感情の色が消えた。途端にアイザワは


「いやすみません。生意気な口を利きました。どうかセラ様の魔術で、水属性以外の攻撃魔術であのクソデカい気持ち悪いの吹き飛ばしてください!」


 自傷も辞さない勢いでジャンピング土下座。

 セラからの威圧が怖かったのは理解できるが、どうしてここまで常識よりも斜め下な行動を取るのだろう。こいつには普通という概念がないのだろうか。


「吹き飛ばすのは構いませんが……皆さんを巻き込むことになりますがよろしいですか?」

「へ……?」

「攻撃魔術の威力や範囲調整はどうにも苦手でして」

「う、嘘ですよね?」

「アイザワさん、私も人間です。得手不得手はあります」

「そんな……そんなことって……」


 アイザワ、絶望してるところ悪いがそいつは嘘を吐いているぞ。

 お前の目の前に居る奴は人間じゃないし、そのへんを抜きにしても俺達を巻き込むとかありえないから。

 防御や補助系統の魔術の方が得意で攻撃魔術は苦手、みたいな話は本当かもしれない。が、元々のスペックが一般人とは違う。違い過ぎる。だから苦手だろうと大抵の魔砲科の生徒より微調整は得意なはず。

 なのに何でもかんでも自分に振られるのが嫌で攻撃魔術はダメなんですって印象を植え付け楽をしようとするなんて……この天使、やっぱ悪魔の方がしっくりくる。


「ならあの化け物をどうやってあたし達は倒せばいいんですか!」

「それは簡単です」

「はい?」


 セラの言い回しにアイザワさん困惑。

 いやまあ気持ちは分かる。けどアイザワにスライムに対する知識がちゃんとあれば訳が分からんといったことにもならない。

 そういう意味ではセラとアイザワの両方が悪いと言える。


「スライム種は基本的に核、人間で言うところの脳や心臓のような弱点部位を持っています。それを破壊することが出来れば討伐は可能です」

「はい先生!」

「何でしょう」

「その核とかいう場所はどうやったら破壊が可能なんですか!」

「それはですね……」


 長ったらしく説明されそうな雰囲気なので俺が簡略化します。

 スライム種の核は、主に敵に対する攻撃つまり捕食行為を行う際に露出することが多い。何故なら敵を栄養源として吸収するには消化液で溶かす必要があるからだ。その消化液は核から分泌されるため、捕食行為時に核が露見しやすい。


「よってあのスライムを倒すには、誰かが囮となって捕食され核を露出。露出した核を残っているメンバーが破壊するという作戦が最も効率的かつ効果的と思われます」

「なるほど……あのセラ様」

「何でしょう」

「作戦内容に関してはあたしでも理解出来たんですが……その作戦を実行するとこの中の誰かがあのスライムにヌチョヌチョされるってことですか?」


 アイザワ、よく気が付いたな。

 そうだ。セラの言うことを鵜呑みしてその作戦を実行すると誰かがスライムの粘液で汚される。

 場合によってはヌチョヌチョを通り越す。

 服まで溶けたらもう大問題。絵面がセンシティブにしかならない。野郎からしたら俺以外の誰かが囮になれば眼福だろう。


「……クロサキくん!」

「断る」

「まだ何も言ってない」

「囮になれって言いたいんだろ」

「そうです!」


 開き直るの早いな。

 まあ誤魔化せる状況でもないが。巨大スライムは俺達が話している間にも少しずつだが迫ってきているし。契約されてるモンスターじゃなければ会話する時間なんてなかっただろうな。


「やっぱり男のクロサキくんがスライムにヌチョヌチョされる方が絵面的に綺麗だし、エッチな感じにもならないと思うの。だから囮をやってくれると助かる。というか、男ならこういう時に進んで囮を買うべきでは?」

「誰のせいでこうなってると思ってる?」

「それは……」


 ここで目を逸らすってことは自分が悪いっていう気持ちはあるんだな。

 まあなかったらマジで説教だが。最悪このパーティーから除名まで検討もする。


「な、何かあったらあたしのこと守ってくれるって言ったじゃん!」

「ここでそれを言い出すとかお前マジでクソだな」

「仕方ないじゃん。あんなヌチョヌチョしたものに全身をくまなく触られて……あんなことやこんなこと、そんなことまでされるかと思うと生理的拒絶感がハンパないもん!」


 あんなことやこんなこと、そんなことってどんなことだよ。

 同人誌にあるような内容でも考えているのか?

 もしそうだとしたら逆にお前がそういうことされたいって考えてるって思ってしまうんだが。自分から志願してるように思えるんだが。


「確かにアイザワさんの意見には同意できます」

「でしょ! ほら、セラさんもこう言ってる!」

「ですが……クロトが囮になったとして誰がスライムの核を破壊するのですか?」

「え、それは……」


 攻撃魔術は調整が苦手(だと言い張っている)セラでは囮役を巻き込みかねない。

 水属性の魔術しか使えないミズノでは、スライムの核を破壊するどころか余計に強化させてしまう。

 となると必然的にアイザワがやるしかない。


「アイザワさんは囮役に誤射することなく核を破壊できますか?」

「えっと……その……た、多分」

「多分? まあ誤射したところで多少の傷なら私が癒すことは出来ますが」

「で、ですよね! 当たり所さえ悪くなければどうにかなりますよね!」

「ええ。ただ……もしもアイザワさんがクロトに誤射したならば、治療が終わった後で私は怒りますよ。まあ多分ですけど」


 嘘だ。

 実際にそんなことになったところでこの天使が怒るはずがない。何なら微笑を浮かべながらザマァ顔までしてくる可能性さえある。

 しかし、アイザワはそうは考えていないようで顔面が青くなっている。いったいどんなお仕置きを考えてしまったのやら。


「じゃ……じゃあ、あたしとミズノさんで囮をやります!」

「――っ!? ボ……ボクも……なな何でボクも」

「それはほら、無理やり撃たせたあたしも悪いけど。撃ったミズノさんにも責任があるというか……」


 ここでそれを持ち出すとかマジでこいつクソだな。

 第三者から見た場合、こういう状況になると分かってて魔術を撃ったミズノも悪いとは思うんだろうが。

 何にせよ気の弱いミズノには、アイザワの言葉がクリティカルしている。


「何よりひとりでヌチョヌチョされるなんて絶対に嫌ッ! でも誰かと一緒なら耐えられる……気がする。だからミズノさんも一緒にヌチョヌチョされよ!」

「い……いや……」

「大丈夫、ミズノさんをひとりにはしないから。さあほら、行こう。一緒にヌチョヌチョされよう」

「やめて……こ……来ないで……」


 狂乱気味にミズノに迫るアイザワ。

 怯えた様子のミズノから助けて欲しそうな目を向けられる。

 が、セラに攻撃魔術を使う意思がない以上はこの作戦でいくしかない。

 となれば囮役は必須なわけで。ミズノに申し訳ない気持ちは大いにあるが、俺が彼女に言えることはただひとつ。


「すまん」

「そ……んな……」


 

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